作品タイトル不明
掃きだめの聖人
「青の騎士」コニア=メルコウリは進む足も早く「塔」内を歩いていた。彼女の険しい表情や早足を見て驚く使用人たちはいたが、彼女を止められる者はなかった。
朝の早い時間——人気は少なかった。
「ギルベルト様!」
バン、とドアを開いたその部屋は、同じ「青の騎士」であるギルベルト=ガブラスの執務室だ。
「お、おおっとぉ……」
ちょうど部屋を出ようとしていたところなのか、すぐそこにいたギルベルトは肩をすくませている。その手に握られているのは革袋——金の入った袋だ。
「こ、こんな朝からどうしたんだい、コニアちゃん」
そそくさと袋を懐に隠しながらギルベルトは言う。彼の執務室は、コニアのそれと比べると信じられないほどに散らかっており、書類は散乱し、床にまで落ちていた。コニアにちらりと見られたことでさらにばつが悪そうにギルベルトは扉を閉めて廊下に出ると、カギまでかけた。
「——ギルベルト様。確認したいことがございます」
「俺もコニアちゃんも同じ『青の騎士』なんだからさあ、そんな『様』付けなんて止めてよぉ」
「いえ、仮にも神殿騎士団内の武闘大会において前人未踏の12連覇を成し遂げた方を、同等の同僚だとは思えません—— これまでは(・・・・・) 、そう思っておりました」
含みのある言い方に、ギルベルトの眉がピクリと動く。
「ギルベルト様、昨日、アギアポール内で神殿騎士とともに子どもに乱暴を振るったという話を聞いています。これは……ほんとうのことでしょうか?」
「…………」
都合が悪そうな顔をして、ギルベルトは首筋をぽりぽりとかく。
「ギルベルト様。私は、そんな与太話を信じたくはありませんが、信頼できる人間からの情報でして——」
「事実だ」
「——え?」
「子どもに蹴りをくれた。だから、なんだ?」
「そんな……」
事実だと信じたくはなかったのだろう、コニアの顔が青ざめる。
「な、なぜそのようなことを!? 神殿騎士団にいらしたときは弱い者に優しく、己にストイックで、それはもう騎士の鑑であったと聞いていましたのに……!」
「いや、それは全部『青の騎士』になるためだから」
「『青の騎士』、に……?」
「コニアちゃんみたく地方教会の後ろ盾とかそーゆーのがないとさ、『青の騎士』になんてなれないわけよ。じゃ、そういうわけだから」
「あ、ちょっ、ギルベルト様!」
「そんじゃな〜。コニアちゃんもあんまり肩肘張るなよぉ」
ひらひらと手を振って去っていくギルベルトを呆然としてコニアは見送った。
アギアポールは白い防壁で囲まれている都市だが、防壁の外側にもいくつかの集落ができている。さらには完全無欠の防壁というわけにはいかず、これだけ巨大であるとほころびが生じている。
「ふーん……ここが通れるんだな」
ヒカルはラヴィア、ポーラ、それにラヴィアの首に巻かれているコウとともに防壁の下に掘られたトンネルをくぐって、街の外へと出てきた。
「なにかあってもここから逃亡することもできそうね」
「うん。でも……出た先がこうなっているとは予想外だったな」
防壁のせいで「塔」からは——教皇の部屋からは死角になっているこの一角は、木材で簡単に造っただけの 粗末な小屋(バラック) が並んでいる。
「予想外に……活気がある」
「わあ、ほんとうですね、ヒカル様」
手をつないで「集団遮断」を使っているので3人に気がつく人間はいない。バラックから出てきた子どもたちが駈け回って歓声を上げていたり、井戸から水を汲み上げて洗濯をしている女たちもいるし、荷物を運んでいる男もあった。身なりこそ貧相ではあるが老人はベンチに座って囲碁のようなゲームを楽しんでいる。
街だ、とヒカルは思った。ここは、白い 化粧(・・) の施されていない、人の住む街なのだと。
今、「塔」の中は厳戒態勢になっておりあちこちにロックが掛けられているせいでヒカルが探索をするには好条件とは言えない。だからこうして「塔」以外の場所を見て回っているのだ。
これからどうするか——あの研究所や聖魔武具、封印された地下空洞をどうするか。謎をきっちり解くか、それとも外務卿にサインをもらってさっさと街を出るか、悩みどころではあった。
「おーい、朝飯だぞー」
湯気がもうもうと立っている寸胴を、カートに載せてやってきた男が言うと、子どもたちがワァッと駈け寄る。
『あのスープうまそう!』
コウがなんか言ってる。この龍は食い物であればとりあえずなんでも食べてみたいらしい——よく煮込んであるが、ただの野菜と肉のごった煮である。
「おいガキども、ちゃんと手を洗え。それと、これからじいさまから大事な大事なお話があるからな」
えぇ〜、だの、腹減った、だの声が聞こえてくるが、男はおたまを持ったまま寸胴の中のスープを配ろうとはしない。やってきたのはシワの深い、白髪のもっさりとした老人だった。灰色のローブを着ているが、「灰の修道」が着るそれとはちょっと違う。もっと造りが簡素で、帯をぐるりと巻いて留めただけだ。
