作品タイトル不明
残されたキリカ達
畑に行くので親父を誘いに家に向かっていたら、白神官が数人ドアから出てくるのが遠目に見えた。
街からわざわざ来たのかな?
表情は見えないけれど良い話じゃないはずだ。
親父は白神官から書類のようなものを受け取って、何度も頭を下げている。
やがて白神官は馬車に乗って帰って行った。
あの日リリーは捕まった。
俺は騒ぎを聞きつけて、人込みを掻き分けてリリーを見つけた。
黒尽(くろづ) くめの男に腕を取られているところを。
聞いた事がある。
聖騎士の隠密部隊はあんな風に黒尽くめで、どこからともなく監視してるって。
リリーと目が合った時、俺は変に期待させたくなくて 敢(あ) えて目を 逸(そ) らしたんだ。
あの時の彼女の目が今でも脳裏に焼き付いている。
村ではリリーが病気で監視されていたと説明された。
「キリカ」
親父が俺に気づくと裏に回れと合図する。
その手には先ほどの書類が握られていた。
「リリーの件はどうなったの?」
俺は裏に回ると声を落としてそう聞いた。
「ああ。リリーの処分が決まったそうだ。本人が極刑を望んだらしい」
「死罪?」
俺はショックで息をするのも忘れてしまう。
「いや、本人はそう望んだが、一生幽閉されることになったらしい」
「一生……。そう、なん、だ……」
生きてはいるんだ。
ホッとしたけど、なんだか少し罪悪感が残る。
「家族は面会出来るらしいが、リリーは俺たちと縁を切ると言って書類をよこして来た。まだ書類の事を母さんは知らない」
「それってどういう事?」
親父は複雑な表情でクシャクシャになった書類を俺に差し出した。
手で軽くしわを伸ばして目を通すと、それはリリーからの手紙だった。
「字が綺麗になってるし、誤字もない……」
「ああ、あいつなりに成長してたみたいだ。なのに俺はあいつの話も聞かずにカッとなって……」
そう言って両手で俺の腕に 縋(すが) って崩れ落ちる。
親父は外では怒らないけど、リリーにだけは特別に厳しかった。
リリーが帰ってきたあの日の親父は、俺が初めて見る親父だった。
少しやり過ぎな所はあったけど、俺の為に怒ってくれたと思ってる。
俺はとりあえず手紙を読んだ。
そこには長い謝罪の言葉とともに『家族に迷惑かけたくないから縁を切る』と書かれていた。
「これ、リリーが書いたのかな? 『犯罪者の家族がいると大変だろうから』なんて、こんな事をリリーが言うとは思えないけど……」
「本人だよ。字が綺麗になったけど、 癖(くせ) は残ってる」
確かによく見ると、時々リリーの 癖字(くせじ) の 名残(なごり) がある。
今度は俺のことも書いてあった。
『俺の幸せの為には自分が居なくなる事が一番だと気づいた。散々迷惑かけて自分勝手な事をしたのに、出来ることがこれしかなくてごめんなさい』だって。
どうしちゃったんだ。まるで別人だ。
俺はリリーからの愛情を少しでも感じる事が出来たなら、きっと何年だって待っていただろう。
でももうセリーナしか愛せない。
傷ついた俺を 側(そば) でずっと支えてくれた、優しいセリーナしか。
「リリーは本当に居なくなったんだ……」
気を取り直してもう一通の手紙を読んだ。
それはマリーからのものだった。
短い感謝の言葉と身体を 労(いた) わる言葉、そして『リリーを支える為に縁を切る』と。
残りの紙は家族の縁を切るふたりの書類……と、お爺さんの書類もだ。
「リリーだけじゃなくてマリーとお爺さんもなの?」
俺は驚いて親父にその書類を見せる。
「ああ。聖女の恩恵だけ受けて何もして来なかったんだ。今更マリーの 父親面(ちちおやづら) などするつもりもない。それに爺さんはマリーとリリーを引き取るらしい。ただ、母さんがな……」
親父がノロノロと立ち上がり、俺の持ってる書類を 掴(つか) んで握り潰した。
「マリーを笑顔で送り出してやれば良かった。意地にならずに手紙くらい書けば良かった」
「親父……」
「聖女の父親になれると舞い上がって、それを奪われた気がして、幼いマリーに八つ当たりをした。そんな自分を恥じて、会わせる顔が無かったんだ」
父親として支えてやらずに、よりによって被害者のマリーに当たったのか。
加護を奪われたマリーが一番つらかったはずなのに。
しかも手違いとはいえマリーは教会に入れられて、家族からの手紙もなく……。
当時は5歳だぞ……。不安だっただろうな、寂しかっただろうな。
初めて聞いたマリーとの話に、俺は頭を抱えるしかなかった。
マリーがあまりにも 不憫(ふびん) だ。今更言っても遅いけど。
「母さんなら俺が支えていく。だから、これから先の事を考えよう」
親父は書類を握ったまま「ああ、ああ」と呟いている。
「俺が母さんに話すよ。この件は任せて。な?」
俺はその固く握った親父の手から書類を取ると、背中を押して家に入った。
「母さん……」
俺から話を聞いた母さんは両手で顔を 覆(おお) って泣き出した。
「母さん。俺がいるから……」
親父が母さんの肩を抱くと母さんは親父の胸に顔をうずめる。
俺はかける言葉が見つからず、慣れない手つきでお茶を淹れてテーブルに並べた。
「母さん、仕事は休むと伝えておくよ。親父、畑の方は俺がやる。今日はゆっくり休んでよ」
「キリカ……」
俺が「任せて」と笑って見せると、親父の 頬(ほほ) を涙が 伝(つた) う。
そのまま外に出て静かにドアを閉めた。
これからは俺が親父と母さんを支えて行く。
俺がリリーに捨てられた時、ふたりが温かく迎え入れてくれた時のように。
俺は決意を 新(あら) たに、 清々(すがすが) しい気持ちで青々と薬草のひしめく畑に向かった。