作品タイトル不明
ポーンソニア、ランクAの冒険者
そこは王城内にある豪奢な会議室だったが、使われることはここ数年なかった。なぜなら先代王は議論を好まず、自分で判断を下したことを曲げることは決してなかったからだ。
王座の横に、王座に見劣りするが十分に立派な椅子が置かれてあった。座っていたのは十代半ばという少女である。
クジャストリア=ギィ=ポーンソニアは目の前で行われている議論——と言っていいのか——やりとりを、多少の頭痛をもって眺めていた。
「敵軍は第1王子——いや、もはや王子と言うわけにはまいらぬ。賊軍は烏合の衆。ここにアインビスト軍が加わろうとも所詮は亜人よ」
「その通り。亜人ごとき精強なるポーンソニア重装歩兵の前には敵ではない」
「問題は要塞都市レザーエルカに籠もられたら困るということだが——」
「臆病者と罵りましょうぞ。きゃつらは亜人どもを引き入れてなお籠城するのかと」
「かっかっか。それはいい!」
強気の軍部である。しかし、彼らの見通しが甘いとクジャストリアは思っている。
前回の紛争——クインブランド皇国との戦いでは、 自慢の(・・・) ポーンソニア重装歩兵はクインブランド軍とどっこいどっこいだった。クインブランドが守りを固めたということもあったが、それでも、明らかに優秀であったかと言われると首をかしげざるを得ない——少なくともクジャストリアの読んだ報告書にはそうある。クインブランドの防衛ラインを突破できたのは、彼女のすぐ左に座る騎士団長ローレンスのおかげであることは疑いない。
そのローレンスは腕組みしてじっと目を閉じている。
同様に、武を誇るグルッグシュルト辺境伯は会議室の末席で同様に黙りこくっていた。グルッグシュルト辺境伯が末席にいるのは、王都に軍を駐屯させていないためである。彼の軍はあくまでも辺境伯領にいる。すでに軍の一部を王都へ向けて進発させていたが、それでも今回の戦いには間に合わないだろう。
「ふぁ〜あ。クインブランドの城壁も破れなかったヤツらがよく言うぜって感じ?」
クジャストリアの思いと同じことを吐いた人物がいた。
彼は、グルッグシュルト辺境伯とほぼ同じ末席にいた人物である。軍服に勲章を飾り立てた軍人が多い中、彼はラフな格好をしていた。ラフ、と言うよりもはや町民の着るような服だ。王城内でも明らかに浮いている。
「おっ、センクンそれ言っちゃう? やっべーわ」
「それな」
彼の横に並んでいたふたりが応じる。そのふたりも同様に、町民のような格好だった。
「……貴様、今なんと言った?」
「もう一度言えって? おー イエ(・・) ー! アインビストは重装歩兵対策してるに決まってんじゃん? 連中、とにかくすばしっこいし? たぶん土属性の魔法と魔導具を大量に投下して重装歩兵を動けなくするっしょ」
その指摘は、正しい。
重装歩兵は魔導具を使うことでフルプレートメイルを着込んでいてもなお身軽に動くことができるようになっているが、燃費が悪い。時間を稼がれるとマズイという弱点があり、時間を稼ぐには「足下をぬかるませる」など土属性の精霊魔法が向いている。
そして悪いことには、ポーンソニア重装歩兵は大規模に土魔法を使われた演習をしたことがない。
「そのような魔法に後れを取る我らではないわ! 冒険者風情の言うことはその程度かッ!」
軍人のひとりが額に青筋を立てて言い返す。
文句を言った、チャラついた感じの男は冒険者だった。
「その冒険者に頼りたいって言ったのはそっちじゃなかったっけ? あんれー? オイラの耳がおかしくなったんかなー?」
「くっ……クジャストリア様、我らだけで十分でございます! この者どもを追い出しましょう!」
軍人が言うと、口々に賛意が上がる。だがクジャストリアは首を横に振った。
