軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十八話 未だ死なず

■ルシファーについて

ザカライアの<エンブリオ>、TYPE:アドバンス【面目禪彼 ルシファー】は、『他人に自分を上書きする』という<エンブリオ>の中でも指折りに悪質な特性を持つ。

そして上書きは主に三つの要素で構成される。

第一に、『人格』。

ザカライア本人の記憶や行動原理、彼自身がリアルで持ちうる技能を他人に移植する。

第二に、『ジョブの器』。

これはいっそ『戦闘力』と言い換えてもいい。

この世界において、人間の身体の強弱は些細な話だ。持ちうる力を示すステータスのほとんどは、ジョブの器によって付与される。

スキルも同様だ。先天的にいくつかのスキルを持つ部族もあるが、それらでもより多くのスキルはジョブによって齎される。

ジョブの器という外付けの情報概念により、人間範疇生物の強弱は決定される。

ルシファーが行っているのは器の複製。

ザカライアのジョブの器をベースに、内部のリソースも含めての一時的な複製を作る。

本来――眷属という例外を除けば――各一つしか存在しないはずの超級職の器も含めて複製し、世界を騙している。

あるいは、 容認させている(・・・・・・・) 。

そして第三の要素が『システム上の識別』。

上書きされた人間はシステム上もザカライアと認識され、彼しか扱えない特典武具すら扱え、各種ジョブの達成条件や経験値、同族討伐数なども彼に加算されていく。

次第に必要経験値を増していく超級職を複数持ちながら、どちらも十二分に実戦で使えるレベルに達しているのはそのためだ。

さらに言えば、彼自身がログアウトしている間もコピーが彼として活動し、経験値を稼ぐ面も都合が良い。彼のリアルはそれなりに忙しい身だからだ。

三要素の上書きによって、ザカライア本人と同等の分身を作り出すスキルが《堕天の烙印》。

驚異的な力、とはいえ……否、だからこそ無条件に使える力でもない。

《堕天の烙印》には使用上の制限が六つある。

その一、上書き対象と掌を接触させる必要があること。

『握手』という動作がスキルの発動起点になっている。

その二、相手を 人間範疇生物(ティアン) に限定すること。

非人間範疇生物(モンスター) や<マスター>には使用できない。

その三、相手のレベルと自身のレベルの比率で成功率や転写率が変化すること。

ザカライアが一〇〇〇レベルで相手が一〇〇レベルであった場合、成功率は一〇%まで落ち、成功しても能力が一〇%しかコピーされない。同レベル以上なら〇%だ

上書きによる乗っ取りは 弱者(低レベル) 相手にしか成功せず、それゆえ主にレベル〇のティアンを対象にしている。

その四、被弾による 上書き(メッキ) の剥離。

被弾でHPが削れるほどに、持たせた力も削れていく。HPが五〇%削れれば、ステータスや身体技術も五〇%まで低下する。

その五、数の制限。

《堕天の烙印》によるコピーは一度に六体までしか作れない。

キャンセルもできず、コピーした相手から完全に剥がれるまで新たなコピーは作れない。

その六、上書き対象の記憶消去。

上書きを実行した時点で対象の記憶や人格は転写率どおりにザカライアへと上書きされ、剥がれ落ちても戻ることはない。

もっとも、六つ目の制限について、ザカライア自身は制限とは思わない。

記憶が残ろうが消えようが、被対象者はもはやザカライアの分身……『獅子面』として使い潰された上で死ぬしかないのだから。

加えて、弱者にしか使えない条件も好都合。

レベルが低い、才能の限界が低い、生まれつき身体が虚弱といった弱者の奴隷の値は安く、議長直属の工作員に等しいザカライアであれば簡単に替えが効く。

ウィンターオーブで拵えたモノもあるが、『獅子面』のほとんどは【ジュエル】に入れておいた奴隷のストックでできている。

弱者(ティアン) の 有効活用(・・・・) 。

ザカライアが自らの<エンブリオ>に持たせた意味は、極論……その一事である。

◇◆◇

□■<北端都市 ウィンターオーブ>・郊外

「厄介になりやがったナ……」

迅羽と五人の『獅子面』の戦い。

それは既に一人目の『獅子面』との戦いで手傷を負っていた迅羽にとっては、あまりにも苦しい戦いだった。

(数が増えて、戦いに幅が出ていやがる)

