軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十話 <超級激突> 前編

□【聖騎士】レイ・スターリング

「「ただいまー」」

『お邪魔しますクマー』

俺とネメシスが兄と共にボックス席に戻るとマリーは機材のセッティングを終えていた。

それにルークとバビも起きていた。恐らくマリーが起こしたのだろう。

三人ともクマの着ぐるみの兄を見て首を傾げている。

まぁ、いきなり見知らぬ着ぐるみが入ってきたら疑問に思うのも当たり前か。

あれ? なんかマリーだけ首を傾げるというか……固まってる?

「……あの、レイ、さん? この、クマの、人は?」

マリーが頬を引きつらせながら尋ねてくる。

あー、やっぱ急に着ぐるみ来たらドン引きだよな。

「ああ、俺の兄貴。たまたま同じボックス席だったんだよ」

「へぇ、面白い偶然ですね。あれ、どうしたんですかマリーさん」

「いえ、何でも、何でもありません、ヨ?」

どうしたんだろうか?

表情が物凄くぎこちない。

今もぶつぶつと、「似てる、すごく似てる、毛皮じゃなくて着ぐるみだけど質感そっくり……声も似てるし……クマだし……」と呟いている。

まさか……。

「マリー、お前」

「え!? な、何でしょう!」

この動揺は間違いない。

マリーは……、

「クマが、苦手なのか?」

俺は確信を持ってそう尋ねた。

「そ、そそそそうなんですよ! ええ、はい! クマが苦手なんです! 決して、そう決して! このヒト個人が怖いとかそういう話じゃありませんから!」

そんなにクマが怖いのか。

『……それじゃあこの格好だと悪いクマねー。ちょっと待つクマー』

そう言った直後、クマの姿は消えて…………代わりになぜか二足歩行の“クジラ”がいた。

いや、二足歩行の時点でクジラじゃない気はするが。

レトロゲーであるモンス○ーファーム2のグジ○とか、ゲ○ゲの鬼太郎の大海獣に似てる。

『クマが駄目でもこれなら大丈夫クジラ』

「おい、いくらなんでもその語尾無理があるだろ! 投げやり過ぎるわ!!」

『じゃあ他にどんな語尾つければいいクジラ!!』

「知らねえよ!!」

クジラキャラの語尾パターンなんて記憶のどっこにもねえよ!

「あ、あの……大丈夫です。もう落ち着きました、クマでも大丈夫です」

『そうクジラ? じゃあ戻すクジラ』

そう言うと兄は再び光に包まれ、元のクマに戻っていた。

ああ、こうして見るとクジラよりはクマの方が落ち着くな。すごく安心感がある。

……が、そもそも二十代半ばもとうに過ぎた兄が、着ぐるみ着て「クマクマ」言っていることに安心を感じていいのか?

…………この疑問は暫く棚上げしよう。

「じゃあ改めて紹介。この着ぐるみの中身が俺の兄貴」

『よろしクマー。レイのリアルお兄さんのシュウだクマー』

よろしクマーってなんだよ。

「で、こっちが俺と同じパーティの」

「ルークです。この子は僕の<エンブリオ>のバビ」

「バビだよー!」

「ぼ、ボクはマリー・アドラーです。よろしく」

『……マリー・アドラー?』

マリーの自己紹介を聞いて、今度は兄が首を傾げた。

その動作にマリーがビクリと震える。

やっぱりまだクマ着ぐるみが怖いんじゃ……。

『もしかして職業は【記者】?』

「え、ええ、そうです」

何で名前聞いただけで職業まで分かったんだろう。

周りに撮影機材が置いてあるからか?

『あの漫画は俺も読んでいたからなぁ』

「あの漫画?」

『イントゥ・ザ・シャドウってタイトルの漫画だ。マリー・アドラーはその漫画の主人公の名前で、職業は……記者なんだよ』

「へー」

知らなかった。

「……ええ、はい。ボクは……あの漫画が好きなので、名前や職業選択も一緒にしたんです」

『口調も?』

「もちろん、ロールプレイですよ。二十歳過ぎてるのに普段から一人称ボクのわけないじゃないですか」

徹底しているなぁ。

あとやっぱり俺より年上だったか。

『ただ、あの漫画は雑誌が廃刊になってな。第一部完って形で連載終了だ』

おおう。

『人気漫画だったし、俺も好きだったからどこかで連載再開するのを待ってるんだけどな』

「……ありがとうございます」

ありがとう?

