作品タイトル不明
中年騎士の夜
ラヴィアが騎士イーストと再会していたそのころ、ヒカルは「塔」へと再度侵入していた。
(さて、次はどこへ行ってみようかな……)
ヒカルはもともと、自分にちょっかいを出してくるかどうかある意味「試す」ために7日というとんでもない日程で親書配達の依頼を達成した。試したところでなにかがあるわけではないのだが、自分に——自分たちに敵対するかもしれない相手を見極める練習のようなものだ。実際、ヒカルの考えのとおりちょっかいを出してきた。その大元が誰なのかはいまだにわからない。
(いちばん上の可能性なら教皇、いちばん下の可能性は……コニアの単独行動か。その中間の「紫の貴顕」や「赤の司祭」が怪しいと僕は思っているけど)
その情報を仕入れようと「塔」に入ってみたら「赤の司祭」スコット=フェアーズが遺した手記を発見してしまい、結果として「聖魔武具」、地下の巨大魔法陣まで見てしまった。
今のヒカルの興味はそちらに移っている。というよりその情報を握ってしまえばヒカルにちょっかいを出そうとしている相手が誰であれ、優位に立てるだろう。相手は確実に教会関係者だろうし。
(問題は、入れない場所が多いってことだよな)
この「塔」ではセキュリティ関係が意外としっかりしており、地下の研究施設の監視部屋もそうだが、司祭以上の個室には必ず魔導具による鍵が掛けられるようになっている。よほど見られたくない秘密が多いのだろう。
窓が開いていれば侵入もたやすいのだが、あいにく冬だ。開放的になる気分ではない。
それに教皇近辺がさらに高いセキュリティで守られている。魔導具によるトラップが張り巡らされており、掃除をするにも、専門の魔導具師がつきっきりでトラップをひとつずつ解除している。
ただし教皇が自分の部屋から出てくることもある。他国からの使者が来ていたり、「紫の貴顕」と会ったりする場合だ。教皇が通るときはトラップはフリーパスだった。教皇が身につけている魔導具が影響しているようだが、あまりに多くの魔導具を身につけているのでどれかを特定できない。
(……教皇と行動を共にしていることが多い、秘書官みたいなのがいるんだよな。あの人もたぶん、トラップを無効化する魔導具を持ってる。他の使用人は部分部分で無効化しているみたいだ)
トラップの内容は警報が鳴るとかそのくらいだろうけれども、相手の警戒心を高めるのでトラップ解除などにチャレンジしてみる気はない。
(秘書官を狙ってみるべきだよな……ちょうどこっちに向かって歩いてきているみたいだし)
ヒカルは教皇付きの秘書官に狙いを定めた。「魔力探知」では彼女がこちらに向かって歩いているのを確認しているからちょうどいい。
トラップを無効化する魔導具がなんなのか探るべきだろう——。
(——ん?)
ヒカルは「塔」の内部、事務員のいる棟と、巨大な礼拝堂との間にある日陰の道を歩いていた。向こうに、見たことのある男がいた。
茶髪を短く刈り込んでおり、あごひげが生えている。青のマントをたなびかせて歩く渋い中年のオッサン——地下の巨大魔法陣からさらに下に潜っていった「青の騎士」だ。
「おお、これはこれは貴い御方」
中年の騎士が恭しく頭を垂れた向こうから、歩いてきたのは教皇付きの上席秘書官カティーナだ。
「……冗談が過ぎますよ、ガブラスさん。私は単なる秘書官です」
「カティーナさんこそ、俺のことはどうぞ『ギルベルト』と親しくお呼びくださいよ」
見た目は渋いのに、口元をだらしなくしながらカティーナの腰元をながめているギルベルト。カティーナのスタイルの良い腰は美しい流線型を描いている。
「はあ……あなたは、まったく。もうちょっとキッチリなさった方がよろしいのでは? 国民の憧れる『青の騎士』がそれでは……」
「いやはや、俺が真面目一辺倒のコニアちゃんみたいな騎士だったら、仕事を任せたりしないでしょう? 教皇聖下は」
「——声が大きいです」
カティーナは周囲を見やる。
ここは日陰の道であり、特にどことどこをつなぐショートカットというわけでもない。だから人が通りかかることは滅多にない——たとえば不案内なお上りさんでもなければやってこないような場所なのだ。
「へーきへーき。誰かが来ても、俺たちが逢い引きしているように見せたらいいんでしょ?」
「それが困るんですよ。大いに。私のような未婚の女性には」
「え? カティーナさんは結婚する気があるの?」
「…………」
「あ、すんません。ほんとすんません。口が滑りました」
余裕で10以上は年下だろう相手に、ぺこぺこするギルベルト。
「もういいです……それで、今回の報酬です」
カティーナが革袋を差し出すと、硬貨のこすれる音がした。だらしなく口元をゆがませながらそれを受け取るギルベルト。
「へっへっへ……これこれ。こいつがないと今月も乗り切れないところでしたよ」
