作品タイトル不明
医者を狙うとするか
「何か物凄く可愛いのが居る~!」
「だぞ~!」
「い、や」
「逃げるなファシー!」
「だぞ~!」
「止め、て」
けれどシュシュの魔法で足を止められ、ファシーはあっさりとレニーラに捕まる。
三毛猫ファシーは2人に抱きかかえられてこれでもかと撫でられだした。
「2人とも? 余りファシーを困らせないでね?」
「困らせる気なんてないよ! 今のファシーが可愛すぎるのが悪い!」
「だぞ~!」
怒りつつも2人は捕まえたファシーを猫可愛がりしている。
最初は抵抗していたファシーだが、途中から諦めたのか抵抗を止めた。
ただセシリーンが聞く限り彼女の内に雑音は存在しない。むしろ明るい音色が広がっているから、少し手荒でも可愛がられている現状が嬉しいのかもしれない。
そう考えると今の服は彼女に適した形なのだろう。
見れないことが少し辛いなとセシリーンは思った。
「シュシュ」
「何だぞ~?」
「少し手伝ってくれる?」
「なら私が」
シュシュにファシーを預け、クルクルと軽い足取りでレニーラは座る歌姫に近づく。
慣れた様子で自分の額を彼女の物に押し付けた。
「こんな感じ」
「あら? 本当に可愛らしいわね」
「……にゃん」
歌姫にまでそう呼ばれ遂にファシーは耐えきれずに小さく鳴いた。
前髪で目元は見えないが、頬を真っ赤にしている様子は愛らしい。
レニーラも再度合流し、2人で抱えている三毛猫を可愛がる。
「それはそうとレニーラ」
「なに?」
ファシーの顎下を撫でながら舞姫は歌姫を見る。
「ホリーから逃げて回ってたんじゃなかったの?」
「ああ。あっちならリグを標的にしてたみたいで助かったわ」
「だぞ~」
これでもかとファシーの頭を撫でるシュシュも会話に加わる。
「真ん~中を~通って~逃げた~リグを~追って~行った~ね~」
それは音で聞いていたセシリーンも理解していた。
魔眼の中枢に至る道は大きく分けて3つある。ホリーに追われこの場を逃げ出した3人はその3つの通路を別々に駆けて行った。そしてホリーは真ん中を逃げるリグを追っていったのだ。
途中までは音が拾えていた。だが不意に拾えなくなった。
最後に聞こえて来たのはホリーの『一度で良いからその塊を削ぎ落したかったのよ』と言う台詞だ。何をしたのか理解し、削ぎ落した塊がどうなったのかも少し知りたかったけれど……たぶんリグは床に蹲ることとなり弱々しい悲鳴しか拾えなくなった。
キレたホリーに容赦などと言う言葉は存在しない。きっと両方の塊を削いだに違いない。
「彼が怪我したらどうするのかしらね?」
「ん~。王都にはリグの先生が居るんでしょう? 大丈夫だよ」
ファシーを撫でながらレニーラは簡単に答えてくる。
確かにリグの義理の親は腕の確かな医者だとセシリーンも理解している。それでも万が一はあるのだから、やはり治療のできるリグは無傷で居るべきだ。どんなに腹立たしいことがあっても。
「ホリーがリグの胸を削いだぐらいで終わっていればいいんだけどね~」
『あはは~』と笑いながら誇らしげに自分の胸を寄せるレニーラに、シュシュとファシーが黙って猫パンチを繰り出し、玉遊びをする猫のようにじゃれる。
『止めて~。また大きくなるから~』と不快な言葉に嘆息し、歌姫は外に耳を向けた。
楽し気にドラゴンの相手をするノイエの音を聞いている方が心穏やかに居られる。
殴られたことで反撃に出たのかファシーの撫でる場所を変えて『ここを使って旦那君を誘惑する悪い猫にはお仕置きが必要だね』『だぞ~』などと笑い執拗なまでに猫の下腹部を撫で回している2人の声よりかはマシだ。本当にシュシュはフワフワと世渡りが上手だと感心する。
ただ『なぁ~ん』と甘い声で鳴きだした猫は……本当に大人になったものだ。
「あら?」
一瞬セシリーンは眉間に皺を寄せた。