マリーはよっぽどその漫画が好きなのだろうか。

しかし二人がそんなに好きな漫画なら俺も今度探して買ってみようかな。

『会場の皆様ぁ! お待たせいたしましたァ!! これより本日のメインイベント、<超級激突>を開始致しまァす!!』

話している内に試合開始時間になっていたようだ。

会場内に音楽が流れ、アナウンスが流れる。

ちなみにこのアナウンスもトイレなどと同じく魔法の装置で行っているらしい。

『おーっと、試合が始まっちまうクマ。観戦体勢に入るクマー』

「そうですね。ボクも撮影しないと」

俺も席に座り、開始に備えよう

「いよいよ始まるのぅ」

「そうだな」

しかしイベント名が超級激突とはそのままな名前もあったものだ。

これからフィガロさんと迅羽、二人の超級職が、二つの<超級エンブリオ>が激突する。

きっとこの戦いは、俺が初めて見るものだ。

この<Infinite Dendorogram>におけるハイエンド同士の戦い、トップクラスの決戦。

『まずは東の門! ゲストからの入場でェす!』

アナウンスに応じ、スポットライトが入場門の一つに向けられる。

『遥か東方の黄河より来訪したぁ<超級>ゥ! “応龍”の二つ名を持つ大武仙ン! 【 尸解仙(マスターキョンシー) 】!! 迅ッ! 羽ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!』

アナウンスの絶叫、爆音、音楽、さらにはスモークまで焚かれる。

そうして濛々と立ち込める煙の中から、奴は現れた。

観客の誰もが驚愕の叫びを上げる四メートルを超す巨体。

見ただけで寒気の走る異常に長い手足。

決してこの国のものではない、西洋風の世界観からすれば狂気の世界から這い出したような衣服。

会場全体の恐怖と驚愕を一身に浴びながら奴――迅羽は入場した。

両腕を掲げて雄叫びなど上げてみせ、同時に迅羽の両側から爆炎が上がる。

そのパフォーマンスに会場から歓声と悲鳴が上がる。

「……ここ、エンターテインメント熟知してるなぁ」

『興行がメインの街だからクマ。<マスター>のアドバイスもあったし演出の発展はあるクマー』

ああ、やっぱり。

TVで見る格闘技イベントにそっくりだもんな。

それでも、アナウンサーはTVの方が上手いかな。

何だかまだちょっと慣れてない感じだ。

『迅羽も黄河の決闘ランキングでもナンバーツー。慣れたものクマ』

ナンバーツー、ってことはあいつ以外にトップがいるのか。

「ところで【尸解仙】ってどんなジョブなんですか?」

「黄河には【 道士(タオシー) 】なる職業がありますが、それの超級職らしいです。こっちで言えば……分類としては【 魔術師(メイジ) 】ですね」

『【道士】系の特徴は消費アイテムの【符】を自作し、使用することだ。利点としては魔術を高速且つ連続で発動できること。デメリットは製作コストが必要なことだな』

「それと大技の使用に【符】を設置する手間が掛かることも挙げられますね」

『しかし【尸解仙】は道士系統であると同時に【 僵尸(キョンシー) 】というジョブの上位互換とも聞くからな。【僵尸】は耐久力に特化した職業だ。となると純粋な魔法戦闘スタイルではなく、近接もあると見るべきだろう』

「ああ、そうでした。道士系統って組み合わせるジョブによって就ける超級職が変化するタイプなんですよね。だから【尸解仙】はむしろ、僵尸系統超級職と呼ぶのが正しいかもしれません」

