軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十七話 自らの手をもって

□一人のファンについて

彼は画家だった。

彼が生まれたのは、当時は近代化していなかった発展途上国でも田舎の村だった。

携帯端末も普及していない、どころか電気すら通っていない。

先進国の都市と比べれば、時代を一〇〇年は間違えたような地域だ。

子供の娯楽は身体を使うシンプルな遊びがほとんどという環境で、彼は絵を描いていた。

木の枝を削り、家畜の馬や羊の毛を切って作った手製の筆を片手に、溶かした炭や手製の絵の具で絵を描くのが彼の趣味だった。

絵を趣味としたきっかけは些細なもので、古い図鑑を参考に描いた絵を幼馴染の女の子に褒められたからだ。

初めて描いた花の絵を綺麗と褒められて、彼女の似顔絵を描けば喜ばれた。

そんな珍しくもないことに気を良くして絵を描く時間を増やした。

彼女に褒められたくて、良いところを見せたくて、描き続けた。

少しずつ上達する度に、変わらず褒めてくれる。

細かな変化にも気がついた賞賛であり、本当に彼の絵をよく見てくれる相手だった。

それが嬉しくて、絵を描くことが習慣になった。

描き続けて、描き続けて、 何十年(・・・) 経っても彼は絵を描き続けている。

きっかけは幼馴染に絵を褒められたから。

続けた理由は――幼馴染が十にもならない内に事故で死んだから。

崖崩れだった。

彼女と並んで山道を歩いていたとき、数日前の雨で緩んでいた地面が崩れた。

足場をなくし、滑落する彼女。

彼は手を伸ばすも、届かない。

彼女は何が起きたか分からないといった表情でそのまま遠のいて……遥か下から地面とぶつかる音だけが聞こえた。

彼女の絵を何度も描いて、けれど現実の彼女に一度も触れることのなかった彼の手には……何の感触もないまま空を切っていた。

葬儀の際も、埋葬の際も、死んだ後の彼女を……彼は怖くて見られなかった。

最期の顔を思い出さないように、楽しかった思い出で上書きしたかった。

だから、描いた。

彼女が生きていたときよりも多くの絵を、思い出に縋るように描き続けた。

写真もない村で、心の残照を現実に焼きつけるように。

見たくもない現実の顏が、あの笑顔を上書きしないように。

自立できる年齢になってすぐに、彼は村を出た。

村にいること自体が恐ろしかったのかもしれない。

文明からは離れた村から、文明の街へ。

カルチャーギャップに苦しみながらも、彼は絵を描き続けた。

村を出てからは彼女の絵だけでなく、村の風景も思い出しながら絵に描いた。

村も含めて、美しい思い出の中に閉じ込めてしまうように。

そうして絵を描いている内に偶然人の目に留まり、彼は画家になった。

『思い出のままの美しさを』。絵を見た人々は彼の絵にそんな 命題(テーマ) を見出した。

彼の絵は多くの人間の心を惹きつけ、二十一世紀の画家の中では名が知られた者の一人となった。

まるで、彼の人生や起きた出来事がそのためにあったとでもいうかのように。

画家として大成して暫く、彼は絵筆にも重みを感じるようになっていた。

自然、過去を絵以外でも振り返ることが増えた。

画家になったこと自体に、彼の後悔はない。

自分の人生はもはや自らの心中にのみ存在する『触れられない美しさ』を表現するためにあったのだと納得している。

彼女も、村も、もはや二度と触れることがないもの……触れる資格がないものだ。

しかしそれでも、『他の 人生(可能性) がなかったか』を考えるときもあった。

だから、とあるゲームのCMと謳い文句に惹かれて始めてみることにした。

『<Infinite Dendrogram>は新世界とあなただけの可能性を提供いたします』

