作品タイトル不明
歌姫セシリーン
久しぶりにたっぷりと術式の魔女"で"遊んだセシリーンは、ちょっとした台に腰かけると……床に額を打ち付けている魔女に顔を向けた。
いつもの威厳と余裕を持ち合わした魔女たる彼女は、その面影すら見せず発狂寸前になっていた。
「ねえアイル?」
「……何よ?」
「表に出てみたいの」
頭を打ち付けるのを止め、気持ちを入れ替え立ち上がったアイルローゼは……やれやれと肩を竦めた。
「まだ実験段階よ?」
「なら人体実験が必要よね? 何より貴女が魔法で失敗するの?」
先手を打って来る彼女にアイルローゼは心の中で舌を出す。
「失敗するかもしれないわよ?」
「そう……。でも今の私はこの中に居て1番の役立たずよ。心配は要らないわ」
「馬鹿ね。そう言うなら使ってあげる」
ゆっくりと覚悟を決め、アイルローゼは魔法語を綴る。
術式の方はもう刻んである。この空間自体がプレートのような物なのだ。だからいくらでも刻める。
「ノイエの魔力をどれほど流用できるか分からない」
「平気よ。あの子なら笑って全てを差し出してくれるわ」
「そうね」
そうだ。それがノイエと言う存在だ。
どんなに自分が空腹で目を回していても他人が飢えていれば食事を差し出す。
優し過ぎて一途で頑固な少女なのだ。
「大丈夫よ。ノイエは私たちの味方だから。違う……家族よ」
「ええ。そうあってくれると嬉しいわ」
術式に魔力が宿り発動可能となった。
アイルローゼの気配からそれを察し、セシリーンは一度だけ息を吐いた。
「……行ける?」
「ええ」
「なら貴女の想い人に触れて来るわ」
「もう帰ってくんな! この歌姫!」
叫んでアイルローゼは魔法を放った。
ちょっと前に……ユニバンス王国には『舞姫』と呼ばれた存在が居た。まっレニーラのことだけど。
その存在と対になるもう1人の『姫』が……"歌姫"セシリーンだ。
彼女の歌声は奇跡の歌声と呼ばれ、当時レニーラと人気を二分したらしい。
銀髪の長い髪が特徴的で、何より生まれながらに目が見えない彼女は、日々の糧を得る為に歌い続けていたそうだ。
しかし彼女の才能は歌だけではない。
祝福とは違う別の能力……強いて言えば超能力に匹敵する物を持っていた。
耳と喉だ。
その2つがあれば、彼女は杖を使わずに普通に歩き回ることが出来たと言う。
たぶんイルカとかが使う超音波的な物を発してそれを耳で拾い、反射してくる角度から物との距離を測れるのだと思う。
だけどこれくらいなら能力止まりだ。彼女の超能力はこの上がある。だから居て欲しい。ノイエの中に居て欲しい。
山と積まれた資料を読んで、ようやく見つけ出した今回の騒動の根底から引っ繰り返せる一打を放てる存在だからだ。
ノイエの額に自分の額を押し付けることしばらく……反応は無い。
居ないのか、それとも手伝って貰えないのか。
少し飽きたのであろうノイエが何度かキスして来るけど、今はごめんね。嬉しいけどね。
もう一度呼び掛けてみようと思ったら、ノイエが手を伸ばして来て……お嫁さんや。飽きたのは仕方ないけど、どうしてそんなに僕の顔を撫で回すかな?
