軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

これは必要経費ってことで

彼は隠れるようにして"それ"を待っていた。

目の前で流れを作るのは前線からの帰還兵たちだ。

必死に働いて身も心もボロボロとなった者たちの幽鬼のような流れが、王都を護る城門の中へと吸い込まれて行く。一部の者はその先で待っているのは市民たちからの罵詈雑言かもしれないと……弱り切った心が見せる悪夢に耐えられずに逃げ出すのだ。

だがユニバンスの王都に戻った者たちを最初に出迎えるのは、優し気な笑顔と暖かなご飯だ。

スープとパン。それに丸ごとの肉が焼かれながら並び、安物ではあるがワインまで振るわれる。

随分と各方面から反対意見も多かったらしいが、指揮を執る第二王子によって強行された。

王都に住まう国民にまで協力を求め、彼らは笑顔で兵たちを出迎える。

偽善だ。ただの偽善なのだ。

男は激しく奥歯を噛んで、あの男に潰された鼻に触れる。

自分は何一つ間違っていない。

相棒と共に必死に働いて、渡されたのは僅かな褒賞金だけだ。

潰された鼻がズキズキと痛む。

許せない。あの男だけは絶対に殺してやる。

だが自分では勝てない。

勝つためにはあの男と互角に戦える者の存在が必要だ。

必死に目でそれを探し彼は見つけた。

ひと際大柄の男が欠伸交じりに歩いて来る。

他の兵より頭1つ2つ大きいから、探していれば見つけられると信じていた。

後は彼の元に出向いてこの交渉を持ちかけるだけだ。

大丈夫。上手くやれる。

そう自分に言い聞かせて、彼はニヤリと笑った。

鼻を潰し傷だらけの自分に救いの手を差し伸べてくれた存在が良い話を持って来てくれた。

これが成功すれば復讐も出来るし、何より大金持ちにもなれる。

近くに来た大男の顔を再度確認し、彼は急いで駆け出した。

これが……後にユニバンスの歴史から消される『ユニウ要塞の反乱』の幕開けだった。

「ドラゴンの数が増えてばかりだな?」

「ですね~」

「……何で居るんだミシュ?」

「決まってる! サボり!」

手に持つ書類の束を馬鹿に投げつけ、椅子に腰かけて居たハーフレンは頭を掻いた。

この1年は前線から戻る兵たちの対応に忙殺され、気づけば何故か出世していた。

上司に聞くよりももっと簡単に理由が分かるだろうと父親である国王に聞けば、『仕方あるまい。帰還兵が起こす事件の数が激減したのだからな』と言って肩を叩かれた。

別にハーフレンがそれをしたのは、そんな効果を求めての行為などでは無かった。

国を護る為に必死に働いて来た『英雄たち』を出迎えるのは当然のことだ。

誰が命を賭してこの国を護ったのかを国民に教えるのもまた当然だと思ったのだ。

偶然それらが良い方向に転がり……兵たちは自分の行いに誇りを持って次なる道へと進んで行った。

問題は出迎えた兵たちが近衛への転属を口々に申し出たことぐらいだ。

『ハーフレン様の元で死にたいのです!』と涙ながらに訴える兵が続出したことで……治安の安定に貢献したという名目でハーフレンは二階級の特進を果たした。

騎士隊長となった彼には騎士棟の中に専用の執務室が与えられ、部下の数も指揮する兵も増えたのだ。

「無理~。私には帳簿とか無理~」

「頑張れ騎士様」

「嬉しく無いし~。仕事は変わんないし~」

机の上でだらしない姿を見せるミシュも、従者から"一応"騎士に昇格した。

一応が付くのは正確には『騎士扱い』と言う肩書が付くからだ。

正規の段取りを踏まずに出世をした彼女には、それ相応の手柄を上げなければ騎士を名乗ることは難しい。しかし彼女の仕事は決して表立って口に出来ないことばかりだ。

『ユニバンスには猟犬のような存在が居て、不用意に近づくと噛み殺される』と言う噂話が出るほどに。

ただその噂を流しているのはハーフレンの密偵たちであるが。

「頑張れ」

「無理~。帝国の密偵が多いんですけど? 共和国に加担する貴族が多いんですけど?」

耳に刺さる不満にハーフレンの表情が苦々しい物に変わる。

「頑張れ」

「……あは~。もう皆殺しにしてやろうかな」

「それは止めておけ。仕事が増えるぞ?」

「あ~面倒臭い」

ジタバタと暴れながら机の上で一周したミシュが、ハーフレンに足を向けて止まる。

「何だ?」

「変態な上司が私の秘密の部分をっ!」

「色気の無い下着だな」

「むきぃ~!」

何がしたいのか良く分からないが、ジタバタと暴れたミシュは……クルッと体を起こして床に立つ。

「じゃ……これは必要経費ってことで」

「いつの間に 掏(す) った?」

「失礼だな。落ちてたのを拾っただけ」

ケラケラと笑いながら小銭の詰まった袋を手にミシュが部屋を出て行く。

無事に次の仕事の一覧は持って行ったから……ハーフレンは開きかけた口を閉じた。

何だかんだで彼女は仕事だけはする。後の始末は他人任せになるが。

また苦笑いをしながらハーフレンは机の上に残っている紙を手にした。

ミシュの背中の下にあったはずの紙は皺1つない。つまり彼女が置いていった物だろう。

「……薬の売買だと?」

内容にハーフレンは険しい顔を作る。

ドラゴンの襲来で国内の不安が高まっている最中、じわりじわりと広がりを見せる薬の売買。

現物は現在入手する為に交渉中とあったから……掏った小銭が何に変わるのか理解出来た。

「それにしても面白く無いな」

頭を掻きながら、ハーフレンは紙の束を適当に掴んで革袋の中に放り込んで行く。

今回の土産はこれぐらいあれば足りるだろうと……肩に担いで部屋を出た。

(c) 2019 甲斐八雲