そして彼は、ゲームの中で思い出と 同じ笑顔(・・・・) に出会った。

顔形も、肌や髪の色もまるで違う。

けれど、思い出のあの子と同じ笑顔を……もう心の中と彼の絵にしかない笑顔を浮かべている。

そんな少女を、街で見かけた。

自分が絵に求めて、ついぞ満足いく形にならなかった笑顔がそこにあった。

初めて見たとき、あまりのショックに硬直し、その少女を見失った。

幻でも見たのかと思ったが、彼はその後もその笑顔を探した。

そうすると、どこの誰かはすぐに判明した。

少女は、お忍びで城を抜け出した この国の王女(エリザベート) だった。

彼女の笑顔が忘れられず、公的行事などで彼女の姿を追った。

そうして、自然とリアルと同じように……リアルでできないように、彼は絵を描いていた。

数十年振りに、心ではなく自らの目に映る少女を絵に描いた。

そうしていると、第二王女のファンクラブメンバーの目に留まり熱烈な勧誘を受けた。

話を聞き、誘われるままに加入して、彼は彼女のファンの一人となった。

彼女を追って、応援して、見ていたくて、助けたくて。

彼女を守るために戦闘用のビルドを研鑽した。

今度こそ、自らの手が笑顔を守れるように。

彼女の笑顔が、あの日の幼馴染のように消えてしまわないように。

◇◆◇

□■【円環綴道 ウロボロス】・一等客車

腕部置換型のTYPE:アームズ、 アフロズィティ(ミロの) ・ティス・ミル(ヴィーナス) 。

常時発動型の必殺スキル、《 心の(アフロズィティ) 残照(・ティス・ミル) 》により、カーバインのイメージを瞬時に形とする両腕。

変幻自在にして、常人離れした 思念描画(イメージ) 速度と正確性がなければ使いこなせない力。

数十年、自らの心の中を絵にし続けてきた男だからこそ、生まれた<エンブリオ>。

「…………」

「……ふふ」

ミロのヴィーナスの美しさは、両腕がないからこそだという説がある。

そこにない両腕を想像することこそが、不完全を補う空想こそが、ミロのヴィーナスを見た各々の脳内で最も美しい形に置くからだと。

自らの心の中の美しさを現実に置く<エンブリオ>であり、大なり小なり自らの現実を否定する思いが置換型として形となった。

置換型のアームズはスロットを消費しない。

生身の腕に置き換わり、スキルや性能で生身以上の力を発揮する。

マイナス補正のボディよりも、ある意味では<マスター>をより強化するカタチだ。

生身の腕を超える、<エンブリオ>の腕。

しかしそれは―― 生身に戻せない(・・・・・・・) という話ではない。

「…………これ…………アリな、のぉ?」

至近距離……零距離で相対するカーバインとブレンダ。

カーバインの胴体は《爆心》の衝撃で腰から分断され、左腕は消滅し、

ブレンダの胸部には――カーバインの 本当の右腕(・・・・・) が突き立っていた。

(耐性の、 範疇(・・) 、 外(・) ……)

アフロズィティ・ティス・ミルの攻撃に対しての完全耐性。

しかしそれは物理攻撃への完全耐性ではなく……カーバインへの完全耐性でもない。

《爆心》が発動したのと同じタイミングで、カーバインは固定したブレンダに向けて変形を推力としつつ跳んだ。

そして、その速度のままに生身の貫手を放ったのである。

END増加装備により強化された身体を<エンブリオ>の変形速度で射出しつつ、ブレンダの固定で激突のエネルギーを逃がさない。

それらの複合が、今のブレンダのステータスを突破した。

彼の選んだ一手はブレンダが想定していた【ジェム】よりも遥かに速く、強力だったのだ。

(耐性が、<エンブリオ>限定と読んだ? それとも、一か八かの賭け? 素手ビルドの強化を途切れさせないために武器すら使わず、生身の腕を、擲って……!)

