作品タイトル不明
ランクAの情報
「すると——陛下はすでに『愉快痛快』の力について知っていたのですか」
「陛下という呼び方は止めなさい、ローレンス。まだ即位しておりません」
「いえ、すでにポーンソニアはクジャストリア陛下を中心にまとまりつつありますゆえ」
クジャストリアの私室には側近数名とローレンスがいた。クジャストリアはかたくなに「即位するまでは王女である」という立場を貫いている。即位は、オーストリン王子を破ってからということになっていた。
先ほど、クインブランド皇国から同盟締結の申し出があり、応諾したところだった。本来なら大臣級を交えての会議が必要となる案件だったが、今は1日が惜しい。敵はすでに国内に侵入しているのだ。
クインブランドからの「友軍派兵」はポーンソニアにとって喉から手が出るほど欲しいもの。クインブランドの本気度を試すために「同盟締結がなればすぐさま各国へ伝達しよう」と言っても、クインブランド宰相は「もっともなことです。我が皇帝も同様に発信しましょう」とむしろ喜んだ。「同盟を偽ってポーンソニアを攻めるつもりでは」という嫌疑はほぼ晴れている。
クインブランド、グルッグシュルト辺境伯軍が王都にやってくるにはあと10日は必要だろう。オーストリン・アインビスト混成軍は先に動く可能性が高い。
クジャストリアは「愉快痛快」の提案した「ポーンド爆破」をやるべきかどうか、決断しなければならない。
「王都冒険者ギルドから『愉快痛快』に関する情報はすでに提供されています」
クジャストリアは紙の束をテーブルに滑らせた。それをローレンスは受け取って目を通す。
冒険者ギルドは冒険者を国に貸す。本来ならば超国家組織であるギルドが戦争に加担すると、余計な混乱を招きそうではある。しかし、冒険者を貸さないなら貸さないで国はギルドを締めつける。なので「ルール」を定めた上で貸すということになっている。
ランクSを派遣しないこともそうだ。上限はランクAまでで、下限はランクEまで。一度の要請に対して最大50人。
国を超えて影響力を持つ冒険者ギルドは、国家に対しては、それだけ難しいバランスを求められているとも言える。
「……罠の力がここまですさまじいとは思いませんでしたな」
資料を読み終わったローレンスが言う。
「ええ。ローレンスは『愉快痛快』の提案は効果があると考えますか?」
「フィールドワイバーンを倒せるならば絶大な力を持っていると言えるでしょう。……しかし」
ローレンスは眉をひそめる。
「敵が『愉快痛快』について知っているということはないでしょうか? 罠は、隠せるからこそ機能します。罠の可能性を知っているならポーンドは素通りされるでしょう」
「……ええ、そのとおりです」
2つ目の紙の束をテーブルに滑らせる。そこに記載されている情報は「ライジングフォールズ」と「極虎」というアインビスト所属ランクAパーティーに関する情報だ。
だが、「愉快痛快」に比べるとはるかに薄い。
冒険者ギルドは自らのギルドに所属している冒険者の情報は確保できるが、それを他の地域のギルドに共有するかというと、別の問題なのだ。冒険者ギルドも一枚岩ではない。
ここにある情報は王都ギルドが把握している範囲だけだ。
「限りがあるものの、アインビストのギルドが『愉快痛快』について知っているかもしれぬ、ということですな」
「あるいはランクA冒険者がセンクン殿を個人的に知っている可能性があります」
「ここにある情報はだいぶ少ない。『極虎』は亜人中心のパーティーで、国家に近い存在。『ライジングフォールズ』に至っては名前やランク以外で言うと、『すさまじい破壊力を持った少人数パーティー』とだけしか読み取れません。『愉快痛快』はなにか言っていませんでしたか」
「センクン殿は知っているようです。 知己(ちき) があるのでしょう。彼の言葉をそのまま言うと……」
クジャストリアが目を向けると、手元の記録をたぐっていた上位執務官が言った。
「『武器の強さに頼り切ったヤツら』とのことです、ローレンス様」
「武器の力、ですか……」
「ローレンスに聞きたいのですが、武器の力だけでそのような——たとえばそなたを倒せるほどの力を発揮することは可能なのですか」
「私などはただの人間です。ナイフ一本でも死ぬときは死にます」
ローレンスが言っているのは、かつて、侵入者の少年に殺されかけたことだ。その様子をクジャストリアも目撃している。
「……そういう意味ではありません。たとえば一軍を滅ぼせるような神話に出てくるような武器です。そうでもなければ武器だけでランクAにはなれないでしょう」
「ありますな」
「あるのですか?」
「ええ。魔導具の類——とは言い切れぬ、とてつもない力を持った武器は存在します。もしも『ライジングフォールズ』がそれら武器を持っているのだとしたら」
ローレンスは難しい顔で言った。
「彼ら自身が素人であったとしても、百軍に相当する働きをするでしょう。その武器をどうにかできれば簡単なのですが……」
「いたずらに街を爆破する必要もなくなりますね」
「『愉快痛快』の罠は狭い場所で絶大な力を発揮するもの。白兵戦では効果が薄れる上、同士討ちの危険もあります。センクン殿が自身の力を最大限に発揮するにはポーンド爆破がいいと主張するのも理解できます」
「クインブランド皇国の友軍と、グルッグシュルト辺境伯軍があわされば……」
