軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五話 最後の一服

□【聖騎士】レイ・スターリング

「……はぁ」

二回戦が終わってから、俺は本拠地の第八闘技場に戻っていた。

朝のように舞台に背を預けて……流れる雲を眺めている。

『キシャー(元気……ない?)』

仰向けになった俺の額にチビガルが座り、ペシペシと顔を叩きながらそんなことを訊ねてきた。

「……正直に言えば、元気はない」

『キシャー(……そう)』

試合の後、レイレイさんは「楽しかったよー」と変わらぬ様子で俺に声をかけてくれた。

それが完敗した俺への気遣いだったのか、本当に楽しかったのかはレイレイさんにしか分からない。

ただ、このまま勝ち残って<UBM>と戦う段になったら、俺を含めたクランのメンバーを誘うとも言っていた。

レイレイさん本人は「ダメかもしれないけど頑張ってみるよー」と言っていたが、きっと勝ち残れるだろう。

だから、クランにとってはそれで良かったのかもしれない。応援に来てくれたみんなにも、俺ではなくレイレイさんを応援してもらうようにも告げている。

ただ、クランとしての結果とは別に……俺自身について思うところもある。

「…………」

レイレイさんが……<超級>が相手とはいえ何もできずに負けた。

はっきり言って、ショックは大きい。

負けたことは何回もある。模擬戦も含めれば数限りない。

だが今回はマリーに初めて負けたときや、<月世の会>の本拠地で女化生先輩にあしらわれたときよりも、胸が重い。

それはきっと、俺が『自分は強くなった』と思っていたから。

ネメシスの進化、シルバーへの騎乗、特典武具の装備、地力の向上。

そして、潜り抜けてきた数々の経験。

前よりも戦えるようにはなったのだと思っていたからこそ、今回手も足も出ずに負けたことが響いている。

ネメシスも同じらしく、今は紋章の中に籠ってしまっている。

それでも……。

『キシャー(……心折れた?)』

「…………」

頭上のチビガルに続いてそう問われるまでもなく……気づいている。

今の自分を、敗戦のショックを受けた自分自身の心を顧みて……分かっている。

これは立ち上がれない類の痛みではない。

「……折れてない。少し曲がっただけだ」

より強くなるための痛みなのだと、理解している。

完敗のショックは大きくても、まだ折れちゃいない。

完敗はしたが、得るものがなかった訳でもない。

『これでやっていける』と、自分の強さや手札に満足するには……俺が未熟に過ぎただけのこと。

完敗したからこそ、改めて強くなる余地が明白に見えてくる。

それに気づけば、起き上がる気力もすぐに湧いてくる。

「……曲がったのなら、叩き直さねばなるまい」

その言葉と共に、紋章の中からネメシスが現れた。

どうやら、考えは同じらしい。

「ああ。決勝が終わる夜まではまだ時間がある。それまでに、少しでも鍛えておこう」

「うむ!」

恐らく、初日の“トーナメント”はレイレイさんが優勝する。

珠の<UBM>との戦闘は戦う権利を持っている者がその都度に希望日を選べる。

だが、レイレイさんはスケジュールが空いていないので、決勝が終わればすぐに戦うことになるだろう。

レイレイさんを差し置いてMVPになれるとは思っていない。

けれど、<UBM>という強敵を相手に経験を積むことはできるはずだ。

「<UBM>との戦いに備えてレベル上げだな。……こいつについて確認したいこともあるけど、それは時間がかかりそうだからまた今度か」

俺はアイテムボックスから一本の武器……無銘の斧を取り出した。

それを見て、ネメシスがギョッとのけ反った。

「んな⁉ レイ! こやつをまだ使うつもりなのか⁉ 木っ端微塵だったではないか!」

ネメシスは、なぜかとても憤慨していた。

「最後の一手、よりにもよってあそこで御主の全身を吹っ飛ばしたのだぞ!」

どうやら、レイレイさんとの決着の仕方がよほどネメシスにとって……武器でもある彼女にとってお気に召さなかったらしい。

報酬選びの時といい、少女であると同時に武器としての基準も彼女の中にあるのだろう。

「だがな、ネメシス。あれはこいつが悪い訳じゃないんだぞ?」