一対一の戦いにおいて、『獅子面』は迅羽に対して有効な手札を振動ナイフしか持っていなかった。それを【ヒット・ボックス】と組み合わせることで迅羽にダメージを与えた。

振動魔法も扱えたが、あまり有効とは言えなかった。

なぜなら振動魔法は速度も威力も兼ね備えているが、大気中の伝播では最大威力を保持できる距離が短いという欠点があるためだ。

有効射程は振動ナイフと【ヒット・ボックス】のコンボより短い程度でしかなかったが、『獅子面』が複数となったことで状況は変わった。

「「「《スカイ・ブーム》」」」

三人の『獅子面』が一斉に迅羽へ掌を向け、全く同時に魔法を行使する。

直後、三人分の振動波が重なり合い、巨大な超振動波となって迅羽へ放出された。

「チッ……!」

迅羽は辛うじて回避するが、余波で骨が軋み、罅まで入った。

(この“累ね”が厄介だ)

『獅子面』達は複数人の魔法の発動タイミングと振動の振幅を重ねることで威力を高め、射程までも伸ばしている。

同一人物のコピーだからこそできる連携。

その成果として上級職の奥義が超級職の奥義クラスの威力となっているが……恐らくは超級職の奥義でも同じことができる。

その上で、『獅子面』達はジワジワと迅羽を追い詰めている。

(被弾を避けて、性能を維持しながら戦ってやがる。性能が落ちれば連携も取りづらくなるからな……)

既に一度は獅子面を退けた迅羽は、ルシファーの性質もある程度ならば把握していた。

被弾による性能低下は、対峙する側から見れば露骨であったからだ。

だからこそ、ザカライアのビルドの意味も理解できた。

初手は【迷彩王】。攻撃するまで相手の五感に察知されない《五感迷彩》で姿を伏せつつ奇襲。

相手に手傷を負わせた後、ジョブクリスタルで【震王】にシフトし、振動武器や攻撃魔法で火力を上げる。

この戦術の骨子は『なるべく性能を維持している間に可能な限り相手を削る』ことだ。

しかし最終的な『獅子面』の生死は考慮されていない。

一対一で勝ち抜くのではなく、多人数の命を絶たせて相手の肉を削ぐスタイル。

いくらでも代わりの『獅子面』を投入できるゆえに、『 獅子面(ティアン) 』の命と人生を使い潰しながら相手を磨り潰す。

それがザカライアの常套戦術である。

(本来はもっと攻撃一辺倒でやるんだろーな)

今の戦場はウィンターオーブ市外の南方、地平線近くまで離れた砂漠の上だ。

迅羽は探知の符を切らしておらず、傍に何かが出現すれば即座に反応できる。

例外は、《五感迷彩》で隠れていた『獅子面』だけだ。

仮に本体がこの近くにいたとしても、新たな『獅子面』を作るためにティアンを【ジュエル】から出せば、その瞬間のティアンは感知できる。必然、本体の位置もだ。

『獅子面』の追加が容易ではないから、現状はこの五人の性能低下を抑えて戦っているのだと迅羽は考えていた。

(あるいはもうこの近くにはいなくて、どっか遠くで高みの見物でもしてんのかもな。……それだと流石に胸糞が悪すぎるけどよ)

