軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

獣人の王

見渡す限りの草原は、土の隆起に合わせてうねりができており、それは大海原のように広がっていた——歴史書をひもとくと、そうある。今から1,000年以上も前のことだ。現状は枯れて土色の大地が広がっているだけだ。

多人国家アインビストの首都、ホープシュタットはそんな荒れた大地の中央に位置する。荒れた土地を貫く街道を進んでいくと、突如として現れる大都市——それがホープシュタットだ。

多人国家アインビストの人口はポーンソニア王国の1.5倍という規模だが、ホープシュタットと王都ギィ=ポーンソニアを比べるといささか小さく見えるだろう。それもそのはずで、「多人国家」の名前のとおり、アインビストには様々な種族が暮らしている。西の大森林にはエルフが多くの集落を持っているし、火山のそばにはドワーフの街が、塩湖のそばには岩人族の村もある。

広い国土のあちこちに人口が分散しているのだ。そのため、首都の規模は他国と比べて若干小さい。

多人国家は王の下に各部族・種族から選出される「長老」による「評議会」があり、これが国の運営を議論している。王は評議会を尊重することが義務づけられているが、最終的に強権的に決めることもできる。一見、傍若無人とも見えるこのシステムが許されているのは、アインビストの王を選出するプロセスが一風変わっているからである。

「強い者が王である」——世襲はない。王は1期6年を務めると、「選王武会」と呼ばれる武の大会が行われる。各種族の代表がこれに参加し、優勝者が次期王となる。

「ゴットホルトから相談、だとォ……?」

現王、獣人氏族(獅子)の代表にして前回「選王武会」の覇者であるゲルハルト=ヴァテクス=アンカーは、連絡にやってきた獣人の男をにらみつける。

獅子のごときたてがみは赤く、顔こそ人間とほとんど同じだが牙は鋭い。筋肉は分厚く、身の丈は2メートルを超えるという大男である。

冬でもさほど寒くならない首都ホープシュタットで、ゲルハルトは服の前をはだけている。胸元には大粒の赤い宝石が、首飾りとしてぶら下がっていた。

彼の左右には露出の多い服を着た美女が——そのひとりとして同じ種族の女はいない——何人も 侍(はべ) っている。

「申し上げます。ポーンソニア国内レザーエルカに我が軍は駐屯しております。冒険者パーティー『ライジングフォールズ』の武器が盗まれたという問題が起き、『ライジングフォールズ』メンバーは従軍を拒否。またポーンソニア王太子オーストリンは、停戦調停を模索しているとのこと。ゴットホルト様の相談とは、今後の行動についてです」

報告者は手元の用紙を読み上げた。

そこは王と1対1で話ができる謁見の間。軍人や文官が壁際に並んでいる。

「カッ、バカじゃねえのか? 今さら通るわきゃねえだろォが」

「それがビオス宗主国教皇聖下は調停を推進すると明言されました」

「あの老いぼれがァ……」

ぐるるると獣人王ゲルハルトが喉を鳴らすと、居並ぶ家臣が顔を青くする。王の機嫌が悪いというのは彼らにとって大きな関心事なのだ。

(……国王陛下がお怒りですぞ)

(……まずいな、これは。先月はこれくらいの機嫌のときに3人死んだ)

(……ウチの報告がない日でよかった)

獣人王は、力によって得た地位だ。それゆえに暴走した場合、誰も止めることができない。先月の事件では汚職の容疑で引っ張ってこられた3人を、取り調べもせずにゲルハルトは殺してしまった。その後「死罪」に匹敵する証拠がでてきたからよかったようなものの、これで「無罪」だったら目も当てられない。

こんなやり方で王を決めるのは間違いではないか——そういう意見も上がらないではない。しかし、このやり方でアインビストは長年続けてきた。そしてこのやり方を支持する部族も多い。

現王、ゲルハルトは「気分屋」のところはあったがそれ以外は情に篤く、戦士系獣人にしては珍しく理知的な考え方もできる「賢王」の類だ。彼が3期連続「選王武会」を制しており、今は王として18年目である。この間ずっと、アインビストは成長し続けている。

「おい、諜報部はいるか」

「あ、は、ハイッ!」

突然名前を呼ばれ、でっぷりと太った悪魔系人種の男が背筋を伸ばした。

「——お前には、ウゥン・エル・ポルタン大森林で活躍したとかいう『日輪の魔法使い』と『影の竜殺し』を調べさせていたな? あれァどうなった」

「は、はっ!『日輪の魔法使い』に関しては、ポーンソニア王国所属の冒険者パーティー『東方四星』、これに所属するセリカという女魔法使いでほぼ確定かと存じます! しかしながら『影の竜殺し』はいまだ手がかりがなく、アースドラゴンを屠った者の存在はこれもまた東方四星のサーラしか確認しておりませんので……サーラが『影の竜殺し』ではないかと、その線で調査を進めております!」

