軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第一一一話 【餓竜】という生態系

■カルチェラタン地方・山岳部

夜明け前の静寂を砲声が破る。

音の発生源では、竜車に牽かれた列車砲が山中から<遺跡>に向けて砲撃を継続している。

ヘルダインと、彼の<エンブリオ>であるフェンリルだ。

(損害は確認できず、か)

この砲撃が<遺跡>内部にダメージらしいダメージを与えられないことは、ヘルダインも理解している。

先々期文明のシェルターでもあったカルチェラタンの<遺跡>は、外部からの砲撃でそうそう破壊できるものではない。

それこそ、隕石の落下に等しいダメージにも耐えた実績がある。

ヘルダインの火力では破壊不能であり、それは防御スキルも防御力を貫通する必殺スキルを用いても変わらないだろう。大量の土砂に護られた巨大構造物には効果が薄く、砲弾に乗せたエネルギーの全てを受け止められてしまうからだ。

あの山中の<遺跡>を砲撃で破壊しようとすれば、どれほどの砲火が必要になるか。

ゆえに、ヘルダインは破壊のために<遺跡>を撃っている訳ではない。必殺スキルも温存しながら……まるでドアを叩くような砲撃を続けている。

(カタも動き出した)

かつて皇国で何百何千と討伐した怪物と全く同じものが<遺跡>に殺到している。

【餓竜】の 厄介さ(・・・) は、他ならぬヘルダインがかつての事件で体感している。

とはいえ、完全な防衛陣地を【餓竜】だけで突破できるとも思っていない。

防衛設備と<マスター>の連携によって、【餓竜】の侵攻は押し留められるだろう。

だが、 それで構わない(・・・・・・・) 。

打ち合わせ通りに進む光景を見下ろしながら、ヘルダインも砲撃を続ける。

『マスター。東方より敵影十五』

「来たな……」

砲撃を続けるフェンリルは、外部の即応部隊が近づいてくるのを察知する。

それと同時に、ヘルダインは左手に構えていた筒のような銃…… 照明弾(・・・) を上空へと撃ち放つ。

皇国……<叡智の三角>製のそれは、少しばかり早い夜明けのように山林を照らす。

その中で、ヘルダインは接近する十五の敵影を 目視した(・・・・) 。

いずれも山中での機動性を重視しているのか、【セカンドモデル】によって空からの接近を仕掛けてきている。

「第五形態」

『了解』

列車砲がその姿を大きく様変わりさせる。

それは西ドイツが開発したゲパルト…… 自走対空砲(・・・・・) の上部に似た姿。

自前の無限軌道こそ備えていないが、宙を向いた二門の対空砲が目を引く。

そして、夜明け前の空を斬り裂くように砲火が放たれる。

迎撃の<マスター>達は【セカンドモデル】特有の不規則なステップ機動でその射線を回避するが……。

――砲弾は捕食生物の如く軌道を変えて、<マスター>達に喰らいつく。

【魔砲王】奥義、《魔弾の射手》。

目視対象へのホーミング付与砲撃。

加えて、【魔砲王】のバフが乗ったフェンリルの砲撃は山を壊すには足りないが、人体を蜂の巣に変えるには余りある。

ここに再生し続ける<超級>はおらず、彼の視界外からドローンで攻撃してくる【光王】も、光も差さぬ深淵から玩弄する【魔王】もいない。

見えて、殺せるならば……ヘルダインにとっては的である。

「…………」

彼は囮役として敵戦力を削りながら、 その時(・・・) を待っていた。

◇◆◇

□■カルチェラタン地方・<遺跡>内部

<遺跡>入り口の防衛部隊は早々に壊滅した。

それは強弱の話ではなく、現在の<遺跡>自体が入り口で護る作りではないからだ。

かつての事件の攻防戦で入り口付近は<遺跡>の防衛設備が大きく破損している。

また、外部から攻めてくる敵戦力としても、攻撃しやすい位置だ。

そこで王国側は入り口に防衛戦力を集中するのではなく、内部に引き込みながら掌握済みの無事な防衛設備と連携して敵を迎え撃つと決めた。

歩哨役だった入り口の防衛部隊は【餓竜】の群れに倒されたが、そこからは王国の目論見通りだ。

かつて<遺跡>を探る王国の者達を苦しめた設備……レーザー発振機を備えたセントリーガンが敵である餓竜を狙い撃ち、<マスター>達が射線の後ろから撃ち漏らしを迎撃していく。

