軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第一一〇話 スターヴ・ランチ

■過ぎし日

カタがウルに導かれて辿り着いたのは、どこにでもありそうな田舎の農村だった。

初夏を思わせる日差しの下、段々畑には作物が植わり、人々が農作業に勤しんでいる。

「?」

だが、カタは首を傾げる。

どこにでもありそうな農村は、ここにあってはいけない。

なぜならここは<厳冬山脈>。

極寒にして土の生命すら吸い尽くされた死の大地。陽光すらも吹雪に閉ざされる。

間違っても、こんな長閑で雪一つない風景があるはずがない。

「どうしたんですか?」

「雪がないし暖かいから驚いた」

「ああ、この村は結界と加護に守られていますから」

「……ふーん」

その言葉にカタが周囲を見回す。

この村の周囲には円柱型の境があった。

円柱の外側は今も吹雪いているが、氷雪は内側にまで入ってこない。

そして、見上げれば空にまで届いた円柱の天辺から太陽が見えた。

明確に、外界と別環境が形成されている。

(天体系の<エンブリオ>ならできるかな?)

カタは夜を生み出す王国の【女教皇】や、万物を喰らう双星の【魔王】を連想した。

だが、一体どこの誰がこんなことをしているのかと考えて……。

「私達、地竜の民はこの山脈の竜王様達の庇護の下で暮らしているんです。村の周りの環境を護ってもらう代わりに、この村の収穫物を捧げる契約で」

「ああ……」

<エンブリオ>じゃなくて< UBM(そっち) >だったかと納得する。

強大なモンスターとの従属関係を築くケースはこの世界では珍しくないと、世界各地を旅していたカタは聞き知っていた。

そうした契約を交わすモンスターは人間より遥かに強い。

だが、人間はモンスターにできない多くのことができる。

ゆえに、農作物を捧げるというのは穏当かつ納得できる関係性だった。

「…………」

カタは特典のために竜王を倒すべきかを考えて、止めた。

結界を維持しているのが竜王ならば、倒してしまえば村は<厳冬山脈>の環境に呑まれて滅びる。

それはなんとも…… 後味が悪い(・・・・・) 。

遭難から救われた恩を仇で返すのも趣味ではなかった。

「ウルファリア様」

村内を歩くカタ達に気づいた村人達がウルに声を掛けた。

「どうなさったのですか? それにそちらの人は……」

「うちの氷室の雪が足りなくなったから、少し雪を取りに行ったんです」

ウルはそう言ってアイテムボックスを村人に見せる。

「そしたらこの人が倒れててビックリしちゃいました。遭難者みたいだから、うちで休んでもらおうと思ってます」

「そうだったのですか……」

「ですがウルファリア様、そのような雑務はワシらに任せてくだせえ」

「全くです。御身に何かあれば事ですよ」

ウルファリアの言葉に、村人は口々に心配の言葉を発する。

「えへへ。ごめんなさい」

そうして村人に謝って、二、三会話してからウルは村人達と別れて再び歩き出す。

カタはその後ろについていくが……ふと気になったことを尋ねる。

「一つ聞いていい?」

「何ですか?」

「どうして『雪を取るため』なんて嘘ついたの?」

自分が遭難していた場所から村まで、それなりに歩いた。

単に雪を取るだけであれば、もっと近場にいくらでもあっただろう。

「…………」

ウルはその質問には答えず、代わりに『それはナイショです』とでも言いたげに、口の前に指を一本立てた。

「そっか」

カタはそれ以上に聞くことはしなかった。

彼女が何の理由で遠出したのだとしても、そのお陰でカタは助かったのだからあれこれと言う筋合いはない。

「つきました。ここが私の家です」

「ふーん、良い家だね」

村の中でも一番立派な家だ。御屋敷と言ってもいいだろう。

見れば、使用人らしき人達もいる。

(お嬢様だったのかな?)