たしかにネメシスの言う通り、レイレイさんとの試合の最後は俺の自爆であり、原因はコイツを使ったことだ。

だがあのとき……自爆したお陰で掴めたこともある。

模擬戦では片腕が吹き飛び、“トーナメント”では 全身(・・) が消し飛んだ。

その違いがどこにあるかが……レイレイさんと戦ったおかげで少し見えた。

腕や全身を消し飛ばした反動は、単純な物理ダメージじゃない。

だからこそ、レイレイさんの耐性ダウンスキルの影響を受けて、効果が拡大していた。

一瞬で俺の全身を駆け抜けた力が何だったのかは分からないけど、これは一つの端緒だ。

こいつの効果に合った耐性装備、【黒纏套】の《光吸収》のように特定の効果への耐性を付与する装備があれば……こいつを振るうことができるようになるかもしれない。

「こいつは理不尽な代物じゃない。ちゃんと、こいつなりのルールがあって起きた結果があれだっただけだ」

「むぅ……」

こいつの反動が何によるものかの検証は、本拠地の結界内で行える。

希少な各種耐性装備を揃えるのは難儀するだろうし、検証にも時間がかかるだろうが、その切っ掛けは掴めた。

「……しかし、だぞ。それがレイレイのスキル関係なく、こやつが機嫌悪くして反動増やしただけだったらどうするのだ?」

「…………」

……その線もあるのか。

いや、ない……よな?

今朝方に話しかけまくったけど、それで機嫌悪くしてるとかない……はずだ。

「大丈夫、だよな?」

尋ねてみるが……当然の如く斧からの答えはなかった。

「……まぁ、こやつのことはよい。それよりレベル上げはどこでするのだ? 最近のギデオン近郊は人が多いので狩りに向かぬぞ」

「ああ、その問題があったか」

“トーナメント”の影響で多くの<マスター>がギデオンに集まっている。

明日以降の“トーナメント”に出場する者も多く、レベル上げや調整のためにギデオン周辺のモンスターが手当たり次第に狩られているという話を聞くほどだ。

人の多い狩場に行くのも変に注目されそうで気が引けるので避けよう。

「それに人がいる場所だと《地獄瘴気》が使えないからな」

『キシャー(便利だから……ね)』

「……瘴気使用が前提になりすぎているのもどうかと思うがのぅ」

さて、そんな訳でレベル上げをするならば人が少ないところで、なおかつ俺の適正レベルの狩場でなければいけない。

なおかつ、夜までには戻って来られるくらいの距離だ。

そんな都合の良い場所があるかといえば、ある。

「あるのか?」

「兄貴から聞いた場所だよ。シルバーを全速で飛ばして南に一時間くらいのところに、俺がソロでやるのに丁度いい狩場があるらしい。王国の領土の中でも最南端で、昔はレジェンダリアとの緩衝地帯だったんだってさ」

何でも強力な<UBM>に支配されていた地域で、兄貴が誰かと一緒にそいつを倒してからは王国に取り込まれたそうだ。

「道がほとんど通ってない山奥だけど、シルバーで飛んでくなら関係ない。それに天竜の生息地である<境界山脈>とは真逆だから、飛んでても天竜にはほとんど遭遇しないし。地上で何かあってもいざとなれば飛んで逃げられる。丁度いいだろ?」

「なるほど。たしかに丁度いいのぅ」

「ルークも前はそこでレベル上げしてたんだってさ」

「……同時期に始めたというのに、あやつとのレベル差も大分開いたのぅ」

元々ルークのレベルアップのペースは速かったのだが、俺が大学の授業で平日のログインが激減している間にさらに加速していたようだ。

「本人だけでなくお供の三匹も強くなったしな」

そろそろ純竜クラスになるんじゃないかって雰囲気らしい。

今のルークなら相手次第だが“トーナメント”を勝ち抜けそうだ。

試合だと《ユニオン・ジャック》の発動までの待機時間がネックか。試合前の騎乗やキャパシティ内モンスターの展開はセーフでも、スキルの使用準備は駄目らしいし。

『キシャー(今は人の心配よりも自分の鍛え直し……だよ?)』

「そうだな。んじゃ、行くか」

「うむ」

そうして俺はシルバーを呼び出して跨り、ネメシスはいつかのように後ろに、チビガルも頭の上に乗った。

……ネメシスはともかくチビガルは落ちないか心配になるな。

ともあれ、そうして俺達は気を取り直し、レベル上げのために南へと向かう。

かつて【螺神盤】という<UBM>の縄張りだったという、元国境地帯へと。

◆◆◆

■“監獄”