ブルースクリーンをはじめとする技術者によって日々少しずつ<遺跡>の制御範囲を増やした結果である。

『GIGIGI……』

その防衛線を前に、【餓竜】達は傷つき倒れていく。

速度はあれど光よりは遅く、攻撃力はあれど射程距離は短く、そして耐久力に欠ける。

レーザーによる防衛設備は【餓竜】にとって相性の悪いものだ。

まして、他の<マスター>も防衛に加わっているならば尚更に。

最初は【餓竜】達の鬼気迫る勢いと数に気圧された防衛側も、先頭集団を迎撃する間にメンタルを立て直した。

後続の【餓竜】が来たとしても、問題なく迎撃できる。

彼らがそう考えて待ち受ける間に、後続はやってきた。

しかし、それらの【餓竜】は先頭集団のように食欲任せで<マスター>達に突進してくることはなかった。

彼らは先頭集団のように飢えに苛まれていないのか?

否、【餓竜】とは飢え続けるモノであり、その軛からは逃れられない。

では、なぜか?

簡単だ。

手近に……もっと簡単に食えるモノがあるからだ。

――転がった瀕死の【餓竜】を健常な【餓竜】が食い始めた。

「ぅぇ……!?」

『GI……!?』

突然の共食いに<マスター>達が声を漏らし、噛みつかれた【餓竜】が悲鳴を上げる。

しかし同類の悲鳴に斟酌することなく、【餓竜】は食事を続ける。

【餓竜】は【餓竜】を攻撃しない。

ただしそれは群れに利となる健常な個体に限られる。

もはや動けぬ【餓竜】は、【餓竜】にとってもただの 餌(リソース) 。

グチャグチャと噛みちぎり、腹の中に収めていく。

通路の先の光景、かの大作恐竜映画よりもグロテスクな食事風景に防衛の<マスター>達には口元を押さえる者もいる。

しかし、その中で不意に気づくものもいる。

「……何で消えないの?」

食い千切られ、明らかに死んでいるだろう【餓竜】。

だが、その死体は消えずに生きる【餓竜】達の腹を満たし続けている。

『<マスター>やモンスターは死ねば光の塵になる』というルールが適用されていないかのように。

それは【餓竜】の性質の一つ。

【餓竜】は、それを生み出した【餓竜公】は塵になるという 食品ロス(無駄) を許さない。

ゆえに【餓竜】達は、死体が遺るように作られた。

まるでティアンのように。

しかしその死体も、【餓竜】の数と速度によって瞬く間に腹の中へと消えていった。

そして仲間の死体で腹を膨らませた【餓竜】達が並んで大きく口を開き、

――<マスター>やセントリーガンに向けて、真っ赤な気体を噴射した。

「!?」

それは食らった死体の血液を流用した血のブレス。

霧のように細かな粒子となった血が、数十の【餓竜】から放たれたそれが、通路に満ちる。

本来、狩りの最中に獲物の視界と鼻を潰して追い詰めるためのもの。

しかし今は――レーザーを減衰させるために使われたのだ。

『GIGIGI』

【餓竜】は飢餓の本能で動く怪物。

しかし愚かではなく、知能によっても獲物を狙う。

かつての小型肉食恐竜がそうであったように、否、それを上回るように。

今は自分達の腹に収まった同類の受けた傷から、防衛設備の性質を把握したのである。

その性質こそ、かつて【餓竜公】の『 仔(・) 』として生成された生物兵器群の厄介さだ。

そして通路が赤黒い霧で満たされた後に、後続の【餓竜】達は駆け出す。

血の霧でレーザーを封じ、視界を封じながら、自分達の血の匂いとは異なる匂いを捉えて食らいついていく。

そうして少しずつ、<遺跡>内部を飢餓の群れが侵食していく。

◇◆

群れから遅れて、カタも<遺跡>内部に侵入する。

通路を歩くカタの右腕は……いつの間にか再生している。

捕食によって再生する《医食同源》を有するカタだが、今は何も食べていない。

しかし、それにも関わらず、彼の身にはリソースが流れ込んでいる。

それが【餓竜転盛】を【無命軍眸】と比較したときの三つ目の違いであり、唯一の利点。

『【餓竜】が捕食したリソースの九割は創造主に捧げられる』、だ。

かつては【餓竜公】に、今はカタに。

喰らっても食らっても、それらのほとんどは自身の内から失せていく。

彼らの飢えが満たされることはなく、飢餓に追われてさらなる捕食活動を繰り返す。

「……そろそろ足そうか」

そう呟いたカタは【餓竜転盛】を取り出し、再生した右腕を食い千切る。

切り離した右腕を再び捧げ、更なる【餓竜】を呼び出す。

