作品タイトル不明
各国動静
アインビスト挙兵す——その報を受けたクインブランド皇国のカグライ皇帝は急遽、重臣を召集した。先日までポーンソニアから攻撃を受けていた国である、ポーンソニア憎しからの「アインビストが優勢」という感情論が多かったが、それでも直接ローレンスと戦った軍部の人間は、
「あの剣聖が負けるところは想像できませぬ……」
と意見を述べた。
「して、卿らはどう考えるのかや。我が皇国はこたびの戦に関与すべきや否や」
マンノームであり身長も低いカグライはイスにちんまりと座っているが、この場で彼を侮る人間はいない。彼の「問い」についてはほとんどの重臣が「反対」だった。
全員を代表して宰相が言う。
「陛下。仮にポーンソニアが勝っても、国力は大きく削られるでしょう。莫大な資金や食料、優秀な人材も流出するはずです。我が国が吸収するチャンスと思われます」
「アインビストが勝った場合は?」
「なおさらであります。下心なくアインビストが第1王子オーストリンに手を貸すはずがありません。王都入城と同時にオーストリンを亡き者とし、ポーンソニアを簒奪するつもりではありませんか? よしんばオーストリンがアインビストに抗し得たとしても、その後はアインビストとオーストリン軍の戦いです。これもまた同様に、我が国が利を得ることになります」
「それはそうだの……」
「……陛下?」
カグライが煮え切らないことを不思議に思ったのは宰相だけではなかった。
「恐れながら申し上げます。陛下、簡単なことでございます。我らは漁夫の利を得るだけです」
「左様。2国がつぶし合いをしてくれればこれほど楽なこともありますまい」
「ポーンソニアには天罰が下ったのでしょう。国王が死に、隣国に攻められ」
「我らが皇国に刃を向けるからです」
「しかりしかり」
朗らかなムードの重臣たちとは別に、カグライは沈思黙考している。
「……みなの者、聞いて欲しいが」
そして彼は言った。
「この戦乱、我が国にとって大きな チャンス(・・・・) となるであろ」
その言葉に、みながうなずく。ようやく皇帝陛下も我らが言葉を受け入れてくださった、なにをお悩みになっていたのかわからぬ——そんな軽い認識である。
「だがの、みなが考えている チャンス(・・・・) と、余が考える チャンス(・・・・) とは違う」
宰相はイヤな予感を覚えながらたずねる。
「……どういう、ことでしょうか」
「ポーンソニアのクジャストリア王女は聡明であると聞く。しかも武勇に優れしグルッグシュルト辺境伯、一騎当千と名高い剣聖ローレンスも控えている。オーストリン王子にアインビストが加わったとしても、簡単に負けることはあるまい」
「陛下は、クジャストリア王女が勝利すると?」
「うむ。これは勘だがの——だが、勘だけで終わらせる気もない」
「……陛下、我ら臣にもわかるようはっきりお考えを教えていただけませぬか」
宰相はじれた。イヤな予感は警鐘となってカンカンカンカンと頭の中で鳴り続けている。
「これは チャンス(・・・・) ぞ。皇国と、ポーンソニアが『手を取り合う』 チャンス(・・・・) ぞ。皇国軍が後押しすればポーンソニアは負けぬ。積年の恨みをすべて水に流し、千年に渡る友好を始める絶好の チャンス(・・・・) なりや」
ポーンソニアと手を結ぶ——それを聞いた重臣たちは、悲鳴を上げる者、真っ青になる者、卒倒する者と様々だった。
それほどに皇国の人間にとってポーンソニアへのアレルギーはすさまじい。
(——そうであろ、ウンケン)
会議室が阿鼻叫喚となる中、ただひとりカグライ皇帝は違うものを見ていた。
(国王が死んだことも、アインビストが攻め込んできたことも、天が決めたことではない。人のなせる業ぞ。なれば、この皇国のために命を賭けた者たちのために——余が切り開くは温かな未来)
カグライの決心は固かった。
反対する重臣たちを一気に押し切って、皇国はクジャストリア王女への使者を仕立てた。
