軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

滝と虎

要塞都市レザーエルカは、ポーンソニア王国でも最も高く厚い城壁によって囲まれている。背中には急峻な山を背負っており、そちらから侵入することは鳥でもない限り不可能だ。

人口10万人という大都市でもある。しかし城壁があるせいで土地の場所が限られており、高層建築の技術が進んでいる。3階建て以上の集合住宅が多く、最も高いもので10階建てだ。エレベーターがないこの世界では10階に家具を運ぶのも魔法や魔導具頼みとなる。

先代王死去に伴う混乱で、第1王子オーストリンがレザーエルカに入城した。そのことで住民も一時的に浮き足だったが、落ち着きを取り戻している。

ただ、今また混乱が始まろうとしている——多人国家アインビストの精鋭2万人が都市の外に布陣しているのだ。レザーエルカを攻撃するではなくオーストリン王子の援軍だとわかってはいるものの、住民は落ち着かない。

「あれはみんな亜人らしいぞ」

「アインビストは敵じゃなかったっけ」

「オーストリン様はなにをお考えなんだろう……」

ウワサには事欠かない。

大量の食料を積んだ荷車がアインビスト陣営へ運び込まれていく。「支払いは現金ではなく、戦後払いらしい」という不満も人々の口の端に上る。

事実、ほぼ着の身着のままで王都を出たオーストリンは、ほとんど金を持っていない。レザーエルカは王家の直轄地であるために貴族が治めていない。代官を呼び出し資金状況を聞いてみるとしばらくはもちそうであるが、食料を即金で買える余裕はなかった。

「そ、そうか……こたびの援軍に対する御礼は戦後でよいと、そうゲルハルト殿がおっしゃったと」

明らかにほっとした顔を見せたのが、オーストリンだ。

ここはレザーエルカでも崖を背にした領主の館。王族の別邸と言ってもいいだろう。

視察で来たときに数日滞在するだけの館はほとんど使われておらず、オーストリンもここに来たことは過去に1度あったきりだ。ふだんはメイドが手入れをしているだけの館——まさに「金の無駄」であるが、こういった無駄の象徴は各地にあった。

「はっ。まずは戦いに集中しろと仰せでした」

応えたのは身長が2メートル近くありそうな大男だ。顔の造りこそ人間だが、頭には耳がふたつひょっこり出ており、背中に掛けては毛皮となっている。その色は黄色と黒——虎の獣人だ。かなり虎の血が濃く出ている。

着ている服はゆったりとしており、腰の帯で縛るアインビスト流。明るい空色と朱色が混じっているカラフルな服だった。

「早く戦いたいぜ」

「おお、腕が鳴る」

獣人たちが口々に言う。この応接室には長テーブルがあり、片側にはオーストリンや侍従長を始め、ポーンソニアの貴族が並ぶ。

反対はアインビストの面々だ。

「その……軍を掌握しているのはゴットホルト殿なのか?」

オーストリンがおずおずとたずねる。それも無理はない。虎の獣人——ゴットホルトに軍人らしさはまったくないのだ。

「ええ。このゴットホルト=コステンロス=アンカーが軍の総責任者であり、アインビストのランクA冒険者でもあります」

「なんと、冒険者でもあるのか」

「軍を実際に動かすのは訓練された者ですが、総代となるのは最も強い者……それがアインビストの習わしです。私の場合は少々例外で、軍籍もございますが」

ゴットホルトは生粋のアインビスト人だ。国王にして「獣人王」とも呼ばれるゲルハルトに心酔している男でもある。「強い者が偉大な者」という価値観を持っている。もちろんその次には「強さとは弱きを助ける者」というポリシーが来るのだが。

強さを求め、困っている者を助ける——それがアインビストの考え方だ。字面だけ見ると優れた考え方のようにも見えるが、実際にはかなり暑苦しい。放っておくとゴットホルトはゲルハルト王がいかにすばらしいかを語り出したりする。

