作品タイトル不明
隣国のマリー
「うーん」と身じろぎをして目を開ける。
体中が痛いし、頭も痛い。私は無意識に額に手を当てた。
「聖女様。お加減はいかがですか?」
女性の声に驚いて、体がビクッと反応する。
声のした方に視線を向けると、メイド服を着た知らない女性が椅子に座って微笑んでいた。
誰?
あまりの驚きに声も出ない。
混乱しながらも、私は視線だけでゆっくりと周りを見渡す。
どういう訳だか分からないけれど、私はとても豪華な部屋の豪華なベッドに寝ていた。
どうしよう。何も思い出せない。
底知れぬ恐怖に一瞬声が詰まる。
「……。ここは、何処ですか?」
「ヘンゼッタ王城です」
王城? ヘンゼッタって隣国の? なんで?
まったく状況が飲み込めない。
「すぐにお食事をご用意しますね。聖女様」
何も言えずに固まった私を置いて、メイドさんはにこやかに部屋を後にした。
どうなってるの?
辺りを見回しながらゆっくりと体を起こすと、白衣を着ている事に気が付いた。
「落ち着け私。ガインさんに言われた言葉を思い出せ」
声に出して自分自身に言い聞かせる。
「『解毒と身体強化を忘れるな』『身の安全が最優先。下手に抵抗せずにチャンスを待て』『冷静に状況を把握し情報を持ち帰れ』」
こういう時は、ガインさんに何度も復唱させられた、この3つ約束だ。
私は急いで解毒と身体強化の魔法をかけると、念の為、守りの魔法と疲労回復もかける。
「あー、すっきりした。疲労かな? 解毒かな?」
効いたのがどちらか分からないけれど、重かった頭が急に軽くなった。
「そんな事より、王城って言ってたよね……。ははは。まったくまいったな」
あまりにも限度を超えた状況が、なんだか面白くなって来てしまう。
「どうにか連絡を付けたいけれど、まずは情報を集めないと」
私はベッドを出て窓辺に立つと、落ちて行く夕日をじっと眺める。
ガインさん達は心配しているだろうな……。
「あ! そうだ。リリーだ。リリーが来たんだった」
私は夕日に染まる空を見て、急にここに来る前の出来事を思い出した。
そうだ。
確かあの時、研究室で麻痺毒から毒成分のいくつかを抜いていたんだった。
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そーっと。そーっと。
人体に悪影響が出ずに麻痺の効果だけ残ってくれたら……。
ああああ、失敗した。
もう少し魔力を薄く出来るかな……。
私は更に集中して落雷石を載せた魔道具に、魔力を糸のように細くゆっくりと流し込む。
そーっと。そーっと。ゆーっくりと。
『かちゃり』と静かにドアを開ける音が、僅かに聞こえた。
しまった。
嫌な予感に冷や汗がでる。
私は瞬時に考えを巡らせた。
これハートさんの気配じゃない……。
結界を張っておくべきだった。
ニールさんは? ニールさんの気配がしない。
ニールさんが音もなく無力化されたってこと?
団長クラスじゃない一般の聖騎士でもAランクに近い実力があるのに?
無事だといいけれど……。
とにかく、このまま背後を取らせておくのは 分(ぶ) が悪い。
こっそり手の平に水の玉を用意して、私は相手を刺激しないようにゆっくりと振り返った。
え?
いや、まさか、そんな馬鹿な。
手の平の水が床に 零(こぼ) れ落ちる。
「リリーなの?」
高級なドレスに沢山の高価なアクセサリーを付け、それに似つかわしくない無邪気な笑顔でリリーが笑った。
姿勢も仕草も品がないのに、見た目だけが自分と同じ姿で脳がバグりそう。
「マリー。久しぶりだね」
にっこり微笑むリリーを前にして、私は足が 竦(すく) んで動けなくなった。
冷静になって。
もう、リリーに支配されていたあの頃じゃないんだから。
怖気づいていることを悟られない為に、ワザと 不躾(ぶしつけ) にリリーを見た。
でもリリーはそんな事はお構いなしに、あの頃のように支配的な目で私に笑いかける。
リリーも加護なしで苦労して来たかと思えば、結構いい暮らしをしていたみたいね。
さすが双子。見れば見るほど私にそっくり。
「何をしに来たの?」
リリーの威圧感に、悔しいけれど怯えで声が少し震える。
「うふふ。決まってるでしょ? 私も聖女になりに来たの」
なるほど。純粋に会いたくて来たわけじゃなさそうね。
「すぐにバレるに決まってるでしょ? 魔法も使えずにどうするの?」
「何言ってるのよマリー? 仕事をするのはマリーじゃない」
リリーは当たり前のようにそう言った。
まったく会話にならない。まさかゴースト聖女って事?
呆れてものが言えない。
相変わらず堂々と理不尽な要求をするリリーを前に、全ての気力を吸われていく感覚を思い出す。何をしても無意味だと諦めていたあの頃を。
ビビるな私。私は強くなったんだから。
「もうリリーの言いなりにはならない!」
語気を強めてキッパリと言い切った。
トラウマなんてここで完全に克服してやるんだから!
「そんなに怒らないでよ。ちょっと協力して欲しいだけなのに」
リリーが笑顔で私に向かって袋を投げると、辺りに白い粉が舞う。
そこで私の意識が暗転した。
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私はすっかり自分自身に防御魔法をかけるのを忘れていた。
約13年ぶりの再会という衝撃もあったけれど、それにしても酷過ぎる。
教会の警備を信用していたのもあるけれど、自分自身を過信していた。
相手がリリーじゃ無ければ、話も聞かずに無力化したのに。
もう、私の馬鹿、馬鹿。