軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

追憶 カミュー ⑨

「王妃様」

「おはようカミュー」

少し寂しげに笑う王妃ラインリアの元気は無い。

息子である第二王子とその婚約者候補と言われている娘が最前線へと向かっているのだ。

もうここ数年ユニバンス王国は隣国の大国に攻寄られジリ貧状態である。

前線では動員された若者たちが多く死にその事実を王妃も国王も悲しんでいる。

何より今年はまだ可愛がっている姪も挨拶に来ていない。

立場上容易に来れないらしいグローディア姫をラインリアはとても可愛がっている。そして傍から見ても分かるようにグローディアも王妃のことを『リア母様』と呼んで慕っている。

踏み込んではいけないと分かるがきっと姫は実母に甘えることが出来ないのであろう。

暗殺者であった今の自分の方がどれ程気が楽か分かったものでは無い。

「今日はどのようにお過ごしに?」

「ん~。少し体が重いから部屋でゆっくり過ごすわ」

「分かりました」

主人の言葉を承り、カミューは暖炉の火加減を確認し飲み物などの準備もする。

菓子は薄味の焼き菓子程度しかない。

贅沢をせずに孤児たちに少しでも食べ物を回すのもラインリアの日常だ。

それだけに最近特に痩せて来たような気がして不安になる。

食べる食べないの問題では無く、弱々しくなっている姿が怖いのだ。

「ねえカミュー」

「はい」

向けられる笑顔はいつもと変わらずに優しい。

だが目の下にうっすらと浮かぶ隈は隠せていない。

「後で少しだけ中庭に案内してくれるかしら?」

「分かりました。声をかけて貰えればっ」

ゾクッとカミューは自身の背筋に冷たい氷でも押し込まれた感覚に陥った。

不意に息が詰まり、足は膝から崩れてどうにか腕を伸ばして体は倒さない。

全身が激しく震える。必死に自分を保とうとしてそれを聞いた。

『……』

甘い声だった。脳を溶かすかのように甘く響いた。

だがカミューは耐えた。声を拒絶した。自分が求めるモノはもう何も無い。

願いはただ1つだけなのだから。

「あがっ……あはっ」

隠れているラインリアの専属護衛の1人が頭を抱えて姿を現す。

カミューはそれを見て理解した。

自分は耐えたが、その護衛は耐えられなかったと理解した。

「あはは……あはっ」

笑いながら護衛は短剣を抜く。

膝が震えまだ立てないカミューに替わり、隠れている護衛全員が動いた。

迷うことなく狂った護衛を始末しようとして……飛びかかった全員が狩り取られた。

「くふっ……あはははは……」

笑い続ける護衛は幸せそうな笑みを顔に浮かべている。

カミューは分かっていた。自分も聞いたのだから。

ガリッと唇の端を噛んで意識を覚醒させると、カミューは震える足で踏んだり立ち上がった。

自分がやらなければ護りたい人を喪ってしまうと分かっていたから。

《厄介ですね》

短剣を振るうスィークは、最小の動作で回避した少女の動きに内心で悪態を吐いた。

中庭で遊んでいた子供たちの1人が突然苦しみ出し、そして恍惚とした笑みを浮かべて笑い出したのだ。

楽し気に楽し気に……まるで願っていた宝物を手に入れたかのように満面の笑みで。

そして狂った。

近くに居た少年の頭を掴んでゴリッと回す。

放った手刀が傍に居た少女の首の骨を砕く。

始末するには十分な理由だった。だからスィークは本気で挑み、まだ始末しきれていない。

相手と間合いを取りよくよく観察する。

引き攣ったように笑う少女は、あの娘ほどでは無いが才能を秘めていると、スィークは認識していた。出来たら密偵などでは無く、もう少し高度な鍛練を施し一段階上の存在にさせるのも悪くないと思うほどのだ。

それだけに惜しくもあり厄介でもあった。

狂っているが相手は、たぶん実力の全てを発揮しているのだから。

《魔法か術式かそれとも薬か……何にせよ、この場を汚すことは許せませんね》

フッと息を吐いてスィークは、メイドであることを一時的に忘れた。

「いい加減に死にな。餓鬼がっ!」

暗殺者にして最強の警護人であるユニバンスの化け物が、少女に向かい襲いかかった。

メイド長と時同じくしてカミューもまたピンチを迎えていた。

「くっ!」

右肩に受けた痛みに顔をしかめながらも、彼女は決して標的から視線を外さない。

随分と現役から遠ざかり衰えを感じてもいたが、それでも自分の四肢は思い通りに動いてくれた。

そもそも動いてくれなければ、メイド長や王妃様の無理や我が儘を叶えることなど不可能でもあったが。

今だけはそんな人たちに感謝しつつも、カミューは久しぶりに自分の両の拳に魔法を使う。

『鉄拳』

それがカミューが普段から使う魔法だ。

強化系の魔法でとにかく拳を硬くして武器にも盾にも使う。後は魔眼を使えば相手の魔法など見極めも簡単だ。問題は相手が魔法使いでは無いぐらいだが。

《魔法も無しでこんなに動けるとかおかしいでしょうがっ!》

心の中で悲鳴を上げながら、カミューは必死に防戦する。

問題は頼りの綱のメイド長がまだ来ないことだ。

最初は自分の手でと考えていたが、相手が強すぎる。今を凌ぐので精いっぱいなのだ。

「速く来いっ! あの婆っ!」

本心を口にし拳を振るう。

何より蹲ったまま動かない王妃が心配だ。

「動くなっ!」

焦りが隙を産んでカミューは傷を得る。それでも決して折れずに彼女は拳を振るう。

自分が護ると決めた人が目の前に居るのだから。

と、相手が棒立ちになった。

誘いかもしれないと思いながらもカミューは覚悟を決めて拳を振るう。

放った左の拳が相手の腹を貫いた。

《何で?》

あれほど当たらなかった攻撃が容易く当たった。

「……殺して」

ポツリと聞こえて来た言葉にカミューは理解した。

僅かに視線を向けると、受けた攻撃により顔を伏せていた相手が顔を上げ……彼女はその目に涙を浮かべていた。悲しそうな顔で。

「ええ。分かったわ」

振りかぶった右の拳で相手の胸を打つ。

手ごたえは十分だった。

拳の襲撃で相手は吹き飛び、数度床を跳ねると動きを止めた。

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