「それはなりません。アインビストも冒険者を動員しているはずです。向こうにはランクAパーティーが2ついるという話。冒険者の戦いは冒険者にお任せするのがいちばんであることはみなも知っているでしょう? センクン殿を始めとする『愉快痛快』はポーンソニア所属の唯一のランクAパーティーです」
「いやほんと、オイラたちしかいないってのがポーンソニアのヤバさを物語ってる」
「ちょ、それ言い過ぎっしょー」
「それな」
センクン、という男は身長150センチ程度で、見た目は子どものようですらある。その横にいるのがさらにチャラついた、耳にピアスをして前髪を立てているエルフ。そしてさっきから「それな」しか言っていないのが身長190はあるという大男で、目元がちょうど隠れる長さで前髪がばっさり切られている。マッシュルームカットである。こう見えて回復魔法の国内屈指の使い手である。
この3人がランクAパーティー「愉快痛快」のメンバーである。
「必要ありませぬ! クジャストリア様、もしご不安ということでしたら、どうかこの者と我らが部隊との模擬戦をお許しください!」
「…………」
クジャストリアはため息をついた。そんな流れになるような気がしていたのだ。
「オイラは構わないけど? その代わり恨みっこなし、いちゃもんなしだぜ?」
「そちらこそ言い訳をするなよ!! 貴様らの弓だか魔法だか知らんが、そのような攻撃は我が第4重装歩兵隊には通じぬ!」
勝手にヒートアップしている軍部と、それを煽るセンクン。
書記として同席している、今やクジャストリアの筆頭側近である上位執務官が彼女に囁く。
「……やらせねば収まらないでしょう」
もう一度ため息をついて、クジャストリアは、
「わかりました。双方合意ならば実施しても構わないでしょう。——ただしこのような騒ぎはこれで最後にしてください。我らが敵は別にあります」
「はっ、無論でございます! あと1時間後にはすべてが明らかになっているでしょう!」
「あいあい、さっさとやろうぜ〜」
オーストリン、アインビスト混成軍への対策のはずが、なぜだか模擬戦の流れになってしまった。
「……まさか、これほどとは」
その1時間後——センクンの宣言したとおりの時間。
王城外郭にある騎士団の訓練場を使った模擬戦は、すでに終わっていた。
冒険者3人対重装歩兵隊10人。
中央に立っているのは、
「予想以上にチョロかったな〜」
「ちょ、センクンマジセンクン」
「それな」
冒険者の3人だった。10人の重装歩兵は全員地面に伸びている。
それを唖然として見ていた軍部。クジャストリアは——考えていた。
(なにをしたのですか? 試合開始早々、歩兵10名が高々と宙に放り出され地面に激突、動けなくなりました……彼らは なにもしていない(・・・・・・・・) )
騎士団長がクジャストリアの耳元で囁いた。
「……連中は、弓や魔法の使い手という触れ込みでしたが、私が調べさせたところどうも『罠』に特化しているようです」
「罠、ですか……」
クジャストリアは察した。
センクンたちは、こうなることを見越していたのだ。そして試合前——ついさっきではなくもっと前から「仕込んでいた」。
「この訓練場には外部の者が易々と入れるのですか?」
「いえ。しかし、定期的に修復や整備のために業者が入っております」
それにバケたのか。
「いよーっす、王女さん。見てくれた? オイラたちの勝利!」
「ま、ま、ま待て! こんなもの勝負とは言わん!」
「いちゃもんなしって言ったじゃんよ〜」
「うぐっ……」
文句を言おうとしていた軍部は、センクンの指摘に言葉を呑み込む。
「で、次は誰がやる? そっちの、ポーンソニア最強の騎士団長かな?」
指差されたローレンスは、センクンをじっと見つめると、
「……お前は、マンノームか?」
と、まったく違うことを口にした。
