軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

「塔」の散歩

国の頂点に君臨する唯一の「白」である教皇は、イスに深く腰をかけていた。そして額を、とん、とん、とんと拳で叩きながら目の前で跪く秘書を見下ろす。

「『灰』を差し向けたところ説得に失敗したどころか暴力を振るわれ、『青の騎士』に捕縛を依頼すると外交特権を盾に帰らされ、なおかつ神殿騎士も歯が立たず、監視もまかれて今どこにいるかわからない、と……そのヒカルとやらは」

「も、申し訳ありません」

「余はなんと言ったか忘れたか」

「はい……可能であれば味方に引き入れ、無理であれば消せと……」

「騒ぎを起こして手のつけられない存在にしろ、などとは一言も言っていない。そうだな?」

ますます頭を下げる上席秘書官カティーナ。

「……ならば、次はどうする」

「は、はい! どうやら、かの冒険者はこの神聖なる『塔』を警戒しているようです。ですから別の場所にて話をしようと……その場には私めも出向きます」

「わかった。それでいい。——あと5日だ」

「5日、でございますか?」

「ポーンソニアの外務卿を乗せた船が我が領海内に入った。聖都到着まで5日といったところだろう。外務卿が来れば簡単には手を出せなくなる」

「そ、そうでしょうか?『青の騎士』が確認したところ外務卿が到着すれば外交の使者としての身分ではなくなり、冒険者に戻ると言われたそうですが……」

「少しは考えよ。期日の10日以内、どころか7日で親書を届けた冒険者だぞ。そのような実力者を外務卿が放置するワケはなかろう。余の読みでは必ず会談にも同席させ、帰路でも護衛とするであろう」

「あ——」

「わかったら行け。時間はないぞ」

「か、かしこまりました!」

あわててカティーナは立ち上がると、教皇の執務室を出て行った。

「無能しかおらぬのか、ここには……」

教皇は深いため息をついた。

ヒカルについては勘違いも甚だしいが、カティーナは教皇の言うことを信じ込んだ。

カティーナを首にすることはたやすい。だがカティーナは教皇の秘密を知りすぎている。不満はあるがうまく使わねばならない。

「……しかし、その冒険者、気になる。齢は10代半ばというが、そのような者が騎士や修道を手玉に取れるものか? もしや『天ノ遣』に属する『職業』を持っている、とか……」

そのころ、件の冒険者であるヒカルは「塔」の入口にやってきていた。跳ね橋は下りていて多くの修道士や出入りの商人が行き交っている。

中には豪奢な馬車も走っており、中にはそれなりの人物が乗っているだろうことをうかがわせる。

もうコニアはとっくに中に入っているだろう。実のところヒカルは、グランドホテルに寄ってラヴィアたちにメモ書きを残していた——追われる可能性が高いので違うホテルに移るようにと。

アギアポールはビオス宗主国の都であるために巨大都市となっていた。ヒカルの記憶ではアギアポールに匹敵するのはポーンソニア王都、ギィ=ポーンソニアくらいだ。

グランドホテルと同等のホテルも多いし、場末の宿まで含めると信じられないくらい多くの宿が存在する。神殿騎士の目をくらませて宿を取るなどたやすい。

「さて、と……とりあえず地理の把握かな」

念のためフードを目深にかぶり、銀の仮面をつけたヒカルは「隠密」を発動させているので誰も気づかない。門をくぐって「塔」の敷地内に入ると、確かに「城」とはちょっと違う。もちろん櫓や矢を放つ場所、騎兵の駐屯所など軍備もされているが、それ以外の場所は清潔だった。

