作品タイトル不明
青の再会……?
そのころ、ポーンソニア王国衛星都市ポーンド。
冒険者ギルドの応接室には頭を抱えるサブマスターの姿があった。
「サブマスター。東方四星の皆様をお呼びしました」
「あ、ああ、ありがとう……」
懐から丸薬を取り出して口に放り込む。それをグラスの水で流し込んだ。
オーロラに連れられて最初に入ってきた東方四星のリーダーであるソリューズはサブマスターを見て、
「どうしました? だいぶ、おやつれのようですが」
「この状況で平気な顔ができるとしたら、そいつは化け物だよ……」
げっそりしながらサブマスターが席を勧めるが、ソリューズは、
「シュフィ、サブマスターの治療はできるかな?」
「わかりました」
「えっ。い、いやしかし……」
「ちょっとしたサービスですよ。治療費を請求したりはしませんからご安心を」
ソリューズに言われ、浮かしかけた腰を落ち着けるサブマスター。ソファの背後から回り、シュフィはサブマスターの肩に手を載せる。そして詠唱をつぶやいていく——と、
「お、おお……すばらしい腕前だ。胃の痛みが溶けるようになくなったよ」
「疲労回復まではできませんから、どうぞ睡眠を取ってください」
にこりと微笑んでシュフィはソリューズの隣に戻る。彼女が「聖女」だと、ちまたでは呼ばれる理由をサブマスターは知った気がした。
そんな彼女たちから一度、サブマスターは仕事を奪っている。ポーンドで暗殺されたモルグスタット伯爵の令嬢護送依頼だ。東方四星だって当然そのことを忘れてはいないだろうが、今はこうして話ができるまでには関係が戻った。それもこれも内戦のおかげなのだが、内戦のせいでサブマスターの胃痛が止まらない部分もある。どっちもどっちだ。
「それで、サブマスター。今回のご用件は?」
「もしかしてヒカルが失敗したのかしら!」
ソリューズの後に言ったのはセリカだ。
ヒカルがポーンドで依頼を受けてから9日が経っている。期限まであと1日残ってはいるが。
「いや、そうじゃない。というよりヒカルはもうアギアポールに到着したらしい。アギアポールの冒険者ギルドから連絡があった」
「ヒカルならやると思ったわ!」
セリカだけは「当然だろう」という顔をしていたが、残りの3人は驚いたようだ。さらに言えばヒカルは2日前に到着しているのだがサブマスターはそこまで話さなかった。
オーロラがお茶を注いで回る。それが終わるのを待ってから、ソリューズは再度たずねる。
「ヒカルくんに関する話ではないとすると、ポーンドの防衛に関することでしょうか?」
「いや、それでもないんだ。実は、君たちについてだ」
「……私たちについて?」
うなずき、お茶で唇を湿らせてからサブマスターは言った。
「冒険者ギルドを通じて正式に申し込まれたことだ……多人国家アインビストの王、ゲルハルト=ヴァテクス=アンカーが客人として君たちを王宮に招きたいそうだ」
東方四星の4人はレストランの個室を借りて話し合いを行った。サブマスターから聞いた話についてどう返答するかを決めるためだ。
「まずは条件を整理してみよう」
とソリューズが切り出した。
・アインビストの獣人王ゲルハルトが、東方四星を「客人」として王宮に招きたいと冒険者ギルドに連絡を入れた。
・「客人」待遇は最上級の「国賓」待遇からは3段ほど劣るが、通常は諸外国の貴族を迎えるために使う待遇だ。この待遇を申し出ている以上、東方四星に危険はないと保証している。
・招聘の目的については「類い希なる冒険者の知見を聞きたいため」としている。当然冒険者ギルドも「内戦に関与しているアインビストが、なぜこのタイミングで王国所属の冒険者を招聘するのか。内戦に影響が出るのではないか」と疑問を返した。獣人王は「我が名にかけて、東方四星がホープシュタット滞在中に兵を動かさないことを約束する」と言った。
・招聘に関して報酬は出ない。これは「金で釣った」「金に釣られた」と見せないことから儀礼慣習的に当然だった。
「ま、問題はなんで獣人王がウチらを呼んでるのかってことだよねぇ〜」
サーラが干菓子を口に放り込みながら軽い口調で言う。
「そう。先入観なしの推測をみんなから聞きたいの。シュフィはどう?」
「……獣人王は卑怯な真似をすることを最も嫌うと聞いていますわ。ですから、今回の内戦がらみではないと思います。ひょっとしたらわたくしたちが王国を出ようとしていたことを知っているのではありませんか。そしてアインビスト所属に切り替えさせたいと考えた」
「なるほど。サーラは?」
「そうだにゃ〜〜〜……嫁探しとか」
「嫁!?」
「獣人王はもう1ダース以上の奥さんがいるけど、まだまだ足りないらしーよ? ウチらみたいに戦えて、しかもきれいな奥さんを探しているとか?」
「……なるほど。セリカは?」
「…………」
セリカは目を閉じて腕組みをしていた。
「セリカ?」
「理由はわからない、でも行くべきだと思うわ!」
「……急に結論に飛んだね。どうしてそう思うの?」
「あたしたちが首都ホープシュタットに行っている間は内戦が停まるんですもの! 戦局に動きがなければないほど、王子側は戦力の維持が難しくなるわ! 彼らは要塞都市レザーエルカしか押さえてないもの!」
「ああ。あそこは食料の備蓄が少ないだろうしね。商業的な拠点になっていたけれど、それはポーンソニアとアインビストとの交易が行われていたからだし」