それはクインブランド皇国の歴史を大きく転換させる決断だ。しかし、その引き金になったのは、ひとりの暗殺者であることを知る人間はほとんどいない。
* *
同様の報せはフォレスティア連合国の首都フォレスザードにも届いていた。女王マルケドは筆頭大臣ゾフィーラとともに情報の検討を行っていた。
「あ〜あ。このクソめんどくさい冬に、さらに面倒な戦争なんてしてんじゃないわよ……」
「口調。そういうこと言ってると、表でもポロって言っちゃうわよ」
「しょうがないでしょ。余のスケジュール帳見た? 激務とかいうレベルじゃないんだけど?」
フォレスティアの冬は「政治の季節」だ。すでに初雪を観測しているフォレスザードでは、朝から晩までマルケドの予定は詰まっていた。会議、面会、陳情、会食、お茶会、舞踏会と様々だ。
「それでも今年は楽しい中身もあるって喜んでいたじゃない」
「あぁ、うん、まぁね……建国記念式典でツブラがぶっ込んでくれたおかげで、いろんなものが変わっていきそうだからね」
ツブラの提案した「学生連合」はともかく、「合同結婚式」は大きな波紋を広げていた。
提案者でもあり、ツブラの次期代表であるシルベスターからすれば自分が直接入り込む学生連合のほうが重大事であることは間違いないのだが、所詮学院内部のこと。一般市民に影響ある「合同結婚式」は予想もしなかったほどの速度で広まっていた。
出身国が違うことで結婚を許されなかったカップルが、それだけ多かったということだろう。連合政府が設けている「合同結婚式参加申請窓口」には連日、申請があるという。しかも窓口は今のところフォレスザードにしかないので、地方都市の住民は今後の申請となる。これから増えていくことは確実視されている。
「結婚式、来春よね。よぉ〜し、余が気合い入れて祝福しちゃうぞ〜」
それを聞いたゾフィーラが呆れる。
「なにバカなこと言ってんのよ。国王がしゃしゃり出てきたらみんなガチガチに緊張するじゃない。せっかくの一生に一度のすばらしい思い出なのに、記憶なくすわよ」
「え……ないの、出番?」
「むしろなぜ出番があると思っていたのか聞きたいわ」
「結婚式関係の議題が会議でいっぱいあるって言ってたの、ゾフィーラじゃない!」
「そりゃ、あるわよ。7カ国のバランスを考えた決めごとがいっぱいあるのよ? 力関係を考えると既存の結婚式場や教会を使えないから新築式場のための連合政府予算を都合しなければいけないし、結婚式の取り仕切りを誰がやるかとか、そもそもこれは新しいポストになるのかとか……」
「……くっだらない」
「政治とはくだらないものにけりをつけることなのよ。——お茶飲む?」
「飲む! お砂糖いっぱいいれてね」
ポットからお茶を淹れているゾフィーラの背中にマルケドは問う。
「それでさ、ポーンソニアの戦争のことだけど……ゾフィーラの従姉妹ってまだポーンソニアにいるんじゃないの?」
「ええ、いるわよ。アグレイアのことでしょう」
「こっちに戻さないの? オーストリン軍にアインビストが加わったらよくて互角、下手したら王都まで火の海になるわよ」
「あの子ももう十分大人だからね、自分で判断するでしょう。まあ、意外と気に入ってるみたいですよ、王都での生活が」
「へぇ! ひょっとしてすごく年上趣味とか?」
「えぇ?」
「だって、アグレイアのついているガフラスティ子爵は老人なんでしょう」
「……そうやってすぐに恋愛に結びつけるのは、国王としてどうなのかなあ」
またも呆れたように言いながら、ゾフィーラはティーカップをマルケドの前に置いた。
「陛下、我々が考えるべきはまず、国内の団結です。ポーンソニアの命運は天だけが知っていることでしょうから、考えるのは止めましょう。どっちが勝ってもいいように準備をするだけです」
「はーい」
「じゃ、この書類の続きやります」
「…………」
「へ・い・か」
「はい……」
次の会議の時間まで、マルケドは書類仕事に掛かりきりとなった。
