軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

忠告して良いか?

セルスウィン共和国内南西の街ポルク

オープンカフェのようにイスとテーブルが外に置かれた場所で、その女性は紅茶を楽しんでいた。

緑の髪を後ろで束ね三つ編みにし、背中へと流している。緑の瞳は穏やかな空気を湛え……ただひたすらに現実逃避に没頭していた。

新しく上司になった某国の近衛団長の仕事は、鬼畜の所業かと思うほどに酷かった。

同僚たちはそんな酷い仕事を『あっ今日の仕事は生き残れば後は自由時間だよな? さっさと終わらせて飲みに行こう』とか言い出し死地へととても軽い足取りで向かう。

変態揃いだ……と絶望染みた感情を抱き、それでも必死に任務中は路傍の石になってやり過ごし生き残った。

生き残ることに関してなら密偵衆の中でも上位に入ると、直属の上司から呆れながら褒められるほどだ。

だって死にたくなんて無い。少しでも長生きをして人生を満喫したい。

その努力の甲斐もあって久しぶりに主人の元に呼び出された。呼ばれてしまった。

前回会ったのは牢屋の中だが今回は密偵衆が使用している隠れ家の酒場兼宿屋だ。つまりベッドがある。

お風呂屋に行き、体を隅々まで磨いて綺麗にしてこれでもかと誘惑的な下着を着用した。

何でもあの巨躯の筋肉王子は嫁とメイドを毎晩のようにベッドに誘う性欲の塊らしい。

そんな相手に『1人で来るように』と呼び出されたと言うことのはずだ。気に入られれば上級貴族のお屋敷で側室は無理でも愛人として暮らせるかもしれない。

今まで自分の純潔を散らすことなく回避して来たことを内心で褒めつつ決戦の地へと向かった。

『お前……共和国内の地理は完璧だよな?』

やって来た近衛団長様の第一声がそれだった。

彼が巨乳好きだと言う情報を元に頑張って寄せて上げた谷間を見せつけながら、大人の余裕を振り撒いて頷き返した。

『もちろんです。それこそ地図にも載っていない村や集落や山賊の根城から違法薬物の精製工房まで幅広く完璧です。はい!』

多少緊張はしていたのかもしれない。少し早口だったかもしれない。

何故か苦笑にも見える笑みを浮かべた相手は、近づいて来るとポンと肩に手を当てた。

このまま抱きかかえられてベッドかとときめきながら、空気を吸って少しでも胸を大きく見せる。

『ならお前がこの任務を任せるしか無いな』

『任務ですか?』

変な声になったのは空気を吸い過ぎたのが原因だ。次から気を付ければ良い。

と、相手の目が間違い無く谷間に向けられた。一生懸命磨いて来た肌も白く輝いている。これなら巨乳好きな相手を篭絡するなど、

『ああ。馬鹿な弟夫婦が共和国との戦争を決めた。お前はその道案内だ』

自分の中で何かが陥落し崩壊した。

今……肩に手を置き力強く握って来る主人は何と言っただろう?

共和国と戦争? 弟夫婦が? で、道案内? 誰が? 私が?

『ふわっ! 無理です!』

『諦めろ。決定だ』

『嫌です死にます間違い無く!』

『大丈夫だ。お前の生存本能は別格らしい。そう報告が上がっている。ただ……恐ろしいほどに地味で印象にも残らないと言う報告も多いが』

『そうです。地味で目立たない私なんて連れて行っても無意味ですからっ!』

『だが地理は完璧なのだろう? それにあれはお前に戦いの類を強要などしない。たぶん本当に求めているのは道案内だろう』

クツクツと笑いポンポンと肩を叩いて近衛団長は一歩二歩と離れて行く。

『安心して道案内して来ると良い』

『……分かりました』

そもそも拒否など出来ない。

若干締まりだした首に巻かれた首輪がある限り命令には従うしかない。

『密偵衆所属エレイーナ』

『はい』

近衛団長としてでは無く密偵衆の長としての命令にエレイーナは相手を見つめた。

『アルグスタ・フォン・ドラグナイトの協力を命ずる。準備が整い次第先行しポルクの街で待機して居ろ』

『畏まりました。我が主よ』

『それと……』

『はい?』

『この任務で見聞きしたことは他言無用だ。帰国後俺に直接報告する以外はその内容の全てを墓の下まで持っていけ。もし生きているうちに話そうとしたら……分かっているな?』

親指を首の前で横に走らせ案に何をするのかを教えて来る。

エレイーナはとても穏やかな表情を浮かべて主人を見た。

『一層のこと貴方様への報告も無しで良いですか?』

『それはダメだ。たぶん面白そうな話がたくさん聞けそうだからな……だからこそその話を求めてお前の元にはこの国中の権力者有力者化け物共がゾロゾロとやって来るだろうな』

『なら任務後は報告をしてからしばらく休みをください。遠くに逃げて隠れます』

『考えておく』

彼はエレイーナが"仕事が嫌い"と言う訳では無いと理解していた。

ただ自分に近寄る死の空気や臭いに敏感で、それから全力で逃げ出す稀有な人間なのだ。

『まあ良い。これは支度金だ』

投げて寄こした小袋には金貨が詰まっていた。

『ポルクで待っていればあれが来る。たぶん旅費は全てあれが出すから……それの残りは好きに使え』

『分かりました』

そっと小袋をしまいエレイーナは何となく谷間を強調しながら待った。

任務を受けてもまだ愛人計画は終わっていないのだ。

『忠告して良いか?』

『何でしょうか?』

『そんな詰め物の胸を見て喜ぶのは童貞の小僧ぐらいだぞ? それか女に飢えた嫁の来てが無い男か』

とても穏やかで冷ややかな相手の目を見つめ、エレイーナは自分の胸の価値を痛感したのだった。

思い出から意識を戻しても現実は何も変わっていない。

街の通りを挟むように兵士崩れの男たちが睨み合い一瞬即発な状態なのだ。

逃げたいが……動くに動けない。

逃げる機会を失った他の客も誰かの暴発を待っている。それを切っ掛けに逃げるためだ。

エレイーナは冷めきった紅茶を啜り思った。

自分はいつからこんなに不幸になったのかを。

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