言いようの無い雑音が耳に届いた。それは口では言い表せない。
不快で……耳の奥が痒くなるようなそんな音だった。
《今のは何かしら?》
漠然とした不安にセシリーンは耳を澄ませる。
「にゃぁ~ん」
「ほほう。甘い声を発して鳴く猫め。ここか? ここが良いの?」
「なぁ~ん」
「うわ~。うわ~。ファシーも~大人~なん~だぞ~」
「ごめんなさい。ちょっと本気で邪魔なんだけど?」
甘い声で鳴く猫で遊ぶ2人をセシリーンは本気で注意していた。
「良い街ではないか。なあ? ラミー。レミー」
「はい。マスター」
前を行く主人に後に続く人物はそう返事をする。
今居る場所は大陸の南東に位置する小国ユニバンス王国の王都だ。10年以上前に大国の2つから攻められどうにか耐えきった国は、それ以降国力の回復に努めている。
だからこそ王都も活気に沸いているのだろう。
何よりこの場所は現在最も多くのドラゴンに関する素材が取り扱われている。
大陸屈指と呼ばれるドラゴンスレイヤーが居るのだ。その実力は大型のドラゴンでする打倒せるほどで、実力と経歴だけで言えば大陸で1位2位を争うことだろう。
「あれが今回の標的だ」
通りの端で足を止め主人は宙を行きかう白い存在を見つめた。
全体的に白い。長い白銀の髪が日の光を浴びてキラキラと輝いて見える。その体を包む鎧も白銀だ。プラチナ製の特別注文された鎧だと聞く。防御力も完璧だ。何より攻撃力だけならドラゴンよりも強い。
「ラミー」
「はい。マスター」
主人の問いにラミーと呼ばれた存在は恭しく頷き返す。
「今回のお前の役目は分かっているな?」
「はい。マスター」
自分が選ばれ供をしてきた意味。それはここで使えと言うことだ。
自分の身を……命と引き換えに発動する術を。
「時が来たら迷わず使え。良いな?」
「はい」
最初から決まっていることだ。だからこそラミーは迷わない。
顔を隠すように覆っているローブのフードの中でも、彼女ラミーは微かに笑った。
必要に応じて命を捧げる。それが一族の決まりだと信じて疑っていないからだ。
「マスター」
「何だ?」
「レミーには?」
そう問われ彼は小さく鼻で笑った。
「しばらくは私の傍に置く。だが時が来たらそうだな……」
節くれだった手で顔を撫で、マスターと呼ばれし男は思考した。
より確実にこの国に大きな被害を与える方法は、と?
「医者を狙うとするか」
「医者ですか?」
「ああ。何でもこの国には腕の良い医者が居るという。そんな人物が生きていたら助かる命が増えてしまう。それはダメだ。ああダメだ」
自己陶酔して居るかのごとくに彼は言葉を紡ぐ。
「人とは死なる世界に還るのが正しいことなのだ。だからこそ還るべきだ。還すべきだ。私たちはその行いを広く広げる必要がある。故にその行為を妨げる医者などは滅ぼす必要がある。分かるな?」
「はい。マスター」
応じてラミーは頷き返す。
隣に立つレミーは何ら反応をしない。彼女は命令に忠実なだけのただの人形だからだ。
「私たちが振りまく死は効果的でなければいけない。だからこそ潰す。だからこそ滅ぼす。医者などと言う生き物は全員滅ぼそうじゃないか」
「はい。マスター」
「ならばお前は何をする?」
肩越しに振り返る枯れ木のような老人に、ラミーは首を垂れた。
「……凄腕の医者の住まいを探します」
「良い良い。正解だ」
皺だらけの顔に笑みらしい表情を浮かべて彼は頷いた。
「ではまず準備を始めよう。そしてこの国を亡ぼす」
ニタリと笑い老人は王城へと目を向けた。
飾りっ気のない石造りの王城は、この国の姿かたちを現しているかのようにすら思える。
豪華な飾りなど必要としない。必要な物は確実で堅実な実行力とでも言いたげにだ。
「もう直ぐこの国の王都は死の街と化すだろう」
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