軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十一話 <超級激突> 後編

□【聖騎士】レイ・スターリング

『アームズ、ガードナー、チャリオッツ、キャッスル、テリトリー。<エンブリオ>進化の大本になる五つの基本カテゴリーの内、一番数が多いのはどれだと思う?』

それはこの<Infinite Dendorogram>に入って最初の夜。

ミリアーヌを助けた後、兄やネメシスと一緒に飲み食いしていたときのことだ。

戦争の話からこの話題までの間に何を話していたかは忘れたが、このことは覚えている。

「アームズ、かな?」

ネメシスはメイデンではあるが同時にアームズでもある。

兄のバルドルもガトリング砲だった。

この時点では俺と兄以外の<マスター>を知らず、どちらの<エンブリオ>もアームズだったから俺はそう答えた。

『正解。アームズはこの<Infinite Dendorogram>で最も多いカテゴリーだ』

当たっていた。

『同時に、最も多様でもある』

「最も多様?」

俺が尋ねると、兄貴はこう答えた。

『アームズの範疇は多岐にわたる。お前の大剣、俺の銃火器みたいな武器タイプだけでなく、鍋やランプなどの道具タイプ、はては義眼や義手といった肉体の代わりになるタイプまである』

「変り種も多いってことか」

『ま、そうだな』

そう、それからこう言ったんだ。

『中でも、“あいつ”が持っているアームズが一番変り種だよなぁ』

そのときの俺は、兄が言っていた“あいつ”が誰かは知る由もなかった。

◇◇◇

決闘都市ギデオンの中央大闘技場は静寂に包まれていた。

観客の誰しも、何が起きたのか理解できていなかった。

きっと全てを理解しているのは舞台上の二人――フィガロさんと迅羽だけだ。

『迅羽が布石を打ち続けた結果、か』

いやもう一人、俺の横にいる兄もまた理解していた。

『まず、開幕の「一歩も動かない」って宣言。あれはあの長い裾に隠れた足を動かさないのを不自然に思わせないための布石だ』

今その足は、フィガロさんの肺を掴んでいた。

『迅羽の超射程超音速攻撃。あれも発言の意図が自身の戦闘スタイルへの自信からくる挑発だと、誤認させるのに一役かっている。ま、フィガロなら挑発は他の目的をもったブラフだと見抜いていただろうが』

しかし、見抜いていても避けられなかった。

『次に【符】による魔法攻撃。あれも結局は次の大魔法に使う【符】を設置するための布石。【暴雷】とかいうエレメンタル種は一時的な目くらまし。そして問題は件の大魔法だ』

舞台上にばら撒かれた数百枚の【符】を使用し、闘技場の結界を突き破るほどの火柱を起こした。

『《真火真灯爆龍覇》、だったか。あの威力、まず間違いなく【尸解仙】のスキルの中でも最強の一手だろうが……迅羽はそれさえもただの足止めに使った』

「足止め?」

『あれだけの威力と範囲の大魔法。食らえばフィガロも無傷では済まず、迅羽の腕があるから安全圏まで逃げるのも難しい。おまけにルールで即死ダメージを無効化する類のアクセサリーもない。ならばどうするか、実際にそうして見せたように全方位防御型のスキルを使って凌ぐしかない』

フィガロさんが使った、一定時間外界からの干渉を遮断する結界を張るというMVP特典武具。

『だが、あいつにそうした行動をとらせることこそが迅羽の狙いだった』

「!」

『全方位防御型スキルの殆どは使用中に動けないし他のスキルも使えない。つまり堅固ではあるが隙だらけにもなる。そこを狙われた……いや迅羽が最初から狙っていた』

試合が始まる前からずっとその隙が出来る瞬間を待ち続けた。

……まるで地雷だ。

「待ってください。あのMVP特典の効果があなたの言うとおりのものだったなら、攻撃を受けるわけもないじゃないですか」

マリーが兄の言に異を唱える。

たしかに、全方位を完全防御する結界を、どうやって?