…………解説役がダブルだ。

そして二人が解説してルークが聞き役になると、俺が背景担当みたいになる。

別にいいけど。

「それはそうと、キョンシーと尸解仙って別物だよな? 何で読みがマスターキョンシーなんだよ」

『ま、全部が全部【 破壊王(キング・オブ・デストロイ) 】みたいな直訳じゃないクマ』

「超級は特に捻くれてるのも多いですよね。【 絶影(デス・シャドウ) 】とか」

超級職はオンリーワンなのでネーミングも色々あるらしい。

「結局どういう戦い方をするプレイヤーなんですか?」

ルークの質問は俺も気になっていたところだ。

受付で対峙し、兄との攻防も見ていたが、俺には何が起きているのかわからなかったから。

「“応龍”の迅羽の二つ名で呼ばれていますが、<超級エンブリオ>の名称が応龍という訳ではないそうです。“応龍”以外にも“地雷”の迅羽、あるいは“神速”の迅羽とも呼ばれていますね」

その二つの言葉からは全く逆の印象を受ける。

前者は動かず待ち、後者は動き回る印象だ。

果たしてどちらがあの化生の如き<超級>の正体なのだろうか。

『そしてぇ! 西の門! ギデオンの誇り! 絶対王者の登場だぁ!!』

音楽が変わり、今度は反対側の門にスポットライトが当たる。

『王者にして孤高の探索者ァ! “無限連鎖”の二つ名と 【超(オーヴァー) 闘士】(グラディエーター) の称号を持つ最強の男!! フィガロォォォォォォォォォ!!』

紹介されるまでもなく、西の入場口から現れたのはフィガロさんだ。

柔和な笑みを浮かべながら、底知れぬ圧力を秘め心算を読ませない目。

身に纏うのはもちろん着ぐるみではなく、以前見たのと同じ奇妙な組み合わせの装備だ。

フィガロさんが登場すると観客席から一斉に歓声が上がる。

『フィーガーロ! フィーガーロ!』

ゆっくりと歩みながら舞台へと歩くフィガロさんに、観客からのフィガロコールが浴びせられる。

聞いていたとおり、ここでは凄まじく有名人で大人気らしい。

ああ、これは着ぐるみいるわ。

『パージェーロ! パージェーロ!』

おい、変な音声混ぜるなクマ兄。

『さぁ! いよいよ世紀の一戦が始まろうとしています!』

両者は舞台の上に立ち、同時にウィンドウを展開する。

あれはセミイベントまでの試合でも使われていた結界の設定ウィンドウだ。

セミイベントまでと同じなら試合直前にああしてルールを確認し、両者合意の上で戦闘を開始する。

決闘都市ギデオンで行われる決闘の多くは一対一の戦いであり、ルールは殆どない。どんな攻撃や戦術を取ろうが許される。

許可されていないのは一部のアクセサリーや回復アイテムの使用だ。

制限されたものを具体的に言えば、俺が以前に使った「即死ダメージを無効化する」効果を持った【救命のブローチ】や【身代わり竜鱗】などのアクセサリーや、【快癒万能霊薬】などの回復アイテムなどだ。

後者はスキルや装備の効果ならば問題ないらしいので線引きが素人の俺には難しい。

『あのタイプのアクセサリーを使えていたらフィガロが有利だったんだがな』

「え? 使えても条件同じだからそこまで変わらないんじゃ?」

『フィガロ以外ならそうだろうな』

フィガロさんに限っては大きく変わるってことか?

『両者のルール確認が完了! いよいよ結界が起動し……おや?』

アナウンスが途切れる。

なぜかと言えば迅羽がその長い右腕を挙げているからだ。

何かルールに不満があるのだろうか?

『アーアー、聞こえてるかナ?』

マイクチェックみたいに発声をして、迅羽は会場中に声を伝える。

『オレとそこのフィガロはこれから試合をするわけだガ、試合を盛り上げるためにオレから一つ宣言しておくことがあるのサ』

試合を盛り上げるための……宣言?