「…………だったらなに?」
「いや、特に意味はない」
ローレンスの質問に顔色を変えたのはごく少数だ。先代王を暗殺したのがマンノームのウンケンだと知っている人間である。その情報を知る者は限られている。
ローレンスは王女へ進言する。
「——クジャストリア様、重装歩兵では『愉快痛快』を相手にするには分が悪いと存じます」
「ええ、そのとおりですね。——わかりました、センクン殿。あなたが見せたかったことはこういうことですね? 小兵でも大軍に勝つことができる。その真髄は、事前の準備と戦地への誘導、そして罠」
「うひょっ! さっすが王女様、そこまで察してくれるとやりやすいぜ〜」
センクンが模擬戦を受ける意味などない。軍人に勝ったところで金儲けにもならないからだ。ただし、ポーンソニアの兵士をいともたやすく手玉に取ったとしたら——どうなるか。
同じことを「敵にやれる」かもしれない——そう考えるのがふつうだろう。
センクンは、自分の策を受け入れさせやすくするために模擬戦を受けたのだ。
「じゃあさ、王女さんに言うけど……ポーンド、 捨てよう(・・・・) か?」
軽く、なにげなく言った言葉。その言葉の重さが軍部が理解するよりも前に、クジャストリアは応える。
「ポーンドを無人にすれば、王都を狙う敵軍は当然、足場となるポーンドを占領するでしょう。そのポーンドには大量の罠が仕掛けられている——と?」
「そのとおり!」
「そう簡単に敵が、見え透いた策に引っかかるでしょうか?」
「もちろん何人か……そうだな、何百人かは街に残ってもらうよ。兵士にも死んでもらう。臆病な王女軍が逃げた、という演出は必要だからね」
「か、簡単に命を捨てろなどと言うな! 兵士の魂は高潔なのだぞ!!」
軍人のひとりが、ようやく話に追いついて口を挟む。
先ほどまでの飄々とした態度とはまったく違う、冷たい視線をセンクンは向ける。
「……たった数百人の命で敵軍を破れるんだけど? アンタらの考えてる『正々堂々』の戦いでは死者が出ないわけ? 少なくとも数千人は死ぬよ?」
「戦いとは損得で行うものではない!」
「くっだらねー。損得でやるに決まってるじゃん? だってオイラたち、今回の従軍で2億ギランもらえるんだぜ?」
「!?」
簡単に自分たちの報酬を明かすセンクンに、わずかにイラつくクジャストリアだったが、センクンの言うことには「理」がある。
ただし、そこに「情」はない。
王道とは情だ。理だけでは国民はついてこない。
(ですが、王都が陥落すれば情だの理だの言うこともできなくなる……)
クジャストリアは悩んだ。ここで、センクンの進言を採れば、確かにこちらの被害は少なく、敵に大打撃を与えられる。しかしその後の治世に問題が出る可能性が高い。「新女王は兵を道具として使い捨てる」——と。
こういうとき、死罪が決まっている者や重罪を犯した者を使うこともあるが、計画の成功確率が下がる。もし彼らが逃げ出し、野盗と化したらさらに自分の信用は落ちる。
かといって正面から戦えばどうなるか——被害は大きく、国力は大きく低下する。
(わたくしの名声が落ちるだけならば……被害が少ない方が……)
クジャストリアが、悩みつつも結論を出そうとしていたときだった。
「クジャストリア様!」
走ってきたのは、伝令。
「どうしました」
「く、クインブランド皇国より使者が来ております!」
「!?」
王女だけでなくその場にいるほとんどの者が驚きに表情を硬くする。
まさか、宣戦布告——最悪の予想にクジャストリアが顔を青くして聞く。
「どういうことですか」
「そ、それが——なんでも、和平の使者である、と」
「……は?」
「同盟を結びたいとおおせです! 使者は皇国の現宰相殿がいらしています! カグライ皇帝の名代であるとのことです!!」