「こんな形なのね。悪くない」
「ふぇ?」
目を開いたら銀髪のノイエが居た。目を閉じて僕の顔を撫で回して来る。
「うんうん。優しそうな人ね。何より心地良い心音ね」
「あの~?」
こっちを無視して、彼女は僕の胸に耳を当てた。
「このトクントクンと優しい音ね。ノイエが好きなのも分かるわ」
「話を聞いて~」
アカン。完全にマイペースな人だ。
あの資料には人物の性格まで記載されてなかったな。
しばらく好き勝手をした彼女は、満足したのか……何故か頬を上気させて熱い息を吐いた。
「ごめんなさいね。久しぶりに外で興奮してしまって」
「外に出て興奮したの? 違う意味じゃなくて?」
「もちろんノイエの夫である貴方に触れて大興奮してます。聞きます? 今、物凄く心臓がドキドキしてますから?」
「出来たら落ち着いて下さい。そして話を聞いて」
「クスクス……本当に面白い方ね。普段聞いている通り」
口元に手を当てて上品に笑い出す。
悪く無い人っぽいけど……この手のお姉さんキャラはちょっと苦手かも。
「あら? 私に恐怖を感じてます?」
「何故に!」
恐怖と言うか苦手なだけですが……何故気づく?
「心音を聞いてれば大半の感情など分かります」
「普通分からないから!」
アカン。本当の意味での規格外だ。
ただ目を閉じているせいか全体的にフラフラと揺れてて見てて怖くなる。
そっと腕を伸ばして彼女が倒れないように腰の辺りを掴んでおく。
「あら? そう言うことは、ノイエとして欲しいのだけど?」
「何を考えてますか?」
「大人の関係? でも私も大人ですから……優しくしていただけるなら経験してみたいという思いは」
「もしも~し?」
「冗談です」
クスクスと笑う彼女の性格が読めません。
助けてアイルローゼ。たぶんこの人は僕の天敵かもしれない。
「それで私を呼び出したと言うことは……人探しね?」
「はい」
迷わず返事を返す。けど彼女の表情が薄っすらと曇った。
「ですがあれは、本来の私以外の体で使ったことが無い。このノイエの体では失敗するかもしれない」
「それでもお願いします。それにうちのお嫁さんなら不可能は無いはずですから」
「不可能は無い?」
首を傾げて来る彼女に僕は頷き返す。
「だってノイエは貴女たちの家族で、たぶんみんなの弟子だ。だったら出来るはずです」
「うふふ……。ノイエのことをそう言う人は初めて」
満面の笑みを浮かべ、セシリーンがキスでも強請るように僕を見る。
「なら探し出したい人を頭の中に思い描いて」
「はい」
「思い描けたらそれを強く念じて」
言われるまま目を閉じて僕はフレアさんのことを思い浮かべる。
意外と細部まで思い出せるものだな。
鼻歌を歌いながら彼女はそっと僕の額に自分の額を押し付けて来る。
一瞬思い描いていたフレアさんの映像が、グニャッと歪んでまた戻った。
「この人ですね。髪は金髪で……可愛らしい娘さんね」
鼻歌を続けながら声を発するとか器用な人だな。
「浮気相手に逃げられた?」
「もしも~し?」
「冗談よ。貴方がノイエ一筋……でも最近ホリーとファシーも。もしかして私も狙っていて?」
「お~い」
「もう。レニーラが楽しい人と言ってたのに……お姉さん悲しい」
貴女の冗談が生々し過ぎてツッコみようがありません。ツッコんだ時点で負ける類です。
少し頬を膨らませて拗ねていた彼女が表情を正した。
「本来なら探したい人の絵は全裸の方が良いのだけれど、こっそり覗いていて記憶にあったりしない?」
「ボチボチ怒りますよ?」
「ん~。これだと時間がかかるのだけど仕方ないわね。耳が痛むと思うけど……我慢して」
「はい」
僕の返事を受けて、彼女は小さく息を吐く。
そして胸いっぱいに空気を吸うと、僕の額から自身の額を外して口を空へと向けた。
「あっ……あっ……ら~」
頭の中がイメージが奪われるように消え、彼女の発する声が耳に突き刺さる。
ピリピリと空気が震え……彼女の音が四方に広がって行った。
(c) 2019 甲斐八雲