作品タイトル不明
リリーの後悔
「やっちゃった」
ガリガリに痩せたリリーは精一杯の作り笑いで、ヘラヘラといつものように強がってみせる。
言いたい事は沢山あるけれど、何か言ったら粉々に壊れそうだった。
「リリー。出来るだけ会いに来るからね」
手続きが終わるまでリリーは薄暗い地下牢で抑留されて面会制限をされる。
世話係の神官を除けば、会えるのは代理人の私だけだ。
彼女は涙が 溢(こぼ) れないように目を見開いて、何も言わずに何度も 頷(うなず) いた。
リリーは加護の横取り未遂の疑いで、監視していた隠密部隊の聖騎士によって捕らえられた。
既にステータスに傷のある彼女は執行猶予中の身と変わらない。
だから軽い犯罪でも、加護の横取り 未(・) 遂(・) の 疑(・) い(・) でも、重い罪になる。
本人が全ての権利を放棄したため量刑会議も何もなく、魔法が使えないリリーは教会の幽閉棟で一生閉じ込められることが決定した。ステータスは重罪人。逃げても賞金首にされるだけ。二度と塀の外では生きられない。
「本当にこれでいいの?」
詳細は隠密部隊から聞いたけれど、リリーがキリカにそこまで執着していたとは思わなかった。
姉さんからは、随分と穏やかになったと聞いていたのに。
彼女は何も言わず、私に背を向けた。
--------------------------
「リリー? しばらく来れなくてごめんね。災害派遣に出ていたの」
しばらくぶりに会いに来ると、リリーは魔法陣に囲まれた小さな部屋で古い書物を写し取っていた。
まだ細いけれど前よりは少し健康そうだ。
「心配しなくて大丈夫。仕事もきちんとやってるし」
リリーは書物を置いて笑顔で迎えてくれる。
他には、回復薬の瓶詰作業もやっているらしい。
一日に一度は運動場に出て、散歩もしていると言っていた。
「マリーの加護を奪って、自分の加護を失った」
高い塀に囲まれたそんなに広くない運動場で散歩をしていると、リリーが突然そう言った。
今日は少し風が強い。
「そのせいでマリーの事も失った」
リリーの声は後悔に満ちている。
「マリーを見つめるハートを追って、一番大切なキリカを失った」
リリーの大きな瞳から大粒の涙が 零(こぼ) れ落ちた。
「リリー……」
私は思わず彼女の腕を掴んで立ち止まり、ハンカチで涙を拭いてあげる。
「拘束されて良かった。あの女の子から加護を奪うつもりは無かったけど、私は自分が信じられない」
彼女は私からハンカチを取ると、それで両目を 覆(おお) って泣きだした。
「うぅ」
痩せた肩を震わせて、声を殺して泣くリリーが痛々しい。
失恋くらい誰でもするし、出来れば乗り越えて欲しかったな。
リリーは全てを棚上げして悲劇のヒロインになっているけど、浮気したのは自分だし、改心したのは素晴らしい事だけど、被害者はキリカの方だし。
こういう所はやっぱりリリーだ。色々とツッコミどころは満載だ。
「マリー。父さん達になんて手紙を書いたの?」
ふとリリーが顔を上げてそう言った。
「私の誘拐にリリーが巻き込まれた事。私を助ける為に情報提供してくれた事。だから叱らずに受け入れて欲しいって。それとリリーのお金を預かっているから、お金が必要な時は教会を通して連絡して欲しいって書いたの」
リリーは納得したような顔をした後、一度空を見上げてからゆっくりと歩き始める。
つられて空を見上げると、深い青の中で真っ白い雲が風に吹かれて流れていた。
「母さんが手紙を読んで泣いていたの。きっと『教会を通して連絡して欲しい』って言葉で泣いたのね。父さんは私を追い出す口実が無くなって 項垂(うなだ) れていたけど」
まさかお母さんにそう受け取られるとは思わなかったな。
私の身内と知られたら犯罪に巻き込まれるからだったのに。
「言葉って難しいね」
「母さんだし」
リリーが小さく笑う。
「マリー。私ね、捕まった時に村のみんなに囲まれたの。その時キリカも父さん達もそこにいた。なのに誰も目を合わせてくれなかった」
それがショックだったのも理解できるけど、それも全部自業自得。
こうなる前に、街に出て一人暮らしでもすれば良かったのに。お金は沢山あるって言ってあるのに、何故手紙をよこさない。私は悔しい気持ちでいっぱいだ。
「私、誰かに憧れるとその人になりたくなるの。だからその人の全部が欲しくなる。そんな自分が嫌いなの」
そう言って、風にあおられた髪を押さえて 俯(うつむ) いた。
そうね。私もそんなリリーを嫌いだったよ。
「奪われる辛さは理解出来たでしょう?」
リリーは立ち止まると再び空を見上げる。
「昔、ワースだけは取らないでってミーナが泣いてた。私、馬鹿にして笑ったの。でもやっと気持ちが理解できた。私、変わりたい」
いい感じで言ってるけれど、聞けば聞くほどリリーの過去はクズだった。
それでもリリーが変わろうとしているのなら、私は支えて行こうと思っている。
自分勝手で我が儘でとってもお馬鹿な妹だけど、どうしても見捨てることは出来なかった。
「リリーがその気なら変われるよ」
「黒神官の女の子しか話し相手がいないのに?」
「私がいるでしょ」
「ふんだ。時々しか来てくれないくせに」
前みたいに憎まれ口をきくようになってくれた。それがなんだか嬉しくなった。
リリーのくせにしょんぼりしているなんてらしくない。
------
「リリーはどうだった?」
幽閉棟を出ると、おじいさまとフェルネットさんが心配そうに待っていた。
「少しふっくらして、少しだけ元気も出て来たようです」
「そうか……」
おじいさまは 辛(つら) そうに視線を落とす。
手続きが終わって家族だけは面会出来るのに、リリーは私以外と会おうとしない。
「キリカが急いで婚約した事は?」
フェルネットさんも心配そうに私を見た。
私は無言で首を振る。
「ちゃんと言わないと、リリーなら諦めずに脱獄とかしそうなんだけど」
「そんな気力はないですよ」
フェルネットさんは あ(・) の(・) リリーの落ち込み具合を見ていないから言いたい放題だ。
「いや、婚約したって聞いたら逆に暴走するかもしれないな……」
「フェルネットさん。信じられないかもしれませんが、リリーは本当にそんな状態じゃありませんよ」
「そうだぞ。リリーは傷ついているんだ」
「お爺さん。失恋くらいなんですか。あのリリーですよ。すぐに立ち直って悪魔のように高笑いしますって」
おじいさまが反論するとフェルネットさんがフンと突き放す。
どんなイメージなのよ。少し分かるけど。
「普段元気な奴なのに、娘が結婚を申し込まれたくらいで寝込んだ誰かもいただろう?」
おじいさまの一言でフェルネットさんも私も「ああ」って顔になる。
そうだガインさんと一度ちゃんと話をしなきゃいけないな。
私の父親なのだから。
幽閉棟から離れると、風が少し和らいだ。