軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

白の教え

ヒカルたちは屋内市場から外へと出た。吹く風はひやりとしているが、陽射しもあるため街を行く人は多い。

『——・・・————・・・』

歩いていくと、通りの向こうからなにかが聞こえてくる。ちょっとした広場になっているようで多くの通行人が足を止めてそちらを見ていた。

一段高いステージに立っている男がいた。

灰色の修道服を着た男で、袖には白のラインがない。緑の髪を短く刈り込んでいる、涼しげな顔をしたわかりやすいイケメンだった。

魔導具を使って声を大きくしているのか、離れていてもその声はハッキリと聞こえた。

『聖ルザルカはこう言われました。《他者に優越を感じても、おごってはならない。人には尽きることのない可能性がある。神を信じ、その道を進めば加護が与えられる》と。やがて、かの村には大いなる加護を得ることができた者が現れ、聖ルザルカや聖人たちの話をもっと聞きたいと願い、このアギアポールへやってきたと言われています。しかしアギアポールへと来ることを聖ルザルカは望まなかったと言われています。それは、危険であるからとか、教えを広めることを望んでいるからとか、いろいろと諸説ありますが、私はこう思います。どんな困難が待ち受けていても信徒たちはアギアポールを目指したであろうと——』

どうやら教会の教えを説いているようだ。

なんとはなしに聞きながらヒカルはつぶやく。

「……教え自体は、神が行うわけではないんだよな。教会が説くのは、神を信じた聖人たちの話だ」

それは当然と言えば当然だった。この世界で「神」とは、ソウルカード上に現れる存在であり、実在が確認されているものの意思疎通できる相手ではないのだ。

(でも不思議だ……神は話さないのに、龍は話す。龍は神の遣いだけど、神の意志を知らない)

コウは龍だ。龍の住処——天界にいたとき、神の存在を身近に感じていたという。だがこの地上ではその存在は希薄であると。

同様に、地上では邪の気配も感じているらしい。

人間は聖も邪も両方扱う。

「信者の中ではやっぱり聖ルザルカのお話がいちばん人気がありますね」

「ルザルカよりナタリアのほうがわたしは好き」

「ラヴィアちゃんはマニアックなのね……聖ナタリアのお話はほとんどが変わった人との問答じゃない」

「あの問答には真実があると思うの。『この世に神の意志が働くというなら、我が果実をもぎ取るのも神の意志か。ならば神はなぜ果実を腐らせる』とか」

「しかも聖ナタリアのお話じゃなくて、変人さんの言葉に興味があるなんて……!」

教会の娘であるポーラと、本の虫であるラヴィアが宗教トークを始めている。

ヒカルはラヴィアほど本を読んでいない。ましてや宗教の本となればなおさら読む必要はないと思っている。読まなければならないのは、ソウルカードに現れる「職業」に関する知識や魔導具に関する知識について書かれた本だ。つまるところ実用書である。

だけれども楽しそうなラヴィアとポーラを見ていると、自分も本を読んで話に混ざりたいと思えてくる——。

「…………?」

そのときふと、ステージに立っているイケメンがこちらを見た。そして、目を見開いたような気がした。

それから5分ほどで説法が終わった。この説法はアギアポールでは毎日のように行われているものであり、確かに聖ルザルカの話は起伏があって面白かった。

この街では聖人の話は季節の挨拶と同じくらい会話でよく使われるモチーフなので、知っておいたほうが得なのだ。聞いている人たちもそれなりに真剣だったし、聞き終わると去っていく。

「まさか最後に、ルザルカの騎士がああいう行動に出るとは思わなかったな」

「ルザルカの騎士、カッコイイ」

「ラヴィアは献身的な男が好きなのか?」

「ううん。ヒカルが好き」

直球で言われたので、思わずヒカルは口をぱくぱくさせ、ポーラが苦笑しつつ「ごちそうさまです」などと言った。

とそのとき、

「すみません。もしかしてあなたは、ヒカルさんではありませんか?」

振り返るとそこには先ほど説法していたイケメンがいた。

コイツは僕の名前を知っている——ヒカルは警戒レベルを一気に引き上げたが、次の瞬間、警戒を解いた。

【ソウルボード】シューヴァ=ブルームフィールド

年齢18 位階11

16

【生命力】

【知覚鋭敏】

【聴覚】3

【精神力】

【心の強さ】1

【信仰】

【聖】3

【カリスマ性】1

【魅力】1

これが彼のソウルボードだ。シューヴァ=ブルームフィールド。ブルームフィールドという名前をヒカルは知っているし、よく見れば緑色の髪も、涼やかな面差しも、どこか 彼女(・・) に似ている。

