軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

長年培った業を見せてやろう

「そこで片膝を折って、左足です」

「はい」

「後は少し俯けば良いんです」

「はい」

何故か白い糸の塊を鼻の下に付けられたルッテは、踏ん反り返っているようにと命じられていた。

自分の前ではノイエ小隊の隊長であるノイエが、陛下の前での最低限の礼儀を叩きこまれている。

仕事の合間に教え出して早10日。

最初の頃は彼女が少しでも覚えた様子は無かった。それでも根気よく教え続けた結果、どうにか片膝を着いて俯くことを覚えたのだ。

「壮絶な何かを見た気がするね~」

「って、これって本来貴女の仕事でしょう? ミシュ」

「あれだよ~。教える人は複数じゃなくて1人が良いの。複数だと微妙に何かが違うから覚える方が混乱するのよ~」

「そう言い訳して仕事を怠けてるのね」

「緊急回避~」

同僚の背後でわさわさと危ない影が蠢いたので、ミシュは全力で逃げ出した。

国王陛下役を終えたルッテは、片膝を着いたままで動きを止めている隊長を見る。

《隊長って普段何を考えてるのかな?》

たぶん何も考えていないのだろうけど、不意にそんなことを考えてしまう。

鼻の下の糸を取って、ルッテは調理したままで置かれている鍋へと向かい料理を深皿に移す。

今日は肉多めの野菜スープだ。野菜を避けて肉を多めで深皿に盛った。

「隊長。ご飯っ」

「はい」

振り返った先にノイエが居た。

その距離は肌がくっつきそうなほどまで接近してて驚いたルッテが転びそうになったが、ノイエが手を伸ばし深皿を死守する。結果としてルッテは地面を転がったが。

喧嘩と言うか、ある意味で挨拶を終えたフレアとミシュは暢気な2人組に目を向けてため息を吐く。

「本当に陛下の前に隊長を連れて行くの?」

若干疲れ果てた表情で、フレアは同僚を見る。

ノイエを陛下の前に連れて行くことの脅威を国の重臣たちは知らない。

『出来ないなら覚えさせれば良い』と簡単に言うがそれが出来ればここまで困らないのだ。

痛いほどその気持ちを理解しているミシュは深く深く頷いた。

「馬鹿王子が説得して陛下が現場に来ることになったって」

「……現場に?」

「ここ」

ツンツンと指で地面を指してミシュは苦笑する。

思い切った計画であるが、思い切りが良すぎるとも言える。

今度会ったらあの王子に文句の1つでも言おうと決めて、フレアは深いため息を吐いた。

「問題が起きなければ良いけど」

「このように現状ノイエ小隊は活動しています」

「うむ。そうか」

初めてとなる国王陛下の施設訪問に、ノイエ小隊は隊長と見習い騎士を除いて全員が集まり整列していた。

珍しくちゃんと騎士の紋章を腰に下げているミシュなど貴重だ。それに気づいた部下たちなどは『副隊長って本当に騎士だったんですね?』と素直な感想を口にして追いかけっこが始まったほどだ。

部下にそう思われる上司に問題があるとも言えるけれど。

陛下の案内役を務めるのは直属の上司であるハーフレンだ。補佐としてフレアが彼の横に居る。

現状ノイエ小隊の最上位職となるミシュが隊を率いる形だ。

「ハーフレンよ」

「はい」

「噂に聞く見習いの娘は?」

陛下の問いかけにハーフレンは横に居る女性に目をやる。

上級貴族の令嬢であるフレアは、背筋を伸ばし綺麗な姿勢で彼の替わりに答える。

「失礼ながら申し上げます。隊長のノイエは現在任務中です。騎士見習いルッテは現在南部の調査の為にあの丸太小屋にて任務中です」

「うむ、そうか。一度その仕事を見てみたいのだが?」

「……」

陛下の言葉にフレアは沈黙する。彼女の視線を受けたハーフレンは苦笑いをする。

「陛下に申し上げます」

「何か?」

「ルッテはあの小屋で仕事をしている時は、決して覗かないと言うのがここの決まりです」

「それは何故か?」

「はい。彼女はその力を使うと体に高温を宿します。ですので服を脱ぐのです」

近衛団長の言葉を聞いて、国王ウイルモットは深く頷いた。

「覗くとどうなる?」

「はい。フレアの強化魔法を受けて弓の的にされます」

「無事に覗けた者は?」

「今だ1人として居りません」

「そうか」

ウイルモットは鷹揚に頷いた。

「では覗くか。儂が長年培った業を見せてやろう」

告げた陛下は信用の置ける護衛数名で覗きを敢行しようとし、ルッテの弓に脅される結果となった。

決まりは決まりと言うことで、ハーフレンは自分の父親に矢を射ると言う貴重な体験をすることとなったのである。

「隊長のノイエです」

「はい」

お昼休憩と言うことで戻って来たノイエを、ハーフレンが国王陛下に紹介する。

全身をドラゴンの返り血で濡らした白い少女の姿に、見慣れていない者は恐怖し慄く。

歴戦の雄であるウイルモットですらその表情を引き攣らせるほどだ。

突っ立ったままのノイエに気づいたフレアは小さく咳払いをした。

ビクッと反応したノイエは片膝を着いて軽く俯く。

「ノイエです。陛下」

「うむ」

臣下の礼云々よりその状態に恐怖する。

ウイルモットは全ての段取りをすっ飛ばし、今日やるべきことを口にした。

「ノイエよ」

「はい」

「お前と第三王子のアルグスタとの結婚を考えている。問題が無ければその様になろう。いつでも嫁げる用意をしておくようにな」

「はい」

他人事のように返事をしたノイエにウイルモットは苦笑した。

それから簡単な視察を済ませ、国王陛下御一同は逃げるように城へと戻るのだった。

ただ唯一……副隊長のミシュが涙ながらに地面を殴り続けていたとか。

(c) 2020 甲斐八雲