何を言うのだろうと身構えていると……、

『オレはこの試合、フィガロが膝をつくまで一歩も動かねエ』

迅羽は、そんなトンでもない言葉を口にした。

一瞬、会場中が呆気に取られた。

こいつは一体何を言っているのか、と全員の心の声が一致した気がする。

『一歩も動かねえデ、そこのフィガロを跪かせてやるって言ってんだゼ? わかるカ?』

再びの静寂の後、迅羽の言葉がフィガロさん、そして彼を王者に頂く決闘都市への侮辱挑発であると理解する。

そして一転、会場は怒声とブーイングに満たされた。

それを受けて、迅羽は嗤っている。

『いいねエ、これぞヒィィル! この空気の中であんたを倒したら最高に抱腹絶倒だろうナ、フィィガロォ』

『…………』

フィガロさんは静かに迅羽を見ているだけだ。

それが余裕から来るものなのか、それとも別の理由によるものかは俺にはわからない。

けれど、俺は迅羽の言っていることが決して不可能ではないと思った。

少なくともあそこに立っているのがフィガロさんではなく俺だったら、一歩も動くことなく殺されている。

つい先刻、そうなりかけた。

けれど多分この宣言はただの挑発じゃない。

「彼奴は、随分な憎まれ口を叩いているが……何か考えていると思うかの?」

「無意味な挑発か、意味のある布石かって意味なら……まず間違いなく布石だ」

実際に相対して、あいつは一瞬で相手の頭を粉砕することを躊躇わないやばい奴だとは理解した。

同時に感じた。

あいつはきっと、それだけじゃない。

受付、入場、今の発言、あいつはきっと自分の行動で周りの人間が抱く印象を計算しながら動くクレバーさもある。

そうして相手をまず空気から呑む。

けどきっと、それすら何かの布石だ。

『結界を起動します!』

迅羽へのブーイングも収まり、結界も起動する。

これで試合の準備は完全に整った。

『それでは! メインイベント、<超級激突>…………試合開始ィ!!』

試合の開始が告げられ、戦いが始まる。

――刹那の後、爆発音と共に舞台の上を金色の“何か”が横断した。

それは本当に短い時間。

短い時間に、本当に多くのことが起きたのだろう。

俺には、殆ど結果しか見えなかった。

いつの間にかフィガロさんは両手に剣を持ち、同時に四本の鎖を展開していた。

しかしその内の三本は既に断たれている。

両腕と二本の剣は凄まじい速度で動き続け、“何か”を弾き続けている。

“何か”はいつの間にか舞台全体にあった。

“何か”が舞台全体に広がってから、俺はそれを見ることができた。

“何か”はとても長いもので、それはどれほどの速さで動いているのか霞んで見える。

ただ、それが非常に長いから、「ある」ことがわかるだけだ。

それの動きの突端、先端部分はまるで目視できない。

“何か”の見える部分を辿っていけば、それは迅羽の両の袖に通じている。

一瞬、フィガロさんと同じように“何か”は鎖なのだと思った。

けれど、違う。

迅羽の袖の中には鎖を掴む腕はなく、“何か”以外の何もない。

“何か”は――迅羽の両腕だ。

両腕が目にも映らない速度で伸張し、あたかも二匹の龍の如くフィガロさんを攻撃し続けているのだ。

「速すぎる……」

ネメシスの呟き、それは全く俺と同じだった。

そのとき、生き残っていた最後の鎖が迅羽目掛けて特攻する。

『あー、結界の設定ミスってるな。内部時間遅くしてるんだろうが……これでもまだ 速過ぎる(・・・・) 』

超高速で迅羽に迫ったその鎖は、目にも映らない一瞬で五寸刻みにバラバラにされた。

あのとき、危うく俺を殺しかけた鎖すら迅羽の両腕の前では遅すぎる。

「“超音速自在伸長攻撃”……でも、……より、速い」