先ほどよりも数は少ないが、先ほどと同じように。

捕食を繰り返し、同種の死体さえも喰らい、それが更なる【餓竜】を生む土壌となる。

これこそが、かつて皇国を危機に陥れた【餓竜】という 生態系(システム) だ。

カタは右腕を捧げるが、【餓竜公】であれば指一本どころか毛や鱗で同じことをする。

神話級の広域制圧型……かつて周囲の自然物を無尽蔵に軍団へと変えた【エデルバルサ】と同格の怪物である。

「…………」

【餓竜】の群れを見送りながら歩くカタは、やがて二つの道に差し掛かる。

【餓竜】の群れもここで二手に分かれたのだと、痕跡から察せられた。

カタは自分がどちらへ進むかを、特に考えずに歩き始める。

違えば戻って選び直せばいい。

どうしようもなく誤ってしまった人生とは違い、それで済む。

彼が選んだ二つの道。

その一方は<砦>が設置されたかつての格納庫であり、

もう一方は……【セカンドモデル】の生産プラントである。

◇◆

「《ドーン・ウォール》ですわ!」

二つの道の内、カタが選ばなかった通路の先。

そこでは闇属性魔法の壁が、遺跡の通路を塞いでいた。

突撃する【餓竜】は生命を蝕む闇の壁に触れ、次々に絶命していく。

あるいはその壁を突破しようとした者もいたが、……闇に隠された足元にはその動きを止めるためのトラップが多数仕掛けられている。

『スネアトラップ、使用率十七%。残数余裕あり。想定内』

それは煌玉蟲、【紫水晶之捕獲者】が設置した罠。

トラップ作成能力と戦闘補助に特化した煌玉蟲は、<砦>へと通じるこの通路に予め無数の罠を用意していたのだ。

それらは殺傷型ではないが、足止めによって自らの主にチャンスを生む。

「くたばりやがれですわ! 《グルーム・ストーカー》!」

蝙蝠のように飛翔した上級奥義の追尾弾が、【餓竜】へと次々に突き刺さる。

生物のみを捉える闇属性魔法は、死体の血霧や張り巡らせた罠に阻まれることはない。

そして死音から放たれるのはただの闇属性魔法ではなく、ジューダスによって状態異常が付与されている。

必殺スキルの解呪不可な【死呪宣告】以外でも、彼女のジューダスは凶悪だ。

そして、傷つき呪われ動きを止めた【餓竜】の群れは、彼女に従う<暗黒舞踏会>メンバーの攻撃で生き絶えていく。

防衛しやすい<遺跡>の通路と、張り巡らされた罠と、 光属性(レーザー) 以上に対処しづらい闇属性魔法。

彼女達にとって有利に戦える環境であり、【餓竜】では防衛線を突破できない。

いや、【餓竜】でなくとも困難だっただろう。

だからこそ、彼女達は<砦>の設置場所へと繋がる最重要通路の防衛に配されている。

そうして、この通路に迫ってきた【餓竜】の全ては彼女達に一掃された。

「楽勝ですわ!」

自らの戦果に、死音はドヤ顔を浮かべる。

「流石です、お嬢様」

「流石ですが、ここまで入り込まれてる時点でヤバいですお嬢様」

そんな彼女を賞賛するメンバーもいれば、状況の急速な悪化を懸念するメンバーもいる。

リアルお嬢様とリアル使用人であり、彼女に全ランキング十三位を維持させている外付け頭脳としてのクランの特徴が垣間見えた。

「問題ありませんわ! 矢でも鉄砲でも【獣王】でも持ってきなさいな! ホーホッホッホ!」

気持ちのいい殲滅の後ゆえか、高笑いを続ける死音。

そんな態度と、戦闘前のレイとの会話がフラグだった訳ではないだろうが……。

――直後、彼女達の陣取る通路の天井が 崩壊した(・・・・) 。

「ほわ?」

この<遺跡>は堅牢であり、質量爆撃にも耐える構造になっている。

【獣王】や【破壊王】でもなければ破壊はできないと彼女は聞いていた。

それは間違いではない。

だが、今この地には【獣王】に並ぶ戦力がいる。

「――ここか」

――即ち、 英雄(イライジャ) 。

既にその身は必殺スキル、《 闘争は死して終わらず(ヴァルハラ) 》を再起動している。

彼のステータスと拳であれば、<遺跡>の外殻を破壊して侵入することは可能だ。

しかしなぜ、ピンポイントにこの場所に来られたのか。

それは、ここで大量に餓竜が死んだからだ。

彼のヴァルハラは生物の死を力へと変える<エンブリオ>。

ゆえに、自らの周囲で生物が死する気配には敏感だ。

ネメシスやキューコが自身の能力に関連した数値を察知できる感覚に近い。

そして捉える死は群れなす【餓竜】でも同じであり、