しかし正解は迅羽が望まないそちらであり、ザカライア自身はウィンターオーブ内部にいる。

ここにいるのは、五人の『獅子面』だけだ。

迅羽を殺すには十二分な戦力である、『獅子面』だけがここにいる。

「 疾(シ) ィ!」

自身に放たれる超振動波を回避しながら、脚部のテナガ・アシナガで反撃を試みる。

しかし、『獅子面』達は軽やかな動きでそれを回避してみせた。

テナガ・アシナガは超音速で伸長し、自在に軌道を曲げる<超級エンブリオ>

それゆえに迅羽はEND型の魔法職でありながら、AGI型の前中衛戦闘力を有している。

だが、ザカライアはジョブレベルのみで迅羽と同等の速度と魔力を保持している。

そして、<エンブリオ>によって『獅子面』という数の優位をも生み出している。

迅羽は既に最初の獅子面との戦闘と後続の奇襲で傷を負い、左腕のテナガ・アシナガも欠けている。

隠し球の暴雷は既に投入し、必殺スキルも数度使用している。

HPとMP両面での消耗。状況は明確に不利だった。

(連中、牽制しても位置取りでしくじらねーな。まとめてやられるケースを避けてやがる)

迅羽の残る手札で最も有効なのは、避け切れないほどの広範囲を一斉に焼き払う《真火真灯爆龍覇》だ。

既に戦闘中に符は散布し、今は巻き上がった砂の下に埋もれている。いつでも、迅羽の周囲で起爆が可能だ。

ただし、大量の符を消耗する大技であるため、使えるのは一度だけ。

それで何人倒せるか、どれだけの損耗を与えられるかが勝敗の分かれ目と言えた。

(距離を取って戦うようになったのが厄介だ。もっと寄ってくれれば、……!)

しかし、戦いの機を見定めようと集中していた迅羽だが、見逃せないものを目にした。

それは北の空、ウィンターオーブの更に先で……ラピュータが崩れていく光景である。

外縁部のパージによる崩落。これ自体はグレイ達による計画的なものだ。

だが、連絡手段を持たない迅羽に、一瞬でも『最悪の事態』を連想させるには十分だ。

ラピュータにいる二人の 友人(ティアン) の安否に彼女の思考が向いた瞬間。

――『獅子面』三人が、三方から一斉に迅羽へと接近してきた。

「!?」

ラピュータの異常に迅羽の意識が逸れたのを見て、勝負をかけに来たのか。

しかしそれは、迅羽にとっては起爆の好機でもある。

ここで使えば三人は仕留められる。

残り二人ならば、残りの手札でも勝ちきれる公算は高い。

(――こいつがそんな手緩い真似をするか?)

ここまで戦ってきた迅羽だから分かる。

『獅子面』……その大元は手段こそ外道に過ぎるが戦闘スタイルは迅羽とほぼ同じだ。

物理と魔法の万能型であり、対応できる機動力を兼ね備え、搦め手も持ち合わせ、何よりそれらを使って相手を罠に嵌める戦術。

そんな相手がここで『隙あり』だからと雑な手を打ってくるのか、という疑問。

だとしても、超音速機動で接近する相手を前に躊躇はできない。

ここが切り時だと、奥義起動用の符を手にする。

「《真火真灯――」

既に三人の『獅子面』は完全にレンジ内。

今から全速で退避しようとも逃れえない位置にいる。

「――爆――」

迅羽は奥義の起動宣言を完了せんとして――

「「「――――」」」

接近する『獅子面』全員が、両の掌を胸の前で打ち合わせる光景を見た。

《スカイ・ブーム》とは違う奇妙な動作。

これまで振動波の発射口であった掌が迅羽に向けられていない。

何より、その動作と同時に三人の『獅子面』達の身体が震動し、 崩れ始める(・・・・・) 。

それはまるで、魔法で自らを傷つけるようで……。

「――――!」

その動作の意味を、迅羽は察した。

彼女は 同様の現象(・・・・・) を知っている。

かつて彼女がゼタと戦い、敗れた…… その後の戦場(・・・・・・) で起きたことを。

火属性魔法の頂点に立つ男が、あの地で何をしようとしたのか。

彼女は聞き、知っている。

(コイツ……オレに奥義を使わせた上で……!)