『そうだな』

その疑問に兄は、

『 外(・) から攻撃されたらな』

ただ、そう答えた。

「え、……ッ!」

兄の言で、マリーは何かに気づいたようだ。

「レイさんのお兄さんは、もうキョンシーの人の必殺スキルの正体が分かっているのですね」

『ああ、君も予想はついているらしいなルーク君』

「状況証拠ですけど」

どうやらこの場にいるプレイヤーの中で理解していないのは俺だけらしい。

「一体どんな攻撃がフィガロさんにあれほどの重傷を浴びせたというのだ、クマニーサン」

ネメシスも解らないらしく、兄に尋ねている。

『よく観察すれば簡単だ。見ろ。内臓を抉られ、血を吐くほどの重傷なのに……フィガロの皮膚には傷一つない』

「!」

装備は吐血によって血に染まっているが、傷は付いていない。

肺を抉られるほどの攻撃ならば装備にも肉体にも大穴が空くはずだ。

『そして、必殺スキルは<エンブリオ>の特性の集大成だ……あとは解るな』

「……そうか!」

必殺スキルは<エンブリオ>の特性の究極であり、<エンブリオ>、<マスター>の力の結晶とも言える。

それは闇の竜巻や、黄金の大海嘯など様々だ。

ならば迅羽の……速度と射程距離を特性とする<エンブリオ>の、特性の究極とは何だろうか。

超音速のさらに先、亜光速にでもなるのだろうか。

しかし物体は光速を超えられない以上、その究極には限界がある。

そこを限界としないならば、速度と射程の究極とは――何か?

答えは、SF小説の中にある。

その“現象”の名は、

『ワープ』

それが、答えだ。

光速さえも上回る超光速超長距離超次元移動能力、ワープ。

『瞬間移動と言い換えてもいい。あいつはフィガロの体内に直接右足を瞬間移動させ、肺を引き千切った』

フィガロさんの装備は外界からの干渉を遮断する全方位防御が可能だった。

しかしそれでもその攻撃は防げない。

紙の上にAとBという二点があり、Aの周りに円形の壁を描いて「AからBには到達できません」とあったとしても…… 紙を折り曲げて(・・・・・・・) AとBを直接接触させれば無関係であるように。

途中に壁があろうとも、そんなのは飛び越えてしまえる。

「それでしたら内臓を引きちぎるよりも、あの【符】を体内に置いて爆破するのが確実では? あるいは、一つと言わず内臓を全て寸断するとか」

……発想が怖いぞルーク。

『恐らくはスキルの制限だろう。例えば、“あの<超級エンブリオ>しかワープさせられない”や“極短い時間しか繋げられない”とかな』

「なるほど」

俺達がそんな風に考察していると、舞台上のフィガロさんが再び口を開いた。

『……敵体内への強制転移攻撃か。なるほど、これは必殺だ』

血に染まる口から発せられた言葉から、攻撃を受けたフィガロさん自身も迅羽の攻撃を理解していたのだと知る。

『お前の動きが止まる瞬間を待っていたヨ。出来ればオレに張り合って、「動かない」とか言ってくれたら良かったんだけどナ。あア、実際そうして死んだバカもいたナ、ゲァーッハッハッハ!』