「説法の途中で、全然関係ない聖ナタリアの話が聞こえてきたのでなんだろうと思ったんです」

ラヴィアとポーラの話が聞こえていたらしい。「聴力」3のなせる業だろう。

「そうしたらあなたがいて……黒髪黒目の少年冒険者、ヒカルさんのことは姉がよく手紙で報せてくれました」

「姉?」

一応知らないフリをすると、

「シュフィ=ブルームフィールド。東方四星というパーティーを組んでいる冒険者です」

やはりシュフィの弟だった。

「そうですか。シュフィさんには何度かお目に掛かったことがあります。——お姉さんは僕のことをなんと?」

「……あ、あはは。そのぅ、非常に理知的で少年とは思えない洞察力をお持ちだと……」

なるほど、「へりくつこねてる生意気なクソガキ」とでも書いてあったのかな、とヒカルは考えた。

「それに、ラヴィアさんに——こちらがポーラ 様(・) ですか」

様付けと来た。

どうやらシュフィはポーラの尋常ではない回復魔法について弟に伝えたらしい。

ヒカルたちがアギアポールへ向かうことをシュフィが推奨したのも、弟がいるからだったのか。ポーラを教会に入れるよう弟にハッパをかけたことは十分考えられる。

「お会いできて光栄です!」

さっと近づいてポーラの手を握ろうとしたので、ヒカルはポーラの前に立った。

ヒカルが剣呑な目をしたことに気づいたシューヴァはあわてて、

「あっ、その、大丈夫です。そういうんじゃありませんから!」

「なにが『そういうんじゃない』と?」

「あの、教会へ入るのは人の自由ですし、私がどうこう言えることではありません。ただ、姉が……教会組織内を見ても十指に入る回復魔法の使い手と言われる姉が、ポーラ様のことを『希有な才能の持ち主』と書いていたので、思わず……その、不愉快な気持ちにさせてしまったら申し訳ありません」

シューヴァはぺこりと頭を下げた。

(姉と違って素直な人だな。どう見ても僕のほうが年下だとわかっているだろうに、対応が丁寧だ)

多くの人に言わせればシュフィもまた「素直」で「すばらしい女性」なのだが、ヒカルから見ると、「なにを考えてるかわからない(ソリューズの次に)得体の知れないヤツ」である。

「シュフィ様がそのように言ってくださって大変光栄なんですが、私の居場所はヒカル様のそばです」

ポーラがにこりと笑って断言した。それをまぶしそうな目で見たシューヴァは、

「そうみたいですね! あの、ヒカルさん。アギアポールでなにか不都合があればおっしゃってください。私にできることはなんでもしますから!」

そう言い残すと去っていった。

爽やかな風が吹き去ったような、そんな感じがした。

最初は警戒したが、終わってみたら彼に悪い印象がまったくない。

「修道士なのに……冒険者の僕にも礼儀を尽くしてくれるんだな」

この国では「色」による階級がハッキリしている。修道士は最下位ではあるが、実はそれ以外の人間——商人、冒険者などはさらに下という扱いなのだ。

「塔」では赤や青からいいように使われる修道たちは、市民の前では大きく出ることがある。

それなのにシューヴァにはそのようなおごりが微塵もなかった——聖ルザルカがそうであったように。

「いい人もいますね、ヒカル様!」

「多少はこの街の印象が良くなったよ」

それは認めないわけにはいかなかった。

その翌日——「塔」の一室。「赤の司祭」は部屋に運ばれてくる荷物を見ながら満足そうにうなずいた。

「いやはや、ようやくここまで来た。これからは『塔』こそ我が家よ。こんな名誉はないぞ」

「ははぁ、まったくそのとおりですな」

揉み手をしているのは「灰の修道」ゲロップとその取り巻きたち。

「ところで、この部屋は先の司祭が失脚したから空室になったと聞いていますが——」

「シッ!」

ゲロップの言葉に、司祭が人差し指を立てる。

「めったなことを言うものではない。かの司祭は遠方へ旅立たれたのだ。結果、聖都で布教活動を進めるべき人材が足りなくなり、見事このワシが指名されたというわけだ」

「まさにそのとおり!」

「くれぐれも口には気をつけなさい」

「承知いたしました」

「わかればよろしい——しかし、なかなかよい品物を持ってきたな」

司祭は壁に設置された書棚——木目の美しい書棚を眺める。

「へへ、それはもう……司祭入りされたお祝いですから最高級品をご用意しました」

運び込まれているものはすべてゲロップからの寄進物——つまるところ賄賂である。

「赤の司祭」はにやにやしながら「これからも励みなさい」などと言う。要は「もっと賄賂寄越せ」である。

「——司祭はいるか」

その部屋に入ってきた人物があった。

「! これはカティーナ様!」

「!?」

紺色の髪を揺らして入ってきたのは教皇の上席秘書官、カティーナだ。ゲロップは彼女のことを知っていたが、取り巻きはよくわからない顔をしている——灰でも赤でも紫でもないので、一般人かと思っているようだ。

「膝をつけ、バカ者!」

取り巻きに跪かせながら自身も頭を垂れるゲロップ。最高権力者に最も近い人のひとり、それがカティーナだ。雲の上の存在でもある。

「ど、どうなされましたカティーナ様」

司祭もまたあわてている。紫ならともかく、カティーナが来るとは思わなかったのだ。

「まずは司祭への昇格、おめでとうございます」

「ありがとうございます。これもすべて教皇聖下のお心に沿った……」

「ひとつお願いがあるのですが」

口上を遮って、カティーナは言う。「お願い」と言われて司祭が断れるわけもない。

「なんでございましょう。この身でできることでしたら粉骨砕身、なにがなんでも……」

「冒険者に会ってもらいたいの」

相変わらず最後まで言わせない。

「黒髪黒目の冒険者よ。名前はヒカル。あなたにお願いしたいことは、彼をこの国所属にすること——つまりあなたの手駒にすること」