軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四話 《フォールン・エンジェル》

□【聖騎士】レイ・スターリング

レイレイさん……“酒池肉林”のレイレイ。

俺がデンドロを始めた日には既に出会っていたけれど、同時にあまりにも未知な人だ。

戦う姿を見たのは、マリーに見せてもらった<ゴブリンストリート>を掃討する際の映像のみ。

けれど、あれも何をしているのかは分からなかった。

触れただけで、<ゴブリンストリート>の<マスター>が溶け崩れ、弾け飛んでいた。

レイレイさんがどういう原理でそれをやっているのかは全くの不明で、兄やフィガロさんにも教えられていない。

『現状分かっているのは、接近されるのはまずいということだの』

「ああ……」

レイレイさんが晒している素手に触れただけで殺されかねない。

《看破》でステータスを見ても、一回戦同様に隠蔽されている。

どれほどのAGIを持つのか、どんなジョブなのかさえも分からない。

「…………っ」

緊張した俺の喉は、自然と唾を飲んでいた。

「レイ君と戦うのはじめてだヨー。楽しみー」

対するレイレイさんは緊張した様子はまるでなく、ニコニコとした笑顔を見せている。

『決闘開始まであと十秒』

対照的な俺達だが、時間は平等。

ほどなくして、試合開始の時刻となる。

『五、四、三、二、一、――ゼロ』

そして試合は始まり、俺はシルバーで上空へと飛んだ。

レイレイさんに空中戦能力があるかは分からない。

だが、地上にいたままでは確実に距離を詰められて、あの即死の接触が来る!

「レイレイさんは……!」

この状況で追撃を仕掛けてくるかどうか、それが最初の分水嶺。

結果は……。

「おー。馬が飛んでるよー。最近流行ってる奴だねー。♪~」

レイレイさんは俺を追ってこなかった。

それどころか、動いてすらいない。

飛翔した俺達を見上げて、なぜか楽しそうに歌いはじめた。

とても耳心地の良い歌声が、結界内にしみわたる。

「…………なんだ?」

レイレイさんの行動は余裕なのか、天然なのか。

あるいはあの歌が何らかの状態異常を引き起こすスキルなのかと考え、簡易ステータスを確認するが……状態異常の表示はない。

「…………」

どちらであろうと、すべきことはただ一つ。

この結界内を瘴気で満たすことで有利な環境を作り出し、俺とレイレイさんの間にある力量差を少しでも埋めなければならない。

「《地獄瘴気》!」

そう考えて、俺は右手を眼下のレイレイさんへと向けて、スキルを発動。

「噴出!」

――――その瞬間に 右手が消滅した(・・・・・・・) 。

「……………………え?」

《地獄瘴気》を放とうとした右腕。

それが右の【瘴焔手甲】ごと、ドロドロに…… 溶解していた(・・・・・・) 。

「――――」

その瞬間、一つの光景がフラッシュバックする。

それはあの【魔将軍】との戦い。

召喚したガルドランダが、二体目の【ギーガナイト】にトドメとばかりに使った《零式・地獄瘴気》。

あれを受けた鎧の悪魔は、肉も骨も溶け崩れていた。

今の光景は、それにしても似ている。

……《地獄瘴気》を使ったのは俺の方なのに?