芝生があり、白い建物が囲っている。歩いている修道士たちは大抵聖書や書籍を抱えており、どこか「大学」のような雰囲気を漂わせていた。

どんどん中心部へと歩いていくがこれといって気になる場所はない。中心には教皇の住まう建物があり、一般的な国で言うところの王城がそびえている。

内堀を越えていくと——急に雰囲気が変わった。

きらびやかな垂れ幕がかかり、壺や絵画といった美術品が出てくる。貴族の邸宅のようではあるが全体の色調が白いので、美術館のようにも見える。

警戒に当たっている神殿騎士もよく磨かれた鎧を着て、見た目も悪くない男がそろっている。小間使いの女も同様だ。

「聖ルザルカは『過ぎたる財は貧しい者に与えられるべき』と説いていたんじゃなかったっけ?」

華美な内部に呆れながら歩いていくヒカル。

廊下の向こうからやってくる神殿騎士2名に気がついた。彼らはコニアとともにヒカルを追ってきた騎士だ。

「チッ……あんな小娘に偉そうな顔されてやってられねぇよ」

「まあまあ、そうカリカリするなよ。仕方ないだろ、階級が上の人間に逆らえないんだから」

「つってもあれはないだろう。『塔』の中でも外でも、俺たち神殿騎士は半端者だ。せめて『灰』にでもしてくれりゃ違うのに」

「声が大きいぞ。神階五種への批判は信仰心欠如を疑われて重罪一直線だ」

「わかってる……だからあんな小娘がのし上がれるんだろ」

ヒカルの横を通り過ぎていく。ソウルボードを見ても、ポーンソニアにいたイーストなどの騎士と比べると見劣りする実力だ。ハッキリとは覚えていないがコニアも同程度だったはず。

(また会うことがあればちゃんとソウルボードを見ておこう。……にしても神殿騎士なのに信仰心たっぷりってわけじゃないんだな)

人間くさい彼らの一面に触れて、宗教国家だろうとなんだろうと中にいるのは同じ人間なのだなとヒカルは思う。

そこからさらにヒカルは歩いていく。あちこちで情報を集めていくと——おぼろげながらもこの国のうさんくさい部分が見えてくる。

「今度入られた『赤の司祭』様。もう小間使いに手を出してるらしいわよ」

「あれって前の司祭様が抜けた穴よね?『教皇派閥』だっけ……でも約款違反にならないのかしら?」

「約款違反よ。『塔』を構成する司祭のうち半数は地方で10年以上の司祭経験を持ってなきゃダメ。おまけにその国の推薦も必要」

「新しい司祭様は?」

「そりゃずっとアギアポール暮らし。元は商人の次男坊だって話よ」

「えー」

「でも お手つき(・・・・) になれば贅沢できるかもよぉ?」

「やだー」

「きゃははは」

という小間使いの会話。

「今日はあの怪しげな連中を見てないな」

「はっ。研究にも休息はあるとかで、本日と明日は来ないようです」

「ふん。ずっと来なければよいのだ。大体、なぜ『塔』の内部で研究などをしている?」

「それは……私にもわかりかねます」

という「青の騎士」と神殿騎士の会話。

「荷物運び終わりました」

「結構。下取りの商人は明日来るのですね?」

「はい。……あのぅ、ちょっと疑問なのですが、あのお部屋は『赤の司祭』様が遠方へ布教の旅に出られたために空いた部屋なんですよね? なのに、その、貴重品もいろいろ残っていたというか……」

「君、心して聞きなさい。かの司祭様はあらゆる世俗を捨て、必要最低限のものだけを持って布教の旅に出られたのだ。私物は処分し、そのお金はすべて教会に寄進するという。まさに聖ルザルカの再来である」

「そ、そうだったんですか!」

という、小間使いのリーダーと、部下との会話。

ヒカルは、カギと罠さえなければどこへでも行ってみるつもりだったが、教皇や貴顕、司祭たちの部屋は自動でカギが掛かるようになっておりなかなかセキュリティは厳重のようだ。

そんななか聞いた、最後の会話。

(中の住人がいない部屋ならカギが掛かってないかもな……ちょっと見てみよう。仕組みがわかるかもしれない)

いよいよもって解錠や罠解除の知識が必要だなと思いながら、ヒカルは消えた「赤の司祭」の部屋へと向かう。

カギは掛かっていない——というより、開け放たれていた。周囲を確認し、ヒカルはドアノブを見る。

「ふーむ……なるほど、こう動くと、こっちのバネが動いて……現代日本のカギと全然違うな。『魔力探知』に反応はないから魔術的なものじゃないし」

結論としてはカギの複製か、針金を使うピッキングのような技術が必要そうだった。

ふと、ヒカルは部屋の中をのぞきこんだ。

本棚はカラッポで、寝台に布団はなく、大きめだが備え付けの机がある部屋だ。

「……確かに、荷物は全部運び出されてるよな。でも——これって」

ヒカルの「魔力探知」に反応があったのだ。

机の内部から。

引き出しに手をかけると、動きも滑らかに音も立たず開けることができる。

当然、カラッポだ。しかし、

「奥が二重底になってる……」

端をぐいと押し込むと板が外れた。

そこから出てきたのは1冊の手帳だった。