作品タイトル不明
使節の到着
ポーンソニア王国王太子、オーストリン=ギィ=ポーンソニアの使節がアギアポールに到着した。「塔」の内部に多くの異邦人を入れるということもあり通常とは違う警備態勢が敷かれている。通常業務のうち機密性の高いものは数日の停止が決まり、それらの執務室にはがっちりと施錠が行われた。
その3日後、ポーンソニア王国王女クジャストリア=ギィ=ポーンソニアの使節である王国外務卿がアギアポール入りする。すでに「塔」は受け入れ準備が整っている。濠の上に掛けられた橋を、馬車に揺られて渡っていく外務卿は窓からちらりと外を眺める。
「これはこれは、なかなかに手の込んだおもてなしですなぁ」
「塔」内部だけでなく、橋の上にもずらりと完全武装の兵士が並んでいる。
彼の従者たちは突き刺さるいくつもの鋭い視線に身を震わせていた。敵国入りする使節のような気分である。ビオス宗主国は中立のはずだが。
「が、外務卿、これは抗議すべきではありませんか」
「ほっほっ、なにを抗議しろというのですか」
「我々は停戦調停のために呼び出されたのでしょう。なのに、このビオス宗主国の対応はあまりにも厳しい……」
今にも剣を抜いて飛びかかってきてもおかしくないほどに緊迫した空気。
「我らが抗議しても教皇聖下はこう仰せになるだけですよ。戦っている2勢力を『塔』という懐に迎え入れるのだから、問題が起きぬように兵士を配備したのだ、と——そしてオーストリン様の使節もそれに同調するでしょう。教皇聖下の配慮をむげにしたと」
「外交はもう始まっているということですか……」
従者がげんなりする。「ほっほっ」と笑う外務卿は悠然とした表情を崩さない。完全に白くなっている長い髪を後ろで縛っており、目元は白く長い眉によって半分隠れている。しわくちゃな顔は感情を隠すのにちょうどいい——くぐってきた修羅場の数も段違いだ。
そしてなにより彼は、ここで死ぬことも覚悟している。十分生きたのだから、最後の最後で国に報恩できるのならば本望だと思っている。だから、心に余裕がある。
「ようこそおいでくださいました、ポーンソニアの皆さん——」
外務卿一行を出迎えた「赤の司祭」は、おや、という顔をする。オーストリン側の使節はこの剣呑な空気に飲まれて青い顔をしていたが、外務卿は「ほっほっ、長旅が堪えましたよ」と平気な顔だったからだ。
「それで、我らが 国王(・・) の先触れは届いておりますかな?」
外務卿がクジャストリアのことを「国王」と言ったのは、すでにポーンソニアの王はクジャストリアであると言いたいのだ。オーストリンは単なる反逆者で、これは王位争奪戦ではなく単なる国内紛争であるという意図である。
「はい。 王女殿下(・・・・) の先触れは来ております」
対する「赤の司祭」もそのくらいはわかった上で、あくまでも今回の調停が王位争奪戦であるという意思表示のためクジャストリアを「王女」と呼ぶ。
このあたりは上席秘書官カティーナからしっかり知識を仕込まれている。
「教皇聖下の、なかなか難しいご注文でした10日という期限には間に合ったのでしょうかな?」
期限に間に合わなくても仕方がないだろう、という意味を込めて外務卿が言うと、
「問題なく期限内にいただきました」
「……ほう? 我が国の騎士も、なかなか見所がありますな」
10日は正直難しいと考えていた外務卿だったが、10日以内に到着しているのならばそれは望外の喜びだ。停戦調停の最初から、相手が優位な状態で話を進めなくて済む。
しかし「赤の司祭」は首を横に振る。
「いえ、騎士殿は10日を過ぎていました。届けたのは冒険者のようですよ」
「冒険者……ですか」
外務卿はふと会議の場で自信満々だった冒険者センクンのことを思い出す。
(さすがはランクAといったところですかね……今は彼の提案に感謝しておきましょう)
そうして2勢力の使節団はそれぞれ、別の棟に通された。事前協議として先触れが持ってきていた書類は「塔」内部で検討済みであり、今回の調停で話し合われる争点についてリスト化されていた。
「さて、始めましょうか——」
外務卿一行は、調停協議が行われる部屋へと連れてこられる。重厚な扉が開かれる。
「塔」はそのように緊張していたが、街中はふだん通りだった。街を行く人々は年越しを間近に控え買い物や挨拶に忙しい。年末年始はどこもかしこもお祭り騒ぎになり、唯一と言っていい大陸全土で共通の「休日」である。
「お疲れ様でした。今日は盛況でしたね」
ステージから下りてきた「灰の修道」シューヴァ=ブルームフィールドに声を掛けた他の修道士。年の変わり目を迎えるにあたって真摯な気持ちになるのか、シューヴァの説教を聞く人は多く、いつも以上に熱心に耳を傾けているようでもあった。
単に見目麗しいシューヴァが説教しているのでうっとりと聞き惚れている街の女性も多いのだが、それもまたいつものことだ。