いかに隣国とはいえ、ポーンソニアの内紛、そしてアインビストの乱入は、フォレスティア連合国にとってあまり関係のないことだった。
* *
「きょ、教官、ヒカルがポーンソニアに戻った、って……それマジですか!?」
「えぇ」
ミルクレープ=ヴァン=クァッド——ミレイ教官が、出身地であるジャラザックに戻ったころには雪が積もっていた。
そこで再会したのは学生連合のメンバーのうち、ジャラザックのイヴァン、合同結婚式の主役であるクロード=ザハード=キリハルとリュカ=ロードグラード=ルダンシャである。なぜかジャラザックの盟主アレクセイ=ヴォン=ジャルザード=ジャラザックまでいるのだから、ミレイは少々気が気でない。
「それで——あのー、なぜ盟主がここに……」
「ミレイよ。俺のことはボスと呼べ」
ボスと呼ばれることが好きなジャラザックのトップは、ミレイからすると絡みづらい。できれば一杯引っかけてから臨みたいところだが、それはそれで悪酔いしそうだ。
イヴァンがフォロー気味に言う。
「ボスも、ウゥン・エル・ポルタン大森林でのモンスター大繁殖のことが気になってたみたいですぜ、先生。ヒカルもあそこに行ってたし」
「そのヒカルってえのがえれぇ強えって話じゃねえか。ミレイ、連れてきてねえのかよ」
「は、はい、今申し上げましたとおり、ヒカルくんはポーンソニアに入りました」
「ぬう……戦で名を上げようってか。いい根性してるじゃねえか! よし、イヴァン! お前も行ってきて男を上げてこい!」
いやいや、そんなこと勝手にやったら国際問題になるから、とミレイは言いたいが、ひょっとしたらアレクセイ流のジョークなのではないかと思いとどまる。同じことをイヴァンも考えたらしい。
「ボス……そんなこと、冗談で言うもんでもないっすよ」
「大マジだ」
余計に悪かった。
どうしようこの筋肉バカ、とミレイが考えていたところへ、リュカが口を開く。
「……ヒカルさんに危険はないのでしょうか? 彼がポーンソニアの出身であることは知っていましたが『命を賭けてまで祖国を守る』という人柄ではないような気がしますが……」
「そうね、あたしも彼はそういう人間じゃないと思ってる。向こうに、お世話になった人がいるみたいよ。ケイティ先生も同行していたし」
「え? ケイティ先生もポーンソニアに?」
「なんでも、肉親がいるとか……」
詳しいことはミレイも聞いていない。
出発の朝、ヒカルに急に告げられたのだ——ポーンソニアに行く、と。ミレイと同じタイミングで聞いたケイティは、戦地がポーンドという街になると知って自分も同行したいと志願していた。
——これを逃せば、ひょっとしたらあの人にはもう会えないかもしれないから。
それはどこか悲壮な決意ですらあった。
「まあ、ヒカルくんなら大丈夫でしょう。それより自分たちのことを心配しなさい——結婚式の衣装も仕立てないといけないでしょう? ご実家からの援助はないのだろうし」
「あっ、そ、そうですね……」
「いやほんと、お金のことは苦労しています」
クロードもうなずいた。
リュカはルダンシャの第三王女ではあったが、合同結婚式のことで実家と絶縁状態。クロードもまた同様だ。クロードの出身であるキリハルは、マルケド女王が「賛成」を表明したが、実家のザハード家はマルケド女王の対抗勢力だ。
「冬の間、しっかり稼ぎます——冒険者として」
クロードの剣術はすでにジャラザックの頂点であるアレクセイと同等レベルであり、リュカは魔法も使える。イヴァンもまた修行をしたいということで3人でパーティーを組んでいるらしい。
冬の間にだけ出現するモンスターもいるので、実力ある冒険者ならば討伐依頼や素材の売却で稼げる。
これからの冒険について盛り上がる3人と、そこに加わりたそうにしているアレクセイ。それを見ながらミレイは思う。
(ほんとに……大丈夫よね、ヒカルくん?)
それで願掛けになるのなら——ヒカルが戻るまで酒を断ってみようかとさえ、ミレイは思った。