【餓竜】が大量死した場所―― 防衛の厚い重要地点(・・・・・・・・・) を探ることにも役立った。

拳によって外部から一瞬で掘り進んできたイライジャ。

死音を含め、<暗黒舞踏会>の誰もがその動きを視認できない。

ただ、破壊の痕跡だけが目に入り、

次の瞬間には――駆け抜けた彼によって全員の息の根が止められていた。

あまりにも戦闘速度が違い過ぎる。

彼の動きを目に映らせたものも、どれほどいたか。

【ブローチ】による守りなど、瞬き未満の時間で拳を二度振れば意味をなさない。

圧倒的なフィジカルの差が生んだ蹂躙。

避けえぬ結末。

しかし、この瞬間。

――【1300】、【1299】、【1298】。

――彼女達の死と同時に、イライジャも死が約束される。

紛れもなく、【死呪宣告】……死音の《 告死の接吻(ジューダス) 》によるものだ。

(……被弾してはいなかったはずだが)

イライジャは頭上で刻まれるカウントと、自らの左手を僅かに蝕む闇属性魔法に疑問を覚える。

彼の疑問は正しい。彼は通路上に設置された全ての闇属性魔法と罠を視認し、それらを回避しながら<暗黒舞踏会>を壊滅させた。そこに一切のミスはない。

だが、<暗黒舞踏会>のメンバーを倒したこと自体が罠である。

《 触るな危険(ミミック) 》。

<暗黒舞踏会>のメンバーの一人が用いるTYPE:ルールのエンブリオ、その必殺スキルである。

カウンター型のエンブリオであり、効果は『自身を攻撃した相手への魔法絶対命中』。

相手が自分を攻撃した時点で、予めセットしていた魔法が相手に影響を及ぼす。相手の攻撃手段や距離を問わない確定カウンターでもある。

通常スキルの《 ジャック・イン・(ビックリ) ザ・ボックス(箱) 》は自身に対し、自身の魔法をセットするのみ。

だが、必殺スキルの場合は『仲間に対し、仲間の魔法をセットする』こともできる協力型の必殺スキルだ。

つまりは……肉壁役のメンバーに死音の必殺スキルを付与した魔法をセットしておくこともできる。

(……なるほど。【獣王】が攻めていれば危うかったんじゃないか?)

倒されることが前提の戦術。

如何なる手段でも味方が攻撃された時点で、死が確定する死音の魔法が敵を襲う凶悪かつ必殺のカウンター戦術。

それは【獣王】であろうと有効で、例外はない。

当然、【獣王】クラスの戦力と化したイライジャでもだ。

イライジャの死へのカウントダウンは頭上で刻まれている。

(――まぁ、問題はない)

――だが、イライジャに動揺はなかった。

自分が死音のスキルを受けるケースに懸念は先に仲間に相談し、そしてヘルダインから『脅威にならない』という返答を受けている。

その理由を、ヘルダインはこう述べていた。

【まず、曼殊沙華について述べさせてもらえば、奴の必殺スキルは敵と自身の 強さ(ステータス) を比較して死亡までの時間が決まる】

それは多くの決闘や、先だってのガイリュウオウ事件などでも確認された情報。

【一定以上格下ならば一三秒。同格ならば一三〇秒。格上ならば一三〇〇秒。必殺スキル使用時のイライジャならば確実に格上と判定されるだろう】

【獣王】クラスに到達したイライジャならば確実にそうなるだろう。

で、あるならば……。

【そして、イライジャに対して一三〇〇秒の【死呪宣告】は 意味がない(・・・・・) 】

死音がイライジャの脅威にならない理由は至極単純、『タイムリミットが長すぎる』。

元より、イライジャの《 闘争は死して終わらず(ヴァルハラ) 》の残り時間はその 半分程度(・・・・) なのだから。

【死呪宣告】が命を奪うよりも先に、イライジャという戦力は時間切れだ。

<命>の【獣王】と違い、イライジャがインスタントで使い捨てな戦力である以上……恐れる必要が欠片もない。

かくして如何なる戦力でも打倒可能と思われた<暗黒舞踏会>の罠は、特大戦力イライジャへの 無駄撃ち(・・・・) という結果に終わる。

死後を戦うヴァルハラには、死へのカウントダウンなど意味がないとでも言うかのように。

「…………」

じきに、夜も明ける。

この<遺跡>に残る対【獣王】にも有効な札は、【暗殺王】の最終奥義のみ。

「……往くか」

カウントから通路の奥へと視線を移し、先へと進む。

<砦>が設置され、扶桑月夜と月影永仕郎が待つ格納庫へと。

駆け出す彼の左手は、なぜか胸元の【ブローチ】に触れていた。

To be continued