ポーンソニアが交易を止めれば、王子はアインビストから食料を買わざるを得ない。アインビストがどこまで王子に甘い顔をするのかはわからないが、ビオス宗主国に調停を申し出ているところを考えると、王子の懐は寒いのだろう。
「内戦が、話し合いで終わるのならそれがいちばんだわ!」
「…………」
「なによソリューズ!」
「……いや、セリカからまさかそんな冷静な意見が聞けるとは思わなくて」
「あたしはできる子なのよ!」
ふんっ、と荒く鼻息をつくセリカ。それを「よくできましたね〜」と横からサーラが頭をなでてやる。
「アインビストの冒険者ギルドは大陸で最も大きい。獣人王も私たちに敬意を払うはず——セリカの言うこともあるし、私は行ってみてもいいかなという気になっているけど、シュフィとサーラはどうかな?」
「構いませんわ」
「いいよ〜」
「じゃあ、ホープシュタットへ行ってみましょう」
東方四星がゲルハルトの招聘に応じると聞いて、冒険者ギルドのサブマスターは驚いた。ポーンソニアの考え方からすると「あんな亜人の多い危ない国によく行くな」という感じなのだろう。しかし東方四星がアインビストに行っている間は軍が動かないという条件はサブマスターを大いに安心させた。
ソリューズたちはそこまでアインビスト行きに不安を感じていない。国境を越えて移動するのは冒険者としてよくあることだし、今回のように国王が招聘するというのは名誉だからだ。
ただ——セリカだけは考え込むことが多かった。
(……なんだか変な感じがする)
セリカのソウルボードに「直感」はない。ただ彼女は、この世界に転移してすぐに生死のかかったサバイバルをくぐり抜けている。
そのときに身につけた「精霊の愛」がある。目には見えないが確実に存在する「精霊」から愛されている彼女は、時々、そんな予感を得ることがあった。
(でも、今これを断っても、獣人王はあきらめないのよね? ——なら、こっちが主導権を取ってやるわ)
声なき精霊の声を聞きながら、セリカはそう思った。
(……きっとヒカルならそうするだろうし。 彼女(あの子) だってそうするはず)
彼女の脳裏に、同じ境遇である日本人の少年、そして親友だった少女がいたこともまた確かなことだった。
* *
アギアポールの冒険者ギルドには訓練場が併設されていた。ポーンドのような小さな街では街の外に出ればいくらでも土地があるが、アギアポールほど街が大きくなると外に出るのも一苦労だ。だから、小規模ながらも訓練場があるのだろう。
「……フッ!」
他に冒険者もおらず貸し切り状態だ。ヒカルはそこで、身体を動かしていた。学院で教官ミレイから教わった小剣を持った場合の足さばきなどの復習である。
ウゥン・エル・ポルタン大森林のモンスター大繁殖後、ボーダーザードでラヴィアがさらわれそうになったとき、ヒカルはソウルボードの「瞬発力」を5まで上げた。「筋力」が1なのでバランスがあまりよくなく、いかに肉体に負荷をかけずに瞬発力を利用するかというトレーニングを毎日続けている。
「だいぶマシになったかな」
ヒカルの踏み込んだ地面はえぐれ、背後へと土くれが吹き飛んでいる。そんな痕跡が訓練場中に広がっている。
「隠密」を保ちながら相手に接近するテクニックは、ある程度形になってきた。ヒカルは汗を拭きながらベンチに座って休んでいた。
「なんだこれは?」
「冒険者ギルドはまともに整備もできんのか」
そうしていると訓練場の入口から声が聞こえてきた。おいでなすったか、とヒカルは思った。ゲロップにお帰りいただいて、教会が納得してくれるとはヒカルとて考えてはいない。次に来るのはおそらく武闘派だろうという確信にも似た「直感」があった。
案の定、訓練場に入ってきたのは神殿騎士らしい完全武装の者たちだ。
(ラヴィアとポーラには席を外してもらってよかったな)
ホテルには「冒険者ギルドに行く」と言っておいたのでヒカルを見つけるのはさほど難しいことではないはずだ。
交渉の流れによっては面倒が増えることは間違いない。ラヴィアはともかく、ポーラは見た目は「灰の修道」だ。話をこじれさせないためにもふたりには街の散策に行ってもらっている。できれば図書館の場所も探して欲しいと伝えておいた。この世界で冒険者をやっていくには知識は生命線だ。
「あっ、あいつだ!」
「コニア様! あそこにいます!」
コニア? とヒカルが思っていると、神殿騎士とともにひとりの女性が訓練場に現れた。
紫色の髪は今日は縛られておらず、青色の胸鎧にまで垂れている。冷静な物腰から彼女を大人びて見せているが、よく見ればヒカルとさほど年齢が違わないだろうことがわかる。
青いマントをたなびかせながら、彼女はヒカルへと向かってくる。
「————」
ヒカルは、瞬時、言葉を失った。
なぜなら——その「青の騎士」は、ヒカルの知っている人物にあまりにもよく似ていたからだ。
昼下がりの部室で、明るい窓を背後に背負ってヒカルに微笑みかけた彼女——。
そして言ったのだ。
――あなた生意気ってよく言われるでしょう?
それは恋心と呼ぶにはあまりにも未熟な感情だった。
だけれどまだ、ヒカルの心には残っている。消しゴムでは消しきれなかった、ノートの文字のように。
『葉月先輩——』