作品タイトル不明
戦乱の風
カラン、とベルが鳴ったのは来客の合図だ。
「今日もオシャレナンバーワン! ワシの工房へようこそ——なんじゃ、お前か」
「なんだとはご挨拶じゃぁねぇかぃ!」
奥から出てきたのはぴちっとしたスーツに近い、すらりとしたフォルムの服を着込んだ ドワーフ(・・・・) のドドロノ。
一方、肩までまくった袖に、ねじりハチマキの いなせ(・・・) な男が エルフ(・・・) にして鍛冶師のレニウッドだ。
「店はいいのか?」
「どぉーにも鉄を打つ気にならなくてなぁ」
朝いちばんという時間帯は元々来客が多いとは言えない。だが、自分の工房を空けてまでやってくるほどヒマでもないだろう。
それでもレニウッドはドドロノの工房へ——防具、服飾を扱う工房へとやってきた。
「……俺の打った武器はよぉ、モンスターを討つためのシロモンだ。それがなぁ……人と人との争いに使われるとなるとなぁ……」
「店は閉めとるんか」
「在庫だけ売ってはいるぜ。ここで閉めたりした日にゃぁ、すわ王子派か、とか言われそぉでよぉ」
「そうじゃのぉ」
「ドドロノんとこはいいじゃぁねぇかぃ。人を守るもんを売ってるんだ」
「おお、おお、そうじゃよ。おかげさまで売れ行きは絶好調じゃ」
王子と王女の内紛が始まって以来、身を守るアイテムは売れ行きが伸びている。ドドロノは大忙しで防具を造っているが、手が足りていないのが実情だ。
ここ数日まともに睡眠時間も取れていないので、彼の目の下にはべったりとクマができている。
それでも、この一風変わったエルフの相手をしているのは——彼の苦悩も十分理解できるからだ。同じ、冒険者に買われる装備品を造っている者として。
「聞いたかぃ? ここが戦地のど真ん中になるってぇ話よ」
「そのようじゃな……周りの住人は、王都に一時的に移住すると言っとる」
「ドドロノはどうすんでぃ」
「ワシは残るよ。防具が壊れれば直さなければならん。そう言うレニウッドはどうするんじゃ」
「俺は……俺も、残る、のかもしれねぇなぁ」
ハッキリした性格のレニウッドにしては珍しく歯切れが悪い。
「やっぱしよぉ、刃こぼれした武器で、俺の知ってるヤツらが戦ってたら……手入れしたくなるってぇもんだろ?」
「そういうことじゃな」
「はぁ……」
レニウッドはため息をつく。
「……戦争なんてぇのはクソだなぁ。モンスターを相手にしてるほうがよほどわかりやすいぜ」
ドドロノも完全に同意だった。
ポーンドの冒険者ギルドも大忙しだった。アインビストによる宣戦布告から5日が経過していた。王国からの依頼で高ランクの冒険者をなるったけ集めるように言われている。これは戦時の常で、モンスターと戦うスペシャリストの冒険者は対人戦でもその力を期待されているのだ。
だからこそ戦争が始まると、高ランクの冒険者は国境を越える移動を制限される。
「す、少ないじゃないか! これしかいないのか!?」
ポーンドのサブマスターは受付嬢のグロリアから渡された冒険者のリストを見て血相を変えた。
ランクA冒険者パーティーが1つ、ランクBが2つ、ランクCが21だ。
ランクCに関しては先日まで続いていたクインブランド侵攻戦において大量にランクアップさせたために多いというだけで、実力としてはランクDがいいところだ。
クインブランドとの戦争は正式な通知がなされた戦争ではなく、なし崩し的に始められたものであり、ポーンソニアが撤退した今は停戦扱いになっている。
逆に言えば、だからこそ東方四星の出国が可能だった。
「高ランクの方々は、大量にランクアップされる冒険者を見て嫌気が差したみたいですねぇ」
「あ、あれは仕方ないことだろう!? ランクが高ければ高いほど王国からの依頼金も跳ね上がるのだから」
「それ、ランクB以上の皆さんに言えます?」
「うっ……」
グロリアに言われてたじたじになるサブマスター。
彼は、モルグスタット伯爵殺害の重要参考人である伯爵令嬢を護送する依頼において、本来指名依頼であった東方四星を差し置いて、自分の権限でランクC冒険者を派遣した。
結果、失敗し——ヒカルが失敗させたのだが——その後しばらく休暇という名で身をくらませていた。
しかしポーンド冒険者ギルドのマスターであるウンケンが突然辞職すると言い、サブマスターは舞い戻ってきた。自分がマスターになるのだ、というまったく合理的でないことを信じ切って。
