作品タイトル不明
ガインさんとお出かけ
「ガインさん、準備はいいですか?」
私はガインさんの部屋をノックしながら声をかける。
「お、おう!」
ガインさんはいつもの黒っぽいズボンと白シャツの上に、先日私がプレゼントしたポケットがたくさん付いたこげ茶のベストを着て、髪を整えながら部屋からいそいそと出てきた。
とっても嬉しそうでなんか可愛い。
そういう私もお気に入りのワンピースにケープを羽織ってウキウキだけど。
「じゃあお前達、マリーの事は任せておけ」
今日はふたりでゆっくりお出かけだ。
フェルネットさんや師匠から、ガインさんにいっぱい甘えて来いと言われている。
「甘えるって言ってもねぇ……」
この前一緒に出掛けた時は、リリーの旅の買い物で荷物持ちの聖騎士も一緒だったしね。
あの時は聖騎士を見てあからさまにガッカリしていたガインさんを、フェルネットさんがお腹を抱えて笑っていたな。
「気をつけてな」「いってらっしゃい」「ゆっくりしてこい」
みんなに笑顔で見送られて私達は街に繰り出した。
「マリー、中央広場に行こうか?」
確か今日は中央広場でマーケットが開かれている。
私はガインさんを見上げると、 目一杯(めいっぱい) の笑顔で頷いた。
「マリーとこうやってふたりだけで出かけるのは久しぶりだな」
「そうですね。普段はみんなと一緒ですし」
ガインさんは私の頭をガシガシと撫でる。
ふふふ。機嫌がいい時の癖だ。
「今日は何でも買ってやる。好きなものを選ぶといい」
「わーい。何にしようか迷っちゃいます」
中央広場に着くとテントや屋台がずらりと並び、朝早くからさまざまな商人や客が値切り合いをしながら、楽しげに買い物をしていた。
私達は目移りしながら色々と見て回る。
骨董品に魔獣の皮や牙……。しばらく歩くと花や果物、香辛料などの香りが漂ってきた。
「あ、お茶があります!」
私が屋台に駆け寄ると、ガインさんは「ほらほら」と笑って付いてくる。
「どんな香りをお探しかい?」
少し日焼けした腰の曲がったおばあさんが、私に茶葉の入った小皿を渡してくれた。
顔を近づけると少しスパイシーな香りがする。
「それはミルクと相性がいいんだよ」
「それはいいですね。ではこれと、アイスで飲むのに適したものはありますか?」
おばあさんは笑顔になると「よいしょ」と椅子から立ち上がり、後ろに積んであるいくつかの茶葉をブレンドし始めた。
「お嬢ちゃん。どんな果物が好きかい?」
「んー。キルエとか……かな?」
つい、ガインさんを見ると「俺も好きだ」と嬉しそう。
おばあさんは、ブレンドした茶葉に乾燥したキルエを混ぜた。
「うちの爺さんの風魔法は香りを逃がさず一気に水分を飛ばすんだ。どうだい?」
「わぁすごい。生のままの香りです」
おばあさんは「すごいだろう」と自慢げに笑う。
キルエの香りはサクランボに似ていた。
「婆さん。それをこの袋に頼む」
「待ってな」
おばあさんは袋に茶葉をブレンドし最後にキルエを入れて豪快に混ぜていく。
香りが周囲に広がると、道行く人がポツポツと足を止め始めた。
「あら、聖女様。こんにちは。お婆さん。私にも同じの物をおくれ」
急に人が集まってしまい、ガインさんがお金を払い茶葉を受け取ると、私達はその場を逃げるように後にした。
「ははは。疲れたろ。通りの向こうのケーキ屋で休んでいこう」
ガインさんがお茶とお菓子で有名な、王都女子に大人気のお店に向かう。
やだ。もしかして私のために調べてくれたの?
私は嬉しくなって、思わず顔が緩んだ。
「なぁ。ハートのこと、どうするんだ?」
明るくて甘い香りが満ちているファンシーな店内で、ガインさんがフォークを片手に目の前のクリームがたっぷり乗ったキルエパイを、どこから食べようかと 睨(にら) んでいる。
私は冷たいお茶を一口飲むと、カップをテーブルにそっと置いた。
「私自身、ハートさんを意識したことがなかったので、ゆっくりと自分の気持ちを確かめているところです」
正直言って、この手の話は恥ずかしい。
特にガインさんは父親同然。姉さんに相談するのとはわけが違うし。
でも今まで沢山の愛情を貰ったガインさんには、真面目に答えるべきだと思った。
ガインさんはパイを切ってフォークで刺すと、それを眺めて手を止める。
「そうか。ショックで寝込んじまった俺が言うのもなんだけどな。俺はお前が決めた事に反対するつもりもねぇ。だから、俺に遠慮はいらねぇ。いつでも話を聞くつもりだし、この先何があっても、ずっと俺はお前の親父代わりの、つもりだから……」
周りの女の子たちのキャッキャとはしゃぐ声に言葉を遮られ、体の大きなガインさんが背中を丸めて小さくなった。
よく見たら女子しかいない。
店のチョイスを間違えた気がする。私じゃないけど。
「ふふ。私の中での父親は、ずっとガインさんなのですよ」
覗き込むようにそう言うと、ガインさんは顔を上げてフォークに刺したパイを口に入れた。
「もう。口にクリームが……」
私が笑ってハンカチを取り出すと、ガインさんはそれで口を 拭(ぬぐ) って「わはは」と笑う。
「マリーの幸せの為なら、俺はなんだってするからな。リリーの事だって俺は一緒に背負うつもりだ」
その言葉に私は胸が一杯になった。
自分で決めろと言われたものの、本当は反対しているのではないのかと。
リリーは罪人で一生外には出られない。背を向けるのは簡単だ。
なのにガインさんの、そのたった一言で胸のつかえが取れていく。
やっぱりガインさんだ。いつも私の心を軽くしてくれる。
「お父さん大好き!」
私は嬉しくなってそう言うと、ガインさんが口を開けたままフォークに刺したパイを落とした。