“監獄”。

法に背く罪を犯した上でデスペナルティとなった<マスター>が送られる最後の地であるここは今、死の空間と化していた。

三日前から<超級>……【疫病王】キャンディのレシェフが放出した致死性のウィルスが散布され、収監された囚人のほぼ全てが死亡している。

ログインすれば致死性のウィルスに感染し、内部時間の三日間のデスペナルティを受ける理不尽な領域。

さらに少数の生き残りも、ウィルスの対象外に設定された<超級>……ガーベラによって鏖殺されている。

そうして、二日三日と続いた虐殺によって、今はもう<超級>達以外は誰もおらず、デスペナルティによってログインすることさえできない。

それらは全て、今日この日のため。

ゼクスが計画した<IF>メンバーの脱獄計画。

その前準備として、他の<マスター>という不確定要素を省くために行ったことだ。

だが、前準備は既に完了した。

あと一時間もすれば……“脱獄”は実行されるだろう。

「ふー。ここで美味しいコーヒー飲むのも今日が最後なのネ」

「そうねー……。でもオーナーのコーヒーは今後も飲めるからいいわー……。あ、オーナー。このイルカのグラスもちゃんと持って行ってね」

ゼクス達の拠点であった喫茶店<ダイス>のカウンター席で、キャンディとガーベラが“監獄”最後のコーヒーを味わいながら、思い思いの感想を述べる。

店内は片付けられ、引っ越し直前のような寂しい景色だ。

従業員兼ゼクスの所有物であるアプリル……【金剛石之抹殺者】もまた、既にアイテムボックスに仕舞われている。

「……四月の頭にここに落ちて、随分長くいた気もするけれど……まだ四月終わってないのよねー……。なんだか時間感覚狂うわー……」

三倍時間のためか、ガーベラの感覚的にはもうずっと“監獄”にいたような気がしていた。

それは隣のキャンディも同様だった。

「懐かしいのネ。お外で 経験値稼ぎ(・・・・・) してたら降ってわいた不審者グラサンにコロコロされて、じゃあ“監獄”でレベル上げしようとしたらゼッちゃんに邪魔されて、足デカ毒女……もといハッちゃんに踏みつぶされたのネ」

独身女性をもじった古いスラングを口にしながら、キャンディはしみじみと思い出を振り返っている。

ただ、そんなキャンディに対し、ゼクスが「そういえば」とある情報を教える。

「ハンニャさん。出所したらフィガロにプロポーズされたらしいですよ」

「ハァ⁉ ……マジなのネ?」

一瞬、あまりの衝撃にキャンディのキャラがブレた。

彼にとってはそれほどの衝撃である。

「はい。確かな伝手からの情報です」

「はー、びっくりなのネ……。お茶飲み友達だけど、あれは絶対ハッちゃんの一方通行勘違いだと思ってたのネ……」

「まぁ、当人達以外はみなさんそう思っていたと思いますよ?」

「人間関係って本当によく分からないのネ。GODにも分からないゾ♪」

なぜかウィンクとポーズをキメながらキャンディはそう言った。

ゼクスは特にそれに反応することもなく、いつも通り微笑んでいる。

「ハッちゃんも幸せそうで何よりなのネ。踏み潰された件は水に流してあげたから素直に祝福するゾ♪」

言及する時点で水に流していないし忘れてもいないが、ひとまずはキャンディもお祝い気分ではあるらしい。

「んーしかし、ハッちゃんが一足先に出て、これからキャンディちゃんと愉快な仲間達も出て行くけれど。……ここだけの話、その後の“監獄”ってどうなると思うのネ?」

「恐らく、中長期に渡って小勢力に分かれての小競り合いになりますね。それこそ、無法者の街になるのではないでしょうか?」

ゼクス達、<超級>の存在は重石であった。

この“監獄”に押し込められ、デンドロの楽しみ方が限定された囚人達であるが、絶対に敵わない相手に目をつけられるのが怖くて抑えていた節はある。(中には純粋にゼクス達の舎弟気分だった常連客もいるだろうが)