もちろんウンケンの後任は別の人物——王都から派遣された人物になった。職場に戻ってしまったサブマスターは今さらまた休むとも言えず、仕事は再開された。もともと貴族の遠縁にあたり、無理矢理このポジションにねじ込んでもらったような男だから、仕事ぶりは真面目ではない。そんなさなか、マスターから「しばらく席を空けるから、一時的にギルドマスターの権限を与えよう」と言われ大喜びした——のが、5日前。
「騙された……!」
マスターは、誰よりも先に知ったのだ。アインビストが宣戦布告し、オーストリン王子と合流しようとしていることを。結果としてポーンドが戦地になることを。
戦地ポーンドの冒険者ギルドマスターなんていう、めちゃくちゃしんどい仕事をする気がない彼は、さっさとサブマスターに厄介ごとを押しつけて行方をくらませた。冒険者ギルドは戦時においても軍は不可侵という協定を結んでいるが、なにが起きるのかわからないのが戦争だ。身の危険を感じたのかもしれない。
(騙された、って言ってますけれども、あなたも自分で失敗したあとに逃げましたよねえ? あのあと事件の調査とかで仕事が倍増したんですけど?)
にこやかなグロリアだが、腹の内ではどす黒い感情が渦巻いている。
そこへ、ノックが聞こえた。
「ジルです!」
あわてた口調に、サブマスターとグロリアは視線を交わす。
「入ってください」
「失礼します!」
彼女にしては珍しく取り乱した様子で入ってきた。
「あ、あの、ポーンソニアの高ランク冒険者ですが——」
「ああ、これか……」
サブマスターが指先でペシッとリストを弾く。ランクAが1つ、ランクBが2つ、その他大勢。これは変わらない。
ちなみにアインビストはランクAが2つ、ランクBが4つ、ランクCが10だという。層の厚さを感じさせるし、単純に戦力は倍だ。もちろん全員が従軍しているとは限らないのだが——これはポーンソニアも同様だ。
ジルはリストを見てから、
「あ、やっぱり ない(・・) 」
「なにがだ?」
「あの——今、下にいらしてます」
「誰がだ?」
「ランクBパーティー、東方四星です。このリストには入ってないんですが」
「————」
腰を浮かせたサブマスターは口をパクパクさせてから——それを見たグロリアは「お魚みたい」と思ったとかなんとか——部屋を飛び出した。最高のおもてなしをするぞぉ、と叫びながら。
あわててその後を追うグロリアとジル。階下のギルドロビーは大騒ぎになっていた。そもれそうだろう、東方四星はポーンソニアでも屈指の冒険者だし、知名度だけで言えばナンバーワンを争う。
「すっげぇ! マジもんの東方四星だ!」
「マジもん、ってお前、そもそも本物見たことあったのかよ?」
「うひょー、みんなカワイイ!」
「なんでポーンドに? やっぱここの街危ねぇの?」
そんな冒険者たちをかき分けてサブマスターが4人の美女・美少女へと歩み寄る。
「これはこれは! 出国されたとうかがっておりましたが、お戻りいただけたのですね! そうでしょうとも、そうでしょうとも。なにせ故国ポーンソニアの窮地ですものねえ——」
「ああ、あなたがポーンドのサブマスターですか」
にこりと笑ったソリューズに、サブマスターもやに下がる。
「——私たちの依頼を勝手に別の冒険者に発注したのは、あなたでしたよね?」
その一言にサブマスターが凍りつく——のを見て、ジルは内心ざまあみろと思っていた。東方四星を差し置いてランクC冒険者にモルグスタット伯爵令嬢の護送を頼んだのはサブマスターだ。それを忘れて揉み手で近寄っていく神経の図太さがすごいところである。
さて、東方四星はサブマスターをどうするのか、なんて野次馬根性で眺めていたときだった。
「あなたがジルね!」
「ふぇっ!?」
東方四星の中でもいちばん小さな女の子——黒の長髪を左右で縛っており、白い上等なローブを羽織っている彼女を、当然ジルも知っていた。
セリカ=タノウエ。
突如として冒険者界隈に現れ、ランクBまで一気に駆け上がった少女である。とてつもない魔法使いだと評判だ。
「え、あ、は、はいっ」
「これを渡すように言われていたのだわ!」
セリカが差し出したのは布の袋だった。なんだか鼻をつくようなニオイが漂っている。
「ニンニクよ!『パスタマジック』の店長に渡して欲しいのよ!」
「え? あの店長にですか?」
ジルの脳裏をよぎるのはクマのような大男である。
「あなたにそう言えば通じると、ヒカルは言っていたのだけど、違うのかしら!」
「————」
その瞬間、ジルの頭もフリーズする。
彼女は今、なんと言った?
