作品タイトル不明
リリーの旅の終わり
「もうじきお別れね」
荷馬車がガタガタと大きく揺れる中、タリーは私を抱きしめてそう言った。
タリーと離れたくない。タリーのことが大好きになったのに。
「タリーは王都に帰っちゃうの? もう会えないの?」
私はタリーの胸に顔を埋めてそう聞くと、彼女は私の髪を優しく撫でてくれる。
「大丈夫。山を越える仕事が入れば会いに来るわよ」
私は「約束だよ」と言ってタリーにベッタリと甘えた。
「タリーとずっと一緒にいられたらいいのに。王都にいるマリーが羨ましい」
「リリーはもう大人でしょう。それに、マリーはもっと小さな時からずっと独りだったのよ」
そうだった。母さんのせいでマリーは教会で育ったんだ。
「マリーは泣いていた?」
するとタリーは「ふふふ」と笑って私から離れると「そんな訳ないでしょう」と私の髪を優しく耳にかける。
「マリーはね、どんなに辛くても負けない子よ。石を投げられた話をしたでしょう?」
「ああ、あれね。私なら落ち込んで立ち直れないかも」
「マリーはね、石でも槍でもドンと来いって。いつでも相手になってやるって笑ってたわよ」
「なんかマリーっぽい。マリーって強いよね」
「リリーも強い子よ」
「私も?」
「そう。自分にもっと自信を持って」
私は悪い子なのに。
「おい! 村が見えて来たぞ!」
そのゴバスの声に、私はタリーに支えられながら外に顔を出した。
「わぁ綺麗」
水が撒かれたばかりの薬草たちが、視界一面、真夏の朝日でキラキラと輝いている。
「雲一つない綺麗な青空ね」
タリーが顔の前に手をかざして眩しそうに空を見た。
やっとキリカに会える!
「ほら、危ないから中に入って」
体ごと乗り出したらタリーに荷馬車の中に引っ張られる。
「役場で依頼達成の手続きをしたらそのまま帰るから、ゴバスはそのまま待っててね」
「おう!」
「リリー。この旅で教えた事を忘れないで」
「うん。『周りの人に感謝をする。他人と自分を比較しない』でしょ。分かってるって」
「ん、良い子」
タリーはいつものように私の頭を撫でてくれた。
「役場に着いたぞ」
ゴバスが荷馬車を降りた私に小さな荷物だけを持たせてくれる。
タリーと話をしていたらいつの間にか村に入っていて、気がつけば役場の前に着いていた。
「リリー。元気でな」
顔の怖いゴバスは実はとっても優しい事も泣き虫な事も知っている。
私も泣きそうになったから、 頷(うなず) くだけで精一杯だった。
早く家に帰りたいのに、もう少し一緒にいたくて心が揺れる。
私は複雑な気持ちでタリーと役場に入ってギルドの依頼達成の手続きをした。
気のせいかな?
顔見知りのはずの役場の人達がなんだかよそよそしい。
「それじゃ。ここで」
「タリー、ゴバス。……ありがとうございました」
私はそうすることが一番思いが伝わるような気がして、マリーがするように頭を深く下げる。
荷馬車が見えなくなるまでずっと私はその場で見送った。
この一年の大冒険で、私は人生観が変わる程の経験をした。
タリーに言われたように、きちんとキリカに謝って、父さんと母さんに感謝して、それから……。
父さん達は私の帰りを喜んでくれるのかな。
それとも心配しているかな。
とぼとぼと家に向かって歩いていると、ケルンさんや他の村人達が遠巻きに私を見ている。
「なんだろう」
見た目だって山越えをしているうちにボロボロになって、以前とそんなに変わらなくなったはずなのに。
それにしても暑いな。急ぐ私に日差しは容赦なく照りつけた。
もうじきだ。もうじき父さんや母さんに会える。
家の前に着くと私は 逸(はや) る気持ちを落ち着かせる。
緊張を誤魔化す為に無理矢理に笑顔を作り、喜びに胸が高鳴るのを感じてドアを開けた。
「ただいまー」
父さんと母さんとキリカと……ケルンさんの娘のセリーナが一斉に目を見開いて驚いている。
「ごめんなさい。実は色々……」
「一年近くも 音沙汰(おとさた) なしで! どの 面(つら) 下げて帰ってきた!」
照れくさくてヘラヘラしながら謝ろうとしたら、いきなり父さんに怒鳴られた。
私はびっくりして持っていた荷物を落としてしまう。
「お父さん。リリーの話も聞いてあげましょうよ」
いつものように母さんが父さんを 宥(なだ) めてくれる。
「こいつはキリカを傷つけて、更に俺達に家族と名乗るなと言って出て行ったんだ! 今更何しに戻ってきた!」
母さんは困った顔をして、いつものように押し黙った。
「親父、俺達は帰るよ。行こうセリーナ」
「うん」
今キリカが親父って……。
ギィと大きな音を立ててキリカが椅子を引くと、セリーナの手を取って 庇(かば) うように外に出る。
まるで恋人同士みたい。胸の奥がチクリとする。
ゆっくりドアが閉まると、父さんは厳しい顔でテーブルを指差しながら座った。
「そこに座れ。どういうつもりだ」
母さんがお茶を入れて私の前に置くと、いつもと違って父さんの隣に座る。
私は目の前に置かれた白磁のカップをじっと見つめた。
あからさまに壁を作られたような、その来客用のカップに母さんからの拒絶を感じて、言いようのない不安に襲われる。
「実は……」
マリーに言われた通り事実を少し脚色し『 騙(だま) されて隣国に行って偶然マリーを助ける事になった』と説明した。
ありのままを話せば父さんが感情的になり、私の帰る場所が無くなるからってマリーが言うから。
心の底から感謝した。13年も離れて暮らしていたマリーの方が父さんの事を知っている。
「これがその……。マリーから預かってきた手紙」
父さんの機嫌がもっと悪くなる前に、私は慌ててカバンから二人宛ての手紙を取り出してテーブルの上に置く。
けれど父さんはそれを睨みつけたまま 触(さわ) ろうともしなかった。
じりじりと気まずい時間が流れていく。
読まないのかな……。
しばらくすると父さんは震える手で手紙に触ると、丁寧に封を開ける。
父さんは手紙を読み終えるとそっと母さんの方に差し出した。
母さんがそれを受け取り目を通すと、はらはらと涙を 零(こぼ) す。
父さんは頭を抱えて 項垂(うなだ) れていた。
何が書いてあったんだろう……。
でも頭のいいマリーの事だから、こうなる事も想定済みだと思うけど。
「分かった。しばらくはここに住んでもいい。だが、キリカは来年セリーナと婚約する。キリカは俺の息子になった。お前は落ち着いたらここを出て行け」