軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

もう探さないで。お願い

ピチョンッと天井から垂れて来た水滴を頬に受け、その女性はゆっくりと目を開いた。

全身が重く、体が鉛にでもなったのかとすら思える。

それでも体を起こし……気づいた。自分の首に感じる違和感だ。

右手を動かし触れようとしたら左手も動いた。

目を向ければ手錠で両手が拘束され、そして動かした両手が首に嵌められた存在を伝えて来る。『魔法封じ』だ。

この首輪を嵌められてしまったら魔法使いは魔法が使えない。

体内に流れる魔力の流れを乱し魔法を使役出来なくしてしまう道具だ。

何より彼女はこの首輪の強力さを良く知っていた。実験で何度も首に嵌められたからだ。

術式の魔女アイルローゼが作り出し、あっという間に世界に広まった魔道具の一つ。

同じように作られているのなら、解除方法は物理的に行うしかない。引き千切るだけの力があれば可能だ。

そんな力を持ち合わせていない彼女は、諦めて辺りの様子を見た。

牢獄のようだ。目の前に鉄際のドアがあり、四方を石造りの壁が覆っている。

天井は高く、先ほどから滴れ落ちて来る水滴は冷たい。

自分が何故このような場所に居るのか……目を閉じてゆっくりと思い出す。

最初に浮かんだのは見慣れた光景だった。

荷物を置いて花束を抱えたフレアは、目的の場所に着くとゆっくりとしゃがんだ。

目の前に存在するのは共同墓地にある仲間たちの墓だ。

「ミローテ。ソフィーア。今年も来たよ」

優しく声をかけ花束を置く。

胸の前で祈るように手を組み仲間たちに思いを向ける。

「もしかしたら……ここに来るのはこれで最後になるかもしれない」

言ってフレアは軽く笑った。

もう色々と限界だった。少しでも気を抜けば胸の中が張り裂けてしまいそうで。

何よりもう王都に居ることが辛すぎた。彼に会うことが辛すぎた。

「馬鹿だよね。本当に……。

彼に嫌われるように努力して、したくも無いことをいっぱいして、それでも結局忘れられなかった。

ソフィーアの言う通りだった。私はハーフレンを愛し過ぎてしまってたみたい」

力無く笑いフレアは頬に涙を溢す。

「出来る訳なかったんだね。貴女はそれに気づいていたのに……私って本当に馬鹿だな。

先生からは『馬鹿になれ』とか言われてたのに、本当の私はただの大馬鹿だった」

出来ないことをやり続け、自分の心を偽り続けた結果がこれだ。

これだったら何も考えず人形のように感情を全て殺して、彼の正室になっていれば良かった。そうすれば少なくとも愛され続けていたはずだ。自分も彼を愛し続けて居られたはずだ。

「でももう終わり。私はこの街を出て1人で静かに暮らして行くわ」

そう決めたのだ。自分が居なくてもこの場所はいつも通り動いて行くはずだから。

「ごめんなさいね。こんな話を聞かせて」

立ち上がり、フレアは今一度墓石を見た。

見える物は味気の無い簡易的な石だ。

「ありがとう2人とも。出会えて良かったわ」

未練を断ち切り離れようと墓石に背を向ける。

と、フレアの目にそれが映った。赤黒い色が飛沫となって広がったのだ。

頬にかかる生温かな液体に目を見開き、それでもフレアとて経験豊富な騎士の1人だ。

咄嗟に動こうとして……自分の足が動かないことを知る。

目を向ければ地面が黒く色づき、まるで自身が使っていた武装『影』のような黒い影が足に纏わり付いて昇って来ていた。

振り解けないと判断し、右手を無意識に背中へと向けた。だがそこにあるはずの武装はもう無い。

自身の武器を断たれ、ならば少しでも手掛かりになる物を残そうと視線を走らせる。

「かはっ!」

「おやおや……無駄な抵抗は諦めて下さい」

新たに伸びて来た影がフレアの首に纏わり付いた。

気道を塞がれ呼吸困難になったフレアは、その目に涙を浮かべ辺りを見た。

ゆっくりと横合いから黒い衣服を身に纏った男が姿を現す。

それを見たフレアは内心で息を飲んだ。

『人の形をしたドラゴン』

ブシャールでドラゴンの皮膚を持つ者と遭遇したミシュの報告書を読んでいなければ、流石のフレアとて悲鳴の一つを上げていたかもしれない。

「ククク。驚かないのですね? ですがこれこれは……上質な闇を抱えている。これほどの闇を抱えているだなんて中々の逸材ですよお嬢さん」

「……誰?」

「失礼。私は大陸の北に住む者。魔竜皇様に従う竜人めにございます」

慇懃な立ち振る舞いで竜人と名乗った存在が一礼して来る。

「それにしても我が皇がこの地に参られた時にばら撒いた種をそんなにもお育てになるだなんて……実に素晴らしい。きっと良き闇が生じてこの地を我らが住みやすき場所へと誘うことでしょう」

「何を……言ってるの?」

「分かりませんか? 我らがこの地の支配者となり、人間という下等な生き物を淘汰して行くのです」

クククククと声を上げて相手が笑う。

フレアは一瞬相手から視線をずらし、隠れているハーフレンの部下を見た。

彼らをどう撒くかを悩んでいたが、このような状況になればむしろありがたい。

自分など斬り捨てて、得た情報を彼に届けて貰えればそれで十分だ。

「貴女には利用価値があるので生かしておきましょう。ですが」

男が笑う。卑下た笑みを浮かべ、まるでフレアの企みに気づいているかのように。

「逃げてっ!」

必死に張り上げたその声に、反応で来たものは居ない。

その動きは最強のドラゴンスレイヤーに匹敵するほどの速度であり、そして負けないほどの力も持っていた。

引き千切られた死体が転がるのを見て……フレアは絶望を覚えた。

人がどんなに足掻いても勝てない存在が目の前に居るのだ。

「さて……本来ならあの小さな少女を食らってやろうと思って来たのですが、本当に良き出会いでしたな」

クククと笑い竜人がフレアに視線を向けね。

地面から伸びて来る影の量が増え……全身を包まれた彼女は地面の中へと沈んでいく。

「闇とそれなりの地位を持つ様子の女……本当に良い出会いでした」

言って竜人も消えた。

思い出したフレアはゆっくりと息を吐いた。

自分は捕らわれてしまったのだと理解出来たからだ。

それも最悪な形で、だ。

(お願いハーフレン。こんな馬鹿な女のことは忘れて……もう探さないで。お願い)

ポロポロと涙を溢しフレアはそれだけを願った。

(c) 2019 甲斐八雲