迅羽の大笑が静まり返った闘技場に木霊する。

『本来はもっと遠距離から奇襲で使う技なのだろうに、決闘で当てるために随分と布石を打ったものだね』

『それが俺のやり口だからナ』

兄が言っていたように、迅羽はフィガロさんの動きが止まり、必殺の転移攻撃で狙える瞬間を待っていた。

しかし、その前の超音速や大魔法で倒す意図もあったはずだ。

超音速爪撃、符術、暴雷、《爆龍覇》。

いずれも格下ならば瞬殺されているだろう。

そしてあの必殺スキルは、それでも倒せない強敵を一撃で葬るための切り札なのだ。

効果は一目瞭然。

フィガロさんも倒されこそしなかったが、ダメージは大きい。

「あの傷からの回復は、できるのかのぅ」

「多少の骨折程度ならまだしも、内臓をもぎ取られています。HP上限の低下、行動制限、継続ダメージ……この治療は魔法でも容易ではありません」

「試合では使えぬが、【快癒万能霊薬】でも駄目か?」

「【快癒万能霊薬】はああいう傷痍系状態異常にはほとんど効果ありません。内臓欠損ほどのダメージを治すには……超級の回復職なら短時間での回復も望めます。しかし上級までの回復スキルや薬では完治までに相当時間が掛かりますね。デスペナになったほうが早いかもしれません」

結界内での戦いですから試合終了時には全快しますが、とマリーは付け加える。

しかしそれは少なくとも、この戦いの内にフィガロさんが完治することはないと言っているのと同義だった。

「……あれ?」

その言葉は、またしてもルークのものだった。

「どうして、二人ともまだ動かないんですか?」

ルークの言う二人とは勿論フィガロさんと迅羽だ。

フィガロさんは重傷で思うように動けないのだろう。

しかし迅羽は?