「あれ? あの方が着ている服……」
老人を見たポーラが首をひねっている。なにか気になったことがあるのかもしれない。
「さてさて、それではなんの話をしようかのう……ふむ、年も押し迫ったことであるし、『最初の物語』と行こう」
老人は語りだした。
「その昔、聖人という言葉もなかったころのことじゃ。空には真っ黒な雲が垂れ込め、作物は実らなくなり、水は濁り、病が流行り、魔物が多く現れた。『暗黒時代』と呼ばれておる。そんな時代、人々は神様に祈ることしかできなかったんじゃ。すると神様はな、ちゃぁんとわしらを見ていてくださった。その証拠に、ある青年にすばらしい贈り物をくださったのだ。それはな——智恵じゃ。とてつもない智恵……その青年は様々なものを作り出し、後には『智神』の加護を授かっていたのだということを周囲の人間に伝え、そうして人々に惜しまれながらも早くに亡くなってしまった」
智神の加護——つまり「職業」で1文字神を授かったということだろう。今の話を知っていたか、という意味を込めてラヴィアを見ると、彼女は首を横に振り、ポーラを見ても彼女も首を横に振った。
「青年のおかげで人々の暮らしは楽になり、『暗黒時代』においても人々は生きていくことができたんじゃ。人々は神様を信じるようになり、聖人と呼ばれる人が現れるようになった」
「アギアポールに集まったんだろ、聖人は!」
子どものひとりが言うと、
「そのとおり。よく覚えておるな。そうして神様を信じる人間が集まり、その信仰を確かなものとして残していくために教会ができたんじゃ」
教会の成り立ちの話——それはヒカルも知識として知っていた。だが、智神の話は初めてだ。ソウルカードを作り、冒険者ギルドの成立にも大いに貢献している青年が、教会の成立にも関係しているなんて。
「——さて、最初の聖人が教えてくれた大切な教えがある、わかるか?」
老人が言った。最初の聖人の教え——なんだ? とヒカルが一言も聞き漏らすまいと耳を澄ませていると、
「「「ご飯の前には手を洗う!」」」
「そのとおり。さ、手を洗って朝ご飯にしなさい」
ずっこけそうになった。最終的には身近な教訓に落とし込むらしい。
子どもたちが井戸へと走り、老人はそれをまぶしそうに見送ると、奥の小屋へと引っ込んでいく。
「今の智神の話……コウは知ってたか?」
『智神様が人間に恩恵を与えたって話のこと? ん〜、あんまりそういう話は聞かないからなぁ』
「教会にはこんな話が伝わってるらしいぞ。『悪がはびこり、龍が死に、神へと刃が届かんとするとき、終末が訪れる。神の子である人よ、《天の遣い》を探し、悪を討て』って」
ヒカルは東方四星のサーラから聞いた話をコウに伝える。同じパーティーメンバーのシュフィが「天ノ遣」系「職業」持ちを探している理由が、その辺にあるのだとか。
『なにそれ! 龍は死なないよ!』
「昔の話だろ?」
『ああ……言われてみると、龍の多くが死んじゃって、この世界が真っ暗になったって話は聞いたことがあるかも』
「それだよそれ」
まさに今の話に出てくる「暗黒時代」だ。その時代が訪れた原因が、龍の死によるのだとしたら——その状況をひっくり返したのは智神の加護を持つ人間だ。
(ん……だとしたら、教会は「天ノ遣」じゃなく智神の「職業」を探させるはずだよな。もしかしたらあの青年ってのは、他に「天ノ遣」系の「職業」も持っていたのかな?)
そんなことをつらつらと考えていると、ポーラが、
「あ! ヒカル様、思い出しました。あの老人がお召しの服ですが、すごく古い修道服なんです。夏に暑くて冬に寒いっていう機能性の低いものだったから今着ている人なんてまずいないんですけど」
「なるほど……面白い老人だな。僕はもうちょっと話を聞いてみたいと思うけど、どう?」
「はい、私も聞いてみたいです」
「もちろん、わたしも」
ヒカルはふたりを連れて老人の小屋へと向かった。布が垂れ下がっているだけの入口の前に立つ。さて、さすがに襲ってくるような人物ではないだろうけれども、一応ソウルボードを確認しておこう——と思ったとき、
「そこの若き者よ、どうぞ入りなさい。君たちはさっきの話も聞いていたのだろう?」
中から老人に声を掛けられた。
(なん、で……)
今、ヒカルは「集団遮断」を発動している。最大値ではないが、最大値の1つ手前の「集団遮断」4だ。これで、今まで誰かに気取られたことなんてなかったのに——。
(——ソウルボードの発動だ)
ソウルボードを確認するには相手の魂に働きかけることが必要らしく、その発動だけで、勘の鋭い人間はわかってしまう。
今、ヒカルの目の前には老人のソウルボードが表示されている。そこにはこう書かれてあった。