作品タイトル不明
清廉潔白の愚直
「ハヅキセンパイ?」
きょとん、とした顔で「青の騎士」が言う。
「あ……いや、なんでもない。気にしないでくれ。それよりこれはなんだ? 神殿騎士を引き連れて、物々しい」
僕はなにをバカなこと口走ったんだ——ヒカルは自分で自分に呆れる。
確かに、この女騎士はヒカルの知っている「葉月先輩」によく似ている。ただしそれは見た目だけの話だ。その見た目だって、葉月先輩は紫色の髪なんてしていなかったし、目の色もそうだった。
(でも……よく似ている。年齢だって)
神殿騎士に囲まれた状況でヒカルはそんなことを思った。
「私はコニア。『塔』にて『青の騎士』を拝命しています。あなたが冒険者ヒカルですね? ポーンソニア王国から王女の親書を持参したという」
「ああ。間違いないよ」
「——ほんとうに少年なのですね」
驚いたようにコニアは目を開く。
「それで、いったいなんの騒ぎですか? 僕のような子どもを相手に10人もの神殿騎士が囲むなんてみっともないですよ」
「——この子どもが! 言わせておけば!」
「止してください。落ち着いて」
ヒカルの安いあおりに反応した騎士がいたが、コニアの言葉で「ぐぬぅ」と引き下がった。
神殿騎士はヒカルを取り囲んでいる。その数はちょうど10人で隙間はほとんどない。
ふつうに考えれば大ピンチである。
(ま、このくらいならいけるな)
倒す、のではない。妙な動きをしたらリヴォルヴァーを上へ一発放つ。爆炎に気を取られている隙に「隠密」を発動。それですり抜けられるだろう。「瞬発力」5があれば1秒もかからない。
常に「魔力探知」も展開しているので背後にいる神殿騎士の動きもなんとなく把握できる。
腰に吊っているリヴォルヴァーの上に右手を置く——と、コニアが言った。
「ダメですよ。大人にそんな口を利いては」
あまりに意外な言葉に「……は?」としか言えないヒカルである。
「年長者は敬いなさいとは多くの聖人が言っています。年長者には智恵があり、その智恵はどのような知識よりも尊いと」
まさか説教されるとは思わなかった。
「……はあ。それで用件を聞いても?」
「冒険者ヒカル。あなたが『灰の修道』ゲロップの付き人に暴行を加えたという疑いがあります。申し開きは『塔』で聞きます。大人しくついてきてください」
「冗談じゃない。行くわけないでしょう」
「ハッ! 所詮子どもは子どもだ。この現状をわかっていない」
神殿騎士のひとりが言うと、鼻で笑う騎士が相次いだ。
「冒険者ヒカル。私は協力して欲しいとお願いしているのです。『灰の修道』に対する暴行は重罪です。可及的速やかに事実の究明が必要です」
「それがアンタたちの根城である『塔』に来いってんだから冗談じゃないと言ってるんだ。信用できるわけがないだろ?」
「教会に対する不信は悲しむべき無知です。『青の騎士』には捜査権が付与されています。あなたを連行することが可能なのです」
「『灰の修道』の付き人、だっけ? グランドホテルに来たときには誰もケガなんてしてなかったし、帰るときもそうだ。じゃあ、誰が暴行を加えたんだろうね? どうも、僕には、血の気が多いゲロップが怪しいと思うけどな」
「貴様!『灰の修道』に罪を着せると言うのか!」
「コニア様! もはや聞く必要はありませぬ、この子どもに処罰を加えましょう!!」
神殿騎士たちが抜剣する。ヒカルはリヴォルヴァーを握る——と。
「ダメです。神の前での審問を経ることなく処罰を加えるなど、単なる暴漢ですよ」
コニアがたしなめる。
「う、ぐっ……」
「で、でもですよ、コニア様。そんな態度だから子どもが増長するのですよ!」
「そうだ!」
神殿騎士たちはコニアすらも憎そうに見る。
