軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 シドとハート

「シドさん、ちょっと話せるか?」

ハートは目で、ドアの方を指す。

こいつから私を誘うなんて珍しい事もあるもんだ。

私はテッドに『少し外す』と言い残して外に出た。

コートを着こんでもまだ寒い。

「この時期は特に、春が待ち遠しくなるな。暖かい日がたまにあるのが余計にな」

「ふふ。今日はその、暖かい日だけどな」

ハートは私の言葉を笑う。

私たちは、ふたりでゆっくりとこの美しい街並みを歩いた。

「みんなガインさんにそっくりだったな」

ハートがとても幸せそうな顔をする。

まったく、どこにそんな顔を隠し持っていたんだか。

最近のこいつの 言動(げんどう) には驚かされてばかりだ。

「ははは。ガインはあの中で育ったから、あんなに真っ直ぐな男になったんだ」

私がそう言うと、ハートが急に足を止めた。

「ん? どうした?」

「育ててくれてありがとう」

おいおい。今、そんな事を言われたら熱くなっちまうじゃないか。

年寄りは涙もろいんだぞ。

「俺はシドさんに拾われて、本当に良かった」

「ははは。お互い様だ」

私もお前さんのおかげで道を外さずに済んだんだ。

お前さんの手本になろうと自分を 律(りっ) することが出来たから。

「私はハートが嬢ちゃんと結婚すると聞いて安心したよ。嬢ちゃんを別の誰かにやるなんて考えられないからな」

「シドさん……」

それに、嬢ちゃんの前で胸を張っていられるのもハートのおかげかも知れない。

本来の私は、そう良い人間ではないはずなのに。

ガインの様に真っ直ぐな男に育ってくれたハートが時々眩しく見えた。

「お前さんも私の息子になるか?」

不意に口を突いて出た。

だが、一度も考えたことが無かったか、と言えば嘘になる。

ただその時は、必要でなかったから。

今なら、そうなるのが自然だと思えた。

孤児のまま聖女と結婚するには肩身が狭い。こんな私でもS級冒険者であり、聖騎士の指導員だ。

「迷惑では……」

人が行き交う町中で、ハートが動揺を隠さずに 佇(たたず) んでいる。

何を思っているのだろう。

「私はしたいようにするだけだ。お前さんが断るなら……」

「いえ。お願いします」

ハートは戸惑いを振り切るようにそう言った。

「ははは。即答か? もう少し考えてもいいんだぞ」

「俺は、ずっとシドさんを本当の家族と思ってたから」

そう言う事は早く言え。と言っても仕方がないか。

こいつは小さな時から私にだけは、どこか遠慮をしていたもんな。

「ちょっとそこまで付き合え」

町を出て近くの森まで歩いて来ると、私はいきなりハートに水魔法を放った。

ハートがすぐに反応し風魔法で相殺される。私はその隙に両手で剣を抜いて切りかかった。

ギシっと私の双剣の片方とハートの剣がぶつかり合い、嫌な音を立てている。

もう片方の剣を意識した瞬間、ハートが後ろに飛び退き口元を緩ませた。

「殺気は出していないぞ」

「シドさん相手に近接戦は不利だからな」

生意気になりやがって。仕方ない。私は霧の魔法で視界を奪う。

「フン。余裕でいられるのも今の内だ」

「それはどうかな」

ハートはそれを風魔法で 霧散(むさん) させる。

それを読んでいた私の双剣は二度にわたって 弧(こ) を 描(えが) いて 空(くう) を切り、間一髪で 避(よ) けられた。

ほう。私の全力も避けるのか。

「手加減なしか?」とハートが笑う。

「必要か?」

ハートが正面から切りかかってくる。 囮(おとり) だな。

その剣を右手で受け流し、背中に向けられた風の刃を振り向きざまに左の剣で弾いた。

小細工しやがって。

「お前も手加減なしじゃないか」

「何を今更」

私たちは魔力が切れるまで全力で暴れて、その場に倒れ込む。

「はぁはぁ。ハート。休憩だ」

ハートが剣を投げ出しその場に座ると、両手を後ろにつきながら両足も投げ出した。

その隣に私も座り、腰に付けたカップに冷たい水を入れて渡してやる。

「まだ魔力が残っていたのか」

「お前さんが計算していた事くらいお見通しだ」

ハートが水をゴクゴクと喉を鳴らして飲んでいる。

私も横で一気に水を飲み干した。

「また腕を上げたな。私相手に手加減しやがって」

「余裕なんて無かったよ」

はぁーと息を吐き、私も両手を後ろに付いた。

「言うつもりは無いと思っていたのに」

私がそう言うと、ハートは体を起こしてこちらを見る。

「柄にもなく、マリーを失う恐怖で震えたよ。城でマリーを見つけた時、もう二度と離さないと心に誓った」

「それでもだ」

「勘が鈍ったな」

「うるせぇ」

ハートが小さく笑った。

「あんなに小さかったお前がな」

「あの森で、シドさんが通りかかってくれて良かった」

ハートは立ち上がると私の手を引いた。

家族を皆殺しにされた血だまりの中で、目に何も映さずに座っている小さな少年を思い出す。

「フン。こんなにデカくなりやがって」

私はハートを見上げてしみじみ思う。

こいつが私の身長を抜いたのは嬢ちゃんに出会う少し前だったかな。

「育ててくれてありがとう」

ハートがもう一度そう言った。

「うるせぇ」

だから、私は涙腺が弱くなって来たんだって。