軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

龍珠の杖

部屋の造りは他と同じだが、キャディ=フルブラッドの寝室はよく整頓されていた。

彼女の荷物は部屋の隅に集められており、他は特に散らかっていない。

「——やっぱりそこか」

ベッドに眠る小さな少女。そこからあふれんばかりの魔力。

ヒカルはキャディに近づきソウルボードを確認する。

【ソウルボード】キャディ=フルブラッド

年齢15 位階50

37

【魔力】

【魔力量】15

【精神力】

【信仰】

【邪】5

【呪魂魔法】5

(すさまじい魔力量、それに呪魂魔法。確かこの魔法は——)

呪魂魔法は相手に作用して「眠り」「混乱」などを引き起こす魔法だ。「聖」に属する回復魔法に比べて邪法であるために使い手は少ない。また公にすると迫害されることもあるために使い手は地下に潜ることも多い。

そのため、高レベルの呪魂魔法がどのような力を持っているかはあまり知られていない。

(でも、 違う(・・) )

確かにキャディの「魔力量」は一般の冒険者から見ると桁違いだ。だが冒険者ランクBのセリカが「魔力量」19、ラヴィアが15である。ラヴィアの場合は「魔力の理」2があるおかげで魔力消費を抑えられるために、実際に運用できる魔法の数はラヴィアのほうが多いかもしれない。

その中でキャディの15だ。呪魂魔法を公にできないこと、精霊魔法を使えないことを含めて考えると、冒険者ランクAになれるほどの実力なのだろうか? たとえばとてつもなく効力のある「職業」持ちなのだろうか?

違う、というのがヒカルの答えだ。

そしてヒカルは答えに自信がある。なぜなら——あふれ出る魔力の源は、 キャディではない(・・・・・・・・) のだ。

眠る彼女が両腕で抱えている1メートルほどの棒——杖が、魔力の源だった。

「魔力探知」を発動すると、直視することも難しいほどの魔力が放出されている。杖の上部についている野球ボールほどの大きさの、珠から魔力があふれている。

この杖を使ってキャディは魔法、あるいは魔術を使う。その力は「城壁を壊す」ほどだということだ。大抵のモンスターは簡単に倒せるだろう。ヒカルが倒したアースドラゴン亜種も、おそらく倒せるに違いない。

(この世界にはとんでもない武器があるもんだな)

ヒカルの持っているリヴォルヴァーも「とんでもない武器」ではあるが。

ライジングフォールズの切り札がこの杖であるのなら、これを今ここで奪ってしまえば彼らの戦力を大きく削ぐことができる。あとはクジャストリア王女に王都での籠城戦を勧めればポーンドが火の海になることは避けられるだろうし、クジャストリア軍は有利に戦争を進められるだろう。オーストリンは「愉快痛快」の罠を警戒してポーンドを通らないかもしれないが。

(そこから先は、僕がとやかく言うことじゃないよな)

ヒカルがその気になれば今から1時間の間にオーストリンを暗殺することもたやすい。そうなればアインビストは退却するだろうし、戦争も終わる。だがそこまで手を出す気にはなれなかった。クジャストリアに恩があるわけでもないし、ヒカルの目的はポーンドが戦渦に巻き込まれないという一点に尽きる。

(この杖は、ほとぼりが冷めたら返そう)

ヒカルはキャディの眠るベッドに近づく——と、

「…………に会ったとしても……お兄ちゃん……これからレザーエルカ…………アインビストからダンジョン…………許せない……色目使って……あの女ども…………」

ぶつぶつぶつぶつとすさまじい勢いでなにかをつぶやいている。ぎょっとして立ち止まるヒカル。だがキャディは目を閉じているし、呼吸も規則正しく、眠っているようにしか見えない。

(起きてる? ……いや、寝てる。寝言か……?)

日中、彼女は目元まですっぽり覆うフード付きのローブを羽織っていたのでその素顔はわからなかったが、寝るときはさすがに脱いでいる。兄のイグルーと同じパーマきつめの金髪は長く、砂浜に流れ着いたワカメのように広がっている。肌は白く目元にはそばかすがあった。

ヒカルはそれから数分、じっとしているとぶつぶつの間隔がどんどん長くなっていき、最後は唇がもごもご動くだけになった。

さらに5分ほど経過したが、唇が動くのは止まらない。

(そういう寝相ってこと……いやこれ寝相なのか?)