ゴットホルトの横に並んでいるのは6人。全員が獣人だが中には女性も入っている。魔法でも使うのだろうか——とオーストリンは考える。

「我がパーティー『極虎』のメンバーをご紹介しましょう」

オーストリンの考えを読んだわけではないだろうが、ゴットホルトはメンバーを紹介する。7人目の紹介が終わったところでオーストリンは満足そうにうなずく。

パーティーのランクはメンバーの半数がそのランクに到達していなければならない。ゴットホルトのパーティーは少なくともランクAが4人いることになる。

しかし気になるのはその先だ。アインビストの代表者は11人。7人が「極虎」で、残りの4人は——。

「あぁ、僕らの紹介もしたほうがいいでしょうかね?」

爽やかな笑顔を見せた青年が言った。

明るい金髪はちょっと強めの癖がついており、目元は涼やかな碧眼。笑うと白い歯が輝くようなわかりやすいイケメンである——そう、「人間」なのだ。

しかも彼以外の3人もまた「人間」である。「多人国家」アインビストにおいて人間だけが集まっている。

「僕はイグルー=フルブラッド。ランクAパーティー『ライジングフォールズ』のリーダーです」

「なるほど……他のメンバーはどちらに?」

「この4人でフルメンバーで、全員ランクAです」

「全員!?」

「ええ。ひとりは借り物ですけどね」

借り物? と気になる言葉を口にしたが、

(今は、彼らが味方であることを喜ぶべきだ)

オーストリンは気持ちを切り替える。ランクAがここに8人もいる。

戦争は、まとまった軍と軍の衝突が中心となるが、戦況をひっくり返せる可能性を持っているのが高ランクの冒険者たちだ。

軍としてまとまった動きはできないが、彼らはパーティー単位で軍を滅ぼすこともある。人間よりはるかに強大なモンスターと年中戦っているのだ。

(ランクAの実力はランクBをはるかにしのぐと言われている……。ポーンソニアにはランクAパーティーが1つだけ、しかもあそこは3人パーティーだったはずだ。どう考えてもこちらのほうが強い。「剣聖」が邪魔だが、8人のランクAを相手にできるわけがない)

自然と口元に笑みが浮かぶ。

一応、ランクAの上にランクSがいるが、ランクSは大陸に2人とかいう程度で、戦争への参加は禁じられている。そちらは心配する必要はないだろう。

イグルーはメンバーの紹介をさっさと済ませると、こう言った。

「さて、会議の前に少々お話ししたいことがあります」

「なんだね?」

「僕の予想ですが、クインブランドが動きます」

会議室内がざわついた。だがオーストリンは腐っても第1王子、落ち着いている。

「……考えられぬではないな。先の戦争ではポーンソニアを憎んでいるだろう。我らの動きに合わせて王女軍の背後を突いてくれるのであれば、利用することもできる」

ポーンソニアの貴族たちの間から「おお」「さすが王子」といった言葉が漏れるが、イグルーは首を横に振る。

「そうではありません。クインブランドは、クジャストリア王女と同盟を結ぶでしょう」

「なんだって!?」

「現皇帝カグライは宥和政策を進めていましたからね。先代ポーンソニア王が侵攻しなければ、もっと以前に同盟を結んでいてもおかしくありません」

「しかし、つい先日まで戦っていた相手であるぞ」

「カグライ皇帝はなかなかできた人物です。ちょっとした ゴタゴタ(・・・・) くらいものの数ではないでしょう。ポーンソニア先代王が亡くなったことでこれで同盟への障壁はなくなったと、そう考えるような人です」

先代王の死はウンケンによる暗殺だが、ウンケンはポーンソニアの貴族位を持っている。ポーンソニア国内では「貴族による叛逆」と考えられておりクインブランドとは結びつけられていない。

オーストリンも、ウンケンの動機は不明だが、父の死は自業自得なのだろうと割り切っているところがあった。

「……ずいぶん知ったような口ぶりだ」

「カグライ皇帝には何度か会ったことがありますからね」

イグルーの言葉に嘘はない。ランクAになる条件として、複数国家の推薦も必要となるのだ。本拠地を定めてはいるものの国境を越えて活動する高ランク冒険者は一定数いる。

「王女軍が動かせる兵力は、王都兵8,000、騎士団500、グルッグシュルト辺境伯軍2,000がいいところでしょう。しかしここにクインブランドが入ると、5,000が上乗せされます。ああ、この辺の情報は王子の配下の方から先ほど共有いただきました。つまり、向こうが籠城を選択するとアインビストの20,000だけでは足りないと思われます。ええと、オーストリン様が率いる兵士はどれくらいでしたっけ?」

「……5,000だ」

と言ったが、ウソだ。実際のところレザーエルカの兵士は治安捜査庁の役人などをかき集めてようやく5,000といったところで、街の治安にも必要であることを考えると、実際に動かせるのは2,000がいいところである。