「考えられるのは、スキル使用の反動かのぅ?」

『いや、あれは警戒している』

「警戒?」

迅羽は今まさにフィガロさんを追い詰めているのに。

「そうか、幾多の決闘で一度も見せたことがないフィガロの切り札……彼の<超級エンブリオ>を警戒しているんですね」

マリーの言葉に、俺も閃いた。

「今までのフィガロさんは自身の力と装備のスキルしか使っていない。まだ<エンブリオ>の力を温存していたのか!」

それならまだフィガロさんにも勝機が、

『あいつの<エンブリオ>なら、ずっと使っているぞ』

「「「え?」」」

呆けた声は俺とマリー、ネメシスの三人のものだ。

「ずっと? いつから?」

『今日の試合開始から。つーかこれまでの決闘も全部だろうな。あいつ、そこまで手を抜けるタイプじゃない』

それはきっと俺だけでなく、マリーにも、ネメシスにも、この会場にいる観客の誰の想定にもなかったことだ。

今まで名前と詳細の一切が知られていないフィガロさんの<超級エンブリオ>。

それを常に使い続けていたというのだから。

「着けている装備のどれかが<エンブリオ>?」

「ありえません。ボクは《鑑定眼》スキルを常時発動させながら彼の戦いをチェックしています。しかしどれもアイテムであると鑑定できました」

そうか、<エンブリオ>ならアイテムを鑑定するスキルでは効果がない。

装備の中に鑑定できないものがあればそれこそが<エンブリオ>だが、それは一つもないとマリーは言う。

武具は<エンブリオ>ではない。

それなら……。

「フィガロさんの<超級エンブリオ>は……」

言い掛けたところで、会場からどよめきが聞こえた。

慌てて舞台に視線を戻すと……フィガロさんに奇妙なことが起きていた。

フィガロさんは膝をついたまま、けれどさっきとは装いが異なっている。

まず、外套が光に包まれて消えている。

次いで軽装鎧が消え、インナーも消える。

十指に嵌った指輪も消えて、超音速の攻防でも落とすことなく被っていた帽子も消える。

残りは袴に似た下半身の防具とグリーブ、両手の剣だけだ。

迅羽の仕業とも考えたが、その迅羽も怪訝そうな顔をしている。

いや、それよりもあの光……あれは試合前に兄が着ぐるみを着替えたときの光と同じだ。

「《瞬間装着》……防具を一瞬で着替えるスキルです」

マリーの呟きを聞いて、俺は習得したもののまだ使ったことのない《瞬間装備》というスキルを思い出す。

あれはアイテムボックスの武器を瞬時に装備するスキルだったはずだから、これも同種なのだろう。

「けれど……」

今のフィガロさんは逆に防具を仕舞うのに使っているようだ。

別の装備を出すならまだしも、何でわざわざより不利になるような真似を……。

会場中の疑問の視線を受けながら、フィガロさんは立ち上がる。

着ていたものがなくなり、顕わになったのは引き締まった胸板。

皮膚と大胸筋を通してなお、片肺を失ったダメージが、内出血によるドス黒い変色で確認できた。

『そんなに息苦しかったのカ?』

迅羽の言葉も嘲笑ではなく、純粋な疑問の声だった。

しかして、フィガロさんは薄く笑って返すだけ。

『……これで終いカ』

そうして迅羽は再び超音速の義手を放つ。

それをフィガロさんは先ほどまでと同じく、手にした剣で弾いた。

そうして先ほどまでと同じく、両者の攻防が始まった。

フィガロさんは先ほどまでと同じく、守勢に回っている。

「……?」

しかし、疑問が浮かんできた。

それは、理屈に合わない、と。

先ほどまでと同じ結果になんてなるわけがない、と。

フィガロさんは片方の肺を失っている。

事実、今も弾いてこそいるがさっきよりも若干動きが悪いし、少し掠り傷も受けている。

――はたして、肺を失うのは 若干動きが悪くなる(・・・・・・・・・) 程度のことだろうか?

問うまでもない、致命傷だ。

<マスター>の人間離れした生命力で死にはせずともろくに動くことは出来ないはずだ。

じゃあ何で、今のフィガロさんは多少の遜色程度で済んでいる?

『刺ィッ!』

迅羽が両腕を同時に放つ。

さらに一段加速し、結界の効果を以ってしても霞むレベルのスピード。

対するフィガロさんは、

『■ッ!』

眉目秀麗だった面相を変容させ、殺気の混じる呼気と共に切り弾く。

それはあの水晶で見た、狂戦士の貌だ。

「《フィジカルバーサーク》。身体ステータスを爆発的に上昇させる代償に肉体の制御を失い、他のアクティブスキルも使用できなくなるあれをこの局面で使いますか?」

『あいつは他のパッシブスキルで制御不能のデメリットは消しているからな。顔と殺気はやばいが、動作に問題はない。それに、今は小技よりもステータス上昇を優先したんだ』

言葉通り、フィガロさんの動きはさらに速さを増した。

『良い面になったなフィガロォ!!』

背後より再度襲来する黄金の義手。

狂戦士の相のフィガロさんは瞬時に振り返って、一方を避け、もう一方に右の剣で切りかかる。

弾くのではなく、正面からぶつけた。

結果として、折れた。

フィガロさんの剣が、

そして……<超級エンブリオ>であるはずの黄金爪の一本が。

『――!?』

迅羽は衝撃を受け、フィガロさんは《瞬間装備》を使用して新たな剣を出す。

そして再度剣と爪は交錯し――結果は同じ。

否、今度は迅羽の両手の爪が共に一本ずつ欠けていた。

『何をしタ?』

迅羽の言葉に同感する。

「何をしたのか」との問いかけは、決して《フィジカルバーサーク》というスキル一つの話ではない。

肺を失ったフィガロさんは先刻よりも弱っているはずだ。

だと言うのに、先刻は弾くか避けるかが限度だった迅羽の<超級エンブリオ>に対し、傷をつけ続けている。

どれほどの効果かは知らないが、身体強化のスキル一つでここまで劇的に変わるものか。

そもそも、スキルを使う前の挙動からして重傷を負った人間とは思えないほどおかしいのだ。

さらに装備を脱いで弱体化しているっていうのに。

「……………………?」

装備を脱いで、弱体化?

本当に?

「……まさか」

装備を脱ぐことで強くなるスキル?