王女は食い下がるので、ローレンスはその主張を受け入れる。
「平原での戦いでも十分勝機が生まれます。地の利は我らが把握しております」
「……わたくしの考えは甘いですか」
ポーンド爆破にためらいを見せるクジャストリアを見て、ローレンスは微笑む。
「いえ。そういったお考えであればこそ、辺境伯も、不肖私も、この場にいる者たちも、陛下についていこうと思ったのです」
側近たちがうなずくのを見て、クジャストリアはほっとしたように見えた。
「『ライジングフォールズ』の攻撃力、ですか……武器だけ奪う、そんな方法があればいいのに」
クジャストリアがそうつぶやいてしまうのも無理のないことだった。
* *
レザーエルカ要塞都市の館——その一室には酒のにおいが充満していた。
「あっははははは。笑いが止まらないな、見たかよアイツらの顔!『極虎』だか『極ネコ』だか知らないけど、こっちのほうが実績は上だっつーの。『愉快痛快』のことも知らないとか脳筋にもほどがある」
タンブラーに入った葡萄酒をぐいっと呷るのは「ライジングフォールズ」のリーダー、イグルーだ。すでに空になったボトルが何本も転がっている。
上品な仕立ての客間にいるのは、パーティーメンバーだけだ。
「……お兄ちゃん飲み過ぎ、酒臭い……ていうかあんまり騒ぐと面倒なこと……起きそう……」
「心配性だなあ。ライバーも言ってんだろ、この辺りには誰もいないって。なあ?」
イグルーの横でぶつぶつ言っている少女をあしらって、彼は部屋の隅に立っている男へと視線を投げる。
赤色の長髪を後ろで縛っており、目は細い——糸目である。
冒険者然とした分厚い布地のズボンを履いて、上はシャツだけだ。なにを考えているのか伺わせない無表情だ。
「ああ……周囲100メートルほどには誰もいない」
「だろ? ライバーの『探知』は外れたことがないのはお前も知ってるだろ。ライバーが探知して、キャディ、お前が武器をぶっ飛ばせば敵は死ぬ。楽勝過ぎて笑いが止まらん」
「イグルー。オデ、ローレンスと、戦う。ローレンス、ほっとけ」
「わかってるよ。バトロスの相手は奪わない」
もうひとりのパーティーメンバー、バトロスは身長2メートルを超える巨漢だ。顔もデカイ。スイカほどある顔は赤ら顔である。
分厚い金属のフルプレートメイルを着込み、身長ほどもある大盾を持つ。それらは戦場以外では着ることがないので部屋の隅に転がっているが。
「なら、いい」
バトロスはローレンスとの戦い以外に興味がないようだった。同様に、イグルーも ひとつのこと(・・・・・・) にしか興味がない。
「——ポーンソニアに勝ったら、『東方四星』だっけ? 美人とか言われてる冒険者、抱きてぇ〜〜! いや、これはもう抱いても大丈夫だよな。勝つのは僕らなんだし、敵は捕虜だし。よっし抱こう! 捕虜相手に5P確定だ!」
「…………性欲バカ……東方四星、王国を出て……いないのに…………」
「あと王女もいたよな! ああ、たまんないな。王女とセックスできる男なんて歴史上ほとんどいないぞ。僕がそのひとりになれるんだからなあ! ああ、屈辱に顔をゆがめる王女を組み伏せて無理矢理後ろから突っ込みたい……うおおお燃える!」
ぶつぶつ言っている妹の言葉は聞こえなかったらしく、ソファのクッションを抱きしめて顔をぐりぐり埋めている。
情報はここまで来ていないが実際は東方四星はポーンドに到着している。イグルーの妹、キャディ=フルブラッドがそれを知らなかったとしても仕方ないことだろう。
「…………」
糸目をうっすら開けて、ライバーがイグルーを見る。その目に浮かぶ感情は、好意的とはまったく言えないものだった。
その日の夜、館の個室でライバーはペンを執っていた。そこにしたためられた内容は、イグルーの行動に関するものである。
——宛名は「教皇聖下」となっていた。
「…………」
ライバーは周囲を「探知」する。近辺の部屋に3人の反応。これはイグルー、キャディ、バトロスだろう。
階下、階上には誰もいない。「誤探知」がないようにオーストリンに人払いを依頼しておいたからだ。
ライバーは窓を開け、夜空へと向けて書状を掲げる。紫色の鉱石のはまった指輪を掲げる。
「『忠実なるしもべより、聖下へ』」
魔導具が発動する。書状が小鳥の形へと姿を変え、夜空へと羽ばたいていった。
冒険者ギルドや国家間で使われている通信具「リンガの羽根ペン」とは違うものである。「リンガの羽根ペン」は使用にあたり特殊な触媒を使うので、それを所持していると「秘密裏に誰かに連絡を取っている」と告白するようなものだ。だからこその、この魔導具だった。
もちろん「リンガの羽根ペン」に比べてはるかに希少性が高い魔導具であり、その存在自体知る者はほとんどいない。
「……ふう」
一仕事を終えた、と思ったライバーだったが、
「!! 誰だ!!」
振り返り、誰何する。
「…………」
室内の明かりは、開いた窓から差し込む月明かりと、卓上の魔導ランプだけだった。
「……気のせいか」
ライバーの「探知」にはなにも引っかからない。
警戒心が高すぎるせいかもしれない、いや、警戒していることはいいことだ——そう考え直し、ライバーは窓を閉じる。ペンやインク壺を片づけてひとりベッドに横になった。
静寂が訪れた。
「…………」
ゆらり、と暗闇が動いたことに気づいた者は誰もいなかった。
(——あんな魔導具あるのか。びっくりだよ)
レザーエルカの深夜、ヒカルは行動を開始した。