作品タイトル不明
灰の勧誘
ヒカルたちが宿泊している「グランドホテル・アギアポール」では、朝食はラウンジでとることができる。ホテルのエントランスに面しているラウンジは広々としていて、テーブル同士の間隔も十分だ。白パンに白ソーセージという相変わらず「白」にこだわりを感じさせる朝食メニュー。野菜はもちろん色とりどりなのだが主食と主菜は白ということなのだろう。
「このホテルチェーンはすごいな。各地の特色をちゃんと取り入れてるし、標準化するべきところは標準化している」
「? そうなの?」
ラヴィアとポーラはよくわからないという顔をしたが、ヒカルはひどく感心した。
「大都市にだけ出店しているホテルチェーン、って言うだけなら簡単なんだけど、ちゃんとホテルの質を落とさないで、しかも違う国の文化を取り入れるって相当難しいことだよ。情報の共有だって国境を越えれば楽じゃないのに、どのグランドホテルに行ってもクオリティは一定水準をキープしてるし……」
「お褒めにあずかり光栄です」
ウェイターがやってきて、グラスに水を注いでいく。どこか苦笑しているのは、ある程度年の行った資産家がホテルを褒めるのならともかく、10代半ばにしか見えないヒカルが専門家のような褒め言葉を口にしていたからだろう。
「……ちなみに、どうやってグランドホテルはこのサービスを維持しているのか聞いてもいいかな?」
当事者に聞かれてしまった恥ずかしさはあったけれど、いい機会だからとヒカルは聞いてみた。するとウェイターは、
「オープンから1年間は、他のグランドホテルで経験を積んだスタッフが常駐しているんです。現地で雇用した従業員にその1年でみっちりグランドホテルのクレドを教え込みます」
「なるほど……」
「なにかありましたら遠慮なくお聞きくださいませ」
一礼してウェイターは去っていく。
「ヒカル。クレドってなに?」
「経営理念とかそういう意味だね。ホテルの場合はサービスにおける根本的な価値観とか、そういう内容のことだよ」
「へぇぇ」
「ヒカル様、なんでそんなことを知ってるんですか? ホテルで働いたことがあるとか……?」
「まさか」
「ヒカルがホテルマンなんて想像もつかないわ」
ラヴィアがころころと笑う。そこまで笑われるとちょっとどうなの? という気持ちにならないでもない。
と、そんなことを話していたときだ。
「ヒカルという冒険者はいるか」
ラウンジの入口で大きな声を上げる男がいた。灰色の修道服を着た5人ほどの集団である。グランドホテルに泊まるのは商人が多いのでその修道服は目立った。
「げっ……」
ヒカルが思わず絶句するのも仕方がないことだろう。ホテルの人間に恫喝しつつヒカルの所在を確認し、こちらにのしのしと歩いてくる男には見覚えがある。
「お前がヒカルか。光栄に思うがいい。このたび赤の司祭様からの使者として——ん? お前は確か……」
修道士ゲロップである。
「人違いでしょう。帰ってください」
「バカを言え! 黒髪黒目の冒険者、ばっちりお前ではないか」
厄介ごとの予感しかしない。ゲロップは「塔」の前でヒカルと揉めたことを思い出したのか、苦々しい顔をする。だが、
「赤の司祭様がお前を呼んでいる。ついてまいれ」
「用件は?」
「来ればわかる!」
「じゃあ、断る」
「……は?」
わけがわからない、というようにゲロップは目を見開く。
「今なんと言った?」
「断る。意味もわからないのに呼ばれてホイホイついていかない」
大体こいつらは、無理矢理ポーラを連れて行こうとした前科もある。あのときの怒りはまだ冷めていない。
「バカを言え!!」
ゲロップが顔を赤くして怒鳴る。ラウンジ中の人たちがなんだなんだとこちらを見るし、ホテルの人間がこちらに走ってくるが、「灰の修道」を相手にはなにも言えないらしい。他の修道士に阻まれて動けないでいる。
「赤の司祭様に呼ばれた名誉を……断る!? しかもこの導師たるワシが来てやったのだぞ!」
「見ての通り僕は教会とはなんの関係もない。所属もポーンソニアだ。権力をちらつかせても意味はない」
「ポーンソニア風情が粋がるな! さっさと来い!!」
ゲロップが手を伸ばし、イスに座るヒカルの襟首をつかもうとする。が、その手首をヒカルはつかんだ。
「……ぬっ!? ふんっ、ふん!」
だが「筋力量」1のヒカルのほうが力が強く、手はびくともしない。こういうときは「筋力量」が大きいのは便利だな——とヒカルは今後「筋力量」に多く振ることも検討しようと考える。