「——それで、報告を聞きましょうか?」
「は? 報告? 研究員に伝えておいたけど?」
「あなたの口からも聞いておきたいのです。—— なに(・・) がいたと?」
不意にギルベルトの表情が引き締まったものに変わる。
「あれはヤバイな。黒い影だ。四つ足の獣の形をしていたが……黒い影。闇。邪悪なるもののなれの果て」
「……倒しましたか?」
「おお、そりゃもう。返り血っつうか、黒いどろっとしたもんが身体にかかってな。洗い落とすのに苦労しましたよ、そりゃもう」
カティーナの鼻にシワが寄る。汚らわしいものだと直感的に思ったのだろう。
「これまでは探索のみでしたよね? 今まではなにもいませんでしたよね?」
「うんうん。今回はいたんですよ。いやぁ……なんかいるかもって聞いてたからそんなに驚かなかったけど」
「さすが、剣技にかけては右に出る者がいない『青の騎士』の武力頂点、ガブラスさんですね?」
「ギルベルトって呼んでくださいや」
「それで、 ガブラスさん(・・・・・・) 、黒い影とやらは…… なにか(・・・) 落としませんでしたか?」
「いんや、なんにも?」
「なにも?」
「ああ。なにを落とすんだ? 命か?」
「ええと、いえ、そういう意味ではなく——倒した後はどうなりましたか?」
「黒い水たまりみたいになったな」
「それだけですか」
「ああ。——まだるっこしいな、なにがあるんですかい」
「いえ……なにもないのであればそれで構いません」
「? そうっすか?」
きょとんとしているが、カティーナの話はこれで終わりらしい。彼女はギルベルトに小さく礼を言うときびすを返して去っていった。
「…………」
その後ろ姿を見ていたギルベルトだったが、すぐに気を取り直して鼻歌を歌いながら、革袋をお手玉するように反対方向へと歩いて行く。
その日の夜——アギアポールは白く整った街ではあるが、歓楽街がないわけではない。見た目はお上品だが、中に入れば猥雑——人の欲望のはけ口はちゃんと用意されている。
「水色蝶々」という名前のその店は、遮音効果の高い分厚い扉を開けると中からワァッと歓声が聞こえてくる。
半地下になっているフロアは半円形のソファーがいくつもあり、丸テーブルがくっついている。ソファーに客が座ると、どこからともなく 蝶々(・・) ——きわどい服を着た女性がやってきて隣に座る。
教会の教えから大きく外れていそうなこんな店が、たいしたカムフラージュもなく生き延びていられるのは、
「うわっはっはっは! 今日の俺はお大尽だぞぉ! もーっとお酒持ってきて、もーっともーっと!」
大騒ぎしているギルベルトを始め、「青の騎士」が客としてちょいちょい来店するからだ。
ギルベルトのことを店の人間も知っており、丁重に扱っている。
「あれぇ? あれぇ? キャンキャンちゃんは? キャンキャンちゃんは? 俺、キャンキャンちゃんいないと飲みたくないよぉ〜!」
ギルベルトが駄々をこねていると、この店のナンバーワンである女性が苦笑いしながらやってきた。
「ギルベルトさん、飲み過ぎよ?」
「きたぁー!」
そうして夜は更けていく——。
「水色蝶々」に併設されている宿泊施設がある。店の女性といい仲になった客が泊まれるようになっているのだ。
酒を飲まされまくってつぶれたギルベルトはベッドでうつ伏せになって高いびきをかいている。
「……うふふ」
キャンキャンと呼ばれていた女性は、ギルベルトの懐からずっしりと重い革袋を取り出すと、中身を確認する。金貨がぎっしりである。
それを持ったまま彼女は部屋から出て行った。
「……くぁぁぁああああああ。うー、頭痛ぇ……呑みすぎだ、やべえ、マジで記憶ねえ」
朝日が出た時間帯に目が覚めたギルベルトは懐をまさぐるが、そこにはなにもない。
「マジかー……カラッポじゃねえか。俺、そんなに使ったっけ?」
脇腹をぼりぼりかきながらベッドから出てくる。この宿泊施設も慣れたもので、水差しから水をがぶがぶ飲むと、手の甲で口を拭って部屋を出る。カウンターにいた男に片手を挙げると、男も恭しく頭を垂れた——ギルベルトが出て行くまで。
「うっ、まぶしい……」
外に出ると朝日がギルベルトの目に刺さる。目をしょぼしょぼさせながらギルベルトは歩き出す。風が冷たく、ぶるりと震えた彼は自分の身体を抱きしめるように早足で進んだ。
「やれやれ。命をかけて戦って得た金を一晩でスッちまうってのは——アレだ。なかなか粋なもんじゃねえ? 粋なわきゃねぇか——っくし!」
鼻水とともにクシャミをした「青の騎士」は、帰り道を急いだ。
「…………」
その後ろ姿を見送った——少年は、ギルベルトとは反対側へと歩き出した。
「なるほどね…… 面白い(・・・) お金の使い方をするもんだ」
ヒカルもまた、小さくあくびをする。
「……ま、 このこと(・・・・) は黙っておいたほうがいいだろうね……」