右腕が生身になった代償か。カーバインを守っていた鎧も消失している。

自らを射出したことで《爆心》の着弾点も逸らせたが、それでも下半身と左腕が消えた。

攻撃の代償に、右腕も砕けて使い物にならなくなった。

だが……彼にはそれでも構わない。

彼の一撃は、ブレンダの命に届いているのだから。

「か、ふ……」

貫通した腕は胸の中心……心臓を傷つけていた。

ヨハネスの三倍のステータスを得ていたことで、まだブレンダのHPは残っている。

しかしそれも、胸の穴から流れる夥しい血のように彼女の身体から零れていく。

(……これ、【ブローチ】は反応しなかったの? 即死じゃないから? 運が悪……あ)

そうして、ブレンダは気づく。

自らの服の内側に装備していた【ブローチ】。

貫手とも異なる箇所にあった彼女の装備が……砕けている。

使用済みなのではない。

既に破壊されていた(・・・・・・・・・) のだ。

(さっきの、拘束時の茨槍? あれってワタシを止めるだけじゃなくて、この一撃の前に【ブローチ】を壊すため……?)

彼女自身はアフロズィティ・ティス・ミルに対して無敵だった。

だが、彼女はカルルではない。

装備までは……耐性を得られなかった。

(……耐性で有利な状況に立ってたのにここまでやられたんじゃ、しょうがないわねぇ)

やはり自分の見立ては正しかったのだろうとブレンダは息を吐く。

カーバインは同格以上の猛者であり、自身以上の研鑽を積んだ人物だった。

そんなカーバインの決死の一撃で、レベルに勝るブレンダも打ち破られたのだ。

(でも、これってもしかして私がクランの脱落一号? ちょっと悔しいし後が面倒くさそうだけど……。……まぁ、思ったより楽しかったから良しとしとくわぁ……。でも……)

ブレンダは自らを倒した<マスター>に何を言うべきかを考えて……決めた。

自らを貫いて砕けた右手に触れながら、茶化すように言葉を発する。

「芸術家って言うなら……手は大事にしなさいよ、ねぇ……」

「……忠告、痛み入る」

そうして、ブレンダは光の塵になった。

右腕を固定していたブレンダが消えて、カーバインの身体が列車の屋根に落ちる。

勝利した彼の身体も、惨憺たる有り様だ。

下半身はなく、左腕もなく、右腕は砕けている。

それは<エンブリオ>も同様だ。

左腕のアフロズィティ・ティス・ミルは消し飛んで存在せず、右腕のアフロズィティ・ティス・ミルは置換し直しても、生身の腕が砕けた影響なのかまともに変形しない。

イメージに沿った成形がなされず、身体の断面を塞いで出血を抑えるのが関の山だ。

それでも、遠からず命尽きるだろう。

(……こちらも瀕死だ。それでも、あちらが 不利な立場(・・・・・) に身を置いていなければ、ここまでも届かなかっただろうが……)

ブレンダは耐性という有利を持っていたが、同時に不利も背負っていた。

それは、彼女がウロボロスの防衛を任された人間であったこと。

耐性でダメージはなくとも、彼女が移動に使っていたように爆発の反動で列車を動かしてしまうことは避けなければならなかった。

それこそ、ウロボロス内部ではイヴによる目視砲撃が続いている。不規則な揺れでウロボロスに照準してしまえば目も当てられない。

切り札の《爆心》さえも爆発範囲を制限し、指向性を持たせる形でしか使えなかった。

それがカーバインのクロスカウンターを許す余地となってしまったことを、他ならぬカーバインが理解していた。

両者は、互いに『相手が不利な状況に身を置いている』と思っていたのだ。

(だが、お陰で……こちらの命には 猶予(・・) ができた)

体の半分を損なった状態で、カーバインは車上を這いずる。

一号車の屋根の上を、特等車に向けて歪な匍匐前進を続ける。

彼は自らの役目を果たすべく、進む。

時を同じくして、庭園エリアを含めたラピュータ外縁部が地上へと落下し……ラピュータが加速を始めた。

To be continued