「もう一度言うけど、僕は教会とはなんの関係もない。ただの冒険者だ。赤の司祭 様(・) がそんな僕を呼び出す理由をちゃんと言え。言えないのならば帰れ」
「きょ、教会を敵に回したらただでは済まないぞ!」
「言えないのか? 帰れ」
ヒカルは立ち上がると、力任せにゲロップを押し倒す。ゲロップはみっともなく尻餅をつき、怯えた顔でヒカルを見上げる。
唖然としていたゲロップの取り巻きたちがあわててゲロップを起こしにかかる。ゲロップの目から恐怖が消えて、羞恥心と怒りで顔が真っ赤になった。
「こ、こ、こんな侮辱を……!! お前! このことは赤の司祭様に報告するからな!」
「どうぞ、ご自由に」
どのみちアギアポールに長居する気もない。彼らが危害を加えようとしても「魔力探知」と「隠密」でどうにでもなるし、ポーンソニアの外務卿が到着したら依頼達成のサインをもらってお終いだ。その後はいつでも出立できる。
灰の修道たちはゲロップを抱えてラウンジを出て行った。ぽかんとしているホテルマンにヒカルは、
「騒がせてしまったようですみません」
と言いながらかなり多めのチップを渡そうとした。
が、彼はヒカルの手をぎゅっと握るだけで受け取ろうとしない。
「ヒカル様がここにご宿泊だということは、どなたかに話されましたか?」
「え? ——ああ、冒険者ギルドで言ったかな。たぶんゲロデブ……だったかな、あの男はギルドで聞いたんだろう」
ホテルマンは明らかにホッとしたようだ。ホテルの人間が情報を漏らしたことを心配していたのかもしれない。
「お客様がご無事でなによりです。不意なご来訪があった場合は、なるべく早くお客様にお知らせするようにいたします。ただ、申し訳ありませんが、徳の高い方々をお止めすることはわたくしどもではできないのです」
あれ? とヒカルは思う。なんだか思っていた反応とちがう。
この国では「教会」がすべてだ。灰の修道、しかも灰の中でもそこそこの地位にいるらしいゲロップを敵に回したヒカルを、煙たがるのではと思っていたのだ。
すると他の席にいた商人が声を上げる。
「朝からなかなか面白いものが見られましたな」
「まったく」
「今日はいい商売ができそうです」
「はははは」
パチパチとまばらな拍手まで起きる始末である。
(……もしかして。いや、もしかしなくとも——あの男は嫌われてるのか?)
教会全体が嫌われているとは思えない。シュフィの弟のシューヴァみたいな爽やかイケメンもいるのだ。
だが、ヒカルが感じたように灰色以上の階級には性根の曲がったヤツもいる。
「なんだか、変な気分だ。もめ事を起こしてそれが好意的に受け入れられるなんて」
「どこにでもいるのではないかしら、ああいう男は。ポーンソニアだって腐った貴族はいくらでもいるわ」
食後のお茶を飲みながら——ヒカルが揉めていてもラヴィアはいっかな気にせず食事をしていた——ラヴィアは言った。
「な、なに!? ろくに話もできず帰らされた!? しかも暴力を振るっただと……!?」
「赤の司祭様に命じられたことを果たせず、誠に申し訳ありません」
深々とゲロップは頭を下げた。彼の背後には顔を腫らした修道士がいたが、司祭はこの修道士がヒカルという冒険者に殴られたと考えたことだろう——実際は、ゲロップが腹いせに殴っただけに過ぎないのだが。
「ゆ、許せん! 教会に対してあまりに不敬! 誰か! 誰か『青の騎士』を呼べ!!」
赤の司祭はひどく興奮していた。彼がこの地位に就いたばかりということも大きいだろう。つまり、自分が「成り立て司祭」だからバカにされたと感じたのだ。
「お呼びでしょうか、司祭様」
「おお、コニア殿!」
やってきたのはコニア=メルコウリ。青の騎士だ。
赤の司祭はコニアに対して口早に説明する。ポーンソニアから王女の親書を持ってきた冒険者のこと。その者が教会に対して不敬を行ったこと。カティーナからは教会のための人材となるよう働きかけろと言われたが、一方で、人格に問題がある場合は捕縛するようにとも言われたこと。
「修道士に暴力を……」
その冒険者は、あり得ない速度でポーンソニアからビオス宗主国までやってきた冒険者だ。それだけの実力がありながら武装していない修道士を殴った、というのは若干腑に落ちない。
だが顔を腫らした修道士を見て、コニアの形の良い眉が崩れる。
「——今すぐに参ります」
「うむ。頼んだぞ」
コニアは神殿騎士を10名連れて、「塔」を出立した。