軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お前の部下も大概だな

ユニバンス王国・王城内アルグスタ執務室

「おはようございます」

奇麗なお辞儀を披露した小柄なメイドは、迷うことなく室内へと足を進める。

少女の正体は、執務室の主であるアルグスタ・フォン・ドラグナイトの義理の妹であるポーラ・フォン・ドラグナイトだ。

背筋をピンと伸ばして進んで来る姿は、厳しい鍛錬を受けたかのようにすら見える。

けれど彼女は去年まで田舎の集落で必死に生きていた孤児だ。

その過去のせいで少女の評価は、城内で2つに分かれる。

一方は“天才児”だ。

魔法に祝福と言う国によっては『英雄』と祭り上げられる才能を持ち、何よりその才能を努力で伸ばし成長させる生真面目な存在だ。他人に物事を教える立場の者は『あの子のように努力を忘れることなく精進するように』と生きた教材とする。

もう一方は“野良犬”だ。

公で口にすると厳しい視線を向けられるから陰口ばかりだが、確実に少女を蔑む言葉を発する貴族は居る。『卑しい孤児の生まれが、どんなに努力しても見せかけだけだ』と。

ただその陰口が明るみになると王城内では恐ろしいことが起こる。

聞かれた者によって反応は様々だが、決して良い目を見ることは無い。普通に地獄を見る。

小さなメイドは迷うことなく普段兄と慕う人物が座る椅子の横に立った。

本日の兄は燃え尽きて急遽休みだ。

姉と慕うノイエの家族……と呼ばれている存在が遊びに来ると、少女の兄は大体燃え尽きる。

今日は特に酷かった。カサカサという言葉が良く似合うほどに置物と化した。

「ポーラさん。アルグスタ様は?」

「ほんじつのにいさまは……」

兄の部下である見た目は少女、正体は人妻という相手の問いにポーラは一瞬視線を迷わせた。

「じんせいをふかくみつめるそうです」

「つまり休みですね」

何故か相手……クレア・フォン・ヒューグラムがあっさりと真実を見抜いた。

兄のように上手く言い訳をしたはずなのに、どうして気づかれたのか首を傾げながら……ポーラは気を取り直して机の上に山と積まれている書類に目をやる。

ここに置かれているのは大半が重要書類だ。手出しは出来ない。

クルリとその場でターンし、ポーラは背後に存在する大人の腰の高さほどの棚に手を伸ばす。

ここには重要ではない書類がびっしりと詰まっている。

もう1人の事務担当であるイネル・フォン・ヒューグラムが仕分けし、こちらに一時保管している書類だ。期日は長いが放置したままでは問題になる。

けれど仕事を嫌うポーラの兄は、この棚の中身を見ようともしない。

「がんばります」

掛け声1つ発し、棚の中から書類の束を手当たり次第に引きずり出す。

だいぶ溜まってしまった。これはメイドとして失態だ。

胸の内で反省し、ポーラは手早く書類を確認すると……兄が愛用している兄のサインを判子化した物をポンポンと押していく。

ただそのポーラの様子を見る者は居ない。

クレアは自分の仕事に没頭している振りをし、待機している部屋付きのメイドたちも何故か部屋の中を舞う埃に目を向ける。

誰もがポーラの凶行を見ない。気にしない。考えない。一時的の何かと受け流すのだ。

凄まじい勢いで判子を押し続けたポーラは、その手を止めた。

山のように存在していた書類が右から左へ移動し……無事に仕事を終えた。

「失礼します」

まるで悪事……仕事が終わるのを見計らったかのようにメイドが1人姿を現す。

ポーラの専属を自称しているドラグナイト邸付きのミネルバだ。

こちらも背筋をピンと伸ばし静々と歩いて来る。

「せんぱい。おうひさまは?」

「はい。本日のキャミリー妃は建設現場の方に出向いているとのことです」

「そうですか」

想定の範囲内の返答だった。だからポーラは最初から準備していた言葉を口にする。

「でしたら、ゆうがたまでまちましょう」

「はい。ポーラ様」

「そうときまれば、つぎのしごとです」

お疲れの兄の代わりにポーラは自分が出来る範囲で仕事をこなす。

