軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

追跡者とコンパスと

「ライバァァァアアア!! 私の杖が盗まれたのよ! 今すぐ取り返してきなさい!」

剛弓を背負ったライバーがキャディの部屋に入ると、キャディはすぐさま叫んだ。

「きっとあの薄汚い獣人たちよ! 銀の仮面なんてかぶって、あんなのでだませると思っているのだから腸が煮えくりかえるわ!!」

「……羅針盤を」

「そのバッグに入ってるわよ! 早く取り返してきて!」

ライバーは部屋の隅に置かれたバッグの1つを取った。手慣れたもので、中から手のひらに載るサイズの 羅針盤(コンパス) ——ただし目盛りのない、方角だけを示すコンパスを手に取った。

コンパスの指し示す方角はゆらゆらしており定まらない。いや、むしろゆったりと動いている。

(——ほんとうに盗まれたようだな)

ライバーは納得した。

このコンパスは、キャディの言う「龍珠の杖」とセットなのだと説明を受けている。どんな仕組みかはわからないが、「龍珠の杖」がある方角を常に示しているらしい。

過去にも2度ほど盗まれたことがあり、その都度ライバーが取り返してきた。

「早く行きなさい!! そのために、アンタをこのパーティーに置いてやってんでしょ!!」

「……承知」

ただでさえ精神的に不安定なキャディは、過去に「龍珠の杖」を盗まれたときも半狂乱になった。

彼女を元に戻すには可及的速やかに「龍珠の杖」を取り返すしかない。

ライバーはキャディの寝室を出る。

「また、杖、盗まれたか」

「…………」

魔導ランプを持ったバトロスがドアを開けてこちらを見ていた。ライバーはうなずくだけだ。キャディの兄であるイグルーは眠ったままらしい。

酒瓶を踏み潰さないように、しかしそれでも足早に、ライバーは客室を出る——と、廊下にいたのは「極虎」のリーダー、ゴットホルト=コステンロス=アンカーだ。

虎の獣人である彼は、パーティーメンバーを2人ほど引き連れていた。

遠目には館の使用人たちが不安げにこちらに視線を送っている。もともとここには人払いしていたので、ゴットホルト以外には近寄ろうとしなかったのだろう。

「なんの騒ぎだ?」

「……聞き耳でも立てていたか」

「バカを言え。あれほどの大声だ、耳のいい 獣人(われら) なら異変に気づく」

ちら、と室内に視線をやったゴットホルトは、その惨状——酒瓶が転がり、酒がこぼれている——に眉をひそめる。

「……キャディ様の杖が盗まれた」

後ろ手に扉を閉めてライバーは部屋を見せないようにした。

「杖が?」

「……キャディ様はお前たちを疑っている」

「なにをバカな!!」

「止せ」

ゴットホルトの連れたひとりが激昂しかけるが、それをゴットホルトは手で押さえた。

「濡れ衣だぞ。しかも言いがかりも甚だしい。そのような真似をしてただで済むと思っているのか?」

「……別に。どのみち真相はすぐにわかる」

「どういう意味だ」

「……俺が今から盗人を追うからだ。どけ」

ライバーはゴットホルトを押しのけて走り出そうとする。

「待て。——私もついていこう」

「……邪魔だ」

「邪魔はしない。置いていくというのなら置いていくがいい。勝手についていくだけだ」

「……ふん」

ライバーは走り出す——と、いきなりトップスピードになる。

彼は筋力を重点的に鍛えている弓使いではあるが、追跡者としても十分な力を持っている。「瞬発力」1に「バランス」2、「筋力量」8、「スタミナ」5、「自然回復力」2である。

(虎の亜人ごときについてこられるスピードではない——ッ!?)

そう思っていたのに、数歩後ろにはゴットホルトがいた。

左手で腰に吊った長剣を押さえ、前傾姿勢で足音をまったく立てていない。

(……腐ってもランクAか)

ライバーはゴットホルトとともに館を出た。盗賊はすでに館を出た後らしい。

門番を急かして門を開かせると、月明かりが照らすレザーエルカの街を走る。

(妙だな)

ライバーは走りながら首をひねる。

追っているのに、差が縮まっている気がしないのだ。向こうは所詮は盗賊で、こちらは訓練された冒険者だからだ。なのに、縮まらない。

おかしいのはそれだけではない。

(あのとき、気配はなかった)

ライバーは眠りに入る直前に、周辺の「生命」を「探知」した。だが、彼らの部屋に近づいている生き物はいなかった。

その後彼は眠りについたものの、盗みが発覚するまでさほど時間は経っていない。キャディは盗賊を見ている。彼女の叫び声が上がった瞬間に盗まれ、盗賊が窓ではなく館の中を通って逃げたのなら、ライバーもまた盗賊の姿を確認していないとおかしい。

(……まあ、いい。見つけて締め上げれば済む)