そして、相手の意図も察した。

『 獅子面(ザカライア) 』も待っていたのだ。

何らかの事態の急転を、迅羽の判断が鈍る瞬間を。

攻撃に集中し、回避を二の次にし、立ち止まってくれる好機を。

『獅子面』の狙いは、シンプルだ。

迎撃と数を減らすために『奥義を使う』迅羽の 隙(・) に、特大の切り札をねじ込む。

即ち、迅羽の奥義に――正面から 三人分の最終奥義(・・・・・・・・) を重ねて圧し潰す。

「――龍覇》!」

迅羽の奥義の発動と共に、迅羽の周囲から広範囲に爆炎が立ち上る。

迅羽の立つ位置を空洞とした、巨大な炎の筒。砂漠を熔かしながら、真火が吹き荒れる。

だが、その直後に別の魔法も起動している。

自身の生命力、魔力、魂力全てをただ一度の振動波に変換する最終奥義。

ザカライアが上書きした人間を特攻兵器として、これまで幾度も大量破壊を引き起こしてきた魔法の名は――。

「「「――《 大崩壊(カタストロフィ) 》」」」

三点から同時に発生した極大の振動波は、ブレーメンの《ハートビート・パルパライゼーション》とすら比較にならない破壊力を孕んでいた。

純粋な出力だけで、神話級金属をも容易く粉砕できるだろう力。

それは砂の下から噴出していた炎さえもかき消して、無為とする。

魔法職としては同格なれど、奥義と最終奥義の差異がそこに在る。

ましてや、《大崩壊》は《スカイ・ブーム》の“累ね”と同じように振動を重ね、威力と範囲を増幅させている。

拡大を続ける振動波は、炎の奥義を潰すだけでは内包したエネルギーを消費しない。

破壊が砂漠を呑み込み続け、地を揺らす。

その範囲は拡大を続け、やがては<ウィンターオーブ>の南端に届き、更なる崩壊を招く。

石畳は砕け、建築物は折れ、人は潰れる。

【フーサンシェン】という災厄の中にある街を別種の災厄が襲い、悲鳴が木霊する。

それは街から離れた戦場での使用だというのに……最終的に街の十分の一を呑み込んだ。

仮に都市の中心部で使っていれば、そのまま丸ごと滅ぼせていただろう。

街一つを地図から消すなど容易いこと。

それが、“始末屋”ザカライアと呼ばれる男の仕事である。

◇◆

距離を取っていた『獅子面』の残り二人は超音速機動で安全圏へと逃れていた。

三人が死んだところで『獅子面』は未だ死なず。五体満足で二人 も(・) 残っている。

生き延びた彼らは、自分達と同じ存在がなした破壊と彼らの犠牲に何の感慨も抱かない。

彼らの身に宿るザカライアの人格にとっては、慣れたことだ。

『『…………』』

二人の獅子面の視線の先。

迅羽が立っていたはずのその場所には何もない。

最終奥義の振動波によって何もかもが分子にまで粉砕され、形あるものは何一つとして残っていなかった。

生命の痕跡は血痕すら存在しない。

迅羽は絶命し、光の塵となって跡形もなく消えたのだろう。

『 You did it(やったか) 』

ゆえに、『獅子面』の一人はそう述べた。

『――《 彼方伸びし手(テナガ) ・ 踏みし足(アシナガ) 》』

――直後、『獅子面』の胸の内から黄金の爪が飛び出し、その心臓を引き千切る。

胸に空いた穴。

その奥の空間を超えた先から、呟くような声が聞こえる。

破局の大破壊を如何なる手段によってか生き延びた者の――「 あと二人(・・・・) 」、と数える声が。

僵尸も、未だ死なず。

To be continued