「なるほど。いずれにせよ25,000では籠城する15,000を相手にするのは厳しいでしょう」

「ならば釣り出せばよい。いや、籠城されようと我らがアインビスト軍の前に、ポーンソニア軍など敵ではない」

言い返したのはゴットホルトだ。目の前にポーンソニアの面々がいるのに気にせず「敵ではない」と言ってしまうし、ポーンソニア貴族たちも貴族たちで「これは心強い」などと言っている。

「ゴットホルトさん、敵は守りのほうが強いんですよ。『愉快痛快』がいますからね」

「弓と魔法で城壁越しに攻撃してくると? 我らはこのレザーエルカの城壁程度ならば苦もなく登ることができるぞ」

「『愉快痛快』の本質は遠距離攻撃ではありませんよ。罠です」

「……罠だと?」

「彼らがランクAに昇格したときに倒したのは、フィールドワイバーンの討伐です」

場がざわついた。翼竜として名を知られているワイバーンだが、ごく稀に亜種として翼の退化した個体が生まれる。そのうちのひとつがフィールドワイバーンだ。

二足歩行で、見上げるほどの巨体は固い鱗で覆われている。全力疾走で時速200キロを超えるために「駈ける神速の要塞」などとも言われるほど。

「フィールドワイバーンを罠ひとつで倒した彼らを侮ることはできません」

「…………」

強者は強者を知るという。

ゴットホルトが沈黙したのは、フィールドワイバーンがたやすく討伐できる相手ではないとわかっているからだ。戦闘の相性もあるだろうが、「極虎」が戦えば、勝ちは拾えるだろうが数人が無事では済まないだろう。

「イグルー殿の考えを聞いておこうか」

オーストリンに促され、

「まず、彼らは衛星都市ポーンドに布陣するでしょう。人口6,000ほどの街なので、滞在できる兵士は1,000程度。周囲の平原に部隊を展開。ここを取られると王都の喉元にナイフを突きつけられるようなものですからね」

「うむ。ポーンド近辺が決戦の地になるだろうとは我らも思っていた」

「一当てして、ポーンソニアは 撤退します(・・・・・) 」

「——なんだと?」

「それが作戦だからですよ」

「……どういう意味だ?」

オーストリンがじれったくなって聞くと、イグルーは楽しそうににっこりする。

「言ったでしょう、『愉快痛快』がいるんですよ。僕が王女の立場だったら、ポーンドに大量の罠を仕掛けますよ。そしてアインビスト軍がポーンドを占領したタイミングで……」

ボンッ! と両手を広げた。

「し、しかしクジャストリアがそんなことをするとは思えない」

「追い詰められれば人間、なんでもしますよ。——というか、そうしないのならそれはそれでこちらが有利なだけです。王都の防衛戦は確かにポーンソニア有利となりますが、城壁の外の住民は守れませんからね。王都の外縁と、衛星都市のどちらを捨てるのかと言われれば、まあ衛星都市を捨てますよね。誰だって目と鼻の先に敵が迫ることを望んでなんてない」

「…………」

オーストリンは考える。「愉快痛快」に関する情報はイグルーが同じ立場の冒険者だからこそ知り得た情報なのだろう。その情報さえあれば、自分たちも同じ結論に達したかもしれない。

「……イグルー殿の言うとおりポーンドに罠を仕掛けられた場合はどうする?」

「迂回しましょう。簡単にポーンドを捨てて撤退するようなら罠アリです。迂回すれば問題ありません。ちょっともったいないですけどポーンドを取るのはリスクが高すぎる」

「王都の籠城戦は? 先ほどイグルー殿も言ったであろう、こちらの人数は多いが、籠城している相手には不利だと」

「ええ、それなんですが——」

ますます笑みを深めてイグルーは言う。

「——僕らに任せてもらえませんか? 城壁を壊します」

「今、なんと……?」

「僕らが城壁を壊します。そこから侵入してください。王都は広いから『愉快痛快』といえど全域に罠を張り巡らせるなんて不可能です。城門付近は罠があるでしょうから、城壁を壊すというわけですね。あとは、中に入れれば人数差で勝てるでしょう。クインブランド軍と、グルッグシュルト辺境伯軍が合流する前なら、ポーンソニアは8,500しかいません」

「い、いや、そうではない。城壁を壊す? どうやって4人で壊すというのだ?」

「そりゃもちろん」

イグルーの自信はゆるがない。

「僕らはランクAですよ。それくらいできます」