作品タイトル不明
追憶 リグ 結
「先生?」
「……リグか。どうした?」
「ごはん」
「そうか。分かった」
今日も一室で力無く椅子に座る"父さん"は元気が無い。
たぶん気づいてしまったのだ。ボクの父親も同様に……治癒魔法に挑む人は結局最後にそれにぶつかる。
治癒魔法が不可能魔法と呼ばれる理由だ。
アイルに聞いたら彼女は苦笑しながら教えてくれた。
『あの魔法には終わりが無いのよ』
いつものように部屋を掃除してベッドでお菓子を食べていたら、彼女も疲れた様子で帰って来た。
色々と王国からの依頼が多くて大変らしい。なのでミローテなんて屋敷に戻らず女子寮に部屋を借りてアイルの手伝いをしている。
術式の魔女と呼ばれる彼女だって無理をすればすり減るのに。
ベッドに倒れ込んだ彼女の横に転がり、何となく聞いた話がそれだった。
『治癒ってどこまでのことを言うか分かる? 傷を治すのだってそう。切断された腕をくっ付けるのだってそう。たぶん究極は死者を生き返らせることだってそうなるわ』
『蘇生は絶対に出来ないって?』
『そうよ。だから治癒魔法に挑む人たちは最後に壁にぶつかる。絶望と言う名の壁に』
父さんがぶつかってしまった壁がそれだ。
『どうしたら越えられるの?』
『新しい魔法を見つけるか……』
穏やかな目でアイルは笑うとボクの頭を撫でた。
『別の方法でそれに近いことが出来ると気づけば……』
その時は彼女の言葉の意味が解らなかった。
でも今なら分かる。
父さんは魔法を、治癒魔法を捨てて治療に取り組めばもっとたくさんの人を救えるのだ。
元気を無くした父さんだけれどもそれを許さない人が居た。妹のレティーシャさんだ。
彼女は父さんの勧めで王都に来て治療院を開いている。旦那さんと2人で小さな建物で多くの人の治療をしているのだ。
戦時中と言うこともあり治療できる人は前線へと引っ張られて行くのだけど、父さんたちが王都に残れるのは何でも父さんが王妃様の命を救ったお陰だとか。
日々の言動が怪しいから誰も信じてないけど。
ボクも父さんと一緒に治療院で手伝いをする。
基本裏方で、後はレティーシャさんの一人娘、ナーファの相手だ。
ナーファは本当に可愛くて手の掛からない良い子だ。だからつい添い寝のはずが居眠りをしてレティーシャさんに怒られてしまう。
だからあの日はいつも通り普通に過ごしていた。
父さんは少なくなった薬草を取りに学院に行き、ボクは治療院で掃除をしていた。
不意にゾクッと全身が震え、ボクは気付いた。
誰かが甘い言葉を囁くのを。そしてボクの何かを覗くのを。
『……』
甘い甘い言葉にボクの記憶はそこで途切れた。
学院を出てしばらくして、キルイーツは辺りの様子が違うことに気づいた。
新年だからバカ騒ぎでもしているのかと最初は思い、血生臭い様子から敵襲を疑う。
必死に足を動かし治療院へと急ぐと断片的に理解した。
どうやら年頃の子供たちが暴れているらしい。それも凄い力でだ。
事実を知ると不意に言いようの無い不安に狩られた。
年頃の娘……思うとどうしても自分の養女の顔が浮かぶ。
あの子は優しい子だ。
不安を振り払うようにキルイーツは足を動かす。
どんなに不幸でもあの子は我慢した。自分で全てを受け止めて。
いつも笑い、何処か寝ぼけた表情が可愛らしいと周りからも愛されていた。
そんな娘が人を襲う訳が無い。彼女ほど痛みを知る娘は居ないのだから。
駆け込んだ治療院は静かだった。余りにも静かで無人にすら思えた。
そんな訳は無い。入院している者もいるし、何より休みなく働く妹夫婦が居る。
いつも笑い声が溢れるこの治療院が静かになるのは、人々が寝静まる時間帯だけなのだ。
「誰かっ! 誰か居らんのかっ!」
声を上げキルイーツは手近なドアを開けた。
真っ赤に染まっていた。ベッドが……寝ていた患者が作りだしたのであろう血液によって。
慌てて移動し全てのドアを開いて回る。
「ああ……」
診察室を開いた時にキルイーツは膝から崩れた。
妻を庇うように抱き締める夫。夫に庇われている妹……その2人の顔からは血の気を感じない。
血液を失い命尽きている様子がひと目で分かったのだ。
「どうして……なぜっ!」
激しく拳で床を叩きキルイーツは吠えた。
行き場の無い衝動が彼を突き動かした。
何度も何度も床を叩いて……彼は気付いた。娘と姪はどこに?
震える足を叩いて立ち上がると、それに気づいた。
妹が何かを抱きしめて居ることを。
近寄り確認すれば……幼い姪が目を閉じてスヤスヤと寝ていた。
母に抱かれ安堵した様子で柔らかな表情をしてだ。
自然とキルイーツの口から安堵の息がこぼれた。
姪が無事だったのが素直に嬉しかった。
と、同時に強い不安を覚える。娘はどこに居る?
妹の手から姪を抱き寄せようとして彼は手を止めた。背後に人の気配を感じたのだ。
振り返り……キルイーツは全てを理解した。
口元を真っ赤に染めた娘が居た。焦点も定まらない目で自分を見ていた。
「そうか。リグよ」
ゆっくりと振り返り彼は両腕を広げる。
背後には妹夫婦が必死に護った存在がある。
「来るが良い。リグよ」
「うっ……あっ」
古文書に残る生きる屍のような動きで近づいて来たリグは、迷うことなく彼の首に噛みついた。
その歯が皮膚を破る感触を得ながらも……キルイーツは自分の娘を抱きしめ全力で魔法を行使する。
腕を、両の腕をくっ付けて娘を離さないと決めたのだ。
「案ずるなリグよ。これ以上お前を、お前に人を殺させない」
きつく抱き締めキルイーツは娘の耳元に口を寄せる。
「ダメな父親の最後の仕事だ。お前は気が済むまで私を噛むが良い」
噛まれ生き血を啜られる感触から痛みが薄れる。
段々と眠くなっていく中でキルイーツはそれを聞いた気がした。
『死なないで。父さん』と。
首に傷を負い生死の境をさまよったキルイーツが目覚めたのは、それから数十日後のことだった。
目覚めた彼は姪と娘の無事を訪ね……姪の無事に知り安堵した。そして娘の処遇を聞いて絶望した。
彼女は、リグは……全ての罪を認めて処刑台送りになっていたのだ。
キルイーツがどれ程娘の無実を証言しても、彼女の刑は実行されていたのだから。
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