「…………」

「……あ、あの、国王陛下?」

諜報部の男は不安になる。そもそもなんで、レザーエルカの報告をしているところで「ウゥン・エル・ポルタン大森林」が出てくるのか理解に苦しむ。

「……東方四星とやらは今どこにいる?」

「はっ、ポーンソニアの衛星都市ポーンドではないかと見られます」

「ふぅむ……」

ゲルハルトはその大きな身体を玉座の背もたれにもたせた。彼の重量を載せてもなんの問題もなく支えられるように玉座はできていた。

「陛下、な、なにか気になるところがおありなのですか?」

諜報部だけでなく、この場にいる誰もが王の言いたいことがわからないでいた。

「ちっと気になるな……まあ、その東方四星とやらに会ってみればわかる、か……?」

肘掛けに頬杖をついたゲルハルトに、そばの女たちがそっと手を載せていくが、

「おい、東方四星という連中を ホープシュタット(ここ) に呼べ」

「……はっ?」

「俺がこの目で確認してやる。そいつらが今回の黒幕なのかどうかをな」

「…………??」

「いいから行け」

「は、はいっ!」

諜報部の男は、首をかしげながら去っていく。

「おそれながら陛下、ご説明を賜りたく存じます」

爬虫類系の顔——いや、背中に背負っている甲羅を見ればこの老人が亀人族だとわかる。長いひげをそのままだらりとたらし、先端でほんのわずか結んでいる老人がゲルハルトにたずねる。

「お前もわからねぇのか」

「はい、ちっとも」

「……クソジジイが、自分で説明するのがかったりぃから俺にさせようとしてやがる!」

「この愚かな臣に、賢明なる陛下のお言葉でご説明賜りたく存じます」

あくまでも丁寧に頼んでくる老人に、ゲルハルトは顔をしかめるとペッとつばを吐いた。

「何度も今回の件は話したろォが。ポーンソニアの国王は愚図で狂人だった。だから放っておけばクインブランドとの消耗戦で自滅する。そのタイミングで俺たちが攻め込めば最低限の損失でポーンソニアを取れる」

不機嫌ながらもゲルハルトが説明を始める。それはゲルハルトが、この亀人族の老人に一目おいているからだろう。

「……だが国王は殺された」

殺された、という言葉に一部の家臣がざわつく。変死とは伝わっていたが、他殺だとは確定情報ではなかったはずだ。

「ここで病死じゃああまりにもお粗末だろ。常に最悪を想定して進める必要がある」

「つまり陛下は、暗殺したのがクジャストリア王女であり、彼女が今回の黒幕だと?」

「……そう、考えるのがふつうだ。ふつうはな……」

ゲルハルトの眉間の皺が深くなる。

獅子の獣人族は老化が早い。ゲルハルトは今年45歳で、王座に就いたのは27という年だった。一般的な獣人の寿命で見れば、彼はあと5年かそこらで死ぬはずであり、今や老境の域にある。それでも——ゲルハルトを超える武人はいまだアインビストに誕生していない。

それが、焦りでもあった。

このまま行けば、年明けから始まる選王武会にまたもゲルハルトが出場しなければならないだろう。誰しもが認める「強い王」がいないのならば。

国の未来を思えば、早めに世代交代したいというのがゲルハルトの率直な考えだった。

「どうにもうさんくせェ。国王暗殺、竜殺し、ライジングフォールズの無力化……ピンポイントの行動だ。 戦局を変える者(ゲームチェンジャー) がいる」

「それが東方四星であると?」

「俺の勘では、違う。だが確認してみなけれァわからねえ」

「なるほど」

老人は引き下がった。

家臣たちも納得する。今までこのゲルハルトの「勘」によって国の運営が助けられたことが大きい。また災害を防いだり巨大モンスターを討伐できた功績もある。

国王が納得するように行動したらいい——そう、共通認識が得られた。

「おい、ゴットホルトにこう伝えろ」

報告にやってきた男は跪いたままだった。王の言葉をメモするためにペンと用紙を用意する。

「——東方四星という冒険者を首都に呼び出す。連中がライジングフォールズの武器を持っている可能性があるからだ。出頭すれば確認するし、出頭しなければそれでも構わん。その場合は、ポーンソニア王都を攻略する。俺も出陣する」

ひときわ大きなざわめきが広がる。

亀人族の老人が一歩出ようとしたところを、ゲルハルトは手で押さえる。

「俺の任期、最後の大仕事だ。なに、簡単に王都を落とせるとは思っておらん。王都まで囲めばポーンソニアの領土の多くを切り取ることができるだろう」

ぎらついたゲルハルトの目は、最終的な停戦調停と領土分割などはまったく考えていない目だった。

ポーンソニアを滅ぼすつもりなのだ。

その興奮は家臣たちに伝わっていく。

「——お前ら、武具の手入れだけはしておけ」

はっ、と家臣たちは声をそろえた。

介入しつつも様子見というスタンスだったアインビストは、この日を境に一気にポーンソニアとの戦争へ傾いていくことになる。