軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

騎士の言葉

驚いたのはラヴィアも同じだった。

だが、

「どこかの騎士様とお見受けしますが、わたしはそのようなたいそうな名前ではありません。わたしはラヴィア。ただのラヴィアです」

彼女が差し出したのはソウルカード。書かれてある名前は「ラヴィア」と、それだけだ。驚きをもってイーストは見る。

「あなたは——家を捨てたのですか。いや、そもそもあの日、どうやってあなたは——」

「ここはアギアポールですよ、騎士様」

「!」

イーストが周囲の反応に気がつく。何事かとこちらを見ている他の客や店員の目。

ここはアギアポール。仮にラヴィアがポーンソニアの犯罪者であったとしても王国騎士であるイーストがラヴィアを捕縛することなど許されない。正式な手続きをしなければならないのだ。

「そう……であった。でも、いや、しかし、私は騎士として……ううむ」

「店を変えるべきね。出ましょう」

「そ、そうしよう!」

ラヴィアとポーラがきびすを返して店を出て行くと、あわてて支払いをしたイーストもまた走って外へ出てきた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「なんですか」

「どうしても1つだけ確認させて欲しいのだ! あなたは——父を殺したのか?」

昼の街中で聞くにはあまりに衝撃的な言葉に、横にいるポーラが息を呑む。

「いいえ? 殺してなどいませんよ。殺したいほど憎んでいたわけでもありません……あのころのわたしは、ただ生きることをあきらめ、世界をうらやんでいました」

自由に家から出ることも許されず、来る客と言えば魔法の研究家ばかり。そんな彼らもラヴィアを人間として扱うのではなく実験動物のように見ていた。

ラヴィアにとって世界とは、書物の中にしかなかったのだ。

「——そう、ですか……。王都へ向かう馬車から逃げ出したのは……」

ちら、とイーストはポーラを見る。

「……ビオス宗主国の力ということか。なるほど……この国ならばそれくらいのことやってのけるでしょう」

なんだかわからないが、勝手に納得した。ポーラを教会関係者だと認識したらしい。

ラヴィアとて、このイーストは自分をちゃんと気にかけ、自分に危害が及ばないよう王都へ護送される馬車を追ってきてくれたことを知っている。

だが今ここでなにかを言うことがよくないことくらいわかっていた。ラヴィアが失言すればそれはヒカルのピンチにもつながるのだから。

「——ラヴィア嬢。あなたは今、とても生き生きしておられる。幸い、あなたのことはもう手配されていないので、戻ってきても大丈夫ですよ——もっともあなたは、もう二度とポーンソニアになど戻りたくないと言われるかもしれませんが」

「…………」

つい先日までポーンドにいた、などとは言えない雰囲気である。

「あの事件は私の心にも少々引っかかっていました。ですが、あなたの顔を見て吹っ切れたようです。——それでは。もうお目に掛かることもないでしょう」

イーストが騎士とはいえ、貴族の令嬢のほうが位としては上だ。だが今のラヴィアはただのラヴィア。平民である。にもかかわらずイーストは腰を折ってきっちりと礼をした。

そしてラヴィアに背を向けると二度とは振り返らなかった。イーストの背中が遠ざかり、やがて雑踏に紛れて消える。

「……ラヴィアちゃん」

ぽつりと言ったポーラの声に、ラヴィアは身体を強ばらせる。ヒカルもラヴィアも、まだすべてをポーラには話していない。特にラヴィアの過去と、ラヴィアの父——モルグスタット伯爵のことはあまり話したくはなかった。話す必要もなく、あのことだけはヒカルと自分だけの秘密にしておくべきだと思っていたのだ。

「あの騎士みたいな人が出てったから、やっぱりこのお店でご飯にしようか?」

「——え?」

「お腹空き過ぎてそろそろ限界なの……」

しょぼん、と眉をハの字にしたポーラ。それ以上聞く気がないのだろうポーラの態度は、「今のラヴィアがラヴィアなら過去のことなど関係ない」——そう言っているかのように感じられた。

「……そうだね。入ろう」

「うん!」

ポーラの気遣いが胸にじんわりと温かく広がるのを感じながら、ラヴィアはポーラとともに店へと再度入った。

ラヴィアの下から立ち去りながらイーストは考える——これでほんとうに良かったのかと。

(元々、あの令嬢に父親殺しなんてできるわけがないと思っていた。事件の後、話しても、どこか憑き物が落ちたような顔はしていたが、彼女の言ったとおり生きることをあきらめ世界をうらやむような目をしていた。先ほどの彼女を見てもウソをついているようにはまったく感じられない……ならば伯爵を殺害したのは誰なのか?)

イーストにはわからない。外部犯のようにも感じるし、内部のような気もする。いずれにせよあの事件は過去のものになった——国王が亡くなり、王太子と王女の間で内戦が起こっている今、モルグスタット伯爵の遺族すら真犯人のことなど気にしていないのだ。

(もうひとつの謎は馬車から消えたことだが……やはり「遙かなる綺羅星」とかいう冒険者が関わっているのだろうな。ビオス宗主国に金をつかまされたか。ポーンドの冒険者ギルドが強引に依頼を引き受ける冒険者を切り替えたのだし……ギルドのサブマスターがなにか知っているかもしれない)

そこまで考えたところでイーストは首を小さく横に振る。

(……いや、これはいずれにせよ終わったことだ。今蒸し返したところでどうにもならない。すっきりしたと彼女に言ったばかりなのにな……。でも、騎士団長には報告しておこうか?)

ふと、イーストの脳裏に、自分を打ち負かした盗賊の少年の姿がよぎった。

少年はあのあと、イーストを追うように王都へやってきた。そして騎士隊長たちを倒し、最後は騎士団長ローレンスすら倒したと聞いた。

ローレンスが負ける姿などまったく想像できないイーストは、ローレンスが不覚を取って手傷を負ったことにたいして、自戒するために「負けた」と言っているのだろうと考えている。いくらあの少年が強いとはいえ、相手は「剣聖」である。勝てるはずがない。

(私より先にこの町に到着した冒険者も、黒髪黒目だと言っていたな……確か、私を襲った少年も黒髪だったような気がするが……)

記憶を掘り起こそうとするたび、太陽神のお面がちらつく。忌々しいにもほどがある。

(……馬車から消えたラヴィア嬢がこの街にいた。そしてあの馬車のそばにいた少年と同じ黒髪冒険者がこの街にいる。これは偶然だろうか)

足を止める。

(あーあ……)

ぺしぺしと自分のうなじを叩いて歩き出した。

(偶然に決まってる。大体、あの盗賊が黒眼と決まったわけでもない。……まったく、私は神経質に考えすぎなのだ……「気を遣える騎士は重要だが、神経質になると動きが鈍くなる」と騎士団長によく指摘されているのに。私には鍛錬が足りない)

と、イーストは前屈みになった。

「よし、今から鍛錬開始だ——」

走って、宿舎へと向かう。風のように走り出したイーストにぎょっとした街の人たちだったが、他人の目など気にせずイーストは宿舎へと帰り着いた。

宿舎を管理する人々は、毎日鍛錬に明け暮れるイーストを見て「ポーンソニアには熱心な騎士がいるのだな」とウワサし合った。