いや、それなら最初から外していればいい。

もっと別の、装備行為そのものに関係した……。

「どうかしたか、レイ?」

「なぁ、ネメシス。<Infinite Dendorogram>の装備枠、いくつだっけ」

「装備枠? たしか、頭部、上下の装備、インナーは……含まれぬし、あとはマント、手套、靴、アクセサリーが5、それと両手の武器で……13かの。いや、シルバーのように特殊装備品もあるから14?」

「フィガロさんは?」

「あの糸目は装備数を増やすスキルがあるらしいしのぅ。全ての指にアクセサリーを着けておったし、武器も6つ持っていた。他にもあるかもしれんし25前後ではないかのぅ」

けれど今は下半身の装備とグリーブ、両手に一本ずつの剣だけで装備数は4。

「兄貴」

『なにクマー?』

「フィガロさんの今着けている装備、袴とグリーブはどんな装備?」

『袴は【武威の衣(下)】で効果は STR(筋力) と AGI(速度) 、 DEX(器用) 上昇、グリーブは特典武具の【不縛足 アンチェイン】でAGI大幅上昇と動作制限に対するレジスト』

身体強化の装備品。

わざわざ減らした装備数。

上昇した戦闘力。

ずっと使っている<エンブリオ>。

それと、廊下で兄貴とフィガロさんが話していた内容。

導き出されるのは……。

「…………ああ、そういうことか」

そうか、そうでもなきゃ、脱ぐ意味がないよな。

「兄貴」

『はいはい』

俺は……自分の推測を口にする。

「フィガロさんの<エンブリオ>の特性、“装備数に反比例した装備品強化”だろ」

俺の言葉を聞き、兄以外の全員が驚いたように俺を見る。

『何でそう考えた?』

「装備は着けるほど強くなるのが常識。外して強くなるなら、それはもうそういうスキルとしか考えられない」

けれど、最初から脱いでいなかったことを考えると、単純に“装備を着けていないと強くなる”類のスキルじゃない。

イメージは、100%の力を装備品の数に応じて分割するスキル。

装備品を25個着けていれば一つあたり4%ずつの力だが、4個ならば25%ずつ力を注げる。

さっきの脱着は、不要な装備品を外して力を集中させたのだ。

『根拠はそれだけか?』

「あと一点。フィガロさんはソロで<墓標迷宮>に潜っているらしいけど、普通それは出来ない」

『いやいや<超級エンブリオ>なら出来るんじゃないクマー?』

「それが出来るなら他の持ち主だって出来る。けどソロ探索者として知られているのはフィガロさんだけ。ならフィガロさんにはそれが出来る何かがある」

『それは?』

「万能性と対策」

『ほう』

俺は兄に自分の推測の続きを伝える。

普段フィガロさんが着けている装備。

あれらはきっと身体強化や防御、状態異常、回復など色々な面での万能性を考えた組み合わせなのだろう。

でもそれだけじゃいくらフィガロさんが強くても器用貧乏だ。

特に普通のモンスターならともかく、ボス戦を一人でやるのはきついはずだ。

俺が戦ってきたように<UBM>を始めとした強大なボスは、特殊な固有能力を持つ場合も多い。

俺の場合はいずれも、奇跡的に俺が相手に勝ちえる力を持っていたから、勝てた。

言ってしまえば、偶然にも戦った相手に対して対策が出来ていたのだ。

そう、対策。

恐らくだけど、フィガロさんは戦っている最中に相手に特化した装備に付け替えて、その装備の性能を引き上げて打倒しているんだ。

例えば、炎が苦手な氷のモンスターに炎の武器と耐冷防具のみを装備して攻撃するように。

あの<サウダ山道>でのPKとの戦いで、鎖の本数を減らし、グリーブの“動作制限能力に対するレジスト”を強めて拘束から脱し、撃破したように。

迅羽を相手に防御や状態異常対策は不要と判断し、速度と攻撃力に重点を置いた装備のみに切り替えたように。

まずどんな相手にも当たれるフル装備で戦い、見極めてから一部の装備だけを残す、あるいは交換する。

それがフィガロさんのバトルスタイルだ。

『半分正解』

半分、か。

『ちなみにフルで着けている場合の初期値は一律二倍強化だそうだ』

「一律二倍強化…………二倍!?」

それはつまり、装備品が1/5以下になった今は十倍以上の性能を発揮しているってことじゃないか。

それだけあれば片肺失って弱った分もカバーして余りあるか。

……待った。

初期値(・・・) ?