それはきっとマリーの声だっただろう。

そして遅まきに理解する。

始まりの爆音、あれは両腕が音の壁を突き破った音なのだと。

そして、あれほどの速度がありながら、コントロールは行き届いているらしい。

正に“神速”の迅羽の名に相応しく、加えて伸びる腕はまるで“龍”のようだ。

あのときあのまま戦っていれば、俺は《カウンターアブソープション》を使う間もなく殺されていた。

よしんば使っていても、即座に迂回されて背後から首を切断されていただろう。

俺は伸びた腕が残っているから動いた軌跡を知ることができる。

しかしその先端部分、手の動きは微塵も見えていない。

結界によって減速してもなお、寒気のする速度だ。

が、フィガロさんも凄まじい。

それほどの超音速攻撃に晒されながら、未だに一度も被弾した様子はない。

全て見切って弾き、避けているらしい。

段々とフィガロさんの動きも目視が困難になってくる。

「……昔の漫画でこういうとき、何て言うんだったかな」

ヤ○チャ視点、だったか。

ネメシスやルーク、バビも同様らしい。

しかし、兄とマリーは違った。

兄は雰囲気から、マリーはその視線の動きから迅羽の両腕の動きを追っているらしいと分かった。

「……見えるのか?」

『ある程度はな。俺はAGI型じゃねえから見えたり見えなかったりだ』

AGIが高いと見えるようになるのかよ。

兄は受付での攻防の件や以前ランカーだって言っていた件から、相当レベル高いらしいと分かる。

けど、マリーも見えているのか。

「…………【記者】は視力に補正が掛かるパッシブがありますから、追えてますね」

と、マリー本人から俺の心を読んだかのように解説が入る。

なるほど、非戦闘職でもそういうパッシブスキルはあるのか。

「……俺じゃ、見えもしないレベルか」

<Infinite Dendrogram>はそこまで可能で、あれこそが<Infinite Dendrogram>トッププレイヤー同士の戦闘速度。

いや、これでも遅くなっているんだったか……。

『結界内の戦闘速度に対して補正を実行しまァす!』

と、そのときアナウンスが聞こえた。

直後に、フィガロさんと迅羽の動きが寸前よりも遅くなる。

……それでもセミイベントの試合よりも速かったが。

『結界の内部時間設定を最大にしたらしいな。ま、そうでもなきゃ観戦できない観客ばかりだろうからな』

「ああ、俺もこっちの方が助かる」

そう、今は辛うじて見えている。

左側面から頭部を狙って迫る黄金の右手。

それをフィガロさんがスウェーバックで回避。

通り過ぎた右手がUの字に軌道変更して再度頭部を襲撃。

フィガロさんは再来する右手を今度は右の剣で弾く。

さっきまでは見えなかった一連の攻防が目で捉えられる。

しかしそれでもまだビデオの早回しのような状態だ。

本当に、どれだけの速度で戦闘しているんだあの二人は。

「……速さについていけなきゃ攻撃を当てることも出来ない訳か」

「他に手があるとすれば非戦闘状態からの奇襲ですねー。ま、それも結界内での決闘じゃ不可能ですけど」

マリーの言うとおり、決闘ではお互いに条件を了承してからよーいどんで戦闘を開始する。

奇襲などなく、お互いの戦闘能力をフルに発揮しての一騎打ち。

強い方が勝つシンプルな戦い。

そしてフィガロさんは決闘のメッカである決闘都市の頂点に立つプレイヤー。

つまりは、対人単独戦闘ならば王国最強のプレイヤーだ。

そのフィガロさんが防戦一方になるほど、迅羽は速い。

つまりAGIに特化した超級職ということ……いや待った。

試合開始前にマリーは何と言っていた?

――分類としては【 魔術師(メイジ) 】ですね

魔法……!