ヒカル——それはジルの前に現れ、突如として消えた黒髪の冒険者。彼のことを考えない日はなかった。ランクEに到達したあと、行方をくらませていた。「ダンジョンに行きたい」といったようなことを言っていたが、その後「古代神民の地下街」を踏破したというわけのわからない情報が飛び込んできた。
しかもその踏破は事実であり、現在国内で起きている内紛の、その中心人物であるガフラスティ=ヌィ=バルブスが証人であるというのだからわけがわからない。
「ヒカルくんは今どこに——」
「タノウエ様」
ジルを遮ってグロリアが割り込んでくる。
「もしや、ヒカル様はタノウエ様の遠縁かなにかでいらっしゃるのですか? お髪の色が同じです」
「彼と親戚とか冗談じゃないわ! ただ出身が近いというだけよ!」
「出身地……」
グロリアはいまだ、ヒカルがなんらかの上位「職業」を隠していると疑っているのだ。
「あ、あのタノウエ様——」
「みんな、聞いて欲しい!」
ジルがグロリアを押しのけて重ねて質問しようとしたときだった。
ぱん、ぱん、と手を叩いてソリューズが声を上げる。
「ポーンドが戦乱の中心になる可能性が非常に高い。これから王都より騎士団を始め軍がやってくる。街は混乱するだろう」
冒険者たちがざわつく。
口々に不安を話しているが、しばらく話させてからソリューズは再度声を張り上げた。
「そんなときに市民は誰を頼るのか——他ならぬ君たちだ。君たちが街の人々のそばに寄り添うのだ。そして希望する人々を王都へ移送する任務に就いて欲しい」
「と、東方四星も住民の護衛をやるのか?」
飛んできた質問に、
「私たちは敵を討つ、その最前線に立つ。この街に敵軍が入ることを許すつもりはない。つまるところ敵は内側にいるのだ。みんなの心に潜む不安や疑心が、パニックを引き起こす可能性がある。だから、私が戦っている間、この街を君たちに託したい。——できるか?」
その質問に否やはなかった。
「おお!!」
「当たり前よ!」
「俺たちゃこの街で暮らしてる冒険者だぜ! 誰よりもここに詳しいんだ!」
「やってやるぜ!」
ソリューズはその反応に満足そうにして、
「詳しい依頼の詳細はサブマスターより与えられる。みんな、頼んだよ」
青い顔をしているサブマスターに引き継いだ。
どうやらソリューズは、街の安寧をギルド権限で冒険者に依頼させるという交渉に成功したらしい。
そのことで、東方四星の依頼を奪ったことはチャラにしてやる——と。
「オーロラくん、グロリアくん、それにジルくんもこっちへ!」
サブマスターが呼んでいる。行こう——とジルが動き出したときだった。
『さて、こっちは予定通りね。ヒカルはなにをしてくれるのかな〜っと』
セリカがぼそりと、ジルにしか聞こえないくらいの声でつぶやいた。
その言葉は異国のものでジルにはわからなかったが——「ヒカル」という名前が含まれていたのだけはわかった。