「……兄貴」

『なんだー』

「さっき半分正解って言ったのは?」

『お前は力の総量がどうとか言っていたけどな』

兄はそこで言葉を区切り――こう言った。

『――それ、 戦闘時間に比例(・・・・・・・) して増えるぞ(・・・・・・) 』

歓声が巻き起こる。

舞台上ではフィガロさんの剣閃が再び迅羽の爪を折っていた。

今度は剣が折れていなかった。

『こいつ、また強クッ……!』

例えば、装備強化力が1秒ごとに1%増えるとしよう。

それは多数の装備品を身に着けていれば、単品では増えたかどうかもわからない微量の上昇だ。

しかしそれが、ごく少数の装備品なら?

答えは簡単、目に見えて解る。

時を経るごとに、攻防を繰り返すごとに、フィガロさんは強くなる。

既に速度は迅羽の超音速を凌駕し、攻撃は<超級エンブリオ>の強度を貫く。

そうと知りながら見ればまざまざと解る。

戦闘時間比例強化。

装備数反比例強化。

それがフィガロさんの<超級エンブリオ>の特性だ。

フィガロさんの<超級エンブリオ>がその特性を最大限に発揮できるのは長期戦だ。

戦闘時間が長ければ長いほど、強くなるのだから。

そして今、試合が長引いたことでフィガロさんは肺腑の一つを失いながらも絶好調だ。

「そうか……」

相手がフィガロさんを倒そうとすれば短期決戦で仕留める必要があるが、それはできない。

フィガロさんの地力がある。

防御のための特典武具もある。

決闘でさえなければ蘇生や身代わりのアクセサリーがある。

例えば《瞬間装着》で延々と【身代わり竜鱗】を付け替えればいくらでも戦闘遅延が可能で、その時間だけ戦闘力を引き上げられる。

強敵がいればその間に見切り、相手のメタになる装備に特化して止めを刺す。

戦えば戦うほど無限に強くなる――“無限連鎖”のフィガロ。

「おっかないな……」

そんな俺の感想に、横で俺の考えを読んでいたネメシスが頷いている。

しかしあの通り名、鎖のことじゃなかったんだな。

……実状に即していることを考えると、フィガロさんの<エンブリオ>の詳細を知っていた兄あたりが考えて広めたのだろうか。

「だが……」

理解したことで疑問も増える。

フィガロさんの<超級エンブリオ>の特性は兄のヒントありとはいえ、一見すれば俺でも気づけたるものだ。

しかし今の今まで謎とされてきた。

それはなぜかと考えて……理解した。

フィガロさんはソロ専門のプレイヤーで探索は一人。

ボス戦も当然一人。

しかも戦う場所は<墓標迷宮>の中であり、外して戦う姿を目撃する者は誰もいないだろう。

けれど、決闘では?