その能力は下手な文官より遥かに優れているが、少女には『出世』という欲が無い。

ただただ大好きな兄と姉たちの為に自分が出来ることを全力でするのだ。

部屋の主人よりもちゃんと仕事をする義妹は……天才児と呼ばれている。

陰口で孤児と蔑まれるが、その言葉は少女に対するやっかみでしかないことは有名だ。

王城内・国王政務室

「済まんなハーフレン。忙しい中」

「いいえ。陛下に比べればまだ楽ですよ」

苦笑する兄と向かい合うように王弟ハーフレン・フォン・ユニバンスはソファーに腰かけた。

「何か問題でも? 陛下?」

「問題は溢れんばかりに存在している」

「でしょうね」

兄である国王シュニット・フォン・ユニバンスが普段使っている机が、書類の束で支配されていた。昨日はあの山がもう3つほど少なかったはずだが……昨夜から今日の昼までに大量に送り込まれたらしい。

「犯人は、アルグの所のチビですか?」

「ああ」

素直に認めてシュニットは苦笑する。

天才児と呼ばれている弟の専属メイドは本当に優秀なのだ。

ただ優秀なのだが兄の為なら法に抵触することですら気にせずに行ってしまうことがある。迷うことなく即断でだ。

「アルグ印のいつものサインですか?」

「ああ。それをあのメイドに自己裁量で使わせているそうだ」

「……正直羨ましい話で」

上に立つ者としては問題発言であるが、ハーフレンの言葉にシュニットは内心で頷く。

決して裏切らず、見返りも求めず、ただただ兄の為に全力で仕事をこなすあのメイドの存在は……上に立つ者であれば喉から手が出るほどに欲しい。

「問題は、優秀過ぎてあのチビを狙う存在が多いということか」

「筆頭はスィークであろう?」

「有名ですからね」

初代メイド長が『自分の功績をより一層輝かせる存在はあの子です』と明言し、周りをけん制しているのは有名な話だ。

普段の冗談で無く本気で狙いに行っている。

「それで、陛下が握りつぶしている話はどれほどで?」

「年頃の子息が居る貴族家は群れをなして申し込んで来ているな」

何分彼女は悪目立ちしている。

才能があり、魔力があり、祝福まである。何より国一番の金持ちと名高いドラグナイト家の継承権第二位まで持っている。どの貴族も『どうかあの者を我が家に!』と騒いでいる。手を上げない貴族を数えた方が早いほどだ。

野良犬と陰口を叩いている貴族ですら手を上げているのだから、人の欲は本当に醜いとも言える。

「正直に言えば……アルグスタの所に子供が出来ない限り、あの者の結婚など認めるわけにはいかない。結婚どころか婚約すら許せない状況だ」

故にスィークが彼女に護衛を配置しているのは、シュニットからすれば喜ばしい状況である。

他者が手出し出来ないようにし、スィークが取り込もうとしているのは見え見えだが、まだそちらの方が国が荒れないのだから。

「豚のように鳴き叫んでいる貴族たちの目論見なんて、手に取るように分かるな。鎮魂祭が終わればあの馬鹿夫婦は帝国に赴く……悲しい事故が起きて死んで欲しいのだろうな」

「そうすればアルグスタが抱え込んでいる財産……よりも人材だな」

「陛下も欲しいのでしょう? まあ術式の魔女は誰もが欲する人材だ。何処の貴族もどんな手を使ってでも欲するでしょうが」

秘密の多すぎるあの夫婦は……本当に厄介すぎるのだ。

国王からすれば地方に領地を与えてそのまま謹慎させておきたいが、それすらも出来ない。

「それでハーフレン。帝国への移動準備は?」

「部下がようやく戻ってきましたので、休暇返上でまた走らせた」

「大丈夫か?」

休みなく働き続けている弟の部下の身を国王は案ずる。

けれど弟はピラピラと手を振った。

「私事で国に居るのが辛くなったとかで、喜び勇んで走って行きました。違った意味でしばらく帰ってこなさそうで困ってますが」

「……お前の部下も大概だな」

「ですね」

それでも『アルグスタよりかはマシか』で話が終わるのは、兄弟間でのお約束だった。

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