「あいつ、まだ全力じゃ……!」

俺が気づいたのが早いか、それが早いか。

舞台の上に轟音が轟き、紅い光が結界に阻まれた舞台の中を蹂躙する。

見れば、伸びた後の腕から無数の紅い熱線が放たれている。

紅い光は結界内の石造りの舞台や空気を焦がしながら目まぐるしく乱舞している。

その熱線の発射口は迅羽の両腕に満遍なく貼り付けられた―― 紙(・) だった。

「あれは!?」

『【符】だ』

「予め攻撃魔法を仕込んだ【符】を伸びる腕の側面に貼り付けておいて、熱線を乱射しているんです」

「無茶苦茶な……」

無数の熱線は当然四方八方に伸びた腕自体にも命中している。

けれどあの両腕は相当頑丈であるらしく、まるでダメージを受けていない。

腕に貼り付けられた【符】の何割かがヒラヒラと舞台の上に落ちていく程度で、その動きが淀む気配はない。

どんな強度だ。

「強度が低ければ、あの糸目が切断しておるだろうからのぅ」

熱線を物ともせず、<超級>のフィガロさんでも破壊困難な両腕。

大別すれば魔法職に分類される【尸解仙】でありながら超音速戦闘を行っていることも含めて、考えられるのは……。

「あの両腕が迅羽の<超級エンブリオ>」

金色に輝き、敵手を超音速で襲撃する両腕は生身のそれではない。

義手型の、<エンブリオ>。

その能力特性は『硬い腕が速く伸びる』。

言葉にすれば単純だが、目の当たりにすると恐ろしさしか感じない。

強く、速く、遠くまで。

非常にシンプルで、それでいて対処法のない能力だ。

「対処できるとすればそれは……」

「同じく、シンプルな地力のみ」

ネメシスの言葉が耳に入ると同時に、目に入るものがある。

赤光と剥がれた無数の【符】が乱舞し、超音速の破壊が吹き荒れる地獄。

その地獄の中でなお、無傷で攻撃を捌き続けるフィガロさんがいた。

何か特別なことをしているわけでもない。

単に、避けて、弾いて、走っている。

熱線は避ける。

両腕は弾く。

その上で徐々に距離を詰めている。

シンプルな戦いだ。

しかしそのレベルが異常極まる。

「……すごい」

最早そんな言葉しか浮かばないほど、戦闘の格が違う。

開始から徹頭徹尾防戦一方に見えたが、そうではない。

少しずつ、迅羽に迫るフィガロさんの速度が早まっている。

迅羽の攻撃が当たることはなく、少しずつフィガロさんが距離を詰めている。

このままならば迅羽本人を間合いに捉えるのも時間の問題だろう。

やはりオッズ通り、フィガロさんが勝つ――そう思ったときに気づいた。

それは闘技場の上の二人についてではない。

俺の隣にいる兄とマリーの様子だ。

空気が変わっている。

この空気には覚えがある。

初めて【デミドラグワーム】と戦ったとき、<超級殺し>に襲われたとき、そして【ガルドランダ】や【ゴゥズメイズ】戦。

それらの死闘と似た緊迫感に満ちた空気が二人から発せられている。

兄は着ぐるみ越しに、マリーはずらしたサングラス越しに何かを見ているようだった。

その視線は、舞台ではなくボックス席に設置されたモニターの一つ、迅羽の顔をアップにしたものに向けられている。

キョンシーの如き札に隠されたその顔。

ふとした拍子に少し捲れたその顔は――嗤っていた。

『《喚起》――暴雷!!』

瞬間、何かが奔った。

見えたものは三つ。

内側から弾け飛ぶ迅羽の右手の甲。

露わになる――“モンスター格納の【ジュエル】”。

そして【ジュエル】から飛び出した、紅い稲妻の如きモンスターだ。

至近距離で解放されたそのモンスターは、一目散にフィガロさんに雷光そのものの牙で食らいつく。

『エレメンタルの……希少種か』

「【ライトニングエレメンタル】の攻撃性能と速度を強大化した種族でしょうかね。豪華な目くらましです」

目くらまし、その言葉に俺が疑問を挟むより早く、フィガロさんの双剣が稲妻のモンスターを十字に切り裂いた。

一瞬。

虎の子のモンスターは、マリーの言葉通りに一瞬の目くらましにしかならなかった。

しかし気がつけばその一瞬で、黄金の左手が迅羽の元に巻き戻っている。

元の長さになったその腕、その指先、人差し指と中指の間には一枚の【符】が挟まっている。

それは精緻で緻密、まるで絵画のようだったが――美しいと思う前に恐怖を感じた。

同時に、戦闘の途中で地面にばら撒かれた何百、何千枚という【符】が紅く発光し始める。

――【道士】系の特徴は消費アイテムの【符】を自作し、それを使用することだ

――それと大技の使用に【符】を設置する手間が掛かることも挙げられますね

そんな二人の言葉を俺が思い出した直後、

『《真火真灯――爆龍覇》』

迅羽の宣言と同時に、フィールドの殆どを包み込む巨大な火柱が立ち上った。

“地雷”の迅羽……奴のもう一つの二つ名が思い出される光景だった。

舞台と観客席を隔てる結界、その天井部分を火柱は容易に突き破っている。

それどころか天をも焦がさんばかりに立ち昇り続けている。

俺達の席にすら、熱気が伝わり、観客席には悲鳴を上げるものも大勢いる。

しかしそれでも俺達に被害はない。

被害を受けるとすればそれは舞台上の二人だ。

攻撃者である迅羽は巻き込まれていない。

火柱は迅羽の立つ場所にまでは届いていない。

いつの間にか伸ばしたままだった右腕も元の長さに戻している。

では、攻撃を受けたフィガロさんは?

