軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

聖ルザルカの騎士

青が映える。

はためくマントの青が、白を基調とした建物の中ではよく映える。カツカツと足音を立てて彼女が歩いて行くと、すれ違う灰色の服を着た人々が恭しく頭を下げる。

「コニア様、今日もご機嫌麗しゅうございます」

「君も元気そうだね」

コニア、と呼ばれた青のマントの女性が答えると、灰色の服はますます頭を深く垂れた。

よく見れば、青色はマントだけではない。彼女が身につけている鈍色の金属鎧はともかく、インナーとして見えている袖やズボンの布地もすべて青だ。胸に塗られている「教会」を意味する十字もまた青。腰に吊った剣の柄飾りも青とくれば、この青に意味があることくらい誰でも気がつくだろう。

「青の騎士」——そう、呼ばれている。この「塔」を守る騎士は青をよく使う。「塔」を離れた神殿——ビオス宗主国から離れれば離れるほどこの青は使われなくなっていく。

「コニア殿」

「——これは司祭様」

横から声をかけられた女性、コニアはさっとその場に跪いた。彼女の長い、紫色の髪は後ろでひとつに縛られているが、それがはらりと垂れる。

「いえ、楽にしてください。少々時間をよろしいですか」

「はっ」

立ち上がった彼女は、声を掛けられたほうへと歩いていく。髪と同じ紫色の瞳は知性をたたえ、スッとすぼまったあごと薄い唇は彼女の顔を小さく見せている。剣を振るう武力の象徴である騎士なのに、彼女は知的な美人——美少女という雰囲気が漂っていた。

年の頃はまだ20に届かないだろう。にもかかわらず「塔」の中枢を「青の騎士」として歩けることが、彼女の実力の高さを示唆している。

「いかがなさいましたか、司祭様」

「どうぞこちらへ」

「失礼します」

小部屋に通された。ここはちょっとした休憩室のようなもので、ティーセットが置かれてある。どうやらコニアを呼び止めた男——司祭はここで休憩していたらしい。

対照的に、彼の着ている服は赤。目立つ赤ではなく臙脂色に近い、落ち着いた赤ではある。派手さは押さえられているものの袖口や襟、ベルトに施された刺繍は複雑で、高価な糸をふんだんに使っている。上下一続きの司祭服である。頭にかぶる四角い帽子はテーブルに置かれてあった。

「赤の司祭」は「青の騎士」のひとつ上のランクである。そして先ほど廊下で挨拶していたのが「灰の修道」であり、この「塔」に入場を許されている中ではいちばん下の位である。

「赤の司祭」の上に「紫の貴顕」があり、最上に「白の教皇」がいる。

これがビオス宗主国に伝統的に伝わる「神階五種」である。

もちろんそれ以外に、職務をこなす専門の人々がいて——たとえば教皇付きの上席秘書官とか——彼らはこの神階五種から外れており、特別に許可を受けて「塔」に入場している。

「聞きましたか、教皇聖下はポーンソニア王国内乱の調停に関与なさるということです」

「はっ。王国で起きた第一王太子と王女の争いですね。その代表者が近いうちにここへ来るので警備を依頼されています」

「……この調停に大義はあるのでしょうか?」

ぽつりと小さくつぶやいた司祭は、まるで誰にも聞かれたくないかのような小声で言った。

「と、おっしゃいますと……?」

「コニア殿は今回のポーンソニア内乱、どのように見ていますか」

「——政情もわからぬ若輩者の意見ですが、先代王は後継者を決めていなかったと聞いています。その後、あっという間に王女は王都を押さえることができました。多くの貴族が王女に恭順し、ごくわずかの手勢のみで王太子はレザーエルカを守っていると」

「ふむ……つまり王太子が降参するべきということですか」

「いえ、違います」

「ほう?」

「後継者の指名がなかったとしても、他国には第一王子が王太子であると伝わっています。なれば、第一王子がまずは後を継ぐべきでしょう。そして突然の国王の死に混乱する国民を慰撫するべきです」

「……なるほど」

コニアの意見が面白かったのか、司祭は、

「興味深い意見です。ですが大抵の王侯貴族は民の前に自分の身を心配するのですよ」

「……はっ」

「私が気にしているのは、ポーンソニアの内乱に関与することで教皇聖下はなにをなさりたいのかということです」

「教皇聖下のご心中を想像するなど畏れ多いことです」

「ええ、まったくです。しかし——考えねば、正しい道を歩むことができないこともあります」

「司祭様は常に正しき道を歩まれておられます」

真っ直ぐなコニアの言葉に、司祭は苦笑する。

「君はすばらしいですね、実にすばらしい。教書に伝わる『聖ルザルカの騎士』のようだ」

「もったいないお言葉です。常に聖ルザルカ様を目標とせよと父母より教えを受けております」

聖ルザルカの騎士とは、過去の偉人だ。教会の教えを説いて回った聖ルザルカをずっと守り続けた騎士で、聖ルザルカの目指すことを守るために命をかけたと言われている。だがその名は後世に伝わっていない。聖ルザルカが偉大であり、騎士たる自分は影でよいと言って名が残ることを嫌ったという。

「君ならきっと、教義の無垢を守ってくれる……」

「? どういう意味でしょうか。申し訳ありません、教義の深淵に精通しておられる司祭様ほど、私には知識がありません」

「いいのです、忘れてください。では」

司祭は一方的に話を打ち切ると、帽子を抱えて立ち上がった。

「?」

狐につままれたような顔のコニアを置いて歩き出す。

「……そう、今必要とされているのは『聖ルザルカの騎士』ではない。彼女が必要になるのはすべてが終わったあと。今必要なのは——」

司祭は廊下を歩いて行く。

誰もいない廊下だ。「塔」の中でも ある区画(・・・・) はほとんど人が立ち入らない。広い広いこの建物で、ごく限られた人間しか入っていかない場所がある。

「——この『白亜の塔』にふさわしからぬ、黒の闇を掻き出す存在だ……」

彼の前には、よく見なければ気づかないほどの壁の重なりがある。白い壁同士、しかも光の加減で影が消えるようになっており、廊下を歩いているだけではこの先に通路があることは気づかないだろう。

司祭は周囲を確認し、誰もいないことを確認する。胸を押さえる。動悸を押さえるかのように。

そして、その隠された通路へ向かって歩いていった——。

「青の騎士」コニア=メルコウリがその話を聞いたのは7日後のことだった。

コニアが話した相手、「赤の司祭」はビオス宗主国の聖都アギアポールを離れ、遠国へと布教の旅に出たということを。

「さすがです、司祭様! 苦難の道を自ら歩まれるなんて……!」

感激したコニアだったが、ふと、

「そう言えば『聖ルザルカの騎士』の話をなさっていた。あれはもしかして——私にもその旅についてきて欲しいという意味だったの? ああ、なんてこと……私の知性ではそこまで思い至らず、司祭様は旅立たれてしまった……」

そんなことを思い、がっかりする。

「……うなだれている場合じゃない。司祭様に次、お目にかかることがあれば、成長した私を見ていただかなくては。任務に励まないと!」

すぐさま立ち上がり、うん、うん、とコニアはうなずいた。

そこへ、修道士がやってきた——コニアにある情報を伝えるために。

「——ポーンソニア王国使節の先触れ? そう、もうポーンソニアから連絡が来たのね。え……持ってきたのは冒険者? わかったわ、書類を確認しましょう。——あ、ちょっと」

コニアは去ろうとする修道士を呼び止めた。

「その冒険者……ヒカル、と言ったかしら? 彼は今どこに?」