作品タイトル不明
テッドの家族
王都の高級住宅特区にある自宅の前に来た。
私の自宅は高級住宅特区の中でも最高峰に位置する白い館で、夜になると王都の夜景が一望できる。
「坊ちゃま。おかえりなさいませ」
ちょうど庭に出ていたメイドのレズリーが、私に気付いて駆け寄ってくる。
「ただいま」
「言って頂ければお迎えにあがったのに」
レズリーは唯一私の幼い頃から仕えているので、今でも “坊ちゃま” なのだ。
特に気にしている訳ではないが、呼び名というのは変えにくいものなんだなと、何となく思った。
「いや、いいんだ。今日、母上は?」
「テラスにいらっしゃいますよ。旦那様と一緒に」
彼女は私の為にドアを開けて『いつものように』と言いたげに目を輝かせる。
「ふふ。相変わらずか」
私が笑うと「坊ちゃまは随分と雰囲気が柔らかくなりましたね」と微笑んだ。
私もそう思っている。
マリーの警護をするようになって、価値観が大きく変わった。
マリーはこの世界の誰でもない、独特な雰囲気を持っている。
その個性的な基準でいくらでも強くなり、寛容になり、非情になる。
彼女 曰(いわ) く『私の中に別の法律がある』と。
石を投げた子供には『少年には更生の道を』と寛容な処分を望んでいた。
それに対して、弱者への理不尽な暴力を彼女は絶対に許さない。
優しいだけの彼女ではない事も私は知っている。
『彼らにも感情があり、大切に思う人がいるのです』
この言葉は私に重く響いた。
確かに聖女は弱者に 寄(よ) り 添(そ) うものだ。
だが、弱者は死んでも構わないという常識が邪魔をして、私は理解に苦しんだ。
なのに今では私も、弱者への理不尽を見ると許せない気持ちになる。
案内されてテラスに出ると、父上と母上は中央にある白くて大きなテーブルの上に広げられた、一冊の大きな本を一緒に見ていた。
テーブルの横には日除けが立てられており、ふたりを日差しから遮ってくれている。
「あらテッド。久しぶりね。中々帰って来てくれないから寂しかったわよ」
「テッドにも自分の世界が出来たんだ。ははは。喜ばしい事じゃないか」
ふたりは顔を見合わせて笑っている。私の両親はとても仲がいいんだな。
今まで見えなかった周りの景色が、私にも見えるようになってきた。
レズリーが私の為に椅子を引いてくれる。そこに新顔の若いメイドがお茶を持ってきた。
しばらく来ないうちに使用人の顔も 様変(さまが) わりだ。
「どう? これ、最近王都で流行っているお茶なんですって。聖女様のお気に入りって聞いたわよ」
私がお茶に口を付けるのを待っていたかのように、母上が嬉しそうにそう言った。
「そうですね。とても馴染みがあります」
彼女が先日買ってきたキルエのお茶だ。マリーは民衆に人気がある。
こんな所にも影響を及ぼしてしまうほどに。
「そうなのか。私にも同じものを頼むよ」
父上がメイドにそう言って、手に持っていたカップを端に寄せた。
メイドは別のカップで入れたお茶を父上の前に置き、端に置かれたカップを持って後ろに下がる。
私はそんな何でもない日常を見て、育った家や家族と決別する事がどんなものなのか知りたくなった。
「父上。家族と決別するって、子供の側からすると、どうなのですか?」
父上が眉を上げ嬉しそうに頷くと「そうだなぁ」と両手を前に組んだ。
「いい意味でも悪い意味でも容易ではないと思う。子供は親に、信頼のすべてを委ねる時期がある。その刷り込みはしつこいぞ」
「信頼のすべてを?」
「ああ。生きる為の赤子の本能だな」
「罪人が家族と縁を切ったんです。迷惑だからって。親は子を忘れられるものなのですか?」
「どうだろうな。人によるが、そう簡単には忘れられるものではないと思う。それが罪人であろうとも」
出会った知り合いなんてごまんといる。二度と会わなくなった者も。
誰一人として引っ掛かりなんてないのに、なぜ家族は違うのか。
明確な答えは出なかったけれど、マリーがリリーを見捨てない理由や、家族と縁を切った理由はここにあるのだと思った。
「私は恵まれすぎて、永遠に理解できないかも知れませんね」
私はお茶を飲み干して席を立った。
「あら? 聞きたい事だけ聞いて、もう帰ってしまうの?」
母上は拗ねるような目でそう言うと、すぐに「プッ」と噴き出して「嘘よ」と笑う。
相変わらず可愛い人だ。
「また来ます」
私はそう言い残してテラスを出た。
庭の方から回って門を出ると、レズリーが息を切らせて追ってくる。
「坊ちゃま。はぁはぁ。こちらを」
彼女は小さな布の包みを私に向かって差し出した。
「奥様が焼いたお茶菓子です。ぜひ皆さんで。ふふ。腕をお上げになりましたからご安心を」
料理が苦手な母上の手作りと聞いて、表情を硬くしたのがバレたらしい。
レズリーは笑いながら、すぐに大丈夫だと付け足した。
「そうか。ありがとう」
どんな味でも私の母の手作りだと聞けば、きっとマリーは喜んでくれるだろうな。
彼女はそういう人だから。