作品タイトル不明
閑話 教皇様とテッド
「お爺様」
「おおテッド。よく来たな」
私は実家から戻る途中、お爺様に会いに来た。
タリーさんに言われたことや、さっき父上に言われたことを考えていたら、お爺様に会いたくなったからだ。
私は行き詰まるといつもこうなる。
「お忙しいですか?」
「大丈夫じゃ。ちょうど良かった。いいものが手に入ったのじゃ」
お爺様が手にしたのは、お茶の葉の入った袋だ。
封を開けると馴染みのある香りが、部屋いっぱいに広がる。
またしてもキルエのお茶で、私はつい噴き出してしまった。
「ん? どうした?」
「いえ。私の大好きな香りです」
笑顔のままそう言うと、お爺様は「そうかそうか」と目じりを下げた。
ははは。マリーには、早く他の香りのお茶を買って貰わないとな。
私が心の中で笑っていると、お爺様はお湯を注ぎながら目を大きくする。
「何か良い事でもあったのか?」
湯の中で広がるお茶の葉に目を向けて、お爺様がそう言った。
「いえ。いや。マリーの事で」
言葉を濁してそう言うと、お爺様はお茶を注ぎながら苦笑いをする。
「あれには驚いたな。まさかここでプロポーズとは。もっと、こう、素敵な場所というか、綺麗な場所というか……」
お爺様の引っ掛かりはそちらにあったようだ。
場所か。
色々難しいな。
お爺様は私のお茶を、テーブルに置いてくれた。
「どうしてあのタイミングだったのでしょうね」
「それは、まぁ……。あんなことがあって、黙っていられなくなったのかのぉ」
お爺様は含むところがあるような、なんとも言えない顔になる。
「それで、今日はどうしたのじゃ?」
「いえ。何かあったわけでは……。そう言えば、マリーに今まで縁談の話は無かったのですか?」
「ああ。あったぞ。それはもう、沢山じゃ」
「沢山? 初めて聞きましたが……」
カップを口に付けようとしたお爺様は、それを飲まずにテーブルに置いた。
「じゃが、相手が誰であろうが『全て断って下さい』ときっぱりじゃ」
お爺様が「ふぉ、ふぉ」と笑い、再びカップを持ち上げる。
「マリーはどうするのでしょうか?」
お爺様は眉を上げ嬉しそうに頷くと「そうじゃなぁ」と両手を前に組んだ。
先ほどの父上のしぐさにそっくりだ。
「わしは、幼い頃からずっと、マリーはハートの事を好きだと思っていたからな」
「え? そうなんですか?」
「いや。ただの勘じゃ。不安になるとマリーは必ずハートの姿を探すのでな」
他人が見たら分かることも、本人は気が付かないものなのだろうか?
タリーさんの言うように、私はマリーを守る自分に依存しているのか……。
「他人に興味を持つのは良い事じゃが、あまり悩み過ぎぬように。ふぉ、ふぉ」
お爺様は楽しそうに笑い、白神官にお茶のお代わりを頼んでいた。
私はお爺様の事が多分好きだ。
いなくなったら嫌だと思うし尊敬もしている。
そしてマリーの事も尊敬している。
それはハートさんやマリーのそれとは違うのだろうか。
どんどん分からなくなってきた。
「それもこれも、タリーさんが私に変な事を言うから!」
教会の門を出ると、思わず大きな声で独り言が口から出た。
道行く人の視線が生暖かい。
きっと訓練でおかしくなった聖騎士見習いだと、思われているのだろう。
何となく足が中央公園に向かってしまう。
人は噴水を見ると、心が落ち着く生き物なのだろうか。
ということは、お爺様は私の噴水なのか。
ダメだ。考え過ぎてよく分からない。
公園に入って歩いていると、奥の方から歓声が上がった。
ふと顔を上げると、噴水の上に小さな虹が架かっている。
「虹だー」「わぁー」「きれー」「すごーい」
後ろから走ってくる子供たちが、私にぶつかり追い抜いていった。
私も吸い寄せられるように、噴水に向かって歩いていく。
「もう一回やってー」「聖騎士さんすごーい」「あ、聖女さまだー」
ん?
あれはハートさんとマリー?
ハートさんはマリーを見て微笑んでから、もう一度、噴水の上に虹を掛けた。
そしてふたりは手を取り合ってその場を走り去る。
「あ! ここにも聖騎士さんがいる!」
ボーっとしていたら、子供たちに囲まれてしまった。
「ねー。虹だしてー」「だしてー」「もっと見たーい」
困ったな。
仕方なく、シドさんがやるように見よう見まねで空に向かって水魔法を放ってみる。
「わぁ!」「キラキラだ!」「素敵ー」「パレードの時みたい」
何度も何度もねだられて、私は子供たちと長い時間を笑って過ごした。
穏やかな時間がこんなに心を温かくするのだな。
私はこのよく分からない感情を、大切にしまっておくことにした。