眠ったと判断して、ヒカルはそうっとシーツを剥がす。

「!」

ネグリジェだった。すっけすけのピンクのネグリジェだ。彼女のほっそりとした——いや痩せすぎの身体が透けて見える。激しい運動でもしたらすぐにも折れそうな両腕で、杖を抱え込んでいる。

杖の上部に珠がついている。オレンジ色で半透明だ。中には火花が常にスパークしており電流のようなものが珠の内部を走っている。

魔法のあるこの世界でも、ヒカルに残るローランドの記憶にも見たことがない、極めつきの特殊な珠だった。

(……似てる)

古代ポエルンシニア王朝の地下ダンジョンで見つけた「聖魔球」によく似ている。あれは「球」とは名ばかりの四角いものだったが、これは球だ。

(考察は後にしよう)

シーツを剥がされても動きの変わらないキャディ。眠っているのだろうと判断してヒカルはベッドの上に膝を載せる。ギッ、と小さく音が鳴る。音については「隠密」で防げるだろうが、揺れについては防げない。細心の注意を払ってキャディに近づく。

腕は絡めているがほっそりとした指がかかっているだけの杖。これならば簡単に抜けるだろう。

ヒカルはまずキャディの右手に触れる。恐ろしく冷たい手だった。そうっと杖から離すと——問題なく離れてくれた。

(ふう……)

「隠密」で隠れることはできても、触れてしまえば隠れるもなにもない。さすがにこのときばかりは緊張する。

次は左手だ。こちらの難易度が高い。人差し指が杖を握りこんでいるのでそれを離す。……セーフ。あとは右手と同じように離せば大丈夫だ。

手首をつかまれた。

あっ、と声を上げそうになった。

両目を見開いたキャディがそこにはいた。

「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんついにようやく私のことを食べに来てくれた夜這いに来てくれるってずっと思ってたビッチどもに比べて私は純潔だからお兄ちゃんのために取っておいた処女だからいつでも大丈夫お兄ちゃん相手ならいつでも受け入れられ——」

ヒカルは杖を握るやキャディの手を振りほどく。弾かれたようにベッドから飛び降りる——と、

「……お兄ちゃん、じゃ、ない……?」

ベッドに身を起こしたキャディが、ヒカルを見る。銀色の仮面をつけ、髪の黒さはイグルーのそれとはまったく違う。

透き通るような碧眼は美しいが、徐々に白目の部分に血管が浮かび上がる。

「ウオオオオオアオアアアアアアアアア!!!! お兄ちゃあああああんんんお兄ちゃああああんんんんん!!!!」

「!?」

獣のように咆吼すると滂沱として涙が流れ落ちる。

(なんだ、なんなんだこいつは!?)

わけのわからない反応に、ヒカルは戸惑う。だがこれだけ大きな声をだせば、

(動き出した)

イグルーはともかく、バトロスとライバーが起き上がる。特にライバーは早い。すぐさま走り出す。

(逃げるしかない)

ヒカルも即座に決断し、きびすを返す——とき、ヒカルを見据えるキャディと目が合った。すでにヒカルの存在を確認しているキャディに「隠密」は通じていない。

ぞっ……と背筋に冷たいものが落ちた。

ガリガリの彼女の身体なのに、両目だけは爛々と光を持っている。

「どこに逃げても、 龍珠の杖(・・・・) は私に帰ってくる」

ヒカルはドアを開いて部屋から飛び出した。

ちょうどライバーも客室から出てくるところだった。しかし広い客間に明かりがなく、しかもヒカルが「隠密」を発動していることから気づかれることはなかった。

ヒカルはライバーとすれ違うようにして客間を突っ切る。ライバーがキャディの部屋に入ったことを確認して客間から廊下へと出た。

あとは逃げるだけだ。

しかし、去り際に彼女が放った一言がヒカルにのしかかってくる。

どういう意味なのか——ヒカルはすぐに、その真意を知ることになる。