盗賊は街の外縁に向かって逃げているらしい。何度か曲がっていく。追っ手をまくかのように——つまり向こうも、追われていることを理解している。

だが、この方角はライバーにとって幸運だった。

なぜなら彼らの向かう先は絶壁——要塞都市を背後から支える急峻な山肌に至る道だからだ。

「ほんとうにこちらなのか?」

疑念たっぷりという声でゴットホルトが聞いてくる。ゴットホルトがすぐに察してしまうほどに、この道は明らかに「行き止まり」へ続いているのだ。

「ああ……この先だ」

針の示す方角は、この先の角を曲がったところ——100メートルほどの直線、行き止まりだ。

ふたりは一斉に曲がった。

幅は5メートルほどの通路。

倉庫の多い区画で、人は住んでいないはずだ。左右へと入る道はないが、倉庫の裏口はある。

正面にそびえているのは高さ10メートルほどの壁——崖がそびえている。

その手前には、崩落した巨岩がいくつも落ちていた。これがあるから住居には適していないのである。

「……奥の岩陰にいる」

ライバーはコンパスを懐に戻した。剛弓を手にし、矢をつがえる。速射には向いていない弓だが、それでも、不意打ちを受けたとしても後れをとらない自信がある。ライバーの雰囲気が変わったのを見てゴットホルトもまた剣を抜いた。青みを含んだ——おそらく 魔法銀(ミスリル) を混ぜ込んだ剣だ。一級品である。

ちらり、ちらり、と倉庫の裏口に視線を投げる。それら裏口はほとんど使われていないようで、かんぬきにかけられた錠には蜘蛛の巣が張っている、

(やはり、岩陰だ。動きがないところを見ると、追っ手に気づいている)

ライバーの心は風のない湖面のごとく静かだった。

「生命探知」にはなにも引っかからない。だがこれは先ほどもそうだった。高度な「隠密」能力を持ったアイテムには、「生命探知」が通用しないことがあると聞いたことがあった——経験したのは初めてだが。

巨岩は、3メートルほどの幅があり、道路の真ん中を占拠していた。アゴで指し示し、ライバーが右に、ゴットホルトが左に展開する。これで万が一にも逃すことはない。

ゆっくりと回っていく。岩陰には月明かりが届かない。

裏側が見える——と、白刃が閃いた。

「シッ」

ライバーはその方角へ速射した。

「うおっ!? バカ者! 私だ!!」

矢はキィンと音を立ててゴットホルトに弾かれた。そう、撃った相手はゴットホルトだったのだ。

「……なんだと?」

「いないではないか」

そこには誰もいなかった。誰かがいたような形跡すら、なかった。

「なぜ……?」

ライバーは懐からコンパスを取り出す。

「!?」

コンパスは、くるくると回転していた——まるで、指し示す方向を迷っているかのように。

* *

危なかったな——ヒカルは背後を見てから、角を曲がった。

背後とは100メートルほど先で行き止まりになる袋小路である。そこには巨岩が落ちており、今ごろライバーとゴットホルトのふたりが岩陰を確認しているころだろう。

遠くで、ピィーという甲高い笛の音が聞こえる。賊が出現したときに鳴らされる音だ。おそらく王族の館に賊が出たことが知れ、警戒網が敷かれているのだろう。

(でも、アレさえなければ大丈夫だ)

走り出したヒカルは、手ぶらだった。

ヒカルは先ほど、自分を追ってくる2人の存在を「探知」していた。「魔力探知」のおかげだ。

ヒカルは「隠密神」の「職業」に「遮断」系スキルを使用している。だが、ひょっとしたら——「龍珠の杖」からあふれ出る魔力は隠しきれないかもしれないと思っていた。

言うなれば、シンバルをジャーンジャーンと鳴らしながら歩いていた場合、ヒカルの「隠密」でも隠しきれないのだ。

そう考えてしまうほどに、追っ手は確信を持ってヒカルを追っていた。

(追っ手——ライバーが使っているのはなんらかの魔導具だ)

ライバーにはそこまでの「探知」スキルはない。そんなスキルがあったとしたら、ヒカルが侵入した時点で——今日の昼にはヒカルも捕まっているだろう。「龍珠の杖」だけ、あるいは「龍珠の杖」くらいの強力な魔力を探知できるアイテムを使っているに違いない。

何度も角を曲がった。それでも追っ手はついてくる。ヒカルは「龍珠の杖」を探知されていると確信した。

このまま追いかけっこをしても逃げ切れるか怪しいところだった。それにこのあたりの地理はそこまで頭に入っていない。

杖を破壊するという選択肢もあったが、一応は後で返すつもりもあった——だから、ひとつ、思いついたアイディアを試してみようと思った。

(こいつのおかげだな)

ヒカルは胸元を手でなでた。服の内側にあるのは「次元竜の文箱」である。ぎりぎり「龍珠の杖」の「珠」の部分が通る大きさの。

ここに杖を入れると、あふれ出る魔力は収まった。あとは物陰でやり過ごすだけだ。

袋小路を選んだのは、ライバーは、直線を前にしたら武器に持ち替えるだろうと考えたからだ。そうすることで追跡の魔導具からは手が離れる。「次元竜の文箱」に入れたことで「龍珠の杖」の魔力反応は完全に沈黙したが、ヒカルにはわからないわずかな反応が漏れていたら困る。だから、「魔導具を見ない」状況を作り出そうと思ったのだ。

倉庫の裏口につけられた階段。魔導具がない状況なら、その陰でライバーたちを「隠密」でやり過ごせるだろうと踏んだ。

「魔力探知」で確認する。ライバーとゴットホルトはその場から動かない——途方に暮れていた。やはり「龍珠の杖」を見失ったようだ。

(あとは十分離れたところで杖を確認してみよう)

ヒカルは夜道を急ぎ、宿へと帰った。