「我らは神が決め、聖人が伝えた手順を守るからこそ、騎士なのです。教会の教えを多少なりとも侵害してはなりません」
コニアは折れない。よく言えば清廉潔白、悪く言えば融通の利かない愚直。頭が鋼でできてるんじゃないかとヒカルは思った。
「その話、長い? 僕はもう行っていいか?」
「このガキ!」
怒りが臨界点を超えたのか、声を荒げて神殿騎士が踏み込んでくる。さすがに武器を手にしていないヒカルに剣を振り下ろすような真似はしなかったが、剣を持たない左手でヒカルの襟首をつかもうとする。
「——これは正当防衛だぞ」
ヒカルは騎士の懐に飛び込むと、突き出された左手をつかんでそのまま——投げた。
「うおわ!?」
騎士は一回転すると、ずしん、と大きい音を立てて地面に転げた。
一本背負いである。
受け身を取れなかった兵士は白目を剥いた。
(中学の授業でちょっとやっただけだったけど、「瞬発力」と「筋力量」の補正でなんとかなるものだな)
相手が、ヒカルは子どもだと油断していたのも幸いした。
「今なにをした!?」
「この……!」
他の騎士が動こうとしたときだ。
「止しなさいと言ったのです!!」
コニアの一喝——神殿騎士たちは凍りつき、ヒカルですらびくりとする。
「……私は、止しなさいと、言ったのですよ。『青の騎士』の名において、あなたたちを止めたのですよ。その言葉に背いた者はどうなるか——」
「そ、背いておりません!」
にじみ出るようなコニアの迫力に、騎士たちは一斉に剣を鞘に収めた。転げた騎士だけは気を失っていたが。
そんな騎士たちをにらんだコニアは、小さく息を吐くと、
「冒険者ヒカル。あなたの『塔』への召喚に行きすぎた手違いがあったようです。手を出した騎士については後日必ず謝罪させ、規定の処罰を与えます」
「いや、構わないよ。僕に自由にするというのと交換条件でどうかな?」
「それはそれです。今から『塔』まで来てくれますね?」
だからそれがイヤだっつってんだろ! と心の中で叫んだヒカルだったが、どうにもこうにもこのコニアは杓子定規で、絶対に折れる気がないらしい。
ヒカルは話の切り口を変える。
「僕はポーンソニアから王女殿下の親書を運んだ使者だ」
「それは知っています」
「であれば外交の使者と同等の扱いをすべきでは?『塔』の作法では神殿騎士で囲んで連れ出すことが使者に対する作法なのか?」
「いえ、そんなことはありません。しかしながら親書を届けた時点であなたは冒険者ヒカルに戻っています。その後の行動については、外交の使者として扱うことはできないでしょう」
「それだけど、まだ僕の役割は残っている。ポーンソニア外務卿が到着し、親書を渡したことを確認してもらう必要がある。ならばまだ使者だろう?」
「ふむ……」
するとコニアはあごに手を当てて考える。
「そのような事例が過去にあったかどうか調査が必要ですね。……わかりました。ヒカル、『塔』で調べてから明日また来るのでそのとき話しましょう」
「…………」
すさまじいしつこさだな、とヒカルは呆れた。
「それと、あなたには暴行の疑いがかけられているので、別途監視をつけさせていただきます」
「監視だって? 僕は暫定的に外交の使者だろう?」
「外交の使者も暴行を働けば監視がつきます」
「…………」
「では。——誰か、彼を起こして」
コニアは倒れた騎士を他の騎士に任せ、訓練場から去って行く。
ぞろぞろと出て行く神殿騎士——何人かはヒカルをにらみつけていたが。
誰もいなくなった訓練場でヒカルはため息をついた。
「予想以上にめんどくさい人だったな……監視とか邪魔すぎる。こっちから動いて『解決』に導くか」
ヒカルは歩き出した——「隠密」を発動した彼は、空気に溶けるように姿を消した。