作品タイトル不明
だから好都合なんです
「良いかお前ら! 今日こそ決着をつけて俺たちがこの街を支配するんだ!」
「支配するのは俺たちだ! 今なら降参するなら仲間にしてやるぞ?」
「それはこっちの言葉だよ!」
「あん? やるのか?」
「良いぜ。来いよ!」
リーダーらしき2人がそう言って煽っているが誰も動かない。
兵隊崩れたちもおかしな均衡が発生し、動くに動けない空気が出来上がっているのだ。
動いたら負けのような……それが街の通り中に発生し、結果として誰も動けない。
ため息交じりにそれを見ていたエレイーナは、持っているティーカップでも投げ込んで均衡に刺激でも与えるべきか真剣に悩んでいた。
それをしたら……逃げられれば良い。ただあの兵士崩れ共が暴走して見境なく暴れ出したら厄介だ。
やはり動けない。こんな空気を打破できるのは余程の猛者か馬鹿だろう。
「あ~。やっと着いたね」
「はい」
「ノイエが調子に乗って飛ばし過ぎるから通り過ぎたんだぞ?」
「大丈夫。空は自由」
「……誰の言葉よ?」
と、恐ろしいほど空気を読まない2人組が通りの真ん中を歩いて来る。
2人とも旅装束だ。若い男性と女性で恋人と言うかそんな感じにも見える。若い男性の腕に抱き付く女性は無表情にも見えるがとにかく美人である。
サラサラの白銀の髪を腰まで伸ばし、赤黒い瞳が特徴的だ。
何よりその名前を聞いた瞬間、エレイーナは迷うことなくテーブルを引っ繰り返して壁にした。
「おう! お前ら!」
「はい?」
「ここを突っ切って行こうとは良い度胸してるな? 何より良い女を連れて……俺にその女を寄こせば」
「やって良いよ。カミーラ」
『あびっ!』と言う今までに聞いたことの無い悲鳴が木霊した。
エレイーナはテーブルの天板に背中を押し付け、身を丸めて目を閉じ耳を塞いだ。
完璧に現実から逃げたはずなのに……振動が伝わってくるたびに背筋が凍る。
ノイエと言った。彼はノイエと言ったのだ。
エレイーナが現在所属しているユニバンス王国でその名が示す称号は『ドラゴンスレイヤー』だ。
あのドラゴンを千切っては投げる最強の騎士が人間相手に負けるなど考えられない。
しばらくジッとしていると……振動が止まった。
耳から手を離しゆっくりと天板から顔を覗かせる。
何故か通りには向かい合い一瞬即発だった男たちが全員地面に座り股間を押さえ脂汗を流していた。何人かは泡を噴き、もう何人かは血の色をした泡を噴いている。
「あ~君たち? 旅行者にこんなことをしても良いのかな?」
「「良く無いと思います!」」
「そうだよね? うん。良くないよね?」
「「はいっ!」」
最強を腕に抱き付かせた彼が、正座している男たちの前に立ち説教をしている。
「今日のところは未遂と言うことで特別に許してあげよう。でも次、さっきと同じようなことを言おうものなら……二個ある物が一個かゼロ個になるからね? そっちで泡を噴いている人たちみたいに」
「「本当に申し訳ございませんでしたっ!」」
全員が命乞い……土下座をして謝罪していた。
うんうんと頷いた彼らはそのまま何も無かったかのように歩いて来て、エレイーナの横を過ぎて相手する席に座った。
「すみませ~ん。とりあえず食べられる物を片っ端からお願いします」
店内にそう声をかけ、彼……アルグスタ・フォン・ドラグナイトは腕に抱き付いている妻をウリウリと撫でている。
他の客は珍妙な生き物でも見ているかのような目で遠巻きに見つめる。
エレイーナは心の奥底から息を吐いて……壁にしていたテーブルを戻し、椅子も元の位置へと戻した。
そして覚悟を決め、大陸屈指とも言われるドラグナイト夫妻が座る席に向かう。
「なに?」
先に反応したのは妻である彼女だった。
ゆっくりと夫である彼も視線を向けて来る。
「初めまして。ヘムテからの依頼でお待ちしていたエレイーナと言います」
密偵衆が使う暗号。ただ隠れ家としている酒場の名前だが、分かっていればそれで通じる。
何より相手はユニバンス王国では有名すぎる。確認する意味も無い。
「あっはいはい。なんとなく話は聞いてます。どうぞ」
「失礼します」
彼の腕に抱き付いているドラゴンスレイヤーに睨まれ続けると言う心臓に悪い状況に吐き気を覚えながら、エレイーナは彼らの向かいのイスに腰を下ろした。
「今回のご依頼は共和国内のご観光と言うことで宜しいのでしょうか?」
「だね~」
「……特に見て回りたい場所とかは?」
「中央都市でしたっけ? そこを最後で」
言いながら彼は懐から1枚の紙を取り出すとそれをエレイーナに投げて寄こした。
広げて……エレイーナは言葉を無くす。
何を考えてのこの道順なのかを問いたくなったが、相手はたった2人でこの共和国に戦争をしに来た夫婦なのだ。たぶん正気では無いのだろう。
「最初はこのエルレッセ城で宜しいのでしょうか?」
「うん」
「……ここは古城で現在誰も居ませんが?」
「だから好都合なんです」
「好都合……ですか」
やはり分からない。
セルスウィンを知るエレイーナから見てもこんな古城に行く理由がさっぱり分からない。
エルレッセは堅牢な城として有名である。ただ岩山の上に作ったことが災いして水源を断たれると渇水してしまうと言う弱点を孕んだ場所だ。故に現在は放置されている。
エレイーナとしては求められれば彼らをその場所に案内するのが仕事だ。だから最短で行く道のりを頭の中に思い描く。
すると目の前で給仕が運んで来た肉を、ドラゴンスレイヤーが飲むように口の中に流し込んで行くのだ。それも骨付き肉の骨だけ綺麗に皿に戻すのだから見てて楽しいが……しばらく見ていると胸やけを覚えた。普通の人間が食べる量をあっさりと越えているからだ。
やはりこの人たちは異常だと理解し、エレイーナは早速逃げ出したくなる衝動に駆られた。
(c) 2020 甲斐八雲