衆人環視で戦っているのになぜ気づかれなかったのか。

それはこれまで戦った相手の誰もが、フィガロさんに装備を外させるほどではなかったから。

アクセサリーのいくつかや武器の数を減らすくらいの強化はしていたかもしれないが、今みたいに一目で解るほどには外さなかったんだ。

今初めて、決闘であそこまで外すまでに至った――そうしなければ勝てないほどに追い込まれた。

そう、相手が今までの決闘で最強の相手である迅羽だから、そこまで能力を全開にする必要があったんだ。

そう、迅羽は強かった。

“強かった”。

『ハッ! スゲェナ、フィガロォ!!』

今、迅羽の左手首が切り落とされた。

フィガロさんの戦闘力が更なる高みへと跳ね上がっている。

瀕死の重傷を受けてなお、迅羽を凌駕するほどに。

最早両者の形勢は完全に逆転している。

フィガロさんは迅羽の爪を容易に回避している。

迅羽は両足も自在に伸縮させて自らの体を逃がし、同時に攻撃も仕掛けているが……それでも届かない。

お互いに超音速領域の戦闘だが、もはやその中でも彼我の速度差が生じ始めている。

そしてその差は、さらに開き始めている。

『……アアッ、しくじっタ! 的が小さくて避けられるリスク込みでも頭狙っとけば良かったゼ!』

追い詰められている迅羽にはあの必殺スキルを使う様子もない。

恐らくはクールタイムかチャージ時間の問題があるのだろう。

迅羽は強かった。

勝機も十分にあった。

しかし、それはフィガロさんの内臓を狙い、心臓を掴み損ねた瞬間に喪われていたのだ。

『あの武器は……フィガロが勝負を決めに掛かった!』

いつの間にか、フィガロさんは武器を一本に減らしている。

だが兄は、フィガロさんが武器を減らしたことではなく、掌中の武器そのものに驚いている。

それは分類としてはブロードソードに近い。

けれどそれは決して、ただの剣ではない。

今まで使っていた剣とどこが違うとは言えない。

ただ、存在感が違いすぎる。

見ているだけで、焼き尽くされそうだ。

「お兄さん、あの武器が何か知っているんですか?」

『鑑定できないか?』

「……できませんね。これでも《鑑定眼》は相当レベルで取っているんですが、名前も見られません」

《鑑定眼》スキルで、名前も見られない装備?

『【グローリアα】だ』

「なッ!? あれが……!?」

マリーが驚愕するが、俺にはその驚愕の意味がわからない。

あの威圧感……あれがMVP特典なのは理解できる。

けれどそれならさっきまで装備していたものや今も着けている【不縛足】も同じはずだ。

だが……。

「あの装備……桁が違う」

ネメシスの言葉に俺も頷く。

あれは、格が違う。

ひょっとすると迅羽の<超級エンブリオ>よりも……。

『面白いもの持ち出してるなァ、フィガロォ。ゲァハハハハハッハ!!』

迅羽が笑う。

この場においてもなお、笑う。

この闘技場で最もあの刃に威圧されているのは迅羽であろうに、それでも笑っている。

今は両者の攻防も止まっている。

笑い声は静寂の闘技場に響く。

その笑い声がやがて鎮まり……

『じゃあ、こっちも使うかナ!』

迅羽が袖から短剣を取り出した。

これまで爪を武器としてきた右の義手で、短剣の柄を握る。

瞬間、爆発的な威圧感が迅羽からも発せられる。

迅羽の掌中にある龍の牙の如き短剣から。

『【応龍牙 スーリン・イー】。テメエの得物と“同類”――オレたちが黄河に襲来した<SUBM>を狩ったときに手に入れた<超級武具>ダ』

同類。

<SUBM>。

< 超級武具(スペリオル・アームズ) >。

俺がヘルプで確認したUBMのMVP特典の……最上級の称号。

両者ともに超級職であり、<超級エンブリオ>の所有者でもある。

そして今、武器においてもこの世界で最強クラスのものを手にとったということか……!