そういえば、とカタは思い出す。

カタは様々な地方を食べ歩きながら見分を深めたので知っているが、ウルファリアとは<Infinite Dendrogram>の古い言葉で『聖者』という意味だ。

彼女の名前がそれに由来するのならば、集落における宗教的権威の地位にあるのかもしれないと考えた。

「すぐにご飯を用意してもらいますね」

「ありがとう、ウル。あ、そうだ」

そこでもう一つ、聞きそびれていたことを思い出す。

「この村ってなんて名前なの?」

世話になる村の名前もまだ聞いていなかった、と。

カタの問いにウルは「あ、看板もありませんもんね」と言ってから……。

「この村の名前はスターヴ・ランチです」

何でもないようにそう答えた。

「ふーん」

( 飢餓(starve) の 昼食(lunch) ? それとも飢餓の 牧場(Ranch) ? 変な名前)

『この<厳冬山脈>で唯一飢餓と無縁そうな場所なのに』と疑問に思う。それこそ皇国よりも余程豊かだ。

とはいえ、『そういう文化なのかな』と村名についてはそれ以上深く考えなかった。

深く考えていれば何か変わっただろうかと……今のカタは思ってしまう。

◆◆◆

■カルチェラタン地方・山中

皇国の三人は待機していた洞窟から、<遺跡>を見下ろせる山へと移動する。

ヘルダインとイライジャは暗視ゴーグル越しに、カタは肉眼で夜闇を見通す。

【前提として、私達の生存と帰還は考慮しない】

移動中、最後の打ち合わせ。

隠密性を重視し、【テレパシーカフス】を介して伝わるヘルダインの言葉。

その内容、イライジャとカタに否はない。

元より相手の戦力と条件が良すぎる。

これで作戦目標を達成した上で無事に済むなど、都合が良すぎる。

【夜明けギリギリに動く理由は既に説明したとおり、扶桑の必殺スキルは夜間限定という確度の高い情報があるためだ。そうでなくとも、月影相手に暗所での屋外戦闘は危険だ】

影に潜る月影を夜間に捕捉することは困難だ。

まして影となる障害物の多い森の中など最悪だ。

【とはいえ月影は屋外ではなく屋内、扶桑の傍にいるだろう。講和会議の戦いでそうだったように】

【それは分かったけど、屋内戦でも月影は厄介なんじゃない?】

しかし、ヘルダインの言葉にカタは疑問を抱く。

屋内ならば照明を落とすだけで月影に有利なフィールドを形成できる。

暗闇の影から忍び寄っての暗殺は容易であるし、圧倒的なステータスを持つ今のイライジャでも不意を突かれて最終奥義を放たれれば死ぬだろう。

それほどに、影に潜む【暗殺王】は恐ろしい。

ベヘモットが対処できたのは影がある程度制限される環境であったことと、彼女自身のプレイヤースキルのお陰とでも言うべきか。

【加えて、王国には他にも致死の必殺スキルを用いる決闘ランカーがいる】

イライジャが述べたのは死音のことだ。

イライジャ自身も決闘ランカーであるゆえに他国のランカーの情報は揃えており、尚且つこの戦争中に彼女が脱落したという情報もない。

性質上、あそこで待ち構えている可能性が高いと踏んでいた。

膨大なステータスを得たイライジャでも、月影の最終奥義と死音の必殺は恐ろしい。

対【獣王】戦を想定して召集されているだろうメンバーの脅威。

彼らの対策は【獣王】と同等のステータスを持つイライジャにも刺さる。

そう考えての言葉だったが……。

【その二人の致死能力は 脅威にならない(・・・・・・・) 】

ヘルダインの返答は意外なものだった。

【ベヘモットには有効だが、我々……いや、イライジャにとっては違う】

【どういう意味だ?】

【それはな……】

そうして、ヘルダインは両者の能力がイライジャには有効でない理由を説明する。

【……と、このように想定されるが異論はあるか?】

「…………」

二分ほどの説明を終えたヘルダインに対し、イライジャは無言だった。

それは不満や疑心ではなく、納得の沈黙。

むしろ『なぜ自分は気づかなかったのか』という要素が大きい。

しかしそれも無理からぬことだ。

ヘルダインとイライジャ、それとカタは主戦場が違う。

部隊戦闘やクラン運営を取り仕切り、各地の村落の防衛を担って戦術・戦略眼を培ってきた指揮官がヘルダインだ。闘技場の対人戦を主戦場とする決闘ランカーのイライジャや、単独行動の捕食者であるカタとは思考形態が異なる。

配された手札や駒をどう使うか。その能力は三人の中で群を抜いている。

ゆえに、想定される王国側の戦力とその攻略法も形になっている。

その事実がイライジャにとっては頼もしく、しかし惜しくも思う。

(もしもヘルダインと彼のクランが、万全の状態でこの戦争に投入されていれば……)

『もっと戦況を有利に運べたのではないか』とイライジャは考えたが、それは叶わなかったことだ。【光王】が【嫉妬魔王】を引き連れて奇襲を仕掛けてくるなどという……想定外極まる事態が発生した時点でどうしようもない。

