作品タイトル不明
一瞬であれが消えたら……?
相手がユニバンスで有数……と言うか『実は1番なのでは?』と言われているドラグナイト家夫妻だ。移動は馬車を借りエレイーナが御者をさせられたが、宿は1番良い部屋を借り、食事は良い物を片っ端から攻めていく。お零れに預かるエレイーナは、馬車に乗り上等な部屋に1人で泊まり食事も一緒に堪能した。
『人の噂は嘘だ。ドラグナイト夫妻は良い人たちだ』と、エレイーナはここ数日で考えを改めていた。
「あれがエルレッセ城だよね?」
「そうです」
目の前に広がる木々の向こう、高台と同化するように見えるのが件の城だ。城壁には蔦が絡まり、不気味さすら漂わせる共和国内ではそれなりに名の知れた場所だ。
「共和国で1番堅牢で普通に攻めたら長い時間の掛かる城だよね?」
「です。ただ現在は無人ですので攻めても意味は無いです。こうやって観光で見学に来る人も僅かですし」
「だよね~」
ホクホク顔で食事を堪能していたエレイーナは前に座る彼を見る。一緒に食事をする夫妻は、少し肌寒いが食堂の野外に置かれたテーブルに着いている。
妻であるノイエなど朝から3人前の料理を黙々と口に運び、夫であるアルグスタはその様子を笑顔で見つめお茶を楽しむ。
『実はこの2人は戦争とかは言い訳で、本当に観光に来ただけでは無いのか?』とエレイーナが思ってしまうほど穏やかな日々だ。
彼の口からサラリととんでもない発言が出るまでは。
「ならあの城が一瞬で消えたりしたら、共和国の人は驚くだろうね?」
「……んぐっ」
危うくパンが喉に詰まって窒息死しかけた。
今目の前に座る人物は何と言っただろうか? 一瞬であれが消えたら……?
「そんな訳でノイエと食後の散歩に行って来ます。ちょっとここでのんびりお茶でもしてて」
「……はい」
頷くしか返事のしようが無かった。
全身から気持ちの悪い汗をかきながらエレイーナは震えた。
たぶん冗談だと思いながら、宿の食堂から見える蔦が覆う城をずっと見つめ続ける。
変化はない。何も変化は……
ズンッ!
軽く地面が振動し、城が分解したかのように崩れ落ちた。
濛々と立ち昇る土煙に何も知らない人たちが集まり口々に何か言いながら指を指し慌てている。
エレイーナは別の理由で慌てていた。
本当に一瞬であの城が消えたのだ。
消えたと言うのには語弊がある。ただあの規模の城を一瞬で崩壊させるなんてあり得ない。
違った種類の震えでガクガクと体を揺らすエレイーナは、軽い足取りで戻って来る夫妻を見た。
「さてと……軽く食事をしたら次に行こうか? ここで見る物も無くなったしね」
「……」
ようやく理解した。エレイーナは理解した。
彼らは本気なのだ。本気でこの国と2人きりで戦争をする気なのだ。
「さあノイエ。食事が済んだら次に行こうね?」
「はい」
夫に甘える妻の様子は、何も知らない人が見ればごく普通の姿だろう。
誰があの城を一瞬で消した犯人だと思うものか?
凶悪な夫妻は、その妻は……ペロリと3人前の料理をまた平らげるのだった。
移動は馬車で進んで行く。
ただ地図で見るなら、ユニバンスに近い南部を無視して西部から攻略が始まった。
古城や使用していない砦などが一瞬で消えていく。どれも本当に一瞬で崩壊するのだ。
西部は帝国が合併して行った国々との争いで軍事拠点が多く、現在使用されている物もある。
ただそれらには手を出さず不使用の物ばかり破壊して行くのだ。
理由は分からないが、彼らは文字通り虱潰しに潰して行く。
5日で12か所を破壊したその夜……夕飯時に彼は笑顔で言った。
「次は予定通りに東部に行こうか。ボチボチ警戒され出したしね」
「……ですね」
各街に兵が配備され警戒が厳になって来た。
それでも破壊されているのが廃棄されている物だから取り締まる兵たちのやる気は感じられない。
エレイーナたちも何度か質問を受けたが、『若夫婦が観光で……』と言って小銭を渡すとそれ以上の追及は無い始末だ。
それでもこれ以上は危険と判断して東部への移動らしい。
「それで旦那様? 東部は本当に……」
「うん。共和国の食糧庫と言われている一大穀倉地帯を見てみたい」
食事をしている妻の頭を撫でながら彼はそう言って来る。
ただあの広大な土地に行って何をするのか……この人たちなら普通では無いことをするだろう。
「分かりました。明日から向かいます」
「宜しくね」
セルスウィン共和国中央都市
共和国は国家元首となった者が首都を定める。
新しく国家元首となったハルツェンは、自分の元に届いた報告書をビリビリと破り捨てた。
あのユニバンスの王子が妻と共にユニバンスの王都から消えたらしい。理由は共和国に対する復讐だとか。
勝手をしたマリスアンには兵を向けたがその屋敷は引き払った後であり足取りも掴めていない。
そして次に来たのが西部の廃墟が一瞬で崩壊し消滅して行くと言う報告だ。
誰がやっているのかは分かる。ユニバンスのあの2人だろう。だが意図が読めない。
「意見しろ」
「はっ。考えられるのは警告。自分たちなら一瞬で城を……たぶん街単位で地上から消すことが出来ると言う見せしめかと」
「他には?」
「「……」」
他の意見はない。軍部はどうやらその考えでまとまっているらしい。
ハルツェンは椅子に座り足を組んで……密偵の長に目を向けた。
「足取りは掴めているのか?」
「はい。姿を隠すことなく馬車で移動している模様です」
「なら兵を向けて捕らえよ。我が国に不当に入国している他国の要人だ。捕らえればこちらがあの国と優位に交渉できる」
クククと笑い彼は椅子から立ち上がると部下たちに対して軽く手を広げた。
「何より我が国には居ないドラゴンスレイヤーが手に入る貴重な機会だ。これを逃す手はない」
もう一度笑い彼は命じた。
「この2人を捕えて目の前に連れて来い。王子の方は、生きていれば手足が無くとも構わん」
冷徹に彼はそう告げた。
セルスウィン共和国西部某所
「旦那様?」
「馬車で東部に行くとか時間がかかるでしょう?」
巨躯な大鷲を前に、エレイーナは全力で逃げたくなって来た。
もうこの夫婦は常識が通用しないらしい。
夫婦は鷲の背に乗り、足の爪に掴まれたエレイーナは……夕日を背に東へと移動するのだった。
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