それがいなくなれば、恐らくは闘争という形で遊び始めるだろう。

「……あの引きこもりは?」

「フウタくんですか? 彼はまだ動かないでしょう」

「結局、あいつは何が楽しくてデンドロにログインしてるのネ? ずっと隅っこの穴倉に閉じこもってるだけなのネ。なんでかウィルスも届かないから困っちゃうゾ」

「彼は我々の邪魔はしないでしょうから問題ありません。今の彼は、『何もしない』をしているのです」

ゼクスやキャンディが“監獄”に来た時点で、フウタはずっとそこにいた。

一つのダンジョンに居座り、かといってレベルを上げている訳でもない。

なにせ、彼はジョブに就いていない。

さらに言えばアイテムも集めていないし、他者と交流することもない。

ゲームを楽しむという行為の一切を拒み、彼はずっとそこにいた。

「何もしないならリアルの方がマシだと思うのネ」

「彼は準備が整うのを待っているんですよ」

「準備?」

「時間は彼のアポカリプスの味方ですから。少しずつ“監獄”を構成するリソースを侵食して、溜め込んで、最終的に独力で“監獄”を食い破るでしょうね」

それを聞いて、キャンディは眉を顰める。

まるで悪質な病のようだが、しかしそれこそはキャンディの専売特許のはずだからだ。

「……それで? 引きこもっている奴が、外に出て何をする気なのネ?」

「この私も彼とそこまで長く話したことはありませんからね。ただ、以前呟いた言葉は覚えています」

ゼクスはかつて、フウタを何度か<IF>に誘い、断られ、それ以外にも交流を持とうとして、拒絶された。

しかしそんな関わりであっても、恐らくはこの“監獄”で彼と最も触れ合った<マスター>はゼクスである。

だからこそ、ゼクスは彼の呟きを聞いていた。

「 お父さんのために(・・・・・・・・) 、だそうです」

「……お父さん?」

その言葉は、キャンディにはよく分からなかった。

「引きこもりと脱獄がパピーのためっていよいよ訳が分からないのネ。ハッちゃんの人間関係より分からないゾ♪」

「そうですね。きっと、余人に理解できない思いがそこにあるのだと思います」

過去に自分だけの動機で動いたことがある男は、そう呟いて……一息つくように自身の淹れたコーヒーを啜った。

「さて、そのような事情もあり、フウタくんは今後の“監獄”の情勢には関わらないでしょう。今後の“監獄”は、以前ここにいらっしゃった餓鬼道さんのような準<超級>の方々や、あるいは狡知に長けた方が 陣取り合戦(・・・・・) で遊ぶ場所になるでしょうね」

「それもちょっと楽しそうなのネ」

キャンディはそう言うが、そうした争いができるのは“監獄”自体を滅ぼせるキャンディがいないからこそである。

実際、彼がその気になれば今のように“監獄”は死の街と化してしまう。

「そういえば、出てった後にこのお店はどうするのネ?」

「お店の方は“監獄”のどなたかにお譲りすることにします。私達がここから去った後、最初にこの店を訪れた人に所有権が移ります」

「そいつは運が良いのネ。……?」

そこで、キャンディは首をかしげる。

普段なら『……ここって事故物件みたいなものだから、運が良いって言うのかしらねー……。曲がりなりにもオーナーの後釜ってことで権利狙われそうだしー……』とマイナス思考の意見をガーベラが述べるタイミングだ。

だが、そのガーベラの姿がないことに……ようやく気づいたのである。

(ガッちゃんって いつから(・・・・) いなかったのネ?)

最初は自分達と最後の一杯を味わっていたはずだが、今は彼女のお気に入りだったイルカのグラスだけがそこに残っていた。

驚くほど自然に消失しており、スキルの緩急は以前の比ではない。

自己評価は著しく低くなってしまったガーベラだが、その実力は反比例している。

ここに来る前とは比較にならない。自己評価が低く、慎重で少し臆病になったからこそ……彼女のスタイルは完成した。

そういう意味では彼女を“監獄”に落としたシュウと、明らかな格下でありながら彼女の鼻っ柱を圧し折ったルークに対し、ゼクスは感謝している。

(ガーベラさんも準備を進めてくれているようですね)

お陰で、まず確実に今回の脱獄は成功するのだから。

「さて、それではコーヒーも飲み終わったことですし……そろそろ始めましょうか」

三人分のグラスを洗浄し、仕舞いながら、ゼクスはキャンディに……そしてどこかでここを注視しているだろう“監獄”の管理者に始まりを告げる。

既に確定事項のように述べ続けた、一つの行動。

「今から脱獄します」

即ち――<無限エンブリオ>によって封じ込められた鳥籠からの脱出である。

To be continued