軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

踊りたいんだと思う

「ふ~ん。ふん」

鼻歌を奏でながらその人は、朱色の髪をなびかせ井戸の中に放り込んだ木桶を縄を引いて引き上げる。

引き上げた木桶を地面に置いて額に浮かぶ汗を拭う。

「で、ノイエ」

「はい」

「そこで見てて面白いの?」

呆れつつも女性……レニーラは、ノイエと呼んだ少女を見る。

金色の髪をサラサラとなびかせる少女は人形のように愛くるしい。少女を愛でたくて喧嘩が起こるほどだ。

「面白い?」

「こっちが聞いてるのに聞き返さないの」

呆れながらも木桶の中身を桶へと移す。

貴重な替えの服を洗い干しておきたい。そう思いレニーラは朝から洗濯の準備をしていた。

『ついでにやっといて』と何人かに声をかけられ『何か面倒があった時は身代わり宜しく』と言っては引き受ける。

あくまで引き受けるうえでの挨拶のような物だ。

レニーラには洗濯ぐらいしかすることが無い。

魔力も少なく魔法も使えない。武器を持って戦った経験もない。なのにこんな化け物だらけの施設の中に放り込まれ……自分自身も場違いを感じていた。

だから雑用を引き受ける。そうでもして暇を潰さないと一日が長いからだ。

「お姉ちゃん」

「レニーラよ」

「……お姉ちゃん」

覚える気が無いのか覚えられないのか、ノイエは個人名を口にすることはほとんどない。

現在確認できているのは実の姉らしい『ノーフェ』と現在の保護者となっている『カミュー』ぐらいだ。

「それで何かな?」

素足となって桶の中に入り、中の布を踏んで洗う。

洗剤の類が無いから水洗いしか出来ないけれど、それでもしっかり洗えば十分綺麗になる。

軽い足取りで布を踏むレニーラにノイエは小さく首を傾げる。

「お姉ちゃん」

「ん?」

「どうして踊らないの?」

クリっとした真っ直ぐな目がレニーラを見る。

「今踊ってるよ」

「……」

ザブザブと布を踏んでいる様子は踊りには見えない。

『お姉ちゃん』に聞いた話では彼女の踊りは物凄く綺麗らしい。今見ているのは綺麗では無い。綺麗にしてはいるけれど。

「お姉ちゃんの踊りは凄くきれいだって」

「勘違いじゃないかな~。私の踊りなんてそんな綺麗じゃないよ」

ザブザブと足を動かしレニーラは洗濯を終える。

洗った物を絞り、抱えて干場へと移動する。縄を木の間に張っただけの干場に洗濯物を引っ掻け、木製のクリップで落ちないように固定しておく。

あとは使った木桶を片付けて……と視線を向けたレニーラはそれを見て呆れる。

何故かノイエが木桶の中に入ってザブザブと足を動かしていた。

「何してるのよ? カミューに怒られるでしょう?」

ノイエがではなく自分がと言う意味でだ。

「踊れてる?」

「……」

ザブザブと足を動かしているだけのノイエの動きは踊りとは程遠い。

「見る人によってはね」

「お姉ちゃんが見たら?」

「……まだまだね」

それどころか評価する部分も無い。

ノイエは自分がやっていたようにただ桶の中で足を動かしているだけ。それを踊りなどと呼ぶのは何かを冒とくしているかのような行為だ。

「でもお姉ちゃんがこうしてたよ?」

「……なら踊りじゃないんでしょうね」

足踏みでしかない行為を踊りなんて呼んでいいわけが無い。

「なら踊って」

足を止めてクリっとした目でノイエはレニーラを見る。

純粋で穢れを知らない真っ直ぐな目に……レニーラは視線を背けた。耐えられなかった。

「踊れないのよ」

「どうして?」

「……もう踊らないと決めたから」

処刑台を駆け上った時にそう決めたのだ。

もう踊らないと。自分が愛していた踊りを冒とくした自分への戒めとして。

「どうして?」

ただ理解出来ないノイエの質問は真っすぐで直球だ。

「私は大切な物を自分で汚したのよ」

そっとノイエの頭を撫でて……レニーラは顔を空へと向けた。

「大切な物をね」

空を見ていないと涙がこぼれ落ちてしまいそうだったからだ。

「どうしたノイエ?」

「……」

日が沈み寝床として使っている場所に来たカミューは、先に戻っていた少女の様子に気づいた。

壁に背を預けて膝を抱いて座っているのだ。

また何処かで余計なことに首を突っ込んだのだと……何度目か忘れるほどの経験からそれを察した。

「今度は誰に何を言った?」

「……」

チラリと視線を向けて来る少女に苦笑し、カミューは隣りに座る。

こちらの様子に気づいている者も居るが、大半が背を向けてくれる。

好奇心で視線でも向けようならカミューが首根っこを掴んで引き摺って行き、外で教育を施されるのが分かっているからだ。

「踊りを見たい」

「……レニーラか」

切っ掛けとしては十分だ。

舞姫と呼ばれていたレニーラはその踊りで人の命を奪ったらしい。

自分が大切にしていたもので人殺しをした彼女の心に負った傷は計り知れない。何より彼女は一般人だ。人殺しとは無縁の場所で生きていたのだから。

「どうして踊らないの?」

「自分でそう決めたからだ」

「どうして?」

隣に座るノイエは姉を見上げて素直に問う。

「ならどうしたらノイエはレニーラが踊ると思う?」

「……」

静かな姉の質問にノイエはクリっとした目を向け直す。

「お姉ちゃんが踊りたいと思ったら?」

「……」

「きっとお姉ちゃんは踊りたいんだと思う」

キュッと両手を自分の膝の上で握りノイエは断言する。

本当に不思議な娘だとカミューは思う。

この子は人とは違う何かを見ている。

自分とは違う目を持っていて、それで人の本質を見ているのだ。

《それか純粋過ぎて疑うことを知らないんだろうな》

だったらこんな風にノイエを育てた彼女の本当の姉は凄いと思う。

《私に務まるのか? この子の姉が?》

苦笑しカミューはノイエを抱いて横になる。

きっと明日もこの少女は疲れる果てるまで暴走するに違いないから……早く休ませてやりたくなったのだ。

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