軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【②巻発売直前SS】大人げない人達

今日も今日とてオーバンとの授業は押しに押し、教育棟を出る頃には既に日が落ち始めていた。

「背中と腰が、痛い……っ」

ぐっと腕を伸ばしたあと腰を横に捻り、ついでに首を回す。ゴキッと鳴った首と同時にお腹までぐうと鳴り、「お腹が空いた」とぼやけば隣を歩くリオルガがふふっと笑った。

「では、急いで戻りましょうか」

「うん」

持たされたおやつも食べた筈なのに、どうしてこんなにお腹が空くのか。

成長期なのでは?と、ぐうぐうと煩いお腹を摩りながら統括宮の通路を歩いていると――。

「……う、わあ」

前方に、今日もまたとてつもなく美女なジル・ゴルジが現れた。

真っ赤なドレスは驚くほど似合っていて、髪型も化粧も完璧。王宮内のどの女性よりも女性らしい美女ぶりに、何度見ても感心してしまう。

「これは、王女殿下」

書類を読みながら歩いていたジル・ゴルジは、通路の真ん中で立ち止まっている私とリオルガに気付くと不敵に笑い、そのまま近付いて来て目の前で立ち止まった。

「ご機嫌麗しゅうございます、王女殿下」

「ご機嫌よう」

「教育棟からの帰りですか……遅くまで熱心ですね。ところで、どこからかとても嫌そうな声が聞こえてきたのですが」

笑みを浮かべつつ私を見ながらそう言うジル・ゴルジに半眼になり、これは私で遊ぶ気だな……と彼に向かって態と「うわあ……」と零す。

――すると。

「離れてください」

とても自然な動作で私の前へ出たリオルガが、微笑みながらジル・ゴルジに下がるよう手で示す。護衛騎士にそのようにされれば普通は下がるものなのだけれど、何せ相手はジル・ゴルジである。

「離れろとは、どういった了見で?……邪魔なのだが」

「すみません。不審者は近付けないようにと、陛下に命じられておりますので」

眉を顰めて威圧する美女と、穏やかに微笑みながら拒絶する麗しい騎士。

通りすがりの人が見れば、恋愛物語に出てくる一場面のように感じるかもしれないが、実際はまるで違う。

(また始まった)

恋愛のれの字もなく、もしここに二人しかいなければ恥も外聞も捨てて拳で殴り合っていたかもしれない。

バチバチ……!と目に見えない火花を散らす二人を眺めながら、肩を竦める。

「不審者など、どこに?」

「今、私の目の前にいます」

「私のどこが不審者だと……?とうとう性格だけでなく目も悪くなったのか」

「ご自分では気付いていないのかもしれませんが、どこからどう見ても不審者ですよ。それに、性格も常識も破綻されています」

ここで完全に火がついたのだと思う。

「この青二才が」

「歳だけ重ねた子供よりまだよいかと」

「はっ、そもそもお前は昔から気に食わなかった」

「それはお互い様です」

ジル・ゴルジはリオルガが幼かった頃の話を持ち出し鼻で笑い、リオルガは遠回しにジル・ゴルジの子供っぽさを比喩して微笑む。

「よく泣いていた子供が、随分と傲慢になったものだ」

「泣いている子供を揶揄うような大人にはなりたくはないと学びました。良い模範でしたよ」

統括宮殿の通路のど真ん中で、地位のある大人達が子供のように口喧嘩をしている。

このとんでもない光景を誰かに見られては大変だと、周囲を見回して人影がないことを確かめ、胸を撫で下ろす。

(確かに、ジル・ゴルジは子供だけど……)

こうして食って掛かるリオルガも子供みたいで可愛らしく、この貴重な機会を逃さないよう毎回じっくりと観戦している。

いつも冷静沈着で、誰に対しても紳士的で優しく、物語に出てくる騎士様のようなリオルガ。

そんな人が、対ジル・ゴルジになるとこうして年齢が後退してしまうのだから不思議で。

こんなリオルガをシリルも知っているのかな?と、面白おかしく考えていた罰なのだろう。

「王女殿下」

突然、矛先が私に向いた。

「補佐がこれではとても苦労されていることでしょう。もっと経験値が高く、大人として上手く導ける者を側に置かれた方がよろしいのではありませんか?」

そう言って胸を張るジル・ゴルジに、小さく首を左右に振る。

ジル・ゴルジから「私のような」という声が聞こえてきそうだけれど、どれだけ経験値が高くて大人でも、疲れそうなので彼だけはなしだと思う。

「そもそもリスティア様によく分からない補佐など必要ありません。あのオーバンですら手放しで褒めるほどの秀才なのですから」

穏やかさなどかなぐり捨て冷笑するリオルガからそっと一歩離れ、うちのお母さんは怒らせると怖いのだと、あまり怒らせてくれるなと、この素晴らしい私の眼力を使ってジル・ゴルジに忠告するも全く伝わらず……。

「次期王候補を目指すのであれば、正攻法だけでは足りない。オーバンでは教えられないこともあるだろう」

「だとしても、それをリスティア様が自ら行う必要はありません。憂いは全て私が排除いたしますので」

国王陛下の矛と盾のどうでもいい争いに飽き始めてきたところで、二人が同時に振り返った。

「どちらがよろしい」

「どちらでしょうか」

一瞬、何を訊かれたのか分からずぽかんとするも、

「どちらも要りません」

すぐにそう微笑んで答えた。

固まる二人に背を向け歩き、少し進んだところでくるりと振り返る。

「空腹の王女を放っておくような人達は、必要ありません!」

ぐうぐうと抗議してくるお腹を撫で、「では」とそのまま通路を歩くとすぐに背後から足音が。

「……すみません」

隣に並び申し訳なさそうにするリオルガにニッと笑い、手を繋ぐ。

「リオルガはジル・ゴルジの前だと子供みたいだね」

「そうでしょうか……?」

「いつもは大人なのに、あの人と話すと大人げなくなるというか……」

年相応というより、年齢ががくっと後退してしまうのは、ジル・ゴルジに引っ張られてしまうからだろうか?あの人も一応優秀な文官な筈なのだけれど……。

「私は元々あのようなものですよ」

「リオルガほど騎士や清廉という言葉が似合う人はいないと思うけど」

「それは美化され過ぎなのだと思います。そのようなこと、親しい者達から言われたことはありません……そうですね」

何か考えるように言葉を切ったリオルガを見上げると、ふわっと花が咲くような笑みを浮かべ、とんでもないことを口にした。

「子供の頃から、冷徹、血が通っていない、氷の心臓だと、そのように言われることが多かったと思います」

笑顔で言うようなことではない。

「待って、冷徹……?血が通っていないって、リオルガだよ?どんなときでも優しくて、気遣いができて、お母さんのような包容力を持つ人だよ!?」

「リスティア様にそのように言われると、とても嬉しいものですね」

照れたようにはにかむリオルガのどこをどう見たらその評価になるのか。小一時間ほどその親しい者達を問い詰めてやりたい。

「誰がどう言おうと、リオルガは騎士の中の騎士だから!」

きっぱりと告げ、リオルガの手を引っ張って王子宮へ戻る。

「……ですが、それはリスティア様と家族にだけですよ」

そう小さく呟かれた声が耳に届き、胸の中がふわりと温かくなる。

「今日は、お肉だといいな……」

「そうですね」

込み上げる嬉しさを隠そうと繋いでいる手をぶんぶんと振り、緩みそうになる口元をギュッと結んだ。