しかも、【瘴焔手甲】まで破壊されている点が異常極まる。

「まさか……相手の攻撃を、攻撃前に増幅して返す能力?」

俺達のダメージカウンターの発展形の能力ならば、それも可能かもしれないが……違和感がある。

だって、レイレイさんは 何もしていない(・・・・・・・) 。

ただ歌いながら、こちらを見上げているだけだ。

あるいは、歌うだけで先制カウンターが成立する能力だとでも言うのか。

しかしそれはあまりにも、不条理に過ぎる。

「一体、何をされて……ゴフッ」

『レイ……⁉』

言葉の最中、俺は唐突に咳き込んだ。

口元に左手をやれば……大量の血液で手が赤く染まる。

それだけではない。

いつしか……恐らくは俺が右腕の溶解に気を取られている間に、シルバーの鞍の上におびただしい血だまりができていた。

出所は……俺の腹。

痛覚オフの俺には感知できなかったが…… 腹が溶け(・・・・) 、 穴が空いていた(・・・・・・・) 。

「……なんだ……これ?」

近づいてはいない。

何もされていない。

何をされているのかも分からない。

だが、確実に……俺は致命傷を負わされている。

「♪~」

レイレイさんは、歌っているだけだった。

だが、遅まきに理解する。

状態異常の表示がなくとも、原理が分からなくとも、もはや間違いはない。

――この歌こそがレイレイさんの攻撃なのだ、と。

原理は分からないが、音を媒介して攻撃が飛んできている。

歌を止めなければ、俺はこのまま死ぬことになる。

「――【モノクローム】‼」

俺の叫びに応じて身に纏っていた【黒纏套】は動き、失った右手の代わりに漆黒の砲身を形成する。

回避されるかもしれないが、近づけない状況で即座に勝負を決めなければならない以上、打つ手はこれしかない。

超熱量を光速で叩きつけることが可能な俺の持ちうる最大火力――《シャイニング・ディスペアー》。

闘技場の中であろうと、下方に向けて撃つならば結界を突き抜けて街に当たる心配はない。かつてフィガロさんが女化生先輩と戦ったときと同じだ。

「《シャイニング――」

そして、俺のスキル宣言と共に、漆黒の砲身の内部に熱量を伴う光が充填され始め、

――――【 黒纏套(・・・) 】 が(・) その熱に耐えきれずに蒸発した。

「――――」

もはや、言葉もない。

攻撃を放つ側であり、そもそも《光吸収》によってレーザーの類では傷つかないはずの【黒纏套】が蒸発するという大異常。

だが、理解した。

何をされているのか、その原理をようやくに理解した。

攻撃を、攻撃前に増幅して跳ね返しているのではない。

そうであれば、それだけであれば、【黒纏套】ならば耐えられる。

これは……、この現象は…………。

「 耐性の(・・・) 、 消去(・・) ……!」

ステータスに表示される状態異常ではない。

その 前段階(・・・) 。

状態異常に対する耐性。ENDなどによって変動するとされる……一種の マスク(隠し) ステータス。

レイレイさんの<エンブリオ>はそれに干渉している。

生物無生物問わず、そうした耐性を……状態異常耐性だけでなく属性耐性までも消去している。

「いや、これはゼロどころじゃない……! ―― 耐性のマイナス化(・・・・・・・・) だ!」

耐性そのものにデバフをかけられて、状態異常も、熱量変化も、常態より遥かに受けやすくなってしまっている。

だからこそ、瘴気を噴く【瘴焔手甲】が、自らの瘴気で熔解した。

だからこそ、光熱を吸収して放つはずの【黒纏套】が、自らの生み出した光熱で蒸発した。

あたかも、自らの毒で死ぬ生物のように。

『なんという能力……!』

女化生先輩のカグヤの能力を、耐性デバフの一点にのみ突き詰めたような能力だ。

それが意味することは、ほぼ全ての状態異常攻撃、エネルギー放出攻撃は自滅に繋がり、レイレイさんの前では使用不可能ということ。

残った左手の【瘴焔手甲】も、《煉獄火炎》を使えば一瞬で左手ごと【炭化】することになるだろう。

「…………」

腹の穴に手をやると、穴が少し広がっている気がした。

それだけでなく、触れた【瘴焔手甲】が白煙を放って溶け始めている。

「そういう、ことかよ……」

俺の腹が破れた理由が、分かった。

これは一種の…… 胃潰瘍(・・・) なのだろう。

胃壁どころか俺の身体全てが胃酸にも耐えられないほどに、酸への耐性を落としている。

「要するに、生物なら何もしなくても死ぬってことか……」

周囲にいるだけであらゆる生物が自滅する――滅びの歌の使い手。

それが、“酒池肉林”のレイレイ。

彼女に取って他の生物などただの肉の林、溶けて酒の池になるだけのものということだ。

誰が付けたか知らないが、分かれば寒気しかしない。

『レイ……。どう……手を打つ?』

立て続けに起きた惨状に、ネメシスもまた困惑の中にあるようだった。

だが、やるべきことは見えた。

「……ネメシス、黒旗斧槍だ」

『……! うむ!』

左手のネメシスが旗をたなびかせる斧槍へと変じて《逆転は翻る旗の如く》を発動すると、いくらか腹の穴の広がりが収まったように感じられる。