あれは回避のしようがないし、到底剣で防げるものでもない。

ならばどうなったか。

火柱が消え、炎に閉ざされていた舞台が見えてくる。

超高熱で陽炎の只中に立つのは――球状のバリアに護られて無傷のフィガロさんだ。

「あれをノーダメージで防いだ!?」

マリーが驚愕の声を上げる。

「あれが、フィガロさんの<エンブリオ>のスキル? それとも【超闘士】の?」

『どっちでもない。装備スキルだよ。あいつが普段から羽織っているロングコートはMVP特典だ。アクティブの防御スキルで短時間だが外界からの干渉を遮断できる』

装備スキル。

俺の【瘴焔手甲】や【紫怨走甲】のそれと同じ、MVP特典の固有能力か。

『ただし、全周防御はクールタイムが長い。一度使えば10分は使えん。今の炎で防御の切り札を切らされた』

「けど切り札を切ったのは迅羽も同じはず。モンスターは戦闘不能ですし、あれだけ大量の【符】を使用する大魔法なら二発目はありません。【符】なしでさっきと同じ展開になれば」

「フィガロさんが勝つ……!」

俺がそう考えた直後、

「あとは迅羽が発動したもう一つのスキルがどのような効果を発揮したかが問題ですね」

――そんな言葉が、ルークから発せられた。

俺は、俺だけでなくネメシスも、バビさえもルークが何を言っているのか分からなかったと思う。

兄だけは何を思うか迅羽に意識を向け、マリーもわずかに遅れながら何かに気づいたように迅羽を見た。

「ルークー、もう一つのスキルってどういう意味ー?」

「迅羽があの火柱以外にもスキル使っていたでしょう?」

「スキル……?」

使ったのか?

少なくとも、俺にはわからなかった。

『フィガロの防御スキルの効果が切れるぞ』

外界からの干渉を遮断するという防御の膜が消え去る。

それを皮切りに再び超音速の激突が始まるかと思われたが……どちらも動かない。

迅羽の切り札を防いだフィガロさんも、切り札を防がれた迅羽も動かない。

前者は畳み掛けるべきだし、後者は体勢を立て直すべきだと言うのに。

そして今このときになっても――迅羽は嗤っていた。

「《 彼方伸びし手(テナガ) ・ 踏みし足(アシナガ) 》」

その言葉は、やはりルークから発せられた。

「ルーク?」

「あの人、そう言ってました。炎を出した直後に」

俺には聞こえなかった。火柱の轟音もあり、音声マイクも拾っていないだろう。

「何で分かった?」

「唇、動いてましたから。固有名詞はこっちでも口の動き変わりませんね」

読唇術、という奴だろうか。

そんなスキルをいつの間に……あるいはリアルから持っていた?

いや、そんなことより、その名前……テナガ・アシナガは迅羽の<超級エンブリオ>の名前か?

手長足長、日本の妖怪の名だが、迅羽の異形にはこれ以上なく当て嵌まる名前だ。

しかしその名をスキルとして唱えたということは――。

「<エンブリオ>の名を冠するのは、<エンブリオ>最大の必殺スキル……!」

迅羽が今まで微動だにしなかった右足を上げた。

その右足も両腕と同じく金色の義肢――<超級エンブリオ>だった。

右足の爪先も両腕と同じく鋭利なものだったが、それが何かを掴んでいた。

左手の時のように【符】ではなく、それはもっと不明瞭な形だった。

白、桃、赤、判別しづらい色の柔らかそうな何か。

俺にはそれが…… 人間の内臓(・・・・・) に見えた。

『心臓を掴み損ねたナ。こレ、肺じゃないカ』

フィガロさんが吐血し、膝をついた

To be continued