【しかし、イライジャはともかくカタは……】

【……いや、大丈夫。こっちもどうとでもなる。最終奥義の方は、俺には効かないだろうしね】

ヘルダインの懸念、カタはひらひらと手を振って応える。

【人間と刺し違えるスキルでしょ? 人でなし(・・・・) には効かないよ】

そして冗談のような言葉を、真顔で述べるのだった。

【……そうか。では話を続けよう。二人とも、 内部構造(・・・・) は覚えたか?】

【なんとかな】

【ニーズが覚えた】

なぜ<遺跡>の内部構造の情報を皇国が持っているかと言えば、あの<遺跡>に自らの耳目を送り込んだ人物がいたからだ。

ギフテッド・バルバロス元帥。彼はかつてのカルチェラタンの事件で<遺跡>を襲撃し、最奥の【アクラ・ヴァスター】が格納されていたブロックにまで人形で乗り込んでいる。

そのときに把握した分の内部構造をマッピングしており、手製の地図を<遺跡>関連の資料として保管した。

そしてその資料は今、皇王により<遺跡>に攻め込むヘルダインに預けられていた。

とはいえ、内部構造は分かってもどこに<砦>のフラッグを配したのかまでは不明だ。

【先に述べたように、今回我々は全員が 個別に動く(・・・・・) 】

たった三人の特攻隊を指揮する男は、その戦力を割ると言った。

【前半は事前に伝えた役割に準じて敵戦力を削り、後半はそれぞれの勝ち筋で<砦>と扶桑月夜の撃破を目指す】

ヘルダインの言葉に、二人は頷く。

【私は砲撃によって敵を揺さぶり、外部戦力を引きつける】

【正面から乗り込んで防衛戦力を削りながら、<砦>の配置を探る】

【俺は<遺跡>内部の<砦>の候補地が絞れた時点で突入、か。……やっぱりカタの負担が重くないか?】

最大戦力のイライジャを温存するのが前半の基本戦術だが、その分のリスクはカタにのしかかる。

正面から敵陣に乗り込む、最も危険な役割だ。

【まぁ、 敵(餌) が多い分には困らないよ】

捕食したものを全て回復アイテムとして扱う《医食同源》。

捕食したものから力を得る《威喰同源》。

それらを持つゆえに、一対多の乱戦はカタにとっては慣れたものだ。

【あと、今回は単騎で乗り込むわけじゃないしね】

【……?】

【何?】

イライジャと、それからヘルダインが疑問の表情を浮かべる。

【ヘルダインは、あまり気分が良くないだろうけどね】

カタは念話でそう告げてから、腹に形成した口を開く。

その中から取り出したのはアイテムボックス……ではない。

彼のアイテムボックスはビシュマルの炎によって破壊され、中身をぶちまけた。

内蔵していたアイテムは特典素材も含めて燃えて、再生する性質のアイテムもまだそれが済んでいない。

だから彼の手元に残っているのは一度帰ってから補充できたもの。

そして――ビシュマルの炎ですら 燃やせなかった(・・・・・・・) ものだ。

【特典武具? しかしそれは……盾か?】

イライジャは、カタが腹から取り出した――彼の腹の断面よりも大きく見える――湾曲した金属の円盤を盾だと思った。腕に装着すれば丁度いいサイズだろう。

だが、カタのスタイルで盾を使うイメージ自体は湧かなかった。

カタという男に武具を用いるイメージはない。敵の攻撃があれば全身の顎で喰らいつく。毒を食らわば皿までの攻性防御こそが彼のスタイルなのだから。

抱いて当然の疑問は……。

【違う。これは―― 皿(・) だよ】

カタによって訂正される。

【皿? そんな特典武具が……】

【……なるほどな】

イライジャは聞いたこともないアジャストに更なる疑問を抱き、ヘルダインは納得する。

ヘルダインはカタの説明だけでなく、《鑑定眼》で特典武具の銘を見ていた。

【あの事件、元凶たる【餓竜公】を討ったのはカタなのだから持っていて当然か……】

カタの取り出した大皿の特典武具。

その銘は――【餓竜転盛 スターヴ(・・・・) ・ ランチ(・・・) 】。

カタが討伐した 神話級(・・・) の<UBM>が遺したものだ。

【……そういうことだね】

そう答えるカタの顔に……表情はなかった。

カタが自身の手札と手口を明かした後、三者は各々の役割を果たすべく散った。