『が、このままぶつかれば数倍しているお前には敵わないのが道理だよナァ』

迅羽もまた、気づいていた。

それもそうか、俺でさえ気づいているんだ。

<超級>であり、正に相対している迅羽がフィガロさんの<超級エンブリオ>の特性に気づかないわけがない。

『けど安心しナ。俺の【応龍牙】はMPとSPを注いだ分だけ威力は上がル』

迅羽は【応龍牙】と呼ぶ短剣を構え、

『この一撃に俺の全力を注ぎ込ム――次が最後ダ』

宣言を皮切りに、再びの静寂。

しかして、緊張感は増大の一途。

フィガロさんの<超級エンブリオ>の力が込められていく【グローリアα】。

超級職である迅羽の莫大なMPとSPの全てが注ぎ込まれていく【応龍牙】。

空間が破けるのではないかと危惧するほどに空気が張り詰める。

俺が、ネメシスが、兄が、マリーが、ルークが、バビが、全ての観客が固唾を呑んで微動だにしない二人を俯瞰している。

やがて会場の緊張が最大へと達し――俺は、自分が卓上のグラスを落としたことにも気づかなかった。

硝子の砕ける音より早く、硝子と石床が触れ合う瞬間の薄い高音が響き始めた瞬間。

【超闘士】が疾走し、【尸解仙】がその右腕を伸ばす。

それは超音速すらも超えた一瞬。

最大減速の結界越しですら目に映らない。

だから見えたのは結果だけ。

宙を舞う、フィガロさんの左腕。

宙を舞う、【応龍牙】を握った迅羽の右腕。

残る右手に【グローリアα】を握り締めながら、迅羽の懐に飛び込むフィガロさん。

最早、爪を持たぬ手首だけの左腕をフィガロさんの胸に突き出す迅羽。

それは一瞬だけ迅羽が速く、

――フィガロさんの胸に“黄金の爪”が突き立った。

『殺ったゾッ!!』

見れば、手首を失ったはずの左腕には、先刻折られて地に落ちたはずの黄金の爪が固定されている。

いつの間に、そんな細工をしていたのか。

あの全力を注ぐという宣言すらも、この最後の奇襲を当てるための布石だったのか。

今のフィガロさんの力が速度に集中し、防御力は落ちていることも読んだ上で、これを当てるための。

【尸解仙】、“応龍”の迅羽はどこまでも、“地雷”であり、“神速”だった。

それでも――【超闘士】は超えていく。

『――!?』

黄金の爪はフィガロさんの身体を貫通しなかった。

皮膚を引き裂き、大胸筋を破り、心臓を潰し、背骨を砕き、背中から貫通するはずの黄金の鋭爪。

それは、胸に爪を突き入れたところで止まっていた。

皮膚は引き裂き、大胸筋を貫きながら、あるモノによって止められた。

<超級エンブリオ>の一撃を止められる物がそこにはあった。

それは――

「―― 心臓(・・) 」

使っているはずなのに、誰にも見えなかった<エンブリオ>。

必勝を期した迅羽が掴み損ね、今貫けなかったモノ。

それは――心臓。

心臓型の、<超級エンブリオ>。

これこそがフィガロさんがこれまで使い続け、気づかれることのなかった<エンブリオ>の正体。

『ありがとう。君は、素晴らしい敵だった』

《フィジカルバーサーク》を解き、

微笑さえ浮かべながら、

フィガロさんは最高の敵手に賛辞を送り、

『《 極竜(ファング・) 光牙斬(オブ・グローリア) 》――』

――迅羽を脳天から一刀で両断した。

『ィィィッ!』

両断されてなおも迅羽は動く気配を見せたが、

『――《 終極(オーヴァードライブ) 》!!』

刃を返して切り上げられた【グローリアα】から光の奔流――《爆龍覇》をも遥かに上回る熱量の光柱――が放たれた。

視界がホワイトアウトするほどの眩い光。

光によって何も見えず、その光は無音のまま、内部にいるものを蒸発させる。

そして光が過ぎ去った後にはただ一人、フィガロさんだけが立っていた。

迅羽は跡形もなく消滅していた。

二拍遅れて、勝利を告げるアナウンスが聞こえる。

決着を理解した観客の喝采が巻き起こる。

その中には、俺やネメシス、兄達の歓声もあった。

かくして、後に名勝負と謳われることになる<超級激突>は、フィガロさんの勝利で幕を閉じた。

To be continued