「ええ、すばらしいことです。聖人のお導きでしょう」
「アギアポールの皆は、これで、よりよい新年を迎えられることでしょう」
すると一瞬、シューヴァの表情が曇ったが、それには気づかずに修道士は続ける。
「今日はこの回で最後でしたよね?『塔』へお帰りですか?」
「え、ええ。私も買い物があるので、それを済ませてからですね」
「では後ほど」
「では」
他の修道士たちと別れてシューヴァはひとり街を歩く。顔見知りの修道士とすれ違えば挨拶をし、顔なじみの商店に顔を出して買い物をしていく。
(あとは、あっちの金物店に顔を出せば終わりか。えーっと……確かこっちの道を通ると近道なんだよな)
シューヴァの選んだ近道は、確かに近道ではあったが裏路地ではある。美しい町並みを誇るアギアポールでも、猥雑な店が多く、珍しく治安の悪い場所だ。だがまだまだ日は高いところにあるし、シューヴァは若い男だ。気にせずずんずん進んでいく——と。
(ん……)
裏通りからさらに枝分かれする道から子どもの叫び声が聞こえてきた。そちらをのぞき込むと、神殿騎士の背中が見えた。
「おいガキッ! お前、俺になにしたかわかってんのか、噛みやがって!」
「お、お、お前がそんな汚ねぇもん見せてくるからだろ! そ、それを舐めろだって!? しかも男の俺に!? もう、行くぞ!」
「うん!」
子どもふたりがその向こうにいるらしい。神殿騎士は逃げようとした子どもの背中をつかむとその場に引き倒す。
「うげっ!?」
「お兄ちゃん!」
「——誰が逃がすって言った? ガキが、お前らは浮浪児だろうが。このアギアポールに住む場所はねえんだよ」
「ふ、ふざけんな……こっちだって必死に生きてんだ」
「うるせえ! さっさと俺の言うとおりにしろ!」
「ぜってーイヤだ! ——うぐっ」
「お兄ちゃん!」
神殿騎士が拳を振り下ろし、少年の身体が転がる。
「!」
その顔にシューヴァは見覚えがあった。「灰の修道」の中でも有志を募って行っている炊き出しがあり、そこにやってくる子どもたちだ。教皇の方針でアギアポールからスラムは一掃されている。だが100パーセント完璧に掃除することなどできはしない。彼らのようにあぶれた少年少女がいるし、放っておけば彼らは野垂れ死んでしまう。聖人ルザルカも貧しい人々に施しを与えていたこともあり、シューヴァは教会にいい顔をされないとわかっていても炊き出しを続けていた。
子どもをなぶる神殿騎士は興奮してきたようで、剣を抜こうとした。まずい、とシューヴァが飛び出そうとしたときだ。
「う〜いっ……なにやってんだ、オメー?」
裏路地を挟んで向こうに、別の騎士が現れた。とっさにシューヴァは身を隠してしまう——なぜならその人物が纏っていたマントの色は、青。
「こ、これはギルベルト様!」
現れたのは「青の騎士」ギルベルト=ガブラスだった。ギルベルトは剣の柄に手を掛けた神殿騎士を見て、それから浮浪児の2人を見ると——なにが起きているのか理解したのだろう、にやりと笑って見せた。
「おいおいおい、こんなところで面白そうなことやってんじゃねえか——どうやらしつけがなってねえみてえだな」
ギルベルトがふらっと歩いていき、少年の腹に蹴りをくれると少年の身体は吹っ飛んで転がっていった。
「お兄ちゃん!」
「おっと、やべぇ、力が入りすぎちまったか……」
少女は少年を追いかけていく。そして少年を抱きかかえ、起こすとそのまま路地の向こうに消えていった。
「にしても——オメーも好きもんだなぁ? 浮浪児使ってなにやってんだ」
「へっへ……ギルベルト様も、日の高いうちから一杯やってらしたんですか」
「まぁな。外回りやって今日は終わりだ。だったら最初から飲んでても変わらねぇだろ」
「いやー、俺もギルベルト様くらい稼げるようになったら、女のいる店に行けるんですが……」
下卑た笑いを浮かべながらふたりはそんなことを言いながらこちらへ歩いてくる。シューヴァはあわてて逃げ出した。
(——あんなのが、「青の騎士」なのか。あれが聖ルザルカの騎士と同じ「騎士」を名乗っていいのか!)
目の当たりにした事件がシューヴァの心に重くのしかかる。
走って行ったシューヴァの足は、次第に鈍くなっていく。
(違う……自分もいっしょなんだ。すぐに少年たちを救いに入れなかった。誰も——なにも救えてなんていない……)
わかっていたのだ。スラムをなくしたことだってスラムにいる人間の生活が改善したからではなく、単に街の外においやっただけということも。教会の本来の教えからすると首をひねらざるを得ないような「赤の司祭」や「灰の修道」、それに「青の騎士」までも多くいることも。
そして今のように、目の前で苦しんでいる子どもたちのために、炊き出しという偽善行為で自分を騙してきたことも。
「——どうしたのだ、シューヴァ。そのようなひどい顔をして……」
そんなシューヴァは街中で「青の騎士」コニア=メルコウリと出くわした。