「完全に無効化とはいかないが……それでも少し軽くするくらいの働きはあったか」

《逆転》もまた、大別すれば耐性のスキル。

デバフの反転とまではいかずとも、使用することで耐性のマイナス化を多少軽くするくらいはできたようだ。

……前に女化生先輩と戦ったときも、負荷が軽くはなったからな。

「ネメシス……ここから接近戦を仕掛ける」

『……それしかなかろうな』

遠距離攻撃手段はほぼ潰れた。

近接戦で、ケリをつけるしかない。

『シルバーの力で音を遮断するのは?』

圧縮空気の壁を厚い積層にすれば、音が通るのを防げるかもしれない。

だが……。

「それも考えた。けど、既に罹っているデバフを消せるのかは分からないし……作っている時間もない」

腹が破れて継続ダメージも発生している。

時間が経てばこっちの負けが確定するから、もう様子見もできない。

同じ理由で、風蹄爆弾を作る時間もない。

「それに最初は接触を警戒したけど、あれ自体にさほどの意味はないはずだ」

恐らくレイレイさんの手は、何らかの状態異常を纏っている。

一部の拳士系統が持つ《毒手》という奴だ。

それ自体はただの状態異常攻撃だが、耐性マイナスの身体でそれを受ければ即死級の状態異常に早変わりする。

<エンブリオ>とのシナジーもある、恐るべき必殺攻撃。

しかし、触れられなければ問題はない。

「懐に飛び込んで、勝負をかける」

仮に以前に見た映像での動きがレイレイさんの全力であれば、今の俺ならある程度は対処できる。《カウンター・アブソープション》だってストックは欠けていない。

《看破》でステータスが見えなかったのが悔やまれるが、それでもやるしかない。

だが……。

「攻撃力は……足りてないけどな」

『……ああ。カウンターもまるで溜まっておらぬ』

最大の問題は、レイレイさんを倒しきる手段がないことだ。

マイナス耐性によって【瘴焔手甲】と【黒纏套】は使用不可能。

そして、これまでのダメージは 自滅(・・) だ。

レイレイさんは耐性をマイナスにしただけで、ダメージは与えていない。

だから、《復讐》、《応報》、《追撃者》はいずれも使用不可能。

加えて、黒旗斧槍の素の攻撃力でレイレイさんを倒しきれるかは怪しい。

《グランドクロス》ならばいけるかと思ったが、発動のためには俺自身が地上で一時的に停止する必要がある。その隙を突かれる恐れはあるし、何よりレイレイさんのレベル次第だが一撃では倒しきれない公算が強い。

「…………」

手札は少なく、勝機は僅か。

それでレイレイさんを倒しきれるだけの攻撃力があるとすれば……あいつだけだ。

『賭けてみるのか?』

「ああ」

既に圧倒的な劣勢、ここから逆転しようと思うなら……賭けるしかない。

「……行くぞ!」

『応!』

そして俺達は、眼下のレイレイさんへと一気に駆け下りた。

シルバーが重力によって加速し、同時に横方向への変化を加えながら、レイレイさんへと突撃する。

「♪~」

レイレイさんは歌いながら、けれど俺達の動きをはっきりと目で追っていた。

「オォッ‼」

レイレイさんを間合いに捉えた時点で俺は黒旗斧槍を大きく振るった。

「♪~♪~」

だが、レイレイさんはその攻撃を、上体を逸らすスウェーバックで回避してみせる。

そして刃がレイレイさんを通り過ぎた直後に上体を戻し、俺との距離を詰める。

走り去ろうとするシルバーにさえ追いつく、一瞬の踏み込み。

それがスキルによるものか、自力によるものかは分からない。

どちらにしても、俺はレイレイさんの放つ致命の毒手の間合いに捉えられた。

「♪~」

そしてレイレイさんが高らかに歌い上げながら毒手を俺へと突き出し、

「――《カウンター・アブソープション》!」

――黒旗斧槍から人型へと戻ったネメシスが、光の壁を展開する。

光の壁は毒手を受け止め、一瞬だがレイレイさんの動きが止まる。

「今ッ……!」

その間隙に俺は左腕を頭上に掲げて、《瞬間装備》を発動させる。

そうして俺の左手に掴まれたのは――刃を布に巻かれた無銘の斧。

この斧の一撃ならばレイレイさんを倒しうるという予感があった。

一度振るえば腕が吹き飛ぶとしても、ただ一度振り下ろすだけならば可能ということ。

「♪~」

レイレイさんは歌を止めなかったが、その目が僅かに見開かれる。

「ハァ……!」

そして俺は、レイレイさん目掛けて斧を振り下ろし、

――数センチ斧を振った時点で、異常を覚えた。

――それは、何かが左手から俺の全身に伝わるような感触。

「――――」

その感触の直後――俺の身体は 消し飛んだ(・・・・・) 。

スパーリングでの右腕と同じようで、 それよりも(・・・・・) 遥かに大きく(・・・・・・) 。

全身が(・・・) 粉々に(・・・) 弾け飛んでいた(・・・・・・・) 。

自分が砕け散る感触と共に……意識は暗転した。

次に気がついたときには、舞台の結界は解けていた。

結界外の時計の秒針が半周もしないうちに、全ては終わっていた。

俺の参加した、“トーナメント”初日。

結果は……二回戦敗退だった。

To be continued