カタもまた、<遺跡>の入り口が見下ろせる場所まで移動している。

既に【テレパシーカフス】は切っているが、問題はない。

ヘルダインの砲撃が始まれば、それが作戦決行の合図だ。

「…………」

カタは【餓竜転盛】を地面に置いたが、視線はそこから逸らし続けていた。

見てしまえば、かつての自分の行いが脳裏によぎりそうだからだ。

忘れることなどできないが……思い浮かべることはしたくない。

「…………」

なぜ、カタが一日目の戦いで……これまでの日々で神話級の特典武具を使わなかったのか。

使いたくなかった(・・・・・・・・) からだ。

それこそ彼自身が『あまり気分が良くないだろう』と慮ったヘルダイン以上に、カタはこの特典武具の作動を見たくなかった。

それでも使わなければならない。

そうでなければ……彼の『 借り(負い目) 』が軽くなることはない。

『…………』

彼の<エンブリオ>であるニーズヘッグは何も言わない。

言えることは、既に言い終えているのだから。

「……始まった」

轟く砲声にカタは作戦の決行を知り、彼もまた動き出す。

自らの左の掌に、あらゆるものを噛み砕く顎を形成し……。

――自らの右腕を肩口から食い千切った。

夥しい出血と共にカタの右腕が地面に――皿の上に落ちる。

断面を顎に再形成して出血を止めながら、カタは自身の口を開く。

「――《最後の晩餐》」

彼の宣言の直後、皿の上の右腕に変化が生じる。

右腕が、端から少しずつ消えていく。

まるで小さな口に捕食されるように、皿の上で欠けていく。

やがて、彼の右腕は血の一滴も残さずに消え去って――皿の底に 肉色の液面(・・・・・) が生じる。

『――――GIGIGIGI』

――――直後、液面を震わせながら無数の 怪物(【餓竜】) が溢れ出した。

《最後の晩餐》。

【餓竜転盛】唯一のスキルであり、かつての神話級<UBM>の能力。

肉体の部位ごと(・・・・・・・) リソースを捧げ、それに比例した数の【餓竜】を呼び出す。

その生成量は使用者によって異なる。

かつての【餓竜公】は、皇国辺境の全てを災厄に陥れるほどの【餓竜】を生み出した。

カタは【餓竜公】には及ばない。

しかしそれでも、数えるのがバカらしいほどの数が途切れることなく皿から零れていく。

「…………」

カタは自らの生み出した【餓竜】を、かつての記憶と同じ姿を見る。

巨大な顎を持つが身体は痩せこけた【餓竜】達は、見た目通りにアンバランスな生命だ。

HPとENDは貧弱だが、素早く動く足と捕食に使う口だけは亜竜の中でも格段に優れている。

極めて攻撃的な捕食者の……捕食しなければ生きられない者の姿。

『――GIGIGI』

そして今、【餓竜】はカタを見ながら何かを待っている。

飢え死にしそうな身体で、涎を垂らす口で、待っている。

「…………」

【餓竜転盛】は軍団作成型の神話級特典武具。

同じく神話級特典武具であるギフテッド・バルバロスの【無命軍眸】とも近い。

しかし明確な違いが三つあり、その内の二つは【無命軍眸】に明確に劣っている。

第一に、素材が使用者の肉体に限定され、生成先が【餓竜】一種であること。

第二に、マニュアル操作の【無命軍眸】と違い、とある指示以外は受け付けないこと。

今、カタが【餓竜】達に下せるのはたった一種類の指示のみ。

ゆえに彼は、残った左腕の指で指し示すのだ。

「――あの<遺跡>の中」

――『 どこで飢えを(・・・・・・) 満たしていいか(・・・・・・・) 』、を。

『『『GIGIGIGIGI!!』』』

自らの創造主の許可と共に、牙を持つ食欲の群れが山肌を駆け降りる。

創造主と【餓竜】以外は敵味方の区別もなく、そこに在る全ての生命を捕食するために。

かつて皇国辺境を襲った災厄は、時と場所を超えてここに再臨する。

「…………」

そんな餓竜の群れに続くように、カタもまた<遺跡>へと向かう。

彼の表情に感情の色はなく、足取りは……軽くなった右腕以上に重い。

それでも……やるべきことは分かっていた。

かくして、<トライ・フラッグス>三日目――最終日の火蓋は切られた。

To be continued