作品タイトル不明
悪魔の子
耳鳴りがして何も聞こえない。
私は一年前と同じ自分の部屋の窓から夜空を見上げる。
夜風が涼しくて気持ちがいい。
キリカが他の誰かのものになるなんて想像すらしていなかった。
子供の頃からずっとそばにいて、当たり前のように愛してくれると思ってた。
キリカと一緒に見た星空。キリカと一緒に歩いた道。キリカと一緒に笑った日々。キリカと一緒に幸せだった時間。
全部が特別なものだった。
涙で星が揺れている。
キリカに謝りたい。戻って来て欲しいって気持ちを伝えたい。
キリカが好きだから一緒にいたい。
思い出したの。ずっとずっと小さな頃のこと。
マリーとふたりで水遊びをしていて、初めてキリカに出会った日のこと。
通りすがりのキリカに水をかけちゃって私が戸惑っていたら、キリカが笑ってくれた。
怒られると思ったのに、力強い声で「気にすんな」って言ってくれた。
あの日からキリカのことが気になって何度も会いに出かけて行った。
マリーが私の初恋はキリカだって言った時、どうして思い出さなかったんだろう。
今までどうして忘れちゃってたんだろう。
私は思いのままにキリカに手紙を書いた。
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キリカへ
去年の夏の終わりにいきなり出て行ってごめんなさい。
マリーみたいになりたくてドレスを貰いに行ったの。
あの時はそれが嬉しくて舞い上がって何も考えていなかった。
まさか隣国だと思わずに、軽い気持ちで付いて行った事を今では凄く後悔してる。
あの後、事件に巻き込まれて連絡も出来なくて本当にごめんなさい。
でも、離れて初めて気が付いたの。
キリカがいなければ私は生きて行けない。
キリカの事が前よりずっと大好きなの。
どうか私を許してください。
リリー
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「明日、渡しに行こう。お星様、どうかキリカが私の元に戻ってきますように」
私は涙を拭くと、 瞬(またた) く星に願いを込めた。
翌日、朝早く起きてキリカに会いに外に出る。
「今日も暑くなりそうだなぁ」
まだ朝なのに日差しが強くて肌が焼けるように感じた。
私はキリカに渡すお弁当と昨夜に書いた手紙を持ってキリカの家に向かって歩く。
ちゃんと朝ご飯も作って来たし、父さん達も早く許してくれるといいな。
「おはようございます」
私が挨拶をすると村の人はびっくりした顔をして手を振ってくれた。
そういえば今まで挨拶なんてしたことがなかった。用がある時だけ、話しかけていた。
今までどれだけ自分勝手に生きて来たのか今更ながらに実感する。
ナイアが使用人達との接し方を色々教えてくれた。教室でも沢山教えてもらった。
あそこで半年以上暮らして良かったと思ってる。
でもそのせいでキリカを失うことになるなんて、そんなの絶対に嫌だ。
「キリカ、いる?」
私はドアを叩くのも 躊躇(ためら) われて、小さな声で呼びかけた。
「困るよ」
キリカが迷惑そうな顔でドアを開けると、中を隠すように後ろ手でドアを閉める。
もう中には入れてくれないんだ。
ダメだ、泣きそう。
「キリカ。ごめんなさい」
私はそれだけ言ってお弁当と手紙をキリカに押し付けて走って逃げた。
これ以上あんな顔をしたキリカを見ていたくない。
あんなに迷惑そうな顔を初めて私に向けた。
今までどれだけ愛されて来たのか。それだけで十分すぎる程に理解した。
私はちらりと振り返る。
キリカの家からセリーナが出てきてキリカと何か話していた。
やめて。キリカを取らないで。
キリカを失う恐怖で足が 竦(すく) んで動けない。
私はその場で立ち止まり、しゃがみ込んでしまった。
「リリー」
頭の上からキリカの優しい声が聞こえてくる。
顔を上げるとお弁当と封を開けた手紙を持ってキリカが立っていた。
「キリカ……」
ゆっくり立ち上がった私にキリカがお弁当を差し出す。
それを見下ろして「どうして?」と無意識に呟いた。
「リリー。俺、セリーナと付き合い始めたばかりなんだ。手紙は読んだよ。事情は分かったけどもう遅いんだ」
キリカが昔みたいに 諭(さと) すように優しく話す。
私の手を取り、差し出したお弁当を受け取らせると「こういうのは止めてくれ」と申し訳なさそうな顔をした。
「なんで? 私達、婚約してたのに」
「あの時リリーが俺を捨てたんだ。俺は十分傷ついたよ。やっと立ち直って愛する人も出来たんだ。リリーも早く立ち直ってくれ」
それだけ言うとキリカは背中を向けて自分の家に戻っていく。
キリカの向かうその先にはやっぱりセリーナの姿があった。
耳鳴りがして何も聞こえない。
キリカに別れを告げられて、私の心は空っぽになった。
今は役場で手紙の代筆をするだけの日々。
話しかけられても耳を通り過ぎて行く。ただ言葉を文字にしていくだけ。
「いつもありがとうね。リリー。ちゃんと食べているのかい?」
おばあさんは私の為にお菓子を作って来てくれたという。
「ありがとう」
よく分からないけれどそれを受け取り笑顔を見せた。
今日は朝から誰も代筆を頼みに来てくれない。忙しい方が楽なのに。
村の人も役場の人も、みんな私に休めという。
父さんも、もう出ていかなくていいと言った。
ふと窓の外を見ると綺麗な水色のワンピースを着た小さな女の子が、両親と共に加護の部屋に向かって歩いている。
吸い込まれるように外に出ると、無意識にあの頃のマリーと同じ姿を追った。
「マリー。助けて」
教会の小さな建物に入るとひんやりとした空気に包まれる。
小さな扉を開けて加護の部屋に入る女の子の背中が見えた。
ああ、懐かしい。あの時と同じだ。
「おい、今うちの娘が……」
焦(あせ) る父親の声が途切れる。
大丈夫、何もしない。
ただマリーに会いたいの。
私は目の前の扉に手をかける。
突然現れた黒尽くめの聖騎士に腕を取られて、私の視界がクリアになった。