作品タイトル不明
敵かその他か
「リタから見た先代王妃様は、どんな人?」
オーバンから色々と聞きはしたけれど、情報は多ければ多いほどいい。
イシュラ王の乳母であり長く王宮にいるリタなら、他に何か知っていることがあるかもしれないし。
「そうですね。先代王妃様であられるメレーヌ様は、この国の侯爵家のご令嬢でございました。そして、現王妃様であられるルイーダ様を、国王陛下の婚約者にとお勧めになった方でもあります」
「……王妃様を」
それを聞いて口元をひくつかせる。
先代王妃様についてオーバンは誤解しないようにと言っていたけれど、誤解も何もどう考えても王妃様側の人では……。
「メレーヌ様は、ご自身の娘である王女殿下方を次期王候補として厳しくお育てになっておりました。ですが、国王陛下がお生まれになったことで状況は大きく変わり、王女殿下方は結婚適齢期を迎えられるとすぐに他国へ嫁がれたのです。メレーヌ様は王女殿下方に惜しみなく支援をなさったと伺っておりますが……どちらの王女殿下も、国王陛下の戴冠式にも、先代国王陛下のご崩御の折りにもご参列なさっておりません。書簡の往来もなく、交流は一切途絶えたままかと」
「国王陛下と先代王妃様の仲は?」
自身の娘より側室の息子を選び、隠居していたのにどこからか現れた王女の講師を引き受けるくらいなのだから、仲が悪いということはないと……そう思いたいけれど、単純な善悪や情だけで測れないのが王族というもの。
「どうでしょうか……交流はあまりなかったかと存じておりますが」
「良いか悪いか分からないと。それなら、国王陛下と王女殿下方は?」
「王子宮殿で、一時期ご一緒にお過ごしであった時期がございます。ですが、年齢が大きく離れておりましたので、ほんの数年ほどにすぎません。このお部屋も、元は第一王女殿下がお使いになっていたお部屋で、王位継承権を放棄なさった際に陛下へと譲られました」
そこでリタは言葉を選ぶかのように少し逡巡したあと、続きを口にした。
「仲が悪かったというわけではございません。ただ、親しく語らうご様子はあまり拝見したことがありませんでした」
(どうしよう……。聞けば聞くほど分からなくなってきた)
姉が二人いるという話は、イシュラ王本人が口にしていたのを聞いてはいるけれど、それ以上のことを語ったことは一度もない。
でも、この部屋について尋ねたとき――。
『……いや、俺の前にあの部屋を使っていた人がいた』
いつものあのふてぶてしさは影を潜め、控えめで素直な感じだったような気がした。
「複雑すぎる」
平民であれば家族が皆で助け合い、ご近所さんとも家族のように付き合うことが多い。
けれど、王族や貴族は少し事情が違う。家族であっても一定の距離を保つのが普通で、必要以上に踏み込まない関係の方が多い。
勿論、仲の良い家もあるけれど、それでも平民のような近さとはやっぱり少し違う。
だから仲が良いか悪いかという判断は曖昧で……。
「うーん……分からない」
女王でも構わない国であるにもかかわらず、先代王妃様はどうしてそんなに男児に拘ったのだろう。
王女達を次期王候補にする為に厳しく育てていたのに、だ……。
「分からなくても当然かと。王宮はとても複雑で難しい場所ですから」
「その複雑で難しい場所に自ら足を踏み入れたのだから、頑張らないとだね」
全ての準備を終え、黒いドレスの裾をひらりと揺らしながら、よし、と頷く。
今夜の晩餐は先代王妃様と初めて顔を合わせる場でもある。授業が本格的に始まる前に少しでもよい印象を持ってもらえれば後々楽になるはずなので、失態だけは許されない。
王宮では最初の評価が何より重く、そこで躓けば取り返すのは難しいのだから。
(それに、今さら隠す必要はないし)
王宮に残るつもりなどなかった最初の晩餐のときとは違うのだと、あの日のことを思い出し、そういえば……と、ふとメリアの顔が頭に浮かんだ。
この部屋に突撃してきたあとからまったく姿を見かけていないけれど、今どうしているのか。
王子宮への立ち入りを禁止されたとはいえ、クリスやソレイルと親しくしているのだろうからどこかでばったり会ってもおかしくはないはずで。あの性格なら待ち伏せして文句のひとつやふたつは言ってきそうなものなのに、影も形も見当たらないのだ。
流石に懲りた……?と一瞬思ったものの、そんな殊勝な子ではないと首を横に振る。
「面倒を起こさないといいけど」
本の中でのメリアは王子宮と後宮を自由に行き来し、好き放題に過ごしていた。
それなのに私という異分子が現れたことで、統括宮殿への出入りも、王子宮殿への出入りも禁止となってしまい、頼みの綱である王妃様はいまだ謹慎中。
(とはいえ、一時的に謹慎が解かれたらしいけど)
先代王妃様が王宮へ戻ったことで王妃様の謹慎が解かれたのだと、今朝リタから聞いた。
侯爵家は罰を受け入れ、王妃様の弟であるマルスは全ての罪を被って切り捨てられ、表向きは既に決着がついた形になっているのだから、いずれ謹慎は解かれると思っていた。
(でも、意外と早かったなあ……)
いくら絶対王政国家とはいえ、王家の顔でもある王妃様をいつまでも謹慎させておくわけにはいかない。そもそも謹慎というのは政治的な処置であって、永続的な処罰ではないのだから。
それに、先代王妃様が王宮に戻られたということは、王家の女性の序列をはっきりさせる為にも王妃様の存在が欠かせなくなる。
謹慎が解かれ復活した王妃様が王宮内での影響力を取り戻せば、メリアにもいずれ何らかの形で自由が戻るかもしれない……。
「ではお支度の準備が出来ましたので、クラウディスタ卿をお呼びいたしますね」
「はい」
先代王妃様がイシュラ王を支持していたとしても、その娘である私は没落した貴族の娘でありこの国の第一王女。継承権を放棄すれば王女として遇されるかもしれないけれど、そうでなければ……どうなるのか。
姿見に映るイシュラ王に似た自分の顔をじっと見つめ、小さく肩を竦めた。