軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

頑張りなさい。ノイエ隊長

ユニバンス王国・王都魔法学院女子寮地下

「ん……」

言いようの無い気怠さと微睡みの中で目を覚ます。

全身が重く手足が鉛のようにすら感じる。

大きく息を吸って吐けば……全体的に甘い香りがした。

「んっ」

まただ。また胸に感触を覚え声がこぼれた。

薄く開いていた瞼を開けば、金色の髪が見える。

愛らしい相手の髪だ。思い腕を伸ばして抱きしめると、相手は放さないとばかりに顔を胸に押し付けて来た。

「もう」

つい声が出る。

本当に愛しくて仕方ない。

相手の為なら、抱いている存在の為ならどんな不可能だって可能に出来る。そんな気さえ起きて来る。

愛おしくて愛おしくて愛おしくて……

「で、ノイエ様? 何をしているんですか?」

我が子と一緒に胸に吸い付いている大きな子供にフレアは冷え切った目を向けた。

「美味しくない」

「知ってます」

「でも飲む」

「貴女がじゃなくてエクレアがです」

「大丈夫」

「何がですか?」

「味は覚えた。そろそろ出る」

「出ませんから」

「ならば出す」

「どうしてそこまで前向きなんですか!」

本当に挫けない心を要らない場面で披露する相手にフレアは声を荒げた。

強引にでも引き剥がしたいと思っているが、一緒になってエクレアが食事をしている。と言うか寝ている母親の寝込みを襲うなどどんな精神をしているのか我が子ながらに不安を覚える。

「そろそろ出来る。そんな気がする」

「はいはい。出来たら改めて色々と聞きに来てください」

「むう」

「何よりエクレアのご飯の邪魔です」

「……」

昨日からの争いでフレアはある程度ノイエのことを把握した。

彼女は我が儘だが、決して無理はしない。何より自分の意志よりも子供の幸せを本気で願う心優しい人物だ。だから『ご飯の邪魔です』と言われれば色々我慢して離れてくれる。

ただ自分の母乳が出ると信じているので、暇を見つけてはエクレアの口を自分の胸に近づけ……結果として出ないので怒ったエクレアがバシバシと彼女の胸を叩くのだ。

ノイエを見ていてフレアは思う。同じことをしては泣いている前王妃の存在だ。

彼女もまた『母性が刺激されてなんか出ちゃう気がするの!』と叫んでは、エクレアの怒りを買ってバシバシと胸を叩かれている。

最初の頃は『ごめんなさい。エクレアちゃ~ん』と泣いて謝っていたが、最近では『ダメなお祖母ちゃんをもっと叩いても良いのよ』などと言いだす始末だ。

正直相手の精神を怪しみフレアは夫とは呼ぶことのできない主人に対し、『エクレアの子育てが落ち着くまで屋敷を離れた方が良いでしょうか?』と何度も相談している。

相手の返事は決まって『何処に逃げても追いかけて来るだろうから大人しくしていろ』だった。

交互に左右の胸から食事を得た我が子の背中を叩いてゲップをさせる。

口元を拭う布を探していると、ノイエが布を手に持ち『こっちに』と言っているような気配を漂わせて見つめていた。

「教えた通りに抱いてくれますか?」

「はい」

コクコクコクと恐ろしい速さで彼女は頭を縦に振る。

その様子に恐怖を覚えたが……ここで手を放さなければ奪い合いになるのは間違いない。それに食事の後片付けもしたい。

「ちゃんと首を支えてくださいね」

「はい」

コクコクコクと高速で頷く。

色々諦めつつもフレアは我が子を相手に渡す。教えた通りちゃんと首を支える方法でエクレアを抱くと、その口元を丁寧に布をあてがう。

「拭き終えたらおしめの確認も」

「さっきした」

「……」

急いで自分の胸を拭き、フレアはそっと抱きかかえられている我が子のお尻に手を伸ばす。

している様子は確かに無い。そうすると……視線を巡らせると見つけた。

おしめを交換するを身につけたらしいノイエだが、使用済みを片付けるは学んでいないらしい。床の上にポイっと捨ててあった。

「使用済みも片付けることを覚えてください」

「ん。アルグ様が頑張る」

「……これ以上の教育はアルグスタ様に頑張ってもらうしかないみたいですね」

呆れ果ててフレアはしばらく2人の様子を眺める。

その表情を変えることのないノイエは、ジッと子供を見つめ時折腕を動かしている。

抱かれているエクレアは『あ~』と言いながら必死に手を伸ばし何かを捕まえようとしていた。自分の顔の前にフワフワと漂うノイエのアホ毛をだ。

訳の分からない攻防は、エクレアが満腹から来る睡魔に負けて寝落ちして終わった。

「寝た」

「でしたらこちらに」

「このままで」

抱きしめている子供を放したくないのかノイエが頑なに拒絶する。

「疲れませんか?」

「平気。軽い。ドラゴンより」

「あれより重い子供とか嫌です」

本気で言っているのであろう言葉にフレアは小さく欠伸をする。

現在居る場所は地下室だから日の光による時間の把握が出来ない。

ただエクレアは……と言うより世の乳飲み子たちは決まった時間に食事を求める。

今居る部屋に来る前に一度食事を与えているから、単純に3~4時間が経過したと言うところだ。

出来ればもう少し眠りたい。ここは屋敷とは違い他のメイドたちが世話を買って出てくれることはない。ないはずなのだが……。

ジッとエクレアを見つめているノイエの様子にフレアはクスリと笑う。

「ノイエ様」

「はい」

「少し眠りたいのでその間エクレアをお願いできますか?」

「はい」

コクコクコクと全力で頷いて来る。

「なら私が起きるまでエクレアを泣かせなかったら、今度はお風呂の入れ方を教えてあげます」

「お風呂。頑張る」

「はい。頑張ってください」

ニコリと微笑みフレアは目を閉じる。

不安はいっぱいあるが酷いことは起きないはずだ。

言動が怪しいが、ノイエの子供に対する『愛情』は本物だとフレアは理解した。

だから任せて眠ることが出来る。

「次はお風呂。お風呂」

抱く子供にノイエは言って聞かせる。

「お姉ちゃんとアルグ様が居るお風呂。みんな一緒にお風呂」

家族は仲良くするものだ。そうノイエは抱いている存在に訴えかける。

「みんな一緒。家族は一緒。離ればなれは……凄く寂しい」

キュッと抱きしめたエクレアが、ふあっと声を発する。

一瞬何かを察知したノイエは咄嗟に相手の口を塞いだ。

泣いてないから大丈夫だ。

一応念のためにしばらく口を塞いでいると……何故か赤ちゃんがぐったりとしていた。

理由は分からない。だからすごく困る。

いつもならアルグ様かお姉ちゃんの元に行けば良い。そうすれば2人がどうにかしてくれる。けれど今は2人でお風呂に居る。先に家族でお風呂をするのはズルい。

金髪さんが起きるまでは行けない。

困った。

こんな時は姉の言葉だ。姉は何を言っていたか思い出す。

確か……動きが悪くなったら叩けばいい。

何処を叩けば良いのだろうか?

さっき金髪さんは背中を叩いていた。すると赤ちゃんがけふって。

見よう見まねで背中を叩く。トントンからパンパンへ。

反応がない。

こんな時姉は何と言っていただろう?

全力で。これだ。

覚悟を決めてノイエはエクレアの背中に照準を定める。

全力だ。全力で一撃で終える。

スーと息を吸って叩こうとしたら、ビクッと全身を震わせ……赤ちゃんが動き出した。

「ふあっ……ふえ」

「あっ」

突然のことで反応が遅れる。

けれど一度泣き出した赤子はそう簡単には止まらない。

全力で泣き出したエクレアを抱え……ノイエはどうすれば良いのか分からず辺りを見渡し続けた。

我が子の泣き声に薄っすらと目を開いたフレアは、特に問題は無しと判断してまた目を閉じる。

ただぐずっているだけだ。1日の内で1度あるかないかの行為だ。

困り果てている様子のノイエもいつか体験し乗り越えなければいけない出来事だ。

《頑張りなさい。ノイエ隊長》

胸の内でクスリと笑いフレアは意識を手放した。

その頃お風呂場では……。

「っの! 馬鹿。バカ。ばか。ばぁか~!」

「ぬをっ」

「だからもう少し……ってばかぁ~!」

「どうしろと?」

「頑張りなさいよこの馬鹿!」

「誰か……助けてください」